23
ファナとネレは自分達の体が違う場所に飛ばされた事を認識した。特有の倦怠感と味わったことのない浮遊感が2人を襲った。
直前と似たような薄暗い開けた空間。しかし、漂う空気は冷たく重たい。ダンジョンの深層だと言う事を直感で理解した。
「な、何が起きたのよー!?」
「今のはトラップを踏んだ音······?」
ファナ達から離れた場所で尻もちを着いていたイフェローは状況を理解出来ずに騒ぎ立てる。マグリーンは落ち着いているものの、やはり理解出来ずに困惑していた。
ファナはその2人を視認すると同時に、この場にいない者達を認識した。
「ユキさんが居ない······」
「本当にゃ······ど、どうしますにゃ······?」
非戦闘員たる雑用係である2人にとって、戦闘員であるユキから離れる事は死を意味する。戦う術を持たない者が、ダンジョンを生きて出られるはずが無い。この状況は非常に良くないものだった。
とにかくユキを探そう。ファナがそれを口にしようとした時だ。
『ゲハハハハハハハハハッ!逃げ切って見せたぞ、あの化け物から!』
聞き覚えのある声が空間に響く。その声には歓喜と幸福が乗せられていた。
ファナが視線を向ける。その存在を認識し、絶望した。
声の主はあの悪魔、ヴァルガロージャであった。
ヴァルガロージャは着地し、ユキによって傷付けられた肉体を再生させる。そして生存の喜びに肉体を震わせた。
「ふにゃぁーっ!?あ、悪魔が居ますにゃ!?」
「う、嘘でしょぉっ!?なんで、なんで悪魔がまだ居るのよぉ!?」
「ユキは、ユキは何処に······!?」
続いて他の3人も状況を理解し始めた。逆立ちしても勝つ事なんて出来ない悪魔と同じ空間に居る、という事を理解し、自身らの末路を理解した。
『ゲハハハハッ!少し魔力を使い過ぎた。貴様らで回復させてもらうぞ。確か──貴様らはあの化け物の知人だったな』
ヴァルガロージャが目を向けたのはファナとネレ。睨まれた2人は体を竦ませた。殺気への耐性がない2人にとって、悪魔の殺気は耐え難いものだった。
『見せしめとして無惨に殺してやるぞ!』
ヴァルガロージャは憤りを覚えていた。ユキという存在によって、自身は強者であるというプライドを打ち砕かれた。不死を謳う自身の能力さえユキは打ち破ろうとしてきた。そして明確な死を予感させられた。
これは報復であった。敵わないユキへ対する、気晴らしの為に行う報復。
「ネレさん······僕の後ろに隠れていてください」
「ふぁ、ファナさん!?」
黒い大盾を構え、ファナはネレの前に立って悪魔と向かい合う。竦み震える肉体を無理矢理動かして、ファナは悪魔に立ち向かうことを決意した。
『直ぐには殺さぬ。痛めつけ、苦しめ、絶望を与えて殺してやる!』
「うっ······!」
ヴァルガロージャは触手を伸ばし、叩き付けた。
速度と威力を持った触手をファナは盾で防ぐ。盾を伝わり衝撃がファナを襲った。その衝撃を殺しきれず後方に吹き飛ばされた。
「ファナさん!?」
ファナは壁に衝突し、地面に倒れ伏した。ネレが駆け寄り、急いで回復薬をファナに掛ける。負傷した部位が徐々に再生し、身を襲う痛みを和らげた。
『ゲハハハ!どうした?まだまだ足りぬぞ!!』
ネレの手を借りてファナは立ち上がった。再び盾を持ち上げ、ヴァルガロージャと対峙する。負傷は既に癒した。痛みも無くなり、一撃を耐えた事で恐怖も薄れた。
「僕なら、出来る······僕なら出来る······!」
『自分を鼓舞しているつもりか?人間よ、貴様は』
ファナは自身に言い聞かせた。それはユキと行動を共にしてからというもの、常に掛けられてきた言葉だった。
「キミなら出来るさ」
