#25 思考
松川は「宿題」の正解不正解は問わないと言った。
「どっちでもいい。過程が大事だからね」
「過程?」問い返すと、松川は自らの頭を指さす。
「カンカンがどう考えて、何を判断材料にしたか。想像力と発想力、それらを飛躍させる思考力、選択肢を取捨選択する判断力、ぜんぶが集約される。外れても良いから自信を持てる考えに辿り着くこと」
「分かりました」
「カンカンの性格上ありえないと思うけど、テキトーに考えてテキトーに答えを出したそのときは」
「そのときは?」
「法師にめちゃくちゃ話を盛って言いつけるから」
「全力で取り組みます……」
「当たったら……そうだな、私のピリオドを体験させてあげるよ。ついでに年齢も教えてあげる。じゃ、時間余ってるけど今日はここまで。ムニン、ありがと。消していいよ」
『お疲れさまでした』
ホワイトボードに書かれた図や文字が自動的で消えていく。松川は指示棒を畳みながら出入り口まで歩を進め、ふいに振り向いた。
「1個だけヒントをあげる。『すべての行為には理由がある』。この言葉の意味、考えてみて。じゃあね」
「ありがとうございました」
律儀に立ち上がって深く礼をする神崎に笑みを浮かべて手を振り、松川は部屋を出て行った。
広い会議室に、ひとり残される。
『時間になりましたらお知らせいたします。ご自由にお使いください』
ムニンと呼ばれていたAIは親切に告げた。
腕を組み天井を見上げる。大村と玉池のピリオド。3日後までに。実地を見学。当たっても当たらなくてもいい。過程が大事。すべての行為には理由がある。
相手をよく見ろ、という剣道部の顧問の教えが脳内によみがえる。どんな相手にも弱点はある。どんな難敵にも隙は存在する。
この問題も同じく、観察すれば解決の糸口を見つけられるはず。
すべての行為に理由がある。似た言葉を大村も言っていた。「行為」とは何を指すか。大村と玉池の取る行動に、ピリオドに関わる意味づけがされているのか。
「出題の意図か……?」
思考を整理しようと部屋を歩きまわる。さながら、会心の推理を披露する探偵のごとく。
あの言葉が出題の意図を指しているとしたらどうだろう。理由がある、とは、松川が出題対象として大村と玉池を選んだことに意図があるということになりはしないか。
玉池とは訓練でほぼ毎日顔を合わせる。大村とはそうでもない。彼よりも、三澤や中倉のほうが会う頻度が多い。あえて大村を指名した理由があるのか。
可能性として考えられるのは、今の神崎が正解に辿りつけるような能力であること。加入したばかりで知見が浅くとも推察が可能な能力。
ただ、容易に考えつくものとは考えづらい。思考力が試されていると言う以上、思いつくような範疇の能力に、なにかしら捻りを加えたものかもしれない。
痕になってしまった左頬の傷を指でなぞる。
熊岡が投げつけたブロックで深く切ったそこは、やはりくっきりと痕が残った。傷を気にして触れているうち、深く考えるときに意識せず触る癖がついてしまった。
「……もうヒントは揃っていたりして」
2人のピリオドを突き止めるに足るヒントはすでに与えられていて、気づいていないだけ。
だとすれば玉池のほうが突き止めやすい。接触する状況が大村より限られている。
最初に避難を誘導されたとき、翌日の病室、見学していた須賀との模擬練、食堂、屋内訓練場。判断材料は絞られる。
見学の日に絹川が話していたことが思い出される。須賀との模擬練で、玉池はちゃんとピリオドを使っていた。神崎は大村のピリオドも見ている。ただし、気づけないと思う。
ホワイトボードに歩み寄り、タッチペンで大きく十字を描く。4つに区切った左上から時計回りに文字を書きいれる。
なにかを武器化・具現化する「具現」。肉体や物質に変化を与える「変異」。人間の感覚が強化される「感覚」。それ以外の「特殊」。
