#24 組織


「校長かハリスンから教えてもらわなかったの?」

 問いに首を振る。「本部がどの国にあるかは教えてもらったんですが、国内の組織図は詳しくは」

「そこ、いちばん最初に教えるとこじゃんねえ」

 彼女は呆れた声で言い、くるりと身を翻してホワイトボードに正対した。


「ムニン、日本地図出して。地区分割されているやつ」

『かしこまりました』


 女性の声でAIが答える。すぐさま日本地図がホワイトボードに映し出された。松川は指示棒を伸ばし、指ししめす。


「まず、本部は東京」


 音を立てて、異なる色で塗り分けられているエリアを次々と指していく。


「東京本部以外は支部扱い。北から北海道支部、東北支部、関東支部……関東は東京以外の県で構成されてる。……中部、関西、中国、四国、九州」

「業務内容は同じですか」

「同じだけど、都市部のほうが人数は多い。あと記憶研の支所の規模も違う。地方はさほど大きくないかな」


 加入の際、記憶研職員が本人や家族に説明をするのは東京本部と関西支部くらいだと彼女は続けた。


「記憶研の人も隊員扱いなんでしたっけ」

「そう、実働じゃなくて後方支援。ピリオドを持たない人もいる。ムニン、次は東京都のエリアマップ」

『かしこまりました』


 日本地図が翻り、東京都の地図が表示された。こちらは青・赤・緑・黄の4色に塗り分けられている。


「支部から都道府県ごとに分かれて、中隊って呼ぶ。関西支部大阪中隊、みたいにね。異能犯罪者の発生率が高い東京は、都内を4分割してる」


 彼女はそう言って、中央付近の赤色で塗られている箇所を示した。


「本部はここ。国立記憶科学研究所の本所と同じ千代田区。管轄するのは新宿・渋谷・世田谷……都心とその南らへん、って言えばいいかな」


 次いで、青く塗られている東側のエリアを指す。


「私たち東京本部第一中隊管区が青い部分。東側と豊島・練馬・板橋あたりの都心ちょい北。記憶研は第1支所。第2中隊は黄色い部分。三鷹市と武蔵野市から、西は昭島市まで。町田市は第3の管轄。八王子から奥多摩までの西部一帯」

「ここみたいに、記憶研の敷地内にあるんですか」

「うん。ICTO本部に記憶研の所長がいて、ウチの校長は探査室長でしょ。第2には解析室長、第3には……あ、ど忘れしちゃった。ナントカ室の室長がいる。災害やテロで壊滅しないように、室長は基本的にバラけてる」


 探査と解析、そしてもう一つの部門が具体的になにをしているのかも聞きたかったが、さすがに大村に直接聞いたほうが良いだろう。時間のあるときに聞いてみようと脳内にリマインドを残した。


「ムニン、ありがとう。戻していいよ」


 松川の声にマップが消える。彼女はタッチペンを取り出しホワイトボードの中央上部に横長の四角を描いた。動くたび、ポニーテールがゆらゆら揺れる。

 絹川よりも背が高いように見えた。170cmはあるだろう。背伸びをせずとも盤面上部に手が届く。


「次に、組織構成。日本のICTOのトップが総裁」


 彼女は描いた四角の中に「総裁」と書き加えた。「今、12代目だったかな」と補足し、吹き出しを描いて「だいたい12代め」と入れる。

 さらさらと書いているが字は綺麗で読みやすい。


「次が副総裁兼東京本部長。二人とも多忙だから、めったに会うことはないかな」

「総裁と本部長も、ピリオドを?」

「もちろん」

「どんな方ですか」


 うーん、と松川は悩むそぶりを見せる。「総裁は……例えるなら、ヤタガラスかな」

「ヤタガラス?」

「そう。本部長は鳳凰っぽい」


 なぜ比喩が伝説上の生物なのか、こういうときは実在する人物を挙げるなり具体的な人となりを言うのが普通ではないか……そう思ったが上官相手に強くは言えない。神妙な顔で頷くにとどめた。

 彼女の「なんとなく変」なところはこういう部分で発揮されるらしい。

 神崎の心中など知らぬ松川は、「総裁」と書いた下に縦線を引き、横長の四角を描いて「本部長」と書きいれた。


「その下に、本部隊・第1中隊・第2中隊・第3中隊と来る。カンカンにここで問題。このなかで一番腕の立つ隊員は誰でしょう」

「……総裁ですか?」

「ブッブー残念、総裁のピリオドは実戦向きのものじゃない。正解は本部長でした」


 「本部長」の左上にギザギザした吹き出しが加えられ、「最強」と入れられる。

 本部長から線を引っ張り、大きな四角をひとつ。その四角を上部で区切る線が一本入る。さらにその下に、四角が3つ並ぶ。

 松川は区切りの入った四角をしめした。


「これが本部隊。都心部を守るわけだから隊員の質はかなり良い。訓練期間が終われば本配属になるけど、本部へ配属されればエリート街道に乗ったと思っていい。で、本部でも特にここ」


