22
洞窟型ダンジョンの第20層のボス部屋にて、ユキと悪魔ヴァルガロージャが対峙する。
ファナ達を下がらせたユキは部屋の中央、ヴァルガロージャに近付いた。
『貴様が我の結界を破ったのか』
「ん。別に驚く事じゃないだろ。随分とやわかったぜ?」
ユキはケラケラと笑いながら、余裕綽々とした態度で悪魔を煽る。
『ゲハハハハッ!随分と活きのいいエルフだ。貴様は期待できそうだな。この"不死"のヴァルガロージャを楽しませてみろ!』
「ん?楽しませる?そりゃ、無理な話だ。お前は一切、楽しめないからな」
『ゲハハハハッ!やってみろ!』
ユキがヴァルガロージャを見上げた。その背丈は2メートルを超えている。体躯の差は明らか。質量差も推してしかるべし。彼我には子供と大人程の差があった。
「ん......悪魔を相手するのは疲れんだよね──」
魔力を高めたユキはため息混じりに呟く。そして左手で握る杖から刃を覗かせた。魔力を込められた刃は金色に輝き煌めく。
ユキの魔力にあてられたヴァルガロージャが目を見開いた。咄嗟に防御体勢を取る。
『なっ──』
「──まぁ、首を斬れば死ぬのは変わらないけど、ね」
仕込み刀の柄を持った右腕を振り、腰に戻して納刀する。カチリという音に合わせてヴァルガロージャの首がずれた。そのまま、綺麗な断面を作った首は地面に落下した。
接近したのは射程距離内に入る為だ。飛ぶ斬撃では威力が足りない恐れもある。危険な能力を持つ悪魔相手に手加減をするつもりは無かった。
「ん?......手応えが......」
ユキは首を斬った時の感触に違和感を覚える。悪魔にしては柔らかく、抵抗が無かった。まるで豆腐を切っているような手応えだった事に疑問を抱く。
『キキッ。速イナ』
『ケケッ。デモ、ソレジャ』
『シシッ。殺セナイ』
使い魔と思われる3匹の悪魔がユキの周囲を飛びながら嘲笑った。
主人の首が落ちたと言うのに、巫山戯た態度をする悪魔達を訝しく思うが、それよりも苛立ちが上回った。右手に力を加え、振り抜こうと上を向く。
その時、首を失ったはずの悪魔が動き出し、右腕を振り上げた。ユキの顔面に拳が迫る。
「ぐぁっ!?」
「うあぁっ!」
ヴァルガロージャの拳は空を切り、床を叩いた。轟音と共に砂埃が巻き上がる。その余波で床に転がっていたルーブとグレッドが吹き飛ばされた。
「ん......危ないな」
ユキは咄嗟に後ろへと飛んで回避していた。更に右手を前に出し、風魔法を起用して砂埃を防ぐ。
砂埃が落ち着いた時、ヴァルガロージャの首は元通りになっていた。ユキがお返しにと斬り付けた肉体の傷も無くなっている。
「ん......面倒な能力だ」
『ゲハハハッ!言ったであろう。我は不死。"不死"のヴァルガロージャを舐めるでないぞ!』
ユキはヴァルガロージャの言葉を聞いていなかった。数度斬った感覚から、飛ぶ斬撃でも事足りると確信した。
滑らかな動作で刀を振った。その軌道をなぞるように、斬撃は真っ直ぐに飛来する。
そして瞬く間にヴァルガロージャへ到達した斬撃は胴体を両断した。
『効かぬわ!』
「ん......なら、死ぬまで斬り続けてやろう」
断たれた部分は忽ち再生し、元通りの肉体に戻る。確かに効いていないように見えた。
不死、それは異常な再生能力に依るものだとユキは看破しており、そこに上限があるものだと理解していた。魔力が尽きる、体力が尽きる、気力が尽きる。いずれかに達すれば再生を維持できなくなり、死に至るのだ。
刀を振り続け、切り刻み、その合間を縫って魔法を打ち込んでいく。風、火、水、土、と食らわせてみたものの、イマイチ効果は見られない。流石は悪魔と言うべきか、魔法攻撃への耐性は高いようだ。
「ん......参ったな。飽きてきたぞ」
『ゲハハハッ!!我は不死!誰も殺す事は出来ぬ!』
