#30 等級
訓練隊員は、既定プログラム修了後に級付けという卒業試験を受ける。初日の訓練前にそう説明を受けた。
会議室に二人だけ、声を張る必要はまったくない環境だったが、須賀の声は廊下を歩く者が内容を容易に理解できるほど朗々としていた。
プログラムは対人格闘、射撃、グライン操作、ピリオドの熟練、先輩隊員と疑似班を組んでの模擬実地、模擬練と呼ばれる1対1の模擬戦闘など。級付けは総合指導官の須賀が全項目において「実戦に出しても差支えない」と認可を出した段階で実施される。
実施内容はランダムで選出された先輩隊員3名との模擬戦闘。銃・ナイフ・ピリオドのすべてが使用可能で、銃はペイント弾、ナイフはゴム製のものを使用する。胸部に1撃を食らうと終了となるが、模擬練と違い制限時間は設けない。
勝敗はさほど重視されない、と須賀は強調した。
3対1と数では訓練生が圧倒的に不利である以上、勝つことのほうが珍しい。あくまで訓練隊員のピリオド練度、思考力や判断力を見極めることが目的となる。
「3名は第1中隊員から選出される。管制室や訓練場で見学を重ねれば各人のピリオドを見られるだろう。教官と班長陣も選出対象だ、俺や崎森が選ばれる可能性もある」
そうなったら絶対に瞬殺される自信がある。青ざめていると須賀は笑みを浮かべながら「こら、始まる前から弱気になるんじゃない」とたしなめた。
彼は次に、級付けで決められる事項を説明した。
「隊員は4つのランクに分けられる」
タッチペンでホワイトボードに「特、1、2、3」と書きこまれる。声も大きいが字も大きい。
「上から順に特級・1級・2級・3級。模擬戦の結果を見て、いずれかの級が与えられる」
特級は班長クラスであり、第1中隊には
管制担当にこの制度は適用されないが、班員への移籍を希望する場合は級付けが行われるとも付け足される。
「事前に教官から各項目の評価がくだされる。それにプラスして、級付けでの戦い方やピリオドをどれだけ使いこなしているかが加算される。能力のみで判断はしないし、性別や年齢もいっさい関係ない。射撃や近接格闘の腕前も考慮して総合的に判断する。いきなり1級になる者も稀にいるが、6割超は3級スタートだ」
「もし瞬殺されたら、問答無用で3級ですか」
「選出者には時間を使うよう言っているから安心してくれ。能力があまり実戦向きでなくとも戦い方しだいで上級になることもある。たとえば、玉池はあの年齢で2級をもらっている」
近接格闘の教官である三澤と中倉はともに1級、射撃の遠山とグライン指導の玉池が2級だと説明を受ける。
等級はIDにも記載されていると言われ、端末を確認した。
「直近で接触した5人は顔と名前が出ているだろう。顔写真の右下に書いてあるのが等級だ」
「絹川灯子」「大村禄郎」「玉池
「管制官はControllerのC、後方支援はLogistical supportのL、だな」
流れるような発音の英語で教えられ、初対面から抱いていた「洋画の吹き替えのようだ」という印象が強まる。須賀の「S」はSpecialのSかと見当をつける。
「選抜3名はAIがランダムで抽選する。君や選出者同士の相性は考慮されない」
「ランダム」その言葉の響きに一種の恐怖すら浮かんだ。「崎森さん・三澤さん・玉池くんという組み合わせもありえますか」
口に出したところで勝手に脳がシミュレーションをした。開始早々に胸元に一撃を食らって後ろに倒れる自分。手加減されたとしても3名にとっては赤子の手をひねるようなものではないか。
あからさまに表情が暗くなった神崎を見、須賀はなだめるように言う。
「それはない。実力差を調整する目的で、ひとつ条件がつけられている」
「条件?」
ホワイトボードに向き直った須賀は、「特」の下に「0」を書き入れた。
「特級を0として、3名の級を足した合計が5から7に収まるように選別される。君が言った例だと崎森0、三澤1、玉池2。合計3だから対象外だ」
「5から7……」
「特級3人、3級3人という組み合わせもない。考えられるものを挙げてみようか。特級が選ばれるなら1級は選ばれない。特級・2級・3級。もしくは特級・3級・3級だな」
ホワイトボードに、「0,2,3、0,3,3」と書かれる。
数字の組み合わせはさほど多くなかった。1,2,2、1,1,3、1,2,3、1,3,3、2,2,2、2,2,3と続く。
「ざっとこんなものだろう。災難なのは特級が選ばれる2通りか、1,1,3の組み合わせ。2,2,2と2,2,3であれば、訓練しだいで五分の戦いに持ちこめる」
「3人相手でも?」
「君の頑張りによる。教え子の自慢話ばかりで悪いが、玉池は1,2,3の組み合わせで2級と3級を制圧している」
ニコニコ笑う玉池少年の顔が浮かぶ。中学生くらいに見える彼が、訓練上がりでそこまで戦えるとは。自分の能力を理解したうえで策を練って備えたに違いない。
「相手の3人について、君には試験5日前に教える。本人たちには当日通知だ。もし任務が入っても別の者に交代してもらう」
「こっちが優先なんですね」
