25
時は数分前に戻る。
洞窟型ダンジョン20層ボス部屋にて。
悪魔ヴァルガロージャとユキが対峙している最中、ダンジョンの罠は作動した。その正体は転移魔法。部屋に居る者達を別の場所に移動させるものだった。
それにいち早く気付いたヴァルガロージャは、展開された転移魔法と被せてユキに対して転移魔法を行使した。ユキは条件反射のように魔法を弾く。それによりユキの周囲だけは転移魔法が発動しなかった。
ユキの意表を突き、ヴァルガロージャは窮地を脱したのである。これはユキに転移魔法の心得が無かったこと、そして何より、ユキが冷静さを欠いていたことが大きく影響していた。
トドメを刺す一歩手前で逃げられた。それだけならまだ良かった。腹立たしい事は変わらないが、それだけで済んだ。
「ん······なんで······ファナ君······?」
転移でこの場から消えたのはヴァルガロージャだけでなかった。マグリーンとイフェロー、ネレ、そしてファナまでもが消えていた。
ユキの言葉に反応する者は居ない。空を切る左手を掴み、握ってくれる者は居ない。
認めたくない事実をユキは飲み込んだ。
ファナが居なくなった。何処に消えたのかは分からない。悪魔と同じ場所かもしれないし、違うかもしれない。どちらにしろファナは危険地帯に攫われた。
ユキを襲ったのは言い表せない程の焦り。そして、抑える事の出来ない激しい怒りであった。
「んぅぅぅぅっ!ダンジョン如きがぁぁっ!悪魔如きがぁぁぁっ!!ボクからファナ君を、奪う、だと······!?ふざけんなっ!ふざけんなぁぁぁぁぁぁっっ!!」
怒るユキは叫ぶ。吠える。喚く。地面を叩き、踏み鳴らし、我武者羅に暴れた。
息を荒くしたユキが左手で自身の目元を覆う布を掴む。その紫色の布に力を入れて引っ張ると、しゅるしゅると簡単に解けた。
顕になるユキの顔。それを見たグレッド達が息を飲む。ユキの素顔はあまりに美しく、端麗であり、人を魅了する力を持っていた。直前までの言動を加味してもなお、愛おしく思える。
美男美女が多いエルフの中でもユキは抜きん出て美しい。黙り、動かなければ老若男女あら好かれるであろうユキ。厄介事を減らす意味も込めて布で顔を隠していた。
しかし、本当の理由はそれでは無い。
ユキの閉じていた瞼が、開かれた。
直後、その場にいたグレッドとルーブを膨大な魔力の風が襲った。その突風は彼等の肉体を硬直させ、そして恐怖を与える。呼吸が出来なくなり、徐々に視界が暗くなる。
生物は無意識に肉体から魔力を漏らしている。無意識に出しており、非常に微量なものである為それを完全に消す事は難しい。また、保有魔力が多ければ多い程溢れる魔力は多くなり、それによって実力を推し量る事も可能となる。
ユキから溢れ出る魔力は異常だった。その場に居合わせるだけで生命活動が困難になる。それ程に濃い魔力を発していた。
薄れゆく意識の中、ルーブはユキの顔を視界に入れていた。
現れたのは金の瞳。それはあまりに美しく、眩く、そして何より恐ろしい。目を合わせただけで、まるで全てを見透かされているような気分になった。
金の瞳を保有する生物は殆ど確認されていない。現在知られているのが生物最強種と謳われるドラゴンだけなのだ。故に金の瞳は神の瞳と云われ、そしてドラゴンは神の使いとも呼ばれている。
金の瞳には特有の威圧感があった。ドラゴンに睨まれた時に感ずるものと同じである。別次元の相手。ユキに対する評価はマグリーンが散々口にしたものであった。
そしてルーブは意識を手放した。
ユキは目元を覆っていた布を額にあて、ハチマキのように巻いて縛った。その瞬間、荒れ狂う魔力の波は収まり、大気の震えがピタリと収まる。
その紫色の布には魔力を封じる効果があった。通常の生物なら着けただけで動けなくなるのだが、ユキは溢れ出る魔力を抑える程度に留まるのだ。
「ん······行くなら下······か」
ユキが杖から刃を剥き出しにする。刃に魔力を纏わせ、金色に輝かせた。そして上段に構え、一呼吸置く。
力を込めて真っ直ぐ地面を切り付けた。
壊れることの無いダンジョン。その地面がパッカリと割れた。その隙間から下の階層に降り、ファナの存在が無いことを確認してから刀を振るう。
驚異的な速度で下へ下へと降りて行く。
そして95層目に到達した。地面を斬り割き、部屋全体を空中で視認する。
そこに悪魔を発見した。次いで両手を広げるネレ、倒れ伏すファナを視界に収める。空中で身を翻して刀を振り、悪魔からネレ、そしてファナ目掛けて伸びていた触手を切り刻む。
全てを切り刻み、それらを踏み躙るように着地した。
「ん······ネレ、良く耐えた······直ぐに終わらせるから待っていろ」
「ユキさん······!!」
震える声を出すネレを庇うように立つ。そして殺意の篭もった目でヴァルガロージャを睨めつけた。
『な、なぜ、貴様が······なぜ貴様がここにいる······!?』
狼狽したヴァルガロージャは触手の再生をする事も出来ず、吠えた声で肉体を奮わせユキに飛び掛った。
『なぜだ、なぜだァァァッ!!』
「ん······お前はもう、死ね」
刀を一閃し、納刀する。ただそれだけを済まし、ヴァルガロージャに背中を向けた。
