#12 宣誓


 ちょうど良かった、このまま管制室へ行こう。大村はそう告げ、先んじてエレベーターに乗りこんだ。


「なにを見てきたの?」

「訓練所を案内してもらって、玉池くんと須賀さんの模擬練習を」

「須賀さんのピリオドにはびっくりしただろ」

「はい、とても」

「神崎くん、鳩が豆鉄砲を食らったような顔してましたよ」


 エレベーターは4階で止まった。6階は病院に似たつくりだが、4階の内装は全く違う。案内表示もなければ、部屋の扉にも掲示がない。先を歩く大村についていき、物珍しげに見渡していると、絹川に「猫みたい」とからかわれた。

 そこらじゅうを見わたしているうち、なにかに導かれるように、自らの意思とは関係なしに視線が天井を向いた。隣接する建物との連絡通路に照明が灯っている。そのうちの一つがどうにも気になった。

 ほかとなにも変わらないのだが、あれだけ消えてしまいそうな予感がする。

 あの電灯、とつぶやく。脇を歩く絹川が怪訝な顔をした。「どうかした?」


「あの電灯、消えそう」 曲がり角を照らしているそれを指ししめすと、絹川は首をかしげる。

「この前の定期点検で異常はなかったけどなあ」

「……じゃあ、気のせいかな」


 なにか確信があるわけではない。なんとなく目に入って、なんとなく思っただけだ。

 すぐに意見を引っこめて不審に思われるかと思ったが、絹川は特に気にするようすもなかった。


 管制室は建物東側に位置していた。「Control Room」と自動ドアに掲示がある。入ってすぐに下に降りる階段があり、入り口から部屋全体が見渡せる設計になっていた。


 室内は広々としていて、正面に大型モニターが三つ。中央がメインモニター、両脇がサブモニターらしく、サブモニターはそれぞれ12か所、計24か所の映像が分割して表示されている。映っているのはどこかの街並みだ。メインモニターではそのうちの1か所の映像が大写しになっている。

 切り替えはモニター下に設置されている機器で行うらしい。タッチパネルのほか、ボタンとツマミがいくつも見える。

 その後ろには、モニターを背にして楕円の島ができている。独立したデスクが連なっているが、いまは誰もいない。それぞれの席にはパソコンやタブレット、資料が無造作に置かれている。


 メインモニター下の機器には2人の男がついていた。左の男は両手を頭の後ろで組み、背もたれに背をあずけている。もう一人は足を組んで頬杖をつき、メインモニターを見つめている。階段を下りて近づいたところで、右側の男が崎森だと気がついた。

 左側の男が椅子を回転させてこちらに向きなおる。大村が、やあ、と手をあげた。


「どう? 状況は」

「いまのところはなにも」


 応じたのは年若い男。短めのアッシュグレーの髪はセットされ、フープ状の2連ピアスを左耳にしており、制服にグレーのテーラードジャケットを合わせていた。


「その人っすか?」


 男は神崎を手で指ししめした。指でさすのでも、顎でしゃくるでもなく、きちんとてのひらを上にしてしめしたのが意外だった。内面は真面目で礼儀正しいタイプなのかな、と呑気に思っていると大村が紹介してくれた。


「そう。神崎真悟くん、来月大学に入学予定の18歳。神崎くん、こちらは須賀班の管制担当を務める」

永田ながたっす。どーもー」

「よろしくお願いします」


 永田は座ったまま軽く頭をさげた。深めの礼で返すと、「若いのに礼儀正しいねえ」と感服している。


「ウチの班長には? 会った?」

「はい。模擬練習を見せてもらいました」

「あーね。洋画の吹き替えみたいな話し方だと思ったっしょ?」

「思いました」

「でしょ? ここの班長はクセのある人ばっかだけど、須賀さんがいちばんキャラ濃いと思うんだよねえ。崎森さんもそう思いません?」

「知るかよ」

「つれないなあ」



 永田は口をとがらせるが、崎森は気にもしない様子だった。

 彼の顔を見てビジターパスを思いだし、礼を言って差しだす。崎森は「ああ」と短く応じて受けとり、胸ポケットにしまった。


「不便はなかったか」

「おかげさまで。絹川さんがいろいろ教えてくれました」

「なら良い」

「崎森さん優しいんすねえ。俺ンとき、松川さんは放置プレイでしたけど」

「あいつがそこまで気ィ遣えるわけねえだろ」

「そりゃーそうだけど」

「それより、説明」


 へいへい、と永田はモニターに向かい、備えつけのキーボードを叩きはじめる。「こういうのって連れてきた大村さんの役目じゃね?」という彼のボヤキじみたツッコミを、大村も崎森もスルーした。永田も特段気にせず操作を続けた。絹川が三人分の椅子を持ってきてくれたので、礼を言って座る。

