#11 模擬
飛行状態で戦闘が始まると思っていた。予想に反し、ふたりが飛びあがる様子はない。手元のタブレットを確認する。
入りくんだ街路で玉池少年は頭上を確認し、障害物がどう配置されているかの見当をつけたのち、徒歩で移動を開始した。グラインを使わないのは、射出音で居場所が特定されるのを防ぐためだというのは察せられた。
須賀も自身の周囲を確認している。足どりは悠々としていて、少年がどういった方法で挑んでくるのかを待ちうけているようにもとれる。元指導官という彼の言葉からして、二人の腕前には開きがあるようだ。
玉池少年が右手にナイフを持つ。黒い服で判別がつかなかったが、タブレットの映像を拡大すれば太ももと腕にそれらしきホルダーがあった。
左手は、左もものホルダーに手をかけている。収納されているのは、大きさからして拳銃だろう。
「殺傷力がないだけで仕様は実戦用と同じ。ナイフは制限なし、銃は1丁だけ携行できる」
絹川が説明を付した。銃はライフルやショットガンも選べるが、両名ともにハンドガンを選択している。
ふいに、玉池少年の動きが滑らかさを帯び、グラインを起動したのが分かった。射出量は最小限にとどめ、音を出さず動いている。ナイフは
刃渡り15cmほど、ブレードも含めたすべてが真っ黒なつくりのそれを持つ彼の顔に、こちらに両手を振っていたときの無邪気さはかけらもない。
些細な音も聞きもらすまいと集中していて、獲物を狩る猟師さながらである。
徐々に二人の距離が詰まっていき、直線距離で10mを切ったあたりで、待ちわびていたかのように須賀が声をあげた。
「そろそろ近くまで来たかな?」
朗々とした声音で言うと、彼はそこで初めてグラインを起動し、真上に浮かんだ。玉池少年はすばやく銃を抜く。須賀が障害物よりも高い位置につけたところで、両者は互いを視認した。いっさいの躊躇なく、少年は須賀に照準をあわせた。
避けるなら、加速してさらに上に飛ぶか、動力を切って落下するか。神崎は瞬時に自分ならどちらを選ぶかを考えた。
しかし須賀は、そのどちらも選ばなかった。神崎の視界からとつぜん姿が消える。
「消えた?」
見間違いかと思い、あわててタブレットを確認する。正対していたはずの玉池少年の背を見る須賀が映っていた。
いつの間にか、背後に回りこんでいる。
「えっ……瞬間移動!?」
うわずった声が自分の口から漏れでた。タブレットを眼前まで引きよせる。
須賀は少年の肩を叩こうとしたようだが、少年は少年で背後を取られたことを察知していた。銃口を後ろ手に向け間髪入れずに1発撃ちこみ、ナイフを持つ右手を大きく振った。
当たる、と思った次の瞬間には、須賀は少年と5mほどの距離を取ってふたたび正対していた。
放たれた弾は誰もいない塀に着弾し、蛍光イエローに発光する。
「おっと」
玉池の前に立った須賀は、ナイフでなにかを払った。カラン、と軽快な音がする。
少年が右手に持っていたはずのナイフだった。現に玉池の右腕はなにも持っていない。本命は銃ではなく、ナイフの方かと得心がいった。
まず銃を構えて撃つふり。背後に移動するのは読んでおり発砲、同じタイミングで弾を避けるためにさらに移動してくると
「だいぶ成長したじゃないか」
「前はトドメ刺されるときしか装備使ってもらえませんでしたから、ねっ」
両手で銃をかまえ、胸部を狙って一発。だが、標的――須賀は消えた。
これも避けられると踏んでいたらしく、少年はすぐさま全速力でグラインを後退させた。ホルダーから新しいナイフを抜きとって構え、角を曲がる。
両脇を塀に囲まれた路地部分に入った。車が余裕を持ってすれ違えるだけの幅がある。
「素晴らしい進歩だ。では、今回は銃も使おうか」
須賀は明朗な声で褒めたたえる。その声は、少年が背を向けていた塀の真上から響いた。
チッ、と舌打ちが聞こえるのと、須賀がトリガーを引いたのは同時だった。
須賀の目線カメラに、ピアノを弾くかのように右手の指を動かす少年が映る。すると、背部の射出口から白い煙があがった。