その瞬間、ヴァルガロージャの肉体に亀裂が走る。
『う、うおぉぉぉぉッ!!?』
その亀裂は指先から始まり、手に広がり、腕に伸び、肩に入り、頭部、胴体全てに走った。崩れゆく肉体を動かし、縺れる足を動かし、離れていくユキの背中に手を伸ばす。終には届くこと無く灰のように粉々となり、風に乗って消え去った。
"不死"を名乗る悪魔の、あまりにも呆気なさ過ぎる最期だった。
「ん······ネレ。ファナ君の状況を教えてくれ」
「は、はいにゃ!」
目を見開いて唖然としていたネレだったが、ユキに問われて身を正す。そして悪魔による闇魔法を受け、普通の回復では治せないという事を、震える声で説明した。
ユキはネレの体の負傷を見つめた。両腕は痛々しく腫れ、それらが骨折しているのだと直ぐに分かった。そして先程の状況から、ネレが身を呈してファナを守っていた事を理解した。
「ん。ネレ。ボクは君を尊敬する。力を持たない君が、勝てる筈のない相手に良くぞ立ち向かってくれた。君の勇気を、ボクは心から尊敬する」
「なにも······ネレはなにもできませんでしたにゃぁぁっ!!」
「ん。そんな事はない。よく頑張った、ネレ」
泣きじゃくるネレの頭をユキは優しく撫でる。嘔吐くネレを優しく宥め、ユキはファナの傍で膝を着いた。
「ん。だから、ここからはボクの仕事だ。ファナ君の命を助けるためなら、あの糞女に魂を売る事だってわけないよ」
「ユキさん······?にゃにを······」
ユキはファナの頬を撫でる。自分の目で見たファナの顔。それは確かに少女にしか見えなかった。とても愛おしく、全てを投げ打ってでも救いたくなる。
「ん······〈
ユキの目に輝きが増す。そして脳内に幾多の光が映し出された。ユキは慣れたように星の数程あるその光から求めるものを探していく。
その光は未来の姿。それら全てがユキの可能性である。
例えば、ユキは光魔法に関して何一つ才能が無い。その上の神聖魔法は言うまでもなく使える事が出来ない。そこで未来を書き換える。幾千もある未来の中から、
これこそがユキのジョブたる〈予言者〉が持つ能力。
「ん。神聖魔法が使える未来を、この手に」
ユキが呟くとその身を眩い光が包んだ。
「ふにゃぁっ!?」
「ん──【
「ふにゃぁぁっ!?」
ファナの患部に右手を翳し、言葉を発すると右手から神々しい光が照らされた。その光はファナに纏わり付く闇を完全に祓った。
立て続けに起きた光でネレは目を手で覆った。驚きのあまり耳を閉じ、縮こまっている。
「ん──【
そんなネレにも左手を向け、右手をファナに翳したまま同時に魔法を行使。ファナとネレの体を暖かな光が包み込み、負傷した部位を癒した。
「······ぁ······」
ファナの瞼がゆっくりと持ち上がる。
「ん、ファナ君!目を覚ました?」
「ユキさん······」
ぼんやりとした表情でファナは腕を持ち上げた。そしてユキの顔を触れようとする。
「ん、あぁ、ボクだ。ユキだよ。良かった······本当に良かった······」
ファナの持ち上げた手をユキが両手で掴む。そして薄らと涙を流した。目覚めたファナの顔を見て安堵してしまったようだ。
「ユキさん······綺麗です······」
「んひゃっ!?ふぁ、ファナ君!?今そういう事を言うタイミングじゃないよ!?」
唐突に投げられたファナの言葉にユキは取り乱した。ファナから手を離し、両手で顔を覆い隠す。しかし、丸出しの耳を真っ赤に染めており、ユキの感情を明確に示していた。
「ん······?ファナ君······?」
ユキが指の隙間から覗くと、ファナはまた瞼を閉じていた。慌ててユキがファナの体を触診すると、どうやら寝ているだけらしい。心拍もあり、呼吸もしている。
それを確認してユキは一息吐いた。
「ん······恐ろしいぜ、ファナ君······」
平時ならまだしも、こんな状況で、目と目を合わせて言われてしまい、必要以上に反応してしまった。まさかファナの口からそんな言葉が出ると思っていなかったことも、ユキの照れを加速させた。
バクバクと鳴り響く心臓を深呼吸で落ち着かせる。そしてネレに振り向いた。
「ん······と、とりあえず······」
「ユキさん、ニヤけてますにゃ······」
「ん!?······こほんっ。とりあえず、早く此処を立ち去ろう。丁度気を利かせてくれたのか、転移門が用意されているし」
「はいですにゃー」
ユキはいつの間にか布を目元に巻き直していた。それで表情を隠せるとでも思っているのか、だらんと口角を緩ましたままでいる。
そんなユキをネレは温かい目で見つめる。ユキは恐ろしい一面を持つ強者であるが、外見相応の乙女でもあるのだ。それを理解し、とても近寄り難い存在とは思えなくなった。
ファナを背負ったユキが立ち上がる。ふらふらと空を漂わせていた左手を、ネレが掴み取った。
「ユキさん、帰り道はネレに任せてくださいにゃ!」
「ん。お願いするよ」
ネレがユキの手を引き歩いていく。こうして3人はダンジョンを後にしたのであった。
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