 中央モニターに一人の人物が映される。濃紺のスーツをまとった男。いたってどこにでもいそうなビジネスマンに見える。


桑原亮一くわはらりょういち、32歳。保険会社の営業です。三か月前から値が怪しいんで、ウチの班と笹岡班で交代しながら監視中。警察には報告済み、ゆうべの件で向こうも警戒強めたのか、今日は警官が2人ついてるようです」

「監視っていうのは、具体的になにをするんですか」おずおずと質問を投げかける。。

「相手によりけりだね。探偵みたいに尾行したり、一般人を装って接近したり。そのあいだに記憶研が前世の記憶から手がかりを探す」

「手がかり?」

「ピリオドになりそうなきっかけとかァ、状況的なヤツ」


 永田は、予備知識のない神崎でも理解できるくらい噛みくだいて話をした。大村や絹川がところどころ補足を加える。


 ピリオドを検知する装置は日本全国に備えつけられている。場所や方法は機密事項で一般人は知りえない。一定以上の数値を出した人間に関しては、記憶研とICTOに情報が共有される。記憶研は該当者の前世の記憶を洗いだし、ICTOは警察と連携のうえで「保護」「経過観察」「監視」などしかるべき措置を取る。


 記憶研は、国民全員の前世映像の保管・管理を一手に担う。しかし、前世の記憶の鮮明さは人それぞれで、まったく覚えてない者もいれば記憶を混同させてしまうほど詳細に覚えている者もいる。 遡臓検査の要約文で「詳細不明」と記述され、前世の自分がどんな人間だったのかを知る手がかりがない―という例は少なくはない。


 鮮明に覚えている方が楽なのだと大村は言った。前世が犯罪者や犯罪被害者であったりすれば、それとなく注視するなりカウンセラーを派遣するなり処置がとれる。

 面倒なのは、「前世で罪を犯したことをまったく覚えていない」人間だという。なんらかのきっかけですべてを思いだしたときに暴走しがちなのがこのタイプだとも大村は添えた。


「熊岡はこの例に近い。検査は受けていたものの、結果を聞くのを忘れていた。最近になって職場で遡臓の話になり、その流れで記憶研に問いあわせをしてきた」

「検査で彼が犯罪者だということを把握していたなら、そこで対策が取れたんじゃ」

「もちろん、AIの要約段階でショッキングな映像が含まれている記憶は、職員が確認している」大村は眼鏡の位置を直しながら、大きなため息をつく。「なんともない記憶を繋ぎ合わせて『なるべく普通の人間』のようにね。要約文にも念のため手を加えた。元凶悪犯相手には、こちらも慎重にならざるを得ない。下手に実際の映像を見せて遡臓を刺激すればなにが起こるか分からない。ピリオドを出さないかぎりは一般人だしね」

「前世犯とは伝えなかったんですか」

「重罪人の場合は伏せることが多い。自分が誰だったか特定しやすいし、思いだしのトリガーになりやすいから。だが」

 大村は足を組む。「記憶っていうのは僕らが思う以上に複雑かつ面倒くさい厄介なシロモノでさ。一見するとなんともないことでも、その人にとっては大きな意味を持つこともある。僕たちが『普通の人』ふうに編集した映像のどこかに、ヤツの過去の記憶を呼び戻すなにかがあった可能性は否定できない」


 編集された映像を見て、熊岡はなにかを掴みかけた。どこまで把握していたかは分からないが、ひょっとすると前世が誘拐犯であるということも察知していたかもしれない。それで近隣をうろつきはじめ、検知に引っかかった。

 ICTO側も人数が十分いるわけではない。ちょうど別の地区で応援が必要だったため、ゆうべは手薄になっていた。


「そのタイミングで被害者と熊岡が接触した。……供述によれば、熊岡は被害者と接触し口論になり、近くにあった石で殴って首を絞めて気絶させた。孫たちを誘拐しようと近隣を徘徊し、そのあいだに記憶が芋づる状に思い出されてピリオドを表出した。緊急警報が発報されたのはこのときだ。……湧きあがる力のままに塀を壊していたら被害者がうめき声をあげたから、手をかけた。この直後に君が来た」

「不幸中の幸いは」とりなすように永田が発する。「ほかの応援に回ってた崎森さんがソッコーで終わらせて戻り足だったことでしょうね。じゃなきゃ神崎くんも死んでた」


 胸のうちで感情が渦まく。いまさら分かりようのない悔いが浮かぶ。

 もう少し早く家を出ていれば、助けることができたのか。

 彼女が生まれ変わっても、人に殺された記憶を思いだすときがくるかもしれない。

 生まれ変わるからと言ったところで、遺族の悲しみが癒えるわけもない。


 怒りや無力感が胸をさいなむ。

 あのとき、ああしていれば。

 昨日から、この考えに縛られている。どうしようもないのに、考えるのをやめられない。


「同じてつは踏まない」大村が言った。「今度は誰も傷つけさせないよ」

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