#42 直前
神崎は頭を抱えていた。比喩ではなく、本当に頭を抱えていた。
5日前、AIにより選抜された級付けの相手3名を伝達されてからここまで、悩みに悩んでいた。
「取っかかりが掴めない……」
――なかなか良いメンバーだと思うぞ。
須賀は豪快に笑って選抜組の名を挙げ、対照に神崎は肩を落とした。
良いとはいったいどういう意味の「良い」ですか、と彼の両肩を掴んで揺さぶりたい気分に駆られた。自分はあまり運がよろしくないらしい。
知らされてから毎日、3名の模擬練の映像や実地の映像を漁った。
1名はピリオドの内容を知っている。もう1名は、映像で確認できたが未知数の部分が多い。最後の1名は、実地で能力を使ったことはない。訓練でも使う前に圧倒され、知ることはできなかった。そして、その最後の1名が最も手強い。
他2人の対策はじゅうぶん取ってきたが、最後の1人が絡んでくるとどんなチームワークを見せてくるか分からない。瞬殺という単語が脳裏をちらつく中、できうる限りの対策を練り、技を磨き上げた。
第六感のピリオドは1年の月日を経て鋭敏になった。人の殺気や攻撃の気配を感じると肌が粟立って知らせる。トラップが仕掛けられていても、触れる前に寒気が起こる。
刀のピリオドは依然として自由自在に出し入れできない。放たれた殺気を察知して自然と手の内や腰に具現している。しかし、使い方の幅は幾分か広がった。
風を起こして攻撃を防ぐほか、斬撃そのものの威力が増した。ある程度の厚みであれば斬って捨てることが可能になった。加えて、集中して刀を振るうことで「斬りたいものだけを切断する」という離れ業も編みだした。
これは偶然の産物だった。屋外訓練場で東條と模擬練をしていた際、彼の動きを攪乱するために大木を斬った。
ところが、太い幹が直撃する軌道に、直前の練習で使っていた自動走行マネキンが――何らかのバグで――1体残ったままになっていた。東條は気づいておらず、タイミング悪く彼が具現した等身大の木製操り人形が神崎に向かって襲いかかってきた。眼前に操り人形、その後ろにマネキン、その真上に倒れ掛かる大木。考える間もなく刀を振った。「マネキンだけは斬らない」と強く念じ、下から上に風を巻き起こすイメージで空間を振り抜いた。
すると、ぱっくりと操り人形が二つに割れ、木もマネキンの頭上で切断できた。かまいたちを発生させたらしかった。自分でも何が何だか分からなかったが、一部始終を見ていた東條は興味深げに頷いていた。
「それは良いんちゃう? 自然に使えるように練習しよか」
彼はすぐに竹林とペンキを出した。1本の竹にペンキで印をつけ、「横
はじめは「出来るだろうか」「あれはマグレでは」といった邪念が入り上手くいかなかったが、思考をクリアにし「目標だけを斬る」ことに集中するうち、数か月ほど掛かったが1本だけを斬ることに成功した。風を起こすときと要領は似ている。
東條は「まるで石川五右衛門やなあ」と言っていた。参考になるかと思いその人物について尋ねた。実在の大泥棒だがこの場合はフィクションのキャラクターを指していたらしく、作品タイトルを聞いて探しだし、視聴した。東條には「真面目すぎやろ」と揶揄されたが、参考にできるものは吸収したかった。
刀を用いる漫画やアニメは数多く存在する。想像力を働かせるために読み漁った。大村に水を向けると、前世で好きだったという作品の電子コードを山ほど送ってくれた。「前世と似た何かがあれば、遡臓が活性化して能力が飛躍するかもよ」と言って。
斬撃を飛ばすという、神崎が一番習得したい技を使う剣豪が出てくる海賊の話。刀ごとに持つ異能が異なり、刀そのものに自我がある、死神を題材にした話。様々な流派の剣士が特殊な呼吸を駆使し、人食い鬼の首を狩るために戦う話。人を食う巨人を相手にブレードと飛行装置で立ち向かい、自由を求め戦う話。