ユキに斬られながらも前進をするヴァルガロージャ。何度斬られても直ぐに再生し、動き続ける。その様はまさに不死身。殺す事は出来ない、その言葉を信じてしまう程だった。
「んっ」
『ほう、これも防ぐか』
ヴァルガロージャの足下から伸びて、ユキを襲う影を踏み潰した。それと同時に前方から伸びてきた触手を両断した。
再生しながら攻撃も行う。これは厄介な相手だ、とユキはため息を吐いた。
悪魔に対して最も効果的である光魔法をユキは使えない。それさえ使えれば少なくないダメージを与えられるのだが、ユキは使えなかった。
(だから嫌なんだ、悪魔と闘うのは)
悪態をつきながらも腕を振り回す。持久戦とは、ユキが苦手とする分野であった。
「ユキさん!火です!火が一番効いています!」
後方でヴァルガロージャを観察していたファナが叫んだ。ユキが放った魔法のうち、火属性が最も効果があると判断した。ユキですら見逃していた僅かな差をファナは捉えていたようだ。
「ん。分かった」
直ぐにファナの言葉を承諾したユキは刃に纏わせている魔力に変化を与えた。金色の魔力は紅色に変色し、やがて紅蓮の炎に変貌する。薄暗かった部屋が途端に明るくなった。
更に、息を深く吸い込み床を蹴ってヴァルガロージャに接近する。
「ん──再生が、思考が、理解が追いつかない速度で切り刻む」
懐に飛び込んだユキは言葉通りに刀を振るった。
ヴァルガロージャの肉体は先端部から徐々に灰となって消えていく。
ユキが切り刻んでいるのだ。細かく細かく、再生が使えぬよう、何度も何度も。
また、ファナが伝えた通り、火属性は一番効いていた。火を当てられた部位の再生速度は僅かに遅かった。ユキはその僅かな差に付け込んだ。
『グォォォォォッ!?』
肉体が磨り減っていく様に動揺し、慌てて反撃をする為にユキへと右腕を振り下ろした。
「ん、無駄」
その拳はユキに触れるより早く、完全に消滅した。無くなった腕を見て再生を意識するも、消滅する速度に追いつかない。
攻め時と判断したユキの攻撃が更に加速する。
『ぐ、ぐぅぅっ!!貴様らァッ!!』
敗北を予感したヴァルガロージャは叫んだ。その声に応じたのは配下である悪魔達だった。悪魔達はユキでは無く、後方に居るファナ達を標的に選んだ。
『キキーッ!』
『ケケーッ!』
『シシーッ!』
悪魔達は雄叫びを上げながら接近する。相手はただの人間2人。下卑た笑みを浮かべて襲いかかった。
ファナは悪魔達の接近に気付き、黒い盾を前に構える。魔力を流し、足に力を入れて衝撃に備えた。
しかし、ファナに衝撃が襲うことは無かった。
落下した悪魔達の肉体は床を転がった。勢いのあまりファナ達を通り過ぎ、その後ろの壁に激突して漸く止まる。
「ん......巫山戯んな」
10メートル以上離れていたユキだ。ユキは悪魔達に肉薄し、その首を斬り飛ばしていた。
『ぐ、ぐぅぅっ......』
何の抵抗すら無く、上位種の悪魔達は絶命した。その事にヴァルガロージャは呻き声を漏らす。
「ん......巫山戯んな」
悪魔達を惨殺したユキはヴァルガロージャに振り向いた。その内から溢れ出る魔力に、ヴァルガロージャは身震いする。
小柄なユキが放出する魔力は悪魔であるヴァルガロージャを遥かに上回っていた。それはかの魔王をも上回る。
カツカツと音を立ててユキはヴァルガロージャに歩み寄る。
ヴァルガロージャは転倒したまま再生すら行えず、呆然と接近するユキを見つめていた。
「ん......巫山戯んなぁっ!」
『ぐぁぁっ!?』
ユキが怒りに身を任せ、ヴァルガロージャの肉体を蹴り上げた。ボロボロとなった巨体が高く宙を舞う。
「ん......貴様の未来は決定した......」
抜刀の構えをとる。ユキの魔力は限界まで高まっていた。ヴァルガロージャを殺す為だけに