最大出力で気体が吐き出されているのか、もしくは煙幕の類か。視界が一気に悪くなる。須賀が撃った弾は着弾して発光しているが、少年の姿は消えている。
須賀はすかさず不明瞭な視界のなか、目の前の塀に数発撃った。塀を背にして立っていた玉池が背部の射出で前進してかわしたと思ったのだろう。
あの速度で3mほどしかない場所を全速前進していたら、いまごろ少年は塀にめり込んでいるのではないかと思ってしまう。
だが、白い煙を切り裂いて、ナイフが須賀の胸部めがけて飛んでくる。須賀はグラインで左に移動し避け、お返しといわんばかりに飛んできた方向にもう一発撃った。
煙のあいだから、低い体勢で玉池少年が飛びだしてくるのが映った。どうやって凌いだのかは見えなかったが、弾が身体に当たった形跡はない。
距離を取ろうとする彼の行く手をさえぎって須賀が現れる。少年が先にトリガーを引くが、弾丸はまた空を切る。
目まぐるしい動きに画面酔いしそうになって、フィールドに目を向けた。少年が周囲を警戒しながら素早い身のこなしで塀を越えていくのが見えた。
須賀は小休憩でもしているのか、グラインの動力を切っている。少年はまだ両者が通っていない道に入りこみ、須賀がいる方向を注視している。銃の引き金に指をかけたまま警戒している。
瞬間移動ができるなら、今のうちにさっさと背後に回り込めばよいのではないか。そう思ったが、須賀は動く気配がない。
やらないのか、できないのか。
自らが通った場所にしか瞬間移動できない、というわけでもなさそうだ。手心を加えているとも考えづらい。ならば、瞬間移動できる範囲に限界があるのか。
両者のあいだには距離があく。状況を見守りつつ、神崎は頭を働かせた。
玉池少年の目線カメラには、かすかながら須賀の姿が映っている。しかし、須賀からは障害物の関係で少年の姿はうかがえない。
少年は狙いを定めて発砲もできるが、勝利条件の「胸に一撃」は難しいし、射程が足りない可能性もある。
なにより、玉池は相手が動くのを待っている風に見える。
「……須賀さんって、目の届く範囲にしか移動できなかったりする?」
ぽつりと思い浮かんだことをたずねると、絹川は、おお、と感嘆の声をあげた。正解に近いようだ。
須賀は開始当初、浮き上がって少年の位置を捕捉しピリオドを発動した。いま、少年は彼が視認していないスペースに身を隠している。その場所を捕捉しなければ、瞬間移動できないのではないか。
そう仮定すれば、須賀にとっていちばん手っ取り早いのはふたたび浮きあがって街路の形状を確認することだが、少年はその瞬間を待っているのかもしれない。
――射程は大丈夫なのか、これで外せば、位置が知られてかえって不利なんじゃ。
自分でも驚くほど、神崎の頭は冷静に思考を続けていた。
瞬間移動という人智を超えた現象を目の当たりにしているにも関わらず、それを受けとめて状況理解を尽くそうとしている。
「さっき立っていた塀の上に戻って、そこから見える範囲にどんどん移動していったら、いずれ見つかるよな」
自然と漏れたひとりごとを体現するかのように、須賀が動いた。
少年を狙撃した塀の上に移動し、見えている場所に移ってゆき、じわじわと可動域を広げる。
玉池少年も好機を見さだめて発砲したが、須賀は彼のいる場所に見当がついていたようで避けられてしまった。
位置が割れたことで須賀が一気に優位に立った。巧みに瞬間移動とグラインを使い攻撃をかわす須賀に、少年も食らいつく。最終的には白刃戦に持ち込んだ。距離を詰めて懐に飛びこみ、須賀の隆々とした右腕を掴む。
「良い判断だ」
須賀はそう零すと自らもナイフで応戦した。鍛えあげられた筋肉をまとう腕の動きは俊敏で、マネキンのときと違い、少年は避けるのが精いっぱいに見える。それでも掴んだ右腕は離さない。
体格差からして振りほどけるに違いないが、須賀はそうはしなかった。右腕を掴むことには何かしらの意味があるはずだが、神崎には理由まで考えがいたらなかった。
双方片手が使えない状況では玉池少年が勝つのは至難の業に違いなかった。
少年のナイフが須賀のそれにいなされて床に落ちると、彼はすぐに拘束していた右腕を離し、グラインで距離を取った。