ユキは真っ直ぐとした声でファナを褒め、励まし続けた。些細なことだろうと、なんであろうとユキはファナをその度にファナは考えた。
自分は何を出来るのか、と。
それを考えても思い浮かばなかった。自分が何を出来るのか、出来ないのか。
ただ、1つだけ思う事があった。こんな自分に優しくしてくれるユキを見て、思う事があった。
この人の為ならば、なんだって出来る。
ただそれだけを思うのだ。
『貴様に何が出来るというのだ!我の一撃をも受け切れぬ貴様が、何を出来る!』
ヴァルガロージャより放たれた触手は、先程同様に真っ直ぐとファナを狙う。
ファナは触手に対して盾を構える。足腰に力を入れ、腕に魔力を貯め、武器に魔力を注ぎ込む。それにより黒い盾は薄らと金色に輝いた。
バシンッという轟音と共に襲い来る衝撃を、今度は吹き飛ばされずに耐え切った。
「ユキさんが到着するまでの時間稼ぎをするだけなら、出来ます······!」
『あの化け物が、此処にやって来ると?ゲハハハッ!それは有り得ぬ!何せ此処は我すら到達出来なかった、90層よりも更に下!何日待ってもやって来ぬぞ!』
ヴァルガロージャは笑う。ファナが抱く希望は叶わないのだと、大声で笑った。
事実ファナ達が居る場所はダンジョンの95層のボス部屋。数分前に居た、ユキが居る20層とは掛け離れた場所である。どれほどユキが早く移動したとしても、辿り着くまでに何日掛かるか分からない。
「ファナさん······!」
「ユキさんなら来ます。絶対に。僕達はそれまで耐えるだけです!」
不安げな声を出すネレに、ファナは力強く答えた。それは自らを奮わせる為でもあるが、ユキを信頼し確信した言葉でもあった。
『ゲハハハッ!では、希望など無いと教えてやろう!』
ヴァルガロージャの肉体から数本の触手が現れる。それら全てがファナへと狙いを定め、撃ち込まれた。
「連打は、経験があります······!」
『ほう?やるな······ならば、これならどうだ!』
ヴァルガロージャより放たれる触手の雨。ファナは僅かに後ろへと下がりながらも耐え続けた。絶え間なく襲い掛かる衝撃に対し、徐々に横や上へと弾く余裕が出てきた。
そんなファナを見てニヤリと笑うヴァルガロージャ。触手の雨は更に加速し勢いを増した。
作られた余裕さえ塗りつぶされる連打に、ファナはまた後退し始めた。盾を持つ両腕が悲鳴を上げる。肉体の限界は近いと察した。
「武器に、魔力を······!」
一段と光り輝いたファナの盾。その盾に触れるより早く触手達は勢いよく弾かれた。それにより触手の雨に隙間が出来た。
その隙を突くように、ファナはヴァルガロージャに右手の人差し指を向けた。
「──火魔法」
『ぬっ!』
ファナの指先から作られた火球。それは直径1cmにも満たない小さな火の玉。高速で飛来する火球に対し、ヴァルガロージャは手で払うという方法をとった。
「爆ぜて!」
『これは······!』
火の玉が手に接触したその瞬間にファナが叫ぶ。その言葉に合わせて火球に変化が起きた。小さな塊の中から溢れ出た魔力。その風に煽られて火力は増幅する。その増幅に合わせ、炎は形を変化させる。球から竜巻に変わった炎は、蒼く染ってヴァルガロージャを包み込んだ。
「なんて火力なの······!!」
「嘘よ······なんで······なんであのファナが······!?」
その蒼炎で作られた竜巻は、かつて見た火魔法の最高峰たる【インフェルノ】にさえ匹敵する、いや、凌駕する威力を持っていた。
ファナが初めて行使した、攻撃意思を持った魔法。それは異常な力を持っていた。
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