#34 解答
「自信があるのはどっち?」
「玉池くんのほうです。大村さんは、あまり」
「オッケー。ボールボーイのから聞こう」
松川は手近な席に腰かけた。ちらりと対象の二人をうかがう。
今日の大村は後ろ髪が緩やかに波打っている。相変わらずそれを気にする素振りなどみせず、腕を組んで椅子に座っている。玉池は両腿の下に手を挟んでちょこんと腰かけている。
「僕、けっこうボロ出しちゃったんですよね」
無邪気に白状する少年に「なんだとう」と松川は口をとがらせた。「自力で辿りついて欲しかったのに」
「しょーがないじゃないですか、子どもなんだから」
「都合の悪いときだけ子どものフリしないの」
咎める意思のなさそうな緩い声音で少年を
間違っても良いと言われても本人たちを目にするとやはり緊張する。何から話すかを整理して話しはじめる。
「2人とも感覚型で、視覚に関する能力だと思います。他人の感覚には干渉できず、自分の感覚だけを強化するタイプかと」
「なるほどね」松川は目を閉じ、頷いた。口元には笑みが浮かんでいる。「続けて」
「玉池くんは最初、視力が優れる能力かと思いました。でも、須賀さんとの模擬練で説明がつかない部分もあるし、大村さんの仕事を手伝っていたので、そのセンは捨てました」
「視力ではなく何だと思ったのかな」
一息つき、自分なりに考え抜いた答えを提示する。
「良いのは視力ではなく視界だと気づきました。『どんな状況でも視界がクリアに見える』ピリオドだと思います」
「詳しく説明してみて。根拠も合わせてね」目を細め、頬杖をついて松川が言う。結われた髪がさらりと垂れる。
「昨日の訓練で、俺、間違って煙幕を最大出力で噴射したんです。しかも浮上したまま加速した状態で。焦っていたら玉池くんがまっすぐこちらに向かって飛び出してきて、捕まえてくれました」
火災現場と見まがう煙幕、手の届く範囲がやっと見える状態で姿を消した神崎のもとへ少年は煙幕を切り裂くほどのスピードで、迷いなく向かってきた。
「浮上してから探すのではなく、こちらに一直線に向かってきたように見えました。彼には俺の姿が煙幕の中でもはっきり見えていたんだと思います。……これ自体は、あとから気づいたことですけれど」
「決定的なきっかけは別にあるんだね」
「大村さんの仕事を手伝った夜に本部棟の上階からスカイツリーのライトアップが見えた、と言ったのを聞いてピンときました」
玉池を見やる。舌を出して苦い顔をしていた。「やっぱり、墓穴だったなあ」
「ヒントかと思ったのに」
「違いますよ。うっかりです」
「おととい別の棟から見たけど、俺には
見た景色を思い返す。街並みすら見えず、ツリーがある場所も判別できなかった。
「玉池くんは、雨の日、しかも夜だっていうのに色の具合まではっきり言い当てていました。だから悪天候や煙幕でも視界が変わらないのかと思って。そうすれば須賀さんとの模擬練も説明がつく」
須賀が背後の塀の上に立ったあと、少年は煙幕を出した。直後、須賀が数発撃ったのを見事に躱し、須賀の胸元にナイフを投擲していた。そのナイフの位置が決定打になった。
「後ろを取った須賀さんの位置を確認したのは一瞬だったのに、胸元に正確にナイフが投げられていて……煙幕関係なしに須賀さんの姿が確認できていたと分かりました。このピリオドが映像にも適用されるなら、たとえ暴風雨の映像でも玉池くんには何が映っているのかはっきり分かる。それで大村さんに手伝いを頼まれたんだと考えました。以上です」
「だって。ボールボーイ、合ってる?」
「大正解です」
少年は笑みを浮かべて拍手をした。大村と松川も続く。
正解した嬉しさと、照れくささがないまぜになる。
「ご明察です。僕もちょっと
「級付けはその特性をフルに生かしていたね」松川が続けた。「雨の日で視界も悪かった。煙幕を張って相手の視覚を封じて、遠距離狙撃」
大村が継いだ。「猛吹雪の道路の映像を見せたら、僕にはまったく見えなかった標識を一瞬で見つけてくれた」
「眩しくても見えるの?」
「はい、閃光弾は僕には効きません。スナイパー向きの能力だから狙撃を担うことが多いですが、状況によっては先陣を切ったりもします」
「ボールボーイは戦略家だし、ピリオドも上手く使いこなせてる。ただし近接格闘が苦手で避ける傾向があるのと、ちょっぴり指示待ちな気質。そういうマイナス面を差し引いて2級。経験を積んで自分で状況整理して動けるようになれば昇格できると思うよ」
松川の指摘が図星だったのか、少年は苦笑して頭をかいた。
悪条件下でも視界が明瞭に保たれる。一見地味に見えるが、状況によっては相当なアドバンテージになりうるだろう。閃光弾で相手が怯んだ隙に狙撃で一気に鎮圧することも可能だ。使いようによっては多対一となってもじゅうぶん戦えるピリオドだと思えた。