両名とも、具現型ではないだろうと真っ先に除外する。彼らと接していて印象に残っている物体はない。模擬練でも、玉池は携行していた銃とナイフしか使わなかった。
「変異でもない、か」
須賀との一戦、玉池少年の身体に目に見える変化はなかった。障害物や自動走行マネキンも同様に、特段の変化は感じなかった。大村といるときにも異変を感じたことはない。強いて言うなら彼の寝癖が気になる程度だが、絹川に「さすがにそれは違う」と一蹴されている。
残されるのは、感覚型か特殊型。
二人の人となりから手がかりはないか。コツ、コツ、とタッチペンでホワイトボードを叩きつつ思考を巡らせる。
「大村さんは寝癖……と、長話」
会うたび大村はどこかに寝癖がついている。無精なのか、偶然なのか。前者であろうが、こうも都度異なる場所に寝癖がついているとピリオドなのではと疑いたくもなる。
長話はどうだろう。「知ってる?」と問いかけて、知らないと返せば長話が始まる。知ったかぶりをしても、返事がどれだけ嘘くさくともアッサリと引く。あれはピリオドなのか。持って生まれた性格か。
玉池少年は大村のような変人じみたところはない。見目のわりに大人びている。前世の記憶が明瞭にあるのならば、あの落ち着きも頷ける。
「駄目だ、分かんねえ」
片方は接した時間が短く判断材料に乏しい。もう片方は接した時間が長いぶん、あれやこれやと疑念が浮かぶ。
ホワイトボードの前で唸っていると、見かねたムニンが声をかけてきた。
『なにかお手伝いしましょうか』
「え? ああ、ありがとう」
はたと気づく。
余計なことを教えてしまうから人に聞くのは控えろと言われたが、AIに質問するのはどうだろう。単純明快に答えてくれるし、先ほどまでの会話を聞いているから答えを直截に言うことはしないのでは。ピリオドについても自分より詳しいかもしれない。
断られることを承知で問いかけてみる。
「ムニン、大村さんのピリオドは何型?」
『ごめんなさい。お答えできません』
「だよね」想定通りの返答に苦笑が漏れる。「じゃあ、松川さんは?」
『松川あかり隊員は、変異型です』
「そうなんだ。永田さんはピリオド持ってるのかな」
『永田
「へえ。どんな能力だろう」
『ごめんなさい。お答えできません』
個々人の能力の仔細はAIでも他言無用か。しかし、聞いてしまうと永田のピリオドも気になってくる。いったいどんな感覚が強化されるのだろう。
「感覚型は、人間の持つ感覚を強化するって聞いた。自分だけじゃなくて、他人の感覚を強化するのも含まれる? それは変異型になんのかな」
『他者の感覚強化も感覚型に分類されます。また、能力によっては強化だけでなく減退させることも可能です。……他支部には、触れた相手の視力を吸収するピリオドをお持ちの方がいます』
「吸収? 相手の視力が自分の視力に上乗せされるってこと?」
『はい。触れられた相手は、ピリオド作動中は失明状態になります。解ければ元の視力に戻ります』
「へえ。……待って、永田さんのピリオドは言えないのに他の人のは言っちゃっていいの」
『個人が特定される情報か第1中隊に所属する隊員に関する情報、いずれかに該当しなければ、ある程度は可能です』
どこぞの誰かさん、という範囲におさまるのであればセーフ判定らしい。
感覚型は「強化」のみだと思っていた。減退も可能、さらに自身だけでなく他者の感覚のコントロールも可能となれば、選択肢は広がる。
「相手に触れなくても発動できたりする?」
『はい。発動範囲は人によります。触れずとも、一定範囲内にいる人間を対象にできる方もおられます』
触れずとも影響を及ぼせるタイプだとしたらどうだろう。
