外伝:ユキ

1

※前書き

実はチマチマと書いていました。少し溜まったので少しだけ出します。



 ※ ※ ※



 お馴染みの宿屋、その一室。ユキとファナは椅子に座って休息をとっていた。丁度ネレは買い出しに行っており、この部屋には2人きりという状況。


 何かが起こるという訳でもなく、2人は会話に花を咲かせていた。ファナが何杯目か分からないお茶をユキの為に注いでいると、不意にユキが呟いた。


「ん。そう言えば······」

「どうしたのですか?」


 ファナは新しく注いだお茶が入ったカップをユキの前に置く。追加でお菓子をお皿に乗せ、テーブルの真ん中に置いた。


「ん、いや、なんでもないよ。あぁ、ありがとう。ちょっと昔の事を思い出しただけさ」


 そう言って誤魔化すようにお茶を啜る。そしてお菓子の山からクッキー1枚取り、口に放り込んだ。もぐもぐ動かし飲み込むと、またお茶を口に運ぶ。


 ふぅ、と一息吐いたユキがファナに視線を戻すと、ファナはキラキラとした目でユキを見つめていた。


「ユキさんの話、聞きたいです」


 何事か、とユキが訊ねればそう返された。昔話とやらに興味がそそられたようだ。


「ん······あまり面白いものじゃないぞ?」

「いえ。ユキさんの事になら何でも知りたいです」

「ん······キミは物好きだねぇ」


 そう言ったユキの長い耳は紅く染まっていた。ピコピコと上下に揺れている。どうやら照れているらしい。


「ん······じゃ、話してあげようかな。ボクの昔話ってやつをさ──」


 ユキはお茶を1口啜り、それから静かに語り始めた。




 ※ ※ ※




 ボクは遠い昔、目が見えなかった。今みたいに使わない、という意味ではない。本当に目が使えなかった。


 ボクの世界は常に真っ暗。音や匂いといった情報だけが唯一の手掛かりであり、世界の全てであった。故に形は全て想像でしか無く、触れる事でギリギリ判別出来る程度。色なんてものは無い。敢えて言うならば、ボクの世界は"黒"一色だった。


 当時は赤も青も分からなかった。そんなもの、ボクの知識には存在しなかったから。リンゴという丸く重みのある果実が赤いとか、海や空が青いとか。そんな事を説明されても、聞いただけでは想像のしようもなかった。


 そんなボクは学校に通っていた。近所に住む同級生に手を繋いでもらい、道中の危険を知らせてもらいながら登校。授業は殆ど一緒に受けられなかったが、昼休みとかは一緒に過ごすことが多かった。


 その子に限らず周りからよく心配されていた。廊下を歩く時も、階段の昇り降りをする時も、何時だって誰かに心配されていた。望まずに人から注目されていたんだ。まぁ、メインは初めに挙げた女の子だけど。


 仲の良い子以外からのサポートに関して、特段嬉しくはなかったけど感謝はしていた。それをしてもらわなければまともに歩けない自分を憎んではいたが、サポートしてくれる人には感謝していたつもりだ。


 傍から見れば弱々しく映ったのかもしれない。事実、あの頃は体も弱かった。何せ動けないし物も十分に食べれないからね。筋肉も殆どなく、比較的軽く小さい方だった。


 そのお陰で可愛がられていたのかもしれない。世話の焼ける妹みたいな、そんな感覚でクラスメイトから相手をしてもらっていた。扱いは優しかったと思う。対人関係の問題は殆ど無かったから。


 そう、殆ど無かった。


 あれはまだ幼い頃だったからね。同級生も皆幼かった。


 生徒や先生から構われるボクが羨ましかったのか、それとも腹立たしかったのか。少しからかわれていたんだ。


 何度か虐めを受けたけど、他の子や先生が解決してしまった。上靴を隠されたり、リコーダーを隠されたり、体操着を隠されたり。そんな事があったけれど、ボクは殆ど困らなかった。


 それが火に油を注いだのだろう。


 遂に直接手を下そうとしたのか、手を引かれて中庭に連れ出された。正確に言えば、たぶん中庭。だって見えなかったからね。話し声からそう推測したんだ。


 そこに連れて行かれて暫く経ち、キャーキャー煩い声が聞こえてきた。状況を把握出来ないボクを放置して何故か喚き、何かを押し付けあっている。


「辞めなよ!」


 という、ボクが歩く補助をしてくれる子が叫んだのも聞こえた。けど、その子は他の女子生徒によってボクから離されていた。


 声を出そうかと思った。帰ってもいいか、と。不愉快極まりなかったのだ。目が見えないボクは何か支えがないと不安になる。人だったり、杖だったり。そういった支えが無いと怖くなるのだ。


 補助をしてくれる子に声をかけ、教室に戻ろうとした。


 その時、1人の生徒がボクの手を掴み、その手に何かをねじ込んできた。ボクは手に収まった何かを軽く握って確かめた。


 初めての感触だった。今でも覚えている。ネッチョリとした粘性にぐにっとした弾性。それでいて、生きている。ボクに渡されたのは生物だったんだ。


 手の上に乗ったそれにボクは酷く驚き、恐怖した。得体の知れない何かがボクの手に触れ、乗っている。それがとても怖かった。未知こそが最も恐ろしいと改めて知ったね。


 それに驚いたボクは叫び声を上げ、何かを手放して後ずさった。一刻も早く遠ざかりたく、見えもしないのに下がってしまった。


 その結果、足下にあった石に躓いた。


 体が後ろに傾いた。手は空中を斬る。支えとなるものに触れることはなく、受け身もままならず転倒してしまった。


 そして、頭を強く打ってしまったらしいんだ。あくまでらしい。そこからの記憶が無いからね。衝撃で気を失ったんだ。


 痛かったのかもしれないけど、そこはよく覚えていない。思い出したくもないからね。


 ただ、仲の良かった、補助してくれる子の叫び声だけは覚えている。とても悲痛な叫びだった、と。




 次に目を覚ました時、ボクは知らない場所にいた。ん?目が使えないのに何故分かったのか、だって?何となくだよ。あの頃から感覚は良かったからね。知らない場所って事くらいは余裕でわかったのさ。


『お目覚めになりましたか?』


 その時、誰かの声が聞こえた。透き通った女声だと思う。美しいとは褒めないけれど、よく通る声だった。


「誰······?」


 ボクが驚きをそのまま口にする。記憶にはない声だった。医師か看護師か。そこら辺を予想した上での疑問だった。でも、視認出来ないから聞くしかないのは仕方ないだろう。


『私は、俗に言う神様です』

「は······?」


 女は自らを神と名乗った。あまりに素っ頓狂な回答だ。


 ボクは眉をひそめ、懐疑心がこれでもかと詰められた声を漏らした。その心境は、一言で表すのなら「ヤベェ奴だ」とかだろう。とにかくその女、自称カミサマがボクの中で不審者認定された瞬間である。


 今ではその認識が変化しているけどね。

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