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「えーっと、カミサマがボクに何用で?」


 ボクは一切信じていなかったが、それを指摘する気もなかった。こういう輩にはそのノリに合わせておくのが吉。無理に突っ込むと面倒だからね。君子危うきに近寄らず、臭いものには蓋をしろ。ボク的に言うなれば、熱々の鉄板には触れぬが吉。これが過去の教訓ってやつさ。


『その前に。貴女は現状を理解していますか?』


 ボクの問い掛けは流され、逆にそう質問された。


 現状理解?そんな質問をされるとは思わず、数秒程間を置いた。それから口を開く。


「それは、どういう意味で理解というんですか。此処が知らない場所、という事くらいしか分かりませんよ」


 カミサマから聞かれた事に対してボクは素直に答えた。


 少なくとも状況は理解していなかった。病院のベッドで寝ている、という訳でもない。なにせボクは立っているのだから。


 故に、実際のところよく分からない、が正確だった。けど意地っ張りと言おうか、弱音を見せたくないという気持ちが前に出てしまい、そんな口調でそんな事を口走った。


『そうですか。やはり、記憶には無いようですね』

「はぁ」

『これから貴女に事実を告げますが、覚悟は良いですか?』

「よく分かりませんが、まぁ、大丈夫ですよ」


 カミサマは話を進める。此方の意思確認をする辺り、多少は常識があるのかもしれない。そう思ってしまった。


 カミサマが一息吐いた。その溜息は非常に重たく、辛いものだ。


 耳の良いボクはよく分かった。神妙な空気になった、と。ボクに関わる重要な事がその口から告げられるのだろう。


『心して聞いてください。誠に残念ながら、貴女は亡くなりました』


 短い溜めの後に出てきた事実とは、ボクの訃報だった。


「は······?ボクが、死んだ······?」

『はい。悲しい事に。当たり所が悪かったのでしょう』


 まさか己の死を告げられるとは──と呑気に考えられる訳がなく。ボクの喉からは呆けた声が漏れ出た。驚きと


 咄嗟に後頭部を触れた。転倒した際に強打した箇所だ。ここを強く打ち、息絶えたのか。頭を擦りながらそう理解した。


 何故か今まで信じようとしていなかったのに、カミサマの言葉をすんなりと受け入れてしまっていた。今だからこそ言うが、あれは会話で精神に干渉してきている。恐ろしい術を使いやがっていたのだ。


「そうか······ボクは死んだんだな······」


 ボクは悔しげに、されども諦めたように呟いた。


 実はそこまでの落胆はしていなかった。と言うのも、近い内に死ぬんだろうなと予想していたのだ。昔からこういう不幸は良くあった。こんな日が何時か来るのだと、己の人生に諦観していたのかもしれない。


『お強いのですね。大抵の人は発狂するか、泣き叫んだりするものです』

「いや、まぁ······正直に言えば充実していない人生でしたんで。何かと不自由で、不便で、楽しくなかったんですよ。死んで嬉しい、とは言いませんけど、まぁ、なんですかね······」


 別に悔しくない。その言葉だけは出なかった。思い残りはあったのだ。


『私からお話があります』

「なんです?」

『生き返ってみませんか?』


 突然に投げ掛けられた、そんな提案。コンビニへ行きません?みたいな軽いノリで言われたものだから、ボクは反応すら出来ず呆けてしまう。


『これは私からの慈悲なのです。貴女のような方を救いたい。それが私の望みです』


 ボクが何も言わないと言うのに、カミサマはペラペラと言葉を続けた。あたかも善良な、慈しみに溢れる神かのような謳い文句。馬耳東風が如く右から左へと聞き流していたが、


『世界を見たくありませんか?』

「世界を······見る······?」


 その発言には反応した。反応せざるを得なかった。


 世界を見る。景色を眺む。


 それこそが唯一の心残り。叶えたい願望そのものだった。あろう事か、奴はそれに触れてきやがったのだ。


「······見たい······景色を見たい······」


 吊るされた餌はあまりにも魅力的だった。他のことを考えられないほど、ボクが望みに望んだもの。食いついてしまうのは自明の理。ペットの犬が高級肉を前にして、待てを聞けないのと同じである。


『私は貴女を生き返らせることができる。ただ、同じ場所、同じ人としては生きられません。別人として生まれ変わるのです』


 言っていることは理解出来ていなかった。生き返るだとかに興味はなく、見れるという事が何よりもボクの興味をそそっていた。


 だからその甘言に乗ってしまった。


「生き返りたいです······お願いします!」


 ボクがそう言うとカミサマはとても笑顔になった。今思えば、すげぇ意地悪な笑みを。


『分かりました。では貴女に、全てを覗く眼を与えましょう』


 カミサマの手がボクの目元に触れる。とても暖かった。まるで温めたタオルを置いたかのように、リラックス出来る心地良さ。


『さぁ、開いてみてください』


 そう言われ、ゆっくりと瞼を開けた。しかし直ぐに閉じてしまった。外から入ってきた光に眩み、反射的に閉じてしまったのだ。


 それから何度かチャレンジし目に光を慣れさせる。十数回目の挑戦を経て、ボクは景色を見ることに成功した。


 初めに映ったのは、声だけを聞いていたカミサマだった。その時は色なんて理解していなかったけれども、長い金髪をゆったりと腰まで流し、装飾品の付いた露出の少ない白ドレスを纏う。顔立ちは整っていた。悔しいが美しいと思ってしまったのだから。