だが次の瞬間には須賀が少年の眼前にあらわれ、ゼロ距離で胸元に発砲した。
『終了です』
「あーっもぉーっ!! もうちょっといけると思ったのに!」
悔しそうに大の字になって寝転がる少年。胸元、ちょうど胸骨の間が黄色に光っている。
右腕を離さなかったのは、瞬間移動をさせたいためかとそこでようやく合点がいった。とはいえ、ナイフを落とされた瞬間にためらいなく距離を取る判断力には驚嘆した。
自分が同じ立場だったら、ほんのわずかでも悩んでしまう。そして次の瞬間にはやられているだろう。
須賀は玉池少年に手を差し出し、その身を起こしてやる。
「前回に比べれば大したものだ。特に、グラインの腕は目覚ましい。ウチの班の誰よりも上手い」
「ありがとうございます……」
「あとは自分からチャンスを作りにいくこと。チャンスを待つより仕向けるほうがより難しく、より勝機をモノにしやすい」
「はい、頑張ります。ありがとうございました」
ぺこりと少年が礼をする。『インターバルに入ります』という自動音声で、障害物は床に沈んでいく。
神崎は、ふーっ、と息を深く吐いた。
すごいものを見た。心臓がばくばくいっている。爽快なアクション映画を見たときと似た高揚感が全身を包んでいる。
「びっくりしたかい?」
「うおッ!?」
脇にいきなり須賀が現れ、猫のように飛びあがる。ははは、と白い歯を見せて彼は笑った。
何度かまばたきをし、フィールドと隣にいる彼を交互に見比べ、ゆっくりと口をひらいた。
「……大村さんの話だけでは、ピリオドがうまく想像ができなかったんですけども、こうして目にすると、現実なんだなと思いました」
「最初は受け入れがたいかもしれないが、じきに慣れるさ」
「最初に、後ろの扉に立っていたのも瞬間移動ですか?」
「もちろん。でなければ声の大きさで俺の居場所などすぐに分かるさ。
「松川?」
「神崎くんはまだ会ってないよね」絹川が助け舟をだす。
「そうか。入隊すれば、いずれ会うことになる。さあ、そろそろ戻ったほうがいい。俺も後で合流しよう」
「見せていただいてありがとうございました」
「とんでもない。君にとっては人生を左右する決断になる。分からないことがあれば何でも聞いてくれ」
ではまた後で、と言い残すと彼は玉池少年のもとに瞬間移動で戻った。
「ああ、すっかり伝え忘れていた。崎森から伝言を預かっている。『勝率しだいでは追加も検討する』とのことだ」
「げェーーッッッ!!! もう1敗しちゃったんですけど!!」
頭を抱えてしゃがみこむ少年に心中でエールを送って、神崎と絹川は建物を出た。電動車に乗り、来た道を戻っていく。
「絹川さんの言ったとおり」
「うん?」
「俺には、須賀さんの瞬間移動しか分からなかった」
「それが普通だよ。ピリオドの種類については、入隊したら詳しく教えてもらえる」
「色んな能力があるんだろうな」
「もちろん」
「……」わずかに
「ご名答」
「はぁ、すげえ世界だな……」
情報化が発達したこの現代でピリオドが隠し通せるのもうなずける。
理解が追いついたわけでもない。ありえないことはありえない、という大村から教わった言葉を当てはめて、納得しようとすることしかできない。
「ひとつ質問。玉池くんはピリオドを使わなかった? それとも、使えない状況だった?」
「彼はちゃんと使ってたよ」
「……」
「ふふ、面白い顔してる」
「全っ然分かんねえ。どこで使ったんだろう」
「ま、いずれ分かるよ」
「入隊したら?」
「うん」
ゆるやかな坂を上りきると、もといた建物が見えた。
入り口付近を歩いていた大村が、こちらに気づいて手を振る。左耳のあたりにぴょこんと出ていた寝癖は直されているが、代わりに頭頂部の毛が跳ねている。
「大村さんもピリオドを持ってる?」
「うん。神崎くんの前でも使ってるはず。気づけないと思うけど」
午前中の大村とのやり取りを思い返すが、ただのひとつも思い当たる
「もしかして、寝癖が……」
「さすがにそれは違う」
「ですよね」
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