#29 羨望

 管制室が落ち着いた頃合いで、内堀と中谷を紹介された。

 細面で色白、フチなしの眼鏡をかけている内堀は、神経質そうな見目と裏腹に丁寧な物腰だった。柔和な雰囲気は、どこか父に似ていると感じた。


「僕は第3中隊から移籍してきたばかりなんだ。もともと、出身はこっちで地理に詳しいのもあってね」

「管制官としては長いけど第1は初めてだから、サポートで私がついていたの」


 中谷は神崎に、一人暮らしはどうか、食事はきちんと摂っているかと心配し、掃除は毎日の積み重ねだともアドバイスした。外見は派手ながら、世話焼きな性分のようだ。


「分からないことがあれば遠慮なく言ってね。どうだった? 初めての見学は」

「制圧が早くて驚きました。河野班は何人いるんですか」

「僕を除いて7人だね」

「管制担当は、班員に含まれないのですか」

「班員はピリオドの内容でバランス良く配置されているけれど、管制担当は誰がどの班を担当しても差し支えないようになっている。第1中隊ここでは班ごとに担当が決められているが、第3中隊はそうではなくてね。管制室に交代で入って、いろいろな班を担当していた」

「あと、ピリオド持ってない人もいるし。灯子ちゃんと、矢代班の高崎たかさきくん」中谷が補足を加える。「実働の定義は『ピリオドを有する者』だからさ」

「僕みたいに、班員から管制担当に異動する人もいる。他の支部では管制官から班員に転向した例もある」


 元班員となれば、実地でも通用するピリオドを有していることになる。内堀を興味深げに見る。眺めるだけで能力は分かりはしないが、どうしても気になってしまう。

 内堀は河野班の面々が映っているモニターを指した。


「現場の残務処理や次の仕事が控えている人が多くてね、戻ってくるのは班長くらいだと思う。先に班員の顔と名前は知っていたほうがいいよね。この人が河野聡史こうのさとし班長」

「河野さんはー、第1でいちばん若い班長だよ」中谷は誇らしげに言う。「冷静沈着、異能犯罪者には容赦なしの元祓川隊」

「まったくその通り。管制担当の僕よりも場を掌握しているんだから。……遠距離射撃をしたのが清水さん。もう一人の女性隊員が山口さん。歩道橋で挟み撃ちにした2人の、若いほうが国見くん、もう一人が土佐とさくん。一般人の保護をしていた村上くん、モニターに映っていなかったが、山口さんの後ろに宮沢さんという人が控えていた。女性3名に男性4名」

 銃の手入れをしている清水狙撃手に目が留まる。

「清水さんは、おいくつなんですか」

「詳しくは分からないな。でも、還暦は過ぎていたはず」

「60歳を越えて、あの距離を……」

 中谷が腕を組んでうんうん頷く。

「凄いよねー。うちの遠山とおやまさんより的中率高いもん」


 松川班の遠山は射撃訓練の担当教官である。がっちりとした体型の中年男性で、明朗快活、良く笑う人物だ。だが、ひとたび銃を持つとその顔は真剣みを帯びる。

 

「神崎くんのピリオドは、刀だったっけね。近接格闘型なら国見くんや土佐くんと同じく前線に出ることが多くなるだろう」


 内堀の説明に、2名の立ち回りを思いだす。危険をかえりみずに相手の懐に飛びこむ胆力を養うには、まだ時間がかかりそうだ。


「……頑張ります」

「真面目だなー」ぷふ、と中谷が笑った。「もっと肩の力抜いていいのにー。崎森さんが保護する人って、真面目な子が多くないですか? ねー、大村さん」

「確かに真面目だけど、頭は固くないと思うよ。さっきも被疑者のピリオドを当てたし、須賀班長のピリオドの特徴も初見である程度は見抜いたそうだし」

「へえ、優等生じゃーん」

「いや、そんなことは。まだ大村さんのピリオドも予想ついてないですし」

 肩を落として乾いた笑いで返す。


 洞察力や観察眼は剣道で培われた。互いに防具をつけ竹刀を持つ。表情は察しがたい。一瞬の判断ミスが命取りになる間合いでは、動きのクセや重心の動かし方に細心の注意を払う。

 振りかぶった相手が面を狙ってくるのか、こちらが面を守ろうと腕を上げた瞬間に小手を打ちこんでくるのか、面を守ろうと腕を上げて隙ができた胴を叩きにくるか、はたまた別の動きを見せるか。

 腕を振りあげた動作やモーションの大きさ、重心の傾きと間合い。それらを見極めて対応を取らねばならない。遅れを取っても、読みを外しても負ける。

 10年以上磨いた目先の相手への集中力と洞察力は大きな強みになる。大村の褒め言葉に、少しだが自身が湧く。


 むしろ、班行動のほうが不安だった。剣道という1対1の戦いに慣れた自分が複数人との連携をうまくこなせるか。独善的になったり、遅れを取ったりしないか。未熟な腕で足を引っ張りやしないか。

 それ以前に銃やグライン、対人格闘を向上させるという課題もある。グラインにはすでに若干の苦手意識が芽生えていた。きちんと既定プログラムを修了できるのか。自信がついてすぐに不安が巻き起こり、複雑な感情が胸に残る。


「難しいことを考えている顔をしている」大村が微笑んだ。自分は思ったより顔に表情が出やすい性質たちらしい。

「先のことを考えていました」

「そういうところは真面目くんだなあ。なるようになるよ。なるようにしかならないけど」


 河野班が戻ってくるまでのあいだに、メインモニター後方の島で作業していた面々と顔合わせをする。

 彼らは管理班と呼ばれ、救護の差しむけや事後処理の手続きを行うのが仕事だと教えられる。実働班が現地で諸々の処理を済ませたあとは、彼らに残務が引き継がれる。実働班は区域の密行に戻ることもあれば、今日のように帰還することもある。