「すごい······これが、世界······?」


 涙が止まらなかった。少なくともこの時は喜んだ。今まで無かった情報というのは感動的だった。この場所が真っ白い世界故にそこまでだったが、それでも涙は出てしまった。


 視線を下に落とす。そこには白く細い指があった。自身の指を初めて見た。こんなにも細かったのかと驚いてしまう。


『お気に召しましたか?私からの、神からの贈り物ですよ』

「凄いです······!」


 ピュアだったボクは素直に喜んだ。神から渡された金色の瞳を、ボクは泣いて喜んだんだ。


『鏡をどうぞ。貴女の姿をその目でご覧になってください』

「え······?」


 カミサマが用意した鏡に写った自身を見て、ボクは驚きに満ちた声を漏らす。


 そこには耳の長い、薄い髪色をした少女が立っていた。顔立ちは、まぁ良い方だと思う。鼻や口は小さく控えめ。目は若干の鋭さを持つが、比較的好かれやすいものだった。覗く瞳は輝きを持った金色。眩しいとさえ感じられる。


「こ、これがボク······?」

『はい。』

「あ、あはは······イメージと違くて驚いた······」


 因みに、その時に思っていた事は「耳ってこんな鋭いんだ」「黒ってこんな色なのか」「あれ、目の色可笑しくね?」だ。他人から聞かされていた情報と視覚から取り得た情報に差異が生じ、困惑してしまっていた。


 今思えば、あの時あのカミサマはボクを見てニコニコしていた。あれは嘲笑いだったのだろう。そこで気づけばよかったんだ。なんかカミサマに似ているな、と。髪色と目付きを変えただけじゃね、と。


 気付かなかったボクが愚かなのだ。


『では、最後に1つだけ』


 とカミサマが話を始めた。今はそれどころじゃないのに、という気持ちもあったが、ピュアなボクはその言葉に耳を傾けた。


「なんですか?」

『お好きな文字を1つ聞いても宜しいでしょうか?あ、日本語で言う五十音の中から選んでくださいね』


 自称女神なら出されたのは実に不思議な質問だった。好きな文字。ボクにとって文字は点の集合体であり、特段気に入っていたものは無い。普通なら形で決めたりするのだろうが、ボクは平仮名の形を知らなかった。故に、好きな文字なんて無い。


 暫く悩み考えてから口を開いた。


「そうですね······"ん"、ですかね」

『へぇ。どうしてでしょう?』

「ん。やっぱり一番最後というところですかね」

『なるほど······ふふ、面白い方ですね』

「ん?そうですか?」


 と会話を進める。淡々と、取り留めもない会話。ニコニコと笑うカミサマを訝しげに見ながら、今の会話を振り返った。


「ん······ん?」


 ボクはそこで首を傾げた。自分の言葉に違和感を覚えたのだ。


 何故か言葉が制限されていた。この時はよく分からなかったが、どうやら可笑しいという事だけは理解した。


 困惑する。何が起きているのかわからず、戸惑い声を漏らす。


「ん?んん??んんっ!!?」

『という事で、これから貴女の語頭は"ん"になりました』

「ん······!?な、どういう事ですか!?」


 カミサマの口から告げられた衝撃の事実。ぶっちゃけ訃報よりも驚いていた。


 そして言われてみれば、確かに言葉の頭が"ん"になってしまう事に気がついた。可笑しい。どう意識してもそうなってしまうのだ。


『あ、でも可哀想なので一息で話している間は大丈夫にしておきましたよ。区切ったら"ん"から始まってしまいますが』

「ん!だから!それは!どういう事なんですかーっ!?」


 なんか譲歩されたらしいけど、全然嬉しくなかった。なら消せよ。なんの意味で付けたんだよ。そういう意図を込めてボクは叫ぶ。


 ギャーギャー喚き騒ぐボクを見て奴は笑う。ニコニコと、微笑みやがる。


『では、良きセカンドライフを。あ、言い忘れましたが、貴女は亜神として転生しますから。ではお幸せに〜』

「ん!?そんなの聞いてませ······聞いてないぞこんちくしょう!!おい待て、待てこの糞あ──」


 叫び切る前にボクは飛ばされた。抵抗は出来なかった。

 

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