参考にできるものは取り入れようとした。
巨人の話を読み、刀を逆手に持つのを試したが握る力が上手く伝わらずダメだった。海賊の話を読んだあとには、そもそもこの刀は一本だけなのか、二本目が具現するのではと念じてみた。しかし二本目の刀は現れなかった。
リアリストの瀬名が聞いたら腹を抱えて笑いそうな試行錯誤を何度も重ねるうちに時は流れ、現在に至る。
顔を上げる。屋外訓練場の控室には自分しかいない。
緊張を紛らわせるため、ペイント弾入りの拳銃に不良がないか点検する。携行する銃1丁はハンドガンでもライフルでも可で、事前申告制だった。使い慣れている訓練用と同じハンドガンを選んだ。銃の確認が済むとナイフも点検し、すぐ取り出せるかどうか、ホルダーの位置を微調整する。
模擬練では数度、先輩隊員に勝利をおさめた。いずれも3級隊員相手ではあるが大きな自信になった。だが、その自信も選抜された3人の名を前にすると
――ここまで来たんだ、なるようにしかならない。
両手で頬を叩く。そこで、軽快な電子音が控室に響いた.
『神崎隊員、フィールドにお入りください』
アナウンスとともに、フィールドに繋がる自動扉が開く。対
大きく深呼吸し、覚悟を決めてフィールドに足を踏み入れた。
*****
時を前後し、神崎が頭を抱えて控室入りするころ。
屋外訓練場を俯瞰できるモニター室には、上層部の面々が顔を揃えていた。横長の部屋は短辺の一面がガラス張りになっており、訓練場の様子が直に見ることができる。両側には大型モニターが備え付けられ、各個人の目線映像が表示される仕様になっている。
ガラス張りの面を囲ってコの字型に配置されたテーブルの各席にはタブレットが置かれ、映像のアングルを切り替えられるほか、必要なデータを参照できる。
フィールドに向かって右の島には、下座から順に東條・笹岡・松川・須賀が座し、左の島には玉池・遠山・中倉・三澤が着席していた。
ガラス面と正対する一辺の中央は空席、その右隣に崎森、左隣に犬束隊長が腰かけていた。
「矢代は任務で河野は待機、大村は急用……うん、揃ったな」須賀が見まわし、朗々とした声で口火を切った。「最終試験の事前報告会を始めます」
この部屋にいる者どころか、隣室にまで聞こえそうだ。松川は左の耳を手でぴったりと塞いでいる。
事前報告会は、最終試験前に訓練隊員の状況を確認する場として設けられている。
隊員の基本情報、ピリオドを表出した理由と能力の詳細が説明され、各教官による評価と所感が添えられる。各班長は、訓練隊員が自身の班に所属することを想定して視察する。
「本部と繋ぎます」
須賀はそう告げ、タブレットを操作した。室内のプロジェクターが作動し、空席に置いてあるタブレットも連動する。
プロジェクターから画像が投影され、空席に一人の人物がホログラムで浮かび上がった。
泰然と構えた彼女は、場にいる全員を見渡した。瞬きをすれば、縁取られたまつ毛の長さが際立つ。
「
『こちらこそ、優秀な人材を育てていただきありがとうございます』
須賀の大声に、凛とした声が返ってくる。
『本来は
「よろしくお願いいたします。では、早速ですが神崎隊員の説明から」
須賀は右斜め前のモニターを見つつ、神崎の経歴を紹介した。
加入時18歳、現在19歳。熊岡との遭遇でピリオド表出。前世はなし、感覚型と具現型、二つのピリオドを有する。優れた第六感と白い刀を表出する……と、簡潔に紹介がなされる。
「各教官からの評価、まずは対人格闘。中倉と三澤」
先に中倉が口を開いた。訓練時、それに他隊員との組手の動画を交えながら報告を進める。
