26(終)


 その翌日。ユキ、ファナ、ネレは冒険者ギルドに足を運んでいた。回収した素材を換金する為である。


 全ての素材を預かっているネレが受付に向かい、鑑定と査定を行ってもらう。かなり時間のかかる作業だ。待ち時間が出来る。


 手持ち無沙汰なユキとファナは壁際で会話をしていた。


「ん。ファナ君。痛むところはないかな?怠さとか、吐き気とか。少しでも優れないなら直ぐに言ってくれ。宿に戻って今日一日は休もう」

「僕はもう大丈夫です。ユキさんが手当してくれましたから。寧ろユキさんの方が心配です。少し具合が悪く見えるんです。今日は休んだ方がいいと思いますよ」

「ん、いや、これは久々に力を使い過ぎた反動だ。気にするものじゃない。それよりも、負傷が大きかったファナ君の方が心配なんだ」

「傷はもうありませんし、もう慣れましたから大丈夫です。それよりも、反動ってなんですか?やっぱり、体調が悪いのですよね?」

「ん。ボクはSランク冒険者だぞ?体力を舐めちゃいけないよ。ボクなんかの心配ではなく、キミの心配をだな」

「それを言うなら僕はユキさんの世話係です。ユキさんの世話をする僕が、ユキさんの世話になる訳にはいきません」

「ん、ボクが──」

「いえ、僕が──」

「ん、ファナ君を──」

「ユキさんを──」


 やいのやいのと2人が言い合う。どちらも一歩たりとて引く気を見せない。この点に限りファナも譲るつもりは無いらしく、ユキに対して強気な姿勢を見せていた。


「今回の買い取り額はこちらになります」

「ありがとうございますにゃ!」


 〈鑑定士〉たるティルレッサの査定が終わり、金額が提示される。ネレがそれを了承すると硬貨の詰まった袋が手渡された。


 やるべき事をやり終え、ティルレッサは1つ溜め息を吐いた。


「ところで、あの夫婦漫才は何時まで続くのですか?そろそろ追い出したいのですが」


 ティルレッサは呆れた眼差しでユキとファナを見ている。その視線の先で2人は止まぬ押し問答を繰り返していた。


 このギルドに入ってから十数分間、飽きもせずに続けている。


「にゃはは......朝からあの調子ですにゃ、終わりそうにないですにゃ。あと、追い出されたら他に行く場所が無いですにゃ......」

「あぁ、お泊まりになられている宿屋からも追い出されたのですね」

「はいですにゃ......」


 ネレは乾いた笑いを漏らし、明後日の方向を見ながら呟いた。その表情からは疲労の色が見て取れる。彼女も2人の下らぬ言い争いに辟易している1人らしい。


 今朝。眠りから覚めたファナとユキの気遣い合戦は始まった。先程のようなやり取りを延々と繰り返す。お互いにお互いを思い遣る気持ちから出る言動故に、ネレも止めるに止められなかった。


 朝っぱらから騒ぎに騒ぎ、終いには追い出されたというわけである。


『イチャイチャするなら外でしろ』


 と言われて。


「此処に暫く居させて欲しいですにゃ」

「いえ、駄目ですね。リア充は目に悪いんです。私の仕事に支障をきたしますので、即刻ご退出を」

「う、うぅ、そんにゃぁぁっ!」


 ネレの懇願は一蹴された。有無を言わせないティルレッサの眼力に押し負けたネレは項垂れ、肩を落とす。


 そして諦めたようにユキとファナの方へと振り返った。未だに譲らぬ攻防戦を続ける2人。それを見て溜め息を吐きそうになった。


「ユキさん!ファナさん!2人とも早く行きますにゃ!」


 ネレが声を上げながら近付くと、2人は勢いよく振り向いた。そして同時に口を開く。


「ん。ネレ、キミなら分かってくれるだろう?日頃から頑張っているファナ君の方が偉い、と」

「いえ、ネレさん。何時も1人で戦ってくれるユキさんの方が凄いに決まっています。ですよね?」

「なんの話をしてるんですかにゃ!?ズレてますにゃ!休む休まないの話じゃなかったんですかにゃ!?」


 2人から投げ掛けられた質問にネレは叫んだ。


 いつの間にか話が逸れていたようで、気遣い合戦から褒め合いに変わっていたようだ。


 ネレの叫びを聞いた2人は首を傾げて見つめ合い、そしてなるほどと呟いた。


「ん?そういえばそうだったな。ファナ君こそが休むべきだ」

「そういえばそうですね。ユキさんこそ休みましょう」

「しまったにゃぁっ!振り出しに戻ったにゃぁっ!?」


 そして押し問答を再開させた2人を前に、ネレは頭を抱えた。


「分かりましたにゃ!今日はネレが2人の面倒を見ますにゃ!だから宿屋に戻りますにゃ!そして大人しくして居て欲しいですにゃ!」


「ん。ファナ君を休ませてくれるなら、ボクはそれでもいい。それに、ネレなら信頼出来るしな」

「確かに、身の回りの事だったら同性であるネレさんの方が適任かもしれませんね。ネレさん、ユキさんをお願いしてもいいですか?」


 ネレに任せる。その考えは2人の中で名案として上手く纏まった。


「ふにゃ?......ね、ネレに任せて欲しいですにゃ!ファナさんの弟子として、精一杯やりますにゃ!さぁ、行きますにゃーっ!」


 2人からそんな言葉を掛けられるとは思わず、ネレは嬉しそうに耳や尻尾を揺らした。そして意気揚々と2人の前に立って歩き出す。その後ろをユキとファナは着いていった。


 3人かギルドを後にし、扉は音を立てて閉じた。途端にギルド内は静かになった。


「はぁあぁぁあぁぁっ!!」


 静かになったギルドの中で、ティルレッサは盛大に溜め息を吐く。


「ティルレッサ。あんまり溜め息を吐くと幸せが逃げるよ」


 後ろから声を掛けたのはギルド長たるシャルロッテ。先程のやり取りも傍から見ており、くすくすと笑っていた。


「この前ユキ様にも言われましたねー。確かに、幸せは逃げていきましたよー」

「ファナくんの事かい?」

「そうですよー。ちぇー」


 ティルレッサは不貞腐れたように頬を膨らまし机に突っ伏した。


「あの二人、言い合っている時も手を離さいんですよ?見てて嫌になりますー」


 ギルドの中に入った時も、壁際に移動した時も、夫婦漫才を繰り返していた時も、そして出ていく時も。2人は片時も手を離していなかった。お互いに離そうとする素振りを見せなかったのだ。


「ふふ。仲が良さそうでいいじゃないか」


 ぶつくさと文句を垂らすティルレッサ。その頭をシャルロッテが優しく撫でた。


 先程の光景を思い出す。ネレとファナ、そしてユキ。とても微笑ましい後ろ姿だった。


 特に昔からユキを知るシャルロッテにとって、ユキの変化は嬉しいものだ。このまま丸くなり続けて欲しい、と願うばかりである。


「さて。まだまだ問題があるからね。仕事は多いぞ。頑張ってくれ」

「うぅー。仕事を彼氏にするのだけは嫌ですよーっ」


 ティルレッサの苦言にシャルロッテは笑う。ティルレッサは今日も仕事に追われるのだろう。それを知っているからこそ、シャルロッテは笑いながら自室へと引っ込んで行った。





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