#7 歴史
「『俺が聞きたい』って顔をしているね」
ずばり言い当てられ、逃げるように視線をさまよわせた。大村は笑みをこぼし、背もたれに背をあずける。
「悪い、君を困らせたいわけじゃないんだ。もし知っていれば、と思って。聞いた話じゃ、きのう検査結果を知ったばかりだというし。すまない、いまの質問は忘れてくれ」
「……前世のない人間には、異能はあらわれないのですか」
大村はうなずき、タブレットを操りはじめた。視線を端末に落としたまま続ける。
「あの異能の
もっとも、と言い置いて大村が視線をこちらに戻す。「君は前世を持っているが、なんらかの理由で検査に引っかからなかったという可能性も捨てきれない。こちらの検知も完全とは言いがたいしね」
「検知?」
「ピリオドは表出すると特殊なシグナルを出すんだが、検知システムは一定の基準を超えないと拾わない。いままで君が出会った人のなかにもピリオド保有者はいる。たとえば、じゃんけんが異様に強かったり、やたらクジ運が良かったり、道に迷ったことが一度もなかったりする人。身近にそういう人はいないかな」
まっさきに、母の顔が浮かんだ。
彼女が目覚まし時計を使ったのを、神崎は見たことがない。寝るまえに「明日は六時に起きるぞ!」と一言つぶやくと、ぴったりその時間に起きる。幼心に不思議だなあ、と思うこともあったが、いまではすっかり当たり前になっていた。
その話をすると、大村はうなずいた。
「おそらく、ピリオドだね。お母さんに前世の記憶を聞いてみるといい。寝坊か目覚まし時計、どちらかに前世が大きく関連しているだろう」
「母は、俺が知るかぎりはずっとそうなんです。ピリオドっていうのは、なくすことはできないんですか」
「できるよ。君も見ただろう?」大村が崎森を指さした。ゆうべの記憶を反芻し、思いいたるものがあった。
「針で、男の胸を刺していました。殺したのかと思った」
「ピリオドは遡臓に衝撃を受けると弱体化する。……衝撃といっても、普通の銃やナイフじゃダメ。ピリオド、もしくは対ピリオド用の特殊武器でないと効果はない」
「……」黙って彼の顔をながめていると、大村は苦笑をこぼす。
「ファンタジーみたいだな、なに言ってんだこいつ、って顔だね」
「自分で見たはずが、理解が追いつかなくて。ぜんぶ聞いてから考えることにします」
頭を抱える。まったくついていけない。常識の範囲外のことばかりで知恵熱を出しそうだ。大村は鷹揚に笑った。こういう反応をされることに慣れているふうだった。
「君の困惑はいたって普通だよ。この先も、君にとってはトンデモ話が続く。……ひとつアドバイスしよう。僕が前世で大好きだった漫画の登場人物の台詞なんだが、これを念頭に置いておくと、多少は心持ちも変わるんじゃないかな」
「どんな台詞ですか?」
「“『ありえない』なんてことは、ありえない”」
ありえないなんてことは、ありえない。
自らに言い聞かせるように、小声でつぶやく。
「気に入った? 素晴らしい作品だよ、錬金術が存在する世界を描いたダークファンタジーでね。錬金術は知ってるかな」
詳しくは知らないです、と口を開きかけるも、崎森が口をはさんだ。
「脱線してる」
「ああ、ごめん。いまは遡臓の話だった。どこまで話したっけ」
「弱体化の話」なかば呆れた声で崎森が返す。
「そうそう、まだ全体の20%くらいだ」
大村は顔を伏せ、端末の操作に戻った。
そっとと崎森をうかがう。
忠告したろ馬鹿、と言わんばかりの苦い顔をされた。
知らないと言えば長話が始まるのだった。割ってはいり脱線を正すくらいだ、よほど長いのだろう。軽く頭を下げて謝意をしめす。大村が話を続ける。
「なぜピリオドの存在は大っぴらにならないのか。ああいう犯罪者が出たのは昨日今日に始まったことじゃない。しかし君は熊岡と遭遇するまで、ピリオドの存在を知らなかった」
首肯で応じる。その名も、異能の存在すら知らなかった。
「社会的な混乱が生まれたり、前世犯――前世で罪を犯した人間への偏見や中傷、差別が起こったりするのを防ぐのがひとつ。歴史の授業で、あの国のことは習っただろう」
彼はひとつの国の名前を挙げた。
いまは存在しない小国。遡臓が顕現して間もなく、大きな内乱が国内で頻発した。
もともと他国との関わりをあまり持たず、他国から大きく警戒されていた独裁国家。
「史実だと、遡臓の顕現で独裁者の悪行が明るみになりクーデターが起こったとされている。そのクーデターも完遂まぎわで
「『
「それそれ。どういう場面で使われるか知ってる?」
「知、ってます」つっかえながらも返した。「あの国が滅亡した理由に、ピリオドが関係しているんですか」
神崎の問いに、大村はうなずいた。
「ピリオドの保有者同士で殺しあいになったと聞いている」
彼はかいつまんで説明した。
クーデターの首謀者は大臣のひとり。表出したピリオドで当時のトップを
首謀の惨殺を目の当たりにした政府側でも強大なピリオドを持つものがあらわれ、国家を大きく巻きこむ事態に発展した。
「内紛開始から国の滅亡まで、1年かからなかった。隣国との休戦から70年以上も微妙な関係が続いていたのに、たった1年足らずで国がひとつ消えた。……内情を知った各国のお
ぴちち、と窓の外で鳥が鳴いた。
「水面下で遡臓の研究が急速にすすめられた。検知機能の実現、前世記憶とピリオドの相関調査、法体制整備にピリオド弱体化の解明」 大村はそこで一呼吸おいた。
「最終的にひとつの組織が生まれた。表向きは、前世犯が今世でも犯罪に走らないよう記憶研と提携して監視する組織。裏の顔は、ピリオド保有者でもって異能犯罪者から国や市民を守る組織、とでも言おうか。それが、君がゆうべから目にしている黒い服の集団。テレビでも見たことあるんじゃないかな。制服くらいは」
「そういえば」黒い服を見て感じていた既視感の正体を悟る。「たまにニュースで、警察と一緒に映ってるのを見たことがあります」
「似ている部分もあるけれど、根本から異なる。向こうは一般人を、こちらは異能犯罪者を捕まえるのが役目。警察は国ごとに毛色が違うが、こちらはひとつの国際組織だ。組織名は知ってる? 聞いたことくらいはあると思うが」
遡臓関連のニュースや学校で学んだ知識を思いだそうと宙を仰ぐも、思い浮かぶものがなく首を振った。
大村は、神崎の端末を指さした。
「さっき送った僕の情報、タップしてごらん」
端末を
「『International Criminal Trace Organization』……」
「国際犯罪者追尾機構。頭文字を取って、
「思わない」
「ええ、僕だけ? 神崎くんは?」
「いや、なんとも……」
なんだ、と残念そうな声をあげて天井を仰いだ大村だったが、すぐに神崎に向きなおった。先ほどまでの楽しそうな顔は消え、真面目そのものだった。
「で、なぜ僕がこうもペラペラと一般人の君に、本来知らなくてもいい世界の裏側や組織名、その全貌を喋りまくったかについてだけど」
眼鏡越しの目と視線がかちあう。大村は神崎を見すえて告げた。
「神崎くん、君には決めてもらわないといけない。こちら側に来るか、それとも、すべてをなかったことにするか」
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