「幼少期に剣道を始め、腕も立ちます。武道をやっている者特有のクセも半年もせず消え、体力や機転も申し分なく、動体視力に優れます。規定プログラムは7か月で終了。実践でも、格闘術だけで言えば1級隊員にも引けを取りません。グラインが入るとぎこちなくなる面もありますが、私としてはS評価です」
彼に続き、三澤もまた動画を用いて説明した。
「護身術も規定は7か月で終了しました。武器に尻込みする面もありましたが、制圧方法を理解して以降は果敢に挑むようになりました。無茶な戦い方はせず、
「あらあ」 犬束隊長が興味深そうな声を上げた。今日は制服を着てはいるが、やはりどこか場違いじみた感は否めない。「困難なシチュエーションの方が燃えるタイプなのね、真悟くんは」
「はい。動きのみならず、判断力や視野も向上が見られます。護身術もS、対人格闘は総合でS評価です」
笹岡が意味ありげに頷く。「ウチに欲しいですねえー……。手塚隊員も伊東隊員も近距離戦は得意ですがぁ、近接格闘はそうでもないのでー……」
笹岡
実地でもその話し方は変わらず、自らを「班長」と呼称する。さながら愛校心に欠けるタイプの教師に思えるのだろう、松川は彼を「先生」と呼んでいる。
続けて、射撃担当の遠山が引き取った。眼鏡の位置を直し、タブレットを凝視して話し出す。
「射撃はBです。訓練結果はご覧の通りで、10m以内なら確実に当てる実力はあります。遠距離になればなるほど確率は落ちますが、懸念するレベルではありません、許容範囲内でしょう。利き腕は右ですが、近距離であれば左で撃っても命中率はさほど変わらず」
「発砲に対する躊躇は?」崎森が問う。
「実弾訓練を始めたころは躊躇う場面もありましたが、現在は問題ないかと」
「ここでも、動体視力はすごく良いみたいねえ」犬束隊長が射撃の映像を見て零す。
「ええ。静止している相手より、動いている相手のほうが命中率高いです」
「なんやそれ、ほんまかいな」東條が驚いたような、呆れたような声をあげる。
「ほんまです」遠山は神妙に首肯した。「第六感のピリオドによるものかもしれません。念頭に入れていただけると。……自分からは以上です」
ふーん、と松川が零す。「カンカンは難しい状況に燃えるタイプなのかねえ」
「遠山、ありがとう。次、グライン操作。玉池」
「はぁい。途中評価はCでした。最終評価はちょっと上がってBです。若干C寄りのB。良くも悪くも並み、ってところですかね」
笹岡が右手を上げた。「神崎隊員はぁ、苦手な状況はありますか」
「救助は問題ありません。人命最優先で的確に判断が下せます。一般人がいても冷静に指示できるでしょう。戦闘になると、いい意味でも悪い意味でも最善策を取りがちです。ですが、一度犯したミスは繰り返しません。パターンを蓄積すると強いです。逆に言えば、初見の状況には弱いと言えますが」
「なるほど、承知しましたー……」 笹岡はタブレットに何事かをメモした。
「おそらく、セオリー通りの戦い方をすると思います。それを選抜組は崩しにかかるでしょう。そこでどう判断して動くかが課題です。参考動画をいくつか挙げましたので、ご確認ください」
玉池はそう言って締めた。いったん時間が設けられ、各自は対人格闘・射撃・グラインの動画を確認する。
そののち、須賀に目で合図され、東條が立ち上がる。
「ピリオド練度ですが、謎に2つ持ってるだけあって嗅覚は優れてますねえ。3級相手だったら押す場面もありますし、うちの
『二人の等級は?』祓川本部長が静かに問う。
「どっちも3級です。逆境に強いのは俺も感じました。相手が殺気立つほど第六感が発揮されますし、刀の切れ味も上がります。戦い方は……頭が固いですねえ。変則的な戦い方する相手には弱い印象ですわ。この映像とか特に。まあ、半年前のですけど」
東條は、崎森と神崎の模擬練の動画を再生した。