 顔と名前を覚えようと必死になっていると、見かねた中谷が端末を見るよう助言をくれた。初日に永田から教わったことを思い出す。端末を見れば、直近にすれ違った隊員の顔と名前が表示されるのだった。改めてその機能に感謝する。

 多人数をいっぺんに覚えることは苦手だった。なにせ、3年近く大会や練習試合で顔を合わせていた沖野の顔を覚えていなかったのだから。


 管制室に入って1時間が経とうというところで、河野と国見が姿を見せた。

 内堀の言った通りに幾人かは現地に残り、幾人かは別の業務や訓練に向かったようだった。


 階段を下りてくる2人を見上げ、お疲れ、と大村が声を掛ける。

 国見はぺこりと会釈し、河野は軽く手を上げた。

 2人とも、松川とさほど変わらない背丈に見える。国見は色白で、そのぶん目元のクマが目立つ。モニターでは敏捷な動きを見せていたが、意外に身体つきはひょろりとしていた。彼の若者らしい軽やかな足取りに対して、河野は体幹にブレがなく堂々としている。立ち振る舞いや歩き方からは上品さがにじみ出ていた。


「新入の神崎真悟くんだよ」大村の紹介に、今日何度目かの深い礼をする。

「神崎です。よろしくお願いします」

「国見でーす。よろしくねー」

「河野です。よろしく」


 国見はへらりと笑って軽く手を振った。河野は表情を変えず、じっとこちらを見ている。目を通して心まで覗きこまれている気になり、たじろぐ。


「そんなにガン見しないであげなよ、怖がってんでしょ」 

 永田が取りなすと、河野は視線を外した。

「珍しいなあと思って」

「なにが」

「前世がないのにピリオドを出した、って、崎森先輩が」

「珍しいどころか、初じゃん? でも検査に出なかったセンも捨てきれないとか聞いたけど」

 大村が小さく頷く。河野は、ふうん、と応じてまた視線を戻した。

「須賀さんが、第6感も持っているって言っていた。本当なの」

「……はい。偶然なのかピリオドなのかは訓練を重ねるうちに分かってくるだろうと言われています」


 『落ち着いた』というより『冷めた』と表現するのがふさわしいトーンで問われると、質問ではなく尋問されている気分になる。

 居心地の悪さに居たたまれず、呼吸が細くなる。空気を察した大村が苦笑した。


「河野くん、君は表情が顔に出にくいタイプなんだから感情をもっと口に出さないと。珍しいね、君が興味津々だなんて」


 興味津々、という言葉に「どこが!?」と脳内の自分が大声をあげた。

 崎森は表情こそ読みづらいが、話す内容は過不足がなかった。反面、河野は無表情のうえに言葉が少なく察しづらい。本人は普通に接しているつもりでも、相手には不機嫌だとか怒っているだとか取られがちなタイプなのだろう。

 大村の言葉を受け、いくばくか時間を置き、河野は目を伏せて小さくつぶやいた。


「羨ましいと思っただけです」

「……羨ましい?」


 鸚鵡おうむ返しに発する。視線がかち合う。

 射るような、心中を見澄ますかのような目がこちらを見る。


「前世がないなんて、羨ましい」


 それは、どういう意味ですか。

 問うには空気が重く感じられ、開きかけた口をつぐむ。


「ウチの班員と模擬練したいときは、俺に相談して」

「分かりました。よろしくお願いします」

「こーのさーん、礼儀正しい子なんだからイジメないでくださいよー」


 中谷がからかい口調で言った。隣の内堀も口元に笑みを浮かべて頷いている。グラインを外しつつ、河野は返した。


「礼儀正しい子は嫌いじゃないよ」


 国見も素早く外して彼の手からアタッシュケースを受け取る。河野は管理班に歩み寄り、何事か話しはじめた。

 左手に振動を感じる。スマートウォッチが次の訓練場に向かう時間を知らせていた。


「ここから訓練? 頑張れ」永田が手をグーにし、エールを送るがごとく前後に振る。

「お邪魔しました。大村さんも、お忙しいところありがとうございました」

「とんでもない。糸口をつかめるといいね」


 場にいる全員に向かって礼をし、足早に階段を上る。国見と永田の声が聞こえてくる。


「永田、爪の垢煎じて飲めよ。あの礼儀正しさを見習え」

「はー? 俺ほど礼儀正しい人いないでしょ」

「嘘つけ」

「あの礼儀正しさは10年以上剣道やってた侍精神ゆえにだよ。すげえ強えんだって。ね、大村さん」

「うん。団体と個人の両方で全国大会に出ている」

「ほらァ。マジつええかんね、お前、級付けで当たったら瞬殺よ?」


 瞬殺されるのは俺のほうです。

 口には出せない返事をして管制室を後にする。階段を一気に降りて建物を出、ようやく操作に慣れてきた電動車に乗った。


 ――前世がないなんて、羨ましい。


 河野の言葉が耳に残っている。どういう意図で発せられたのか。嫌味なのか本心なのかすら分からなかった。

 隙が無く、感情を察しづらい。あのやり取りで、大村はよく彼がこちらに興味を持っていると分かったものだ。付き合いが長いと感情の機微を理解できるようになるのだろう。

 級付けで当たったら、という永田の言葉が反芻される。

 訓練初日、須賀から説明されたことが思いだされた。


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