「特級以外の者にとっては昇級試験のひとつでもある。当日知らされたメンバーとの連携も評価対象だ。級付けが開催されること自体は事前に通知されるから、昇級に燃える者は訓練隊員のピリオドを研究してくる。それも念頭に入れなさい。模擬練の相手を頼んだ者が選ばれるかもしれない。手の内をすべて見せるのも一手、隠しておくのも一手だ。希望すれば他隊員同士の模擬練は見学できるし、見学の拒否もできる」
50人弱から選ばれる3人。組み合わせによっては最強のタッグになる。逆に全員があまり実戦向きではないピリオドであったり、神崎と相性の悪い能力だった、ということも考えられる。
「等級付与は俺と崎森副隊長、犬束第1中隊長、祓川本部長の4名で決める。その日同席が難しくとも、録画したものをあとで見てもらう」
「本部長もご覧になるんですか」
「新人の級付けにはリモートだがほとんど同席されている。優秀な成績を収めれば即座に祓川隊配属だ。既存隊員との相性や育った場所によっては本部隊や第2・第3に異動ということもありうる。土地鑑の有無も重要な判断材料にるが、君は第2管区生まれで育ちは第1管区だろう? 俺の予想では、祓川隊・本部隊・第1の3択かな。
そののちに教官陣との顔合わせがあり、訓練が始まった。
教官によっても指導法は異なる。ほんの数日しか経っていないが、それぞれが独自のセオリーに準拠して指導をしているのが感じられた。
対人格闘を教える中倉は、まず基本を教えて手本を見せる。手本を元に神崎が試行し、悪いクセは直され良い部分は伸ばされる。数種類の技が形になったら彼を相手に組み手。教わった技をどこでどう使うか考えて動くことが求められる。
三澤は逆で、「この場合はどうする?」という問いが先にくる。自分なりに考えて答えると「じゃあやってみようか」と実践を促される。合っていれば制圧できるし、間違っていれば失敗する。なぜ正しかったか、なぜ間違いになるかの解説が加えられる。
射撃の遠山は、1から10を先に教える。銃の扱いの注意事項、射程距離、立位と座位の違い、パーツの名称、手入れの仕方。分解と組み立て、手入れは毎日反復して行うと言っていた。
玉池少年は、その日やることと達成のハードルを設け、レベルを徐々に上げていく。月・週・日ごとの目標が設定されており、習熟度により臨機応変にプランを変更している。
一日が終わるころには、部活終わりかそれ以上に疲れている。
帰宅後はすぐにシャワーで汗を流す。食事を取る前に寝落ちすることも増えてきた。今日もまた、気がつくと30分ほど意識を失っていた。
食事を終え、眠気がふたたび訪れる前にデスクに向かった。
引き出しからノートを取り出す。本来は大学生活で使うために買ったものだが、考えを整理したいときなどにあれこれ書きつけるのに活用している。何事も身体を使って覚えるタイプを自覚しており、訓練の手ごたえや反省点も書き入れて翌日に生かしている。
学生のころも手書きでノートを取っていた。大多数がタブレットや端末で学習を完結させるなかで手書きのメモを取るのは少数派だった。瀬名に「お前、平成の学生みたいだな」と言われたのを覚えている。
黒板に教師がチョークで授業の内容を書き、生徒が板書していた時代があったというのは瀬名から聞いた。チョークは画家が絵を描くのに用いる道具だという認識だった神崎にとって、学校教育の場でチョークが使われていたのは新鮮に思えた。
「大村さんの能力なぁ……」
頬杖をついてひとりごち、くるくる万年筆を回す。
成人祝いにと母方の祖父母から贈られたそれは書き心地が良く、すぐに気に入った。思ったことをノートに書きこんでいく。カリカリ、と独特の音が耳に届く。
『感覚型』『自分の能力だけ増幅』『常に発動してる?』『寝癖』『話が長い』『探査』
探査室の長を務めていることとピリオドは関係しているだろうか。能力ゆえに抜擢されたのなら、人の前世を見るのに役立つ力と言える。
映っている内容を見、個人を類推する仕事。適した能力は何か。神崎が映像で気づけなかったことは何だったか。
看板や電柱に目を向ける観察眼、歴史や時事問題の見識の深さ。
『視覚……視力が良い、見れば何かに気づける』『歴史を細かく覚えられる』『記憶』
どれもありえそうで、外している気もする。可能性が高いのは視覚だが、単に視力が優れているという能力ではないだろう。視野が異常に広いだとか、目に見えないものを見ることができるだとか、そういう方面な気がする。
「『すべての行為には理由がある』……」
松川の言葉を言い聞かせるようにつぶやき、書く。
大村の行動のどこかに、ピリオドを有するゆえのなにかが含まれている。長話に思考が傾いてしまいがちだが、そのほかに彼と出会ってから印象的な言葉や振舞いがなかったか思いかえす。
頭を必死に働かせる。濡羽色の万年筆を回すたびにシーリングライトの光が反射し、きらきら輝く。
病室での説明、管制室での会話、帰宅までの車内でのやりとり、母との話、加入を告げてからの訪問、遡臓についての授業、記憶研の職務内容、クレイウイルスの話、河野班の見学。
「……あ」
閃くものがあった。彼との会話で、特に気にも留めていなかったことのひとつ。あれがピリオドなのではないか。
考えが及んだとたん、様々な場面でそれが起きていたことに気づく。
万年筆を持ち直し、思いついたことをノートに書き連ねていく。
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