 とん、と示されるのは、区切られた狭いスペース。


祓川はらいかわ本部長自ら指揮を執る、超~精鋭揃いの祓川隊。人数は20人ちょっとだったかな」

「本部配属から、さらに選抜されるってことですか」

「そうそう。エリア支部長とか中隊長クラスは元祓川隊って人が多い」次に松川は、3つの四角にタッチペンを移す。「各中隊はトップに隊長を置いて、その下に副隊長。そのまた下に班長がいて、そのさらに下が隊員。班はピリオドを持つ実働隊員6名から8名で構成される。……ウチの隊長はここんとこ本部と行ったり来たりしてるから、まだ会ってないでしょ」

「はい」

「名前だけでも覚えておくといいよ」


 松川は一つの四角に綺麗な字で「犬束 玲」と書き込んだ。「いぬつか あきら」とルビが振られる。さらに、そのすぐ下に「崎森 カナメ」と書く。


「副隊長が法師ね。崎森班班長兼任」

「え、崎森さんですか!?」

 無意識に声が上ずった。松川は目を丸くする。

「なに、そんなにビックリして」

「そこまで偉い方だと知らなくて……」

「そうだねよねえ、偉いよねえ。あんなに若いのに」

「おいくつなんですか」

「私の3つ上」

「松川さんはおいくつですか」

「女性に年齢を聞くのは今昔問わずナンセンスだよ、カンカン」


 今のは教えてくれる流れじゃないですか。喉まで出かかった言葉を飲み込み、すいません、と正直に詫びる。

 崎森がそこまで高い地位だとは思わなかった。常に落ち着き払っている印象だが、予想では20代後半に見受けられる。若くして東京東部のナンバー2だとは。

 そこでふと、絹川が見学の折に「年は須賀が上だが、崎森のほうが上官に当たる」と言っていたのを思い出した。


「法師は元祓川隊だしエリートだよ。あんまり目つけられないようにね」

「……目をつけられるようなことしかしてないんですけど……」


 彼の面前でしてきたことが浮かぶ。緊急警報の指示に応じず、謎の刀を出し、避難誘導してくれた玉池少年を撒き、容疑者に殴りかかり、コンクリートの塊を斬ったかと思いきや遺体を見て卒倒し、奇妙な第6感を働かせて謎の男と対峙した。

 要注意新人とマークされていてもおかしくない。むしろ、要注意人物だから須賀班の同行のとき管制室にいたのではないか。神崎の行動を監視するために。

 大村の護衛にわざわざ彼が同行してきたのも頷ける。

 目に見えて動揺を示す神崎に、松川はケラケラと笑った。


「心当たりありすぎなんだ? 大変だねえ。まあ、今のカンカンと法師が戦っても100%法師の勝ちだと思うよ」

「俺もそう思います」

「あはは。カンカンは理解が早いというか、聞き分けがいいね。……説明続けよっか。第1中隊には、6つの班があるの」


 崎森の名から少し空間を空け、5人分の苗字が書き込まれる。須賀、松川、矢代やしろ笹岡ささおか河野こうの

 河野という名はどこかで聞いた。他の2名は初めて耳にした名だった。構成からして、東部エリアは40人ほどの実働隊員で守られていることになる。


「隊員はもっと多いと思いました。全員、違ったピリオドを持ってるんですか?」

「似た能力もあるよ。まったく同じピリオドも、全国に目を向ければ誰かしら見つかるんじゃないかな。カンカンが遭遇した謎の男も、ひょっとしたらハリスンと同じ瞬間移動のピリオドかも」


 それだとガラスを降らせた能力はなんだって話だけど、と苦笑ぎみに松川は言う。

 須賀と同じ能力なら、ビルの屋上に現れ忽然と姿を消したことに説明はつく。失踪した父にまつわる奇妙な出来事の一部にも。

 しかし、それだけでは説明がつかない点もある。松川の言う通り、ガラスを宙に浮かせて速いスピードで落とす能力は誰のピリオドなのか。共犯者があの場にいたのか、2つのピリオドを有しているのか。検知に一切引っかからなかったというのも怪しい。


 動揺したかと思えば急に考えこみ真剣な顔をする神崎を、松川は面白いものを見るかのように観察する。

 視線に気づき、慌てて姿勢を直した。


「すいません、考えごとしてました」

「ピリオドについて考えてたのかな」

「はい。分からないことばかりで考えがまとまらないんですけど」

「そっかあ。ちょうどいいね、宿題の話しよっか。校長に頼んで3日後も私が教えるから、それまでに解いてきて」


 「宿題」をするにあたり、ふたつの条件が出された。

 ひとつは、周囲に助言を乞わないこと。

 もうひとつは、管制室で実地を見学すること。


「実地は何班か見たほうがいい。班長には声かけておくから管制室に自由に出入りしていいよ。見て想像を膨らませていろいろ考えて」

「分かりました。助言がダメっていうのは分かるんですが、質問をするのは大丈夫ですか」

「うーん、質問じたいは良いんだよ。答える側がさぁ……カンカンが答えに辿りつきそうなヒントを不用意に出しちゃいそうで。私たちにとっての常識が、カンカンにとっては未知の真実だったりするでしょう? 思いがけないヒントになっちゃうかもしれない。最低限の質問にとどめたほうがいいかな。特に、本人たちには質問禁止」

「本人たち?」


 松川はそこで眼鏡を外し、ニッコリと笑みを浮かべて言った。


「では、カンカンに宿題です。次回までに、大村校長とボールボーイのピリオドを当ててください」


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