松川は机に肘をつき、指を組んで顎を乗せる。わずかに首が傾く。モデルのような仕草も、彼女がすると違和感がない。
「よろしい。これは100点満点。つぎ、校長のピリオド行こうか」
「大村さんのは本当に自信ないです」
「間違ってもいいって言ったじゃん」
ちらりと大村を見る。いつもの気の良い笑顔を浮かべている。彼に向かっておずおずと口を開く。
「感覚型で、相手を見ると人の考えが分かる能力、ですか」
その言葉を受け、大村は意味ありげに笑った。「どこでそう思ったのかな」
「河野班の実地を見学したときです。永田さんに呼ばれてモニターに映る河野さんの姿を見ていたら、後ろに立っていた大村さんが言いましたよね」
――カナメに似てるな、って思ったろ。出てるぞ
後ろに立っていた彼に神崎の表情は読めなかったはずだが、なぜ彼は後ろ姿を見ていただけで当てることができたのだろう。何が出ていたのか。
「相手の姿を見れば何を考えているか分かるんじゃないかと思いました。そう考えたら、大村さんと話していると自分の感情を言い当てられる機会が多かったな、と思えて」
病室で遡臓検査の結果用紙を見せた彼は問うた。前世がないのになぜ白い刀を出したのか、と。神崎は「そんなの俺が聞きたい」と率直に思った。彼はこちらの表情を見てこう言った。
――『俺が聞きたい』って顔をしているね。
病室で、ピリオドはピリオドでしか弱体化できないと説明された折には、あっけにとられる神崎を見てこうも言った。
――ファンタジーみたいだな、なに言ってんだこいつ、って顔だね。
会話だけではない。須賀班への同行前、グラインをつけた神崎がモニターに自分の発言が投影されると知った時には、今度はリモートを解除するなと釘を刺してきた。
家へ向かう車中でも、なぜ二車で向かうのか、崎森や永田も母に会うのかと考えていたのを見透かしたように説明を加えた。
――あ、こんなに大勢で家に押しかけるのかって思うかもしれないね。
松川の授業が終わったあと、会議室前で会ったときもそうだ。玉池少年の能力を見極めるぞ、と決意を固めたところだった神崎の顔を見て放った言葉。
――ここでは会いたくなかった、って顔してるなぁ。
きわめつけは河野だった。管制室で対面した彼は神崎と話しているあいだじゅう、表情を崩すことがなかった。彼を見、大村は笑って言った。
――珍しいね、君が興味津々だなんて。
河野も彼の
ひとつひとつは些細なことだった。アンテナを張っていなければ「察しの良い人」で済ませられる。しかし、ひとたび目を向けると、あれもこれもと湧いてくる。良質なミステリーの終盤で散りばめられた伏線が回収されていくかのような一種の爽快感すら覚えた。
結論に踏みこむ。自信はないが、まったく見当違いとも言い切れない程度の確信はある。
「相手の姿を確認すれば、どういうことを考えているかを分かる能力で……心の声が聞こえる能力かな、と思ったんですが」
「へえ」大村はにやりと笑う。「それが答えかな」
相手を見て発揮されるピリオドだとは思う。が、心の声が聞こえるなら聴覚に関係している。
心の声を聞けるのであれば彼は長話などしないのではないかと疑念が頭をもたげている。初日の午前中に長話をされ「早く終われ」と心の中で零しまくっていた神崎の心の声がなぜスルーされたのか。知っていての仕打ちだとしたら意地が悪い。
小さく頷いて証明終了の意思を示す。大村はおもむろに眼鏡を外した。
「いいところまで当てている。内容は8割方正解」
「内容『は』?」
「残念。種別が間違っていたね」
彼は微笑み、眼鏡を掲げた。
一瞬の間が空き、自らの考えの誤りを理解したときには眼鏡が跡形もなく消えていた。
「眼鏡……! ああ、そうか、なんで気づかなかったんだ……」
「眼鏡は身体の一部だからねえ」松川が愉快そうに言い、自らもかけているそれを上下に動かしてみせる。「言ったでしょ。『すべての行為には理由がある』って。なんで私は眼鏡を掛けて授業をしていたのかな。もしかして、先生っぽく見えるための雰囲気づくりだと思った?」
「……すみません、そう思ってました」
「ふふ、正直でよろしい」
松川は心底嬉しそうに笑った。よもや、最初から答えを目の前に提示されていたなんて。前提から間違っていたことに悔しさが募り、手で顔を覆う。
大村はなだめるような口調で声をかけた。
「永田くんとまったく同じ読みだったね。彼も感覚系だと勘違いしていた」
「僕はちゃんと当てましたよー」
「玉池くんは、中谷さんのを外しただろ」
「そうでしたっけ? 昔すぎて覚えてないなあ」
「こら」