いきなり自分の感覚に異変が生じれば神崎でも気づくのではないか。とはいえ、気づかないほど些細な変化を生み出す場合はどうだ。いつの間にか術中に嵌っているような、じわじわと効力が強まるパターンもありえそうだ。
幻覚を見せる能力、と閃くが、首を振る。
玉池少年の模擬練を、神崎はタブレット片手に見ていた。映像と自らが目にした光景に差異はなかったように思う。それに、神崎と絹川がいた観客席と玉池が立っていた場所はかなり距離があった。彼が感覚型ならば自身の感覚にのみ作用する能力と考えたほうがいいのではないか。大村のことはとりあえず置いておき、先に解決できそうな玉池の能力に考えを巡らせる。
他の可能性を潰すべく、ムニンに質問を重ねる。
「変異型には、どんな能力がある?」
『草花を枯らしたり、生やしたり、無風の場所に風を巻き起こしたり、自分の手を鞭に変えたり、などがあります』
「変異型も他人の身体を変化させられるのかな」
『はい。人の身体を浮かせる能力、特定の人間同士を磁石のように引き合わせる能力も存在します』
ひとつ疑念が湧く。仁科少女のピリオドは一定範囲内にいる人間を遠ざける能力だった。他者に変化を生じさせるという定義と合致する。
なぜ彼女は特殊型なのかも問うたが、ムニンは『ごめんなさい。お答えできません』と申し訳なさそうに言った。
質問の矛先を変え、具現型の定義を確認する。
「俺の刀を出す能力は、別の刀を持っても発動できるんだろうか」
『できません。具現型の武器は、発動時に具現化されたものを指します』
「三澤さんから、具現型は何かを武器化するって聞いたんだけど」
『それは、本来武器としての用途を持たないものを武器に変異させることを指しているかと思います』
ムニンは例を挙げて教えてくれた。
ピリオド発動時、5cm角の四角い付箋紙を表出する隊員がいる。付箋は剥がすと鋭利な刃物に変化し、手裏剣のように投げて戦うという。
ちょっと戦う光景を見たい、と思った。
神崎は、そこいらに生えている草をむしって刃に変えるような能力も具現型に含まれると認識していた。だが、そういった能力は変異型に分類されるという。
具現型は発動時に物体がどこからともなく出現するのが特徴だと教えられる。
『まもなくお時間になります』
「ありがとう、いろいろ教えてくれて」
各種別がどういった定義かはおおよそ理解した。情報を元に再考する。
まず二人とも具現型の可能性は低い。変異型も考えられるが、模擬練の内容を見たところ玉池少年は少なからず違う。大村も可能性は薄い。
特殊型は4つのなかでも最も稀少であるとムニンは言っていた。さすがに小手試しの問題でいちばん稀少な型を指定してくることはない……とは断言できないが、いったんは除外して考えることにする。
濃厚なのは、二人とも感覚型。なかでも、自分の感覚のみを強化する能力。ほかの可能性も視野に入れつつ、まずはこの仮説が当てはまるかを見極めようと決意する。
明日は玉池少年とのグライン訓練がある。午後に管制室で実地の見学をし、得ることがあれば脳内の情報を修正し、精査していけばいい。
大村は玉池の能力を突き止めてからにしたい。ピリオドなのではと思わせられる挙動や言動が多すぎる。玉池少年のピリオドを確定させたあと、ゆっくり考えるとする。
考えをまとめて会議室を出た。このあとは2時間ほど空き、三澤の訓練で終了となる。明日と言わず、今のうちに管制室を覗いてみようか。
エレベーターホールに出る。ちょうど1基のエレベーターが上がってくるところだった。箱はこの階で止まり、扉がひらく。
姿を見せた人物は、神崎を見るなり右手を上げた。
「ごめん、急に仕事入っちゃってさ。間に合わなかったなあ」
今日の大村は、前髪の一部が見事に真横を向いている。
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