あらあ、と犬束隊長は微笑む。ホームビデオを見る母親さながらであった。
「カナメくん、上手に色々見せたわね」
「能力は似てますから」
「崎森のおかげで使い方の幅は広まったと思いますよ。評価はAですが、限りなくBに近いです。逆境に強いから級付けでなんか見してくれるんちゃうかな、っていう期待を込めてのAにしてます」
最後に、総合指導官の須賀が総括する。
「総合評価はBです。基礎は十分、応用力に不安あり。実践で鍛えられる面もあるとは思います。真面目で向上心もあり、努力を厭わない性格です。場数を踏めば大きく化けるでしょう。ピリオドからして、近接戦で力を発揮するタイプ。第1で配属するならば」須賀は一度言葉を切り、崎森と笹岡を見た。「崎森班か笹岡班かと」
はい、と玉池少年が小さく手を挙げた。「
「そうだな」崎森が応じる。「本来、お前の能力は狙撃向きだ。近距離戦が得意な隊員がもう1人いれば
笹岡は顎に手をやり、ふむぅ、と気の抜けた声を出した。
「ウチは……そうですねえー、ポジションは変えないで近距離戦を強化しますかねえ。そのへん、良く見させてもらいます」
須賀は頷き、犬束に視線をやった。「隊長からは何かございますか」
「まずは教官の皆さん、ご指導ありがとうございました」
犬束隊長はにっこり笑い、深々と、テーブルに頭がつきそうなほどの礼をした。
「合間合間に見学すると真悟くんがどれだけ成長したかは分かりました。ぜひとも彼の成長を見届けて、悪いところは後で指摘し良かったところは褒めてください。班長の皆さんは、直属の部下になるかもしれませんから、よくよく観察してあげましょう。私からはそんなところかしらね」
「ありがとうございます。本部長」
『犬束隊長のおっしゃる通りです。第1中隊員の質の高さは重々承知しています。こちらに転属となった面々も、いかんなく実力を発揮してくれています』
「シルバは元気ですかー?」
松川の問いに、祓川は微笑んだ。『元気です。すっかり打ち解けて、今はもう無くてはならない存在です。松川の指導の賜物ですね』
「どういたしまして」
松川は照れて頭を掻く。彼女の右腕を務めていた隊員が祓川隊に転属となったのは、神崎の入隊と入れ違いの出来事だった。
ピロリン。
天井のスピーカーから電子音が鳴り響いた。訓練場を掌握するAI、アレースの声が響く。
『神崎隊員の準備が整いました』
「了解。選抜組が揃ったら知らせてくれ。……続いて、選抜組3名ですが。各個人には1時間前に通達済、現在準備中です」
タブレットに3名の情報が表示される。
メンバーを見、真っ先に声を発したのは中倉だった。
「珍しい組み合わせですね」
「トータル6か」崎森が静かに呟く。
「神崎さんにとっては不運じゃないですか?」
玉池の苦笑まじりの声に、隣の遠山は苦笑いを浮かべる。「どう転ぶかなあ」
「同じ班からー……、2人選出されるとはー……」
「それに、狙撃手どころか長距離向きがおらん。神崎優位なんちゃう?」
「チームワーク良さそー。カンカン、対応しきれるかな」
「あいつ、このラインナップ見て沈んどったんか。頷けるわなあ」
各自が思い思いに考察するなか、ピロン、と再び電子音が響いた。
『フィールドの準備が整いました』
アレースの声が降り、モニターが切り替わる。各人の目線カメラと共に、フィールド全体が映し出された。向かって左側に緊張した面持ちの神崎。右側には選抜3名が距離を取って立っている。
さて、と須賀が手を打った。
「神崎真悟訓練隊員の最終試験を開始します。選抜組は小平将平3級隊員、国見航大3級隊員、河野聡史特級隊員の3名です」
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