覆っていた手をはずす。眼鏡をしていない大村の顔は新鮮に見えた。彼が目元に手をやるとマジックのように眼鏡が現れ、たちまちいつもの彼になる。
「君と同じ具現型。視力に関するものだという読みは合っている。これを通して見ると誰が何を考えているかが分かる。ある程度はね」
「何かが見えるんですか?」
「うん。……『無念』、『興味』、『具現』、『眼鏡』」
いきなり単語を並べはじめる彼に頭の中にクエスチョンマークが並ぶ。大村は続けた。
「君の後ろに浮かんでいる。『不思議』、『感情』、『手段』、『疑問』」
「感情を示す単語が浮かんでいるんですか」
「そう。なぜか全部、漢字表記なんだけど。前世が中国人ってわけでもないのにさ。浮かぶ単語には色もついている。怒りは赤、喜びは黄色、悲しみは青、って感じ。単語と色、その二つで何を考えているかはだいたい察しがつく」
「河野さんが俺に向かって言ったあれは……」
「オレンジ色で『興味』『刀』『第六感』だったかな。マイナスな心情は寒色、プラスの感情は暖色」
家に帰る車中では『車二台』『何故』『面会』『全員』と浮かんでいたと教えられる。モニターで河野を確認した際は『崎森』『類似』『表情』『不明』。単語のほうがより単純明快に表現されており、自分の心の中を知られていたことが気恥ずかしい。
思い返せば、自分や母に組織に関して説明した彼は不明な点があれば踏み込んだ説明を付してくれた。単語で不明な箇所が浮かんでいたのを読み取ったのだろう。
「余談だが、僕以外の人には使えない」
眼鏡を差し出される。大村をレンズ越しに見たが、彼の言う単語など映らない。度も入っていない、ただの伊達眼鏡でしかなかった。悪用の心配がないのは良いが、彼の言う単語が浮かぶ現象を体験してみたかった気持ちも浮かぶ。
「映像でも単語は浮かびますか」
「もちろん。『殺意』や『心中』、『嫉妬』みたいにね」
探査の仕事に有用なピリオドだという読みは合っていた。
具現型について自分や崎森といった武器化の例を先に知っていたことが仇になった。「武器が出てくる」という先入観が抜けず、眼鏡を見逃してしまっていた。苦い顔をしていると松川がとりなす。
「ボールボーイのは正確に当てたし、校長のも能力はほとんど合ってたし、上々だと思うよ。あんまり落ち込むことないって」
「眼鏡を見逃していたのが悔しいです」
「やっぱりまだ『当たり前を疑う』部分は未熟かな。自分の常識をまずは疑うこと。発想力と状況を見る能力は、いいとこ行ってる」
あれほどヒントがあって、近いラインまで辿りついたがゆえに眼鏡に気づかなかったのが返す返す悔やまれる。
思わず声に出して「眼鏡かあ」と声が漏れる。同時に、誰かの端末が通知を知らせた。大村がちらりと端末を手にし、立ち上がる。
「悪い、呼び出しだ。僕はここで失礼する」
「はーい。ご協力ありがとうございましたー」
松川が手を振る。神崎も立ち上がって軽く礼をした。
後頭部の寝癖が歩くたびにぴょこぴょこ揺れる彼を3人で見送る。足音が聞こえなくなったところで、口を開いた。
「人の思考が分かるなら、どうして『知ってる?』って聞いたり、長話するんでしょう」
「良いところに気づいたね、カンカン。
「ほんとですか」さすがに嘘だろうと胡散臭い目で上官を見てしまう。
「嘘。いまテキトーに言った」悪びれもせず言ってのけ、松川は大きく伸びをした。「あのピリオド、眼鏡を具現しても校長しだいで感情を見ないこともできるんだと思う。でないとさ、ほぼ読心術でしょ。人の心が見えすぎて参っちゃうときもあるんじゃないかな」
「そうか……そうですよね」
親しげに話しかけてきた人物に『嫌悪』や『憎悪』、『殺意』の単語が浮かんでいたら。
多少変わった部分こそあれ、大村はデリカシーがない人間ではない。むしろ逆の印象を神崎は抱いている。仕事の時間を割いて指導をし、質問には丁寧に答えてくれる。機嫌で相手への態度を変えることもない。
隊員の面々も、長話癖には辟易しているようだが彼を避ける者は一人としていなかった。ピリオドを不用意に使ってプライバシーを詮索する人間だと思っていないことの現れかもしれない。
人の感情が言葉として見えるゆえの苦悩もあったことだろう。それでも、異能犯罪を未然に防ごうとすべく人々の前世の映像を見ている。どれだけショッキングな映像であっても、自分の身に危険が及ぶ可能性があろうとも。とても生半可な人間ができることではない。
神崎のなかで、大村禄郎という人物へ尊敬の念が膨らんだ。
「じゃあ、次に長話始まったときは『いまピリオド使えよ』って口に出して言いますね、僕」
玉池少年がぽつりと零した。彼は今夜も、大村の仕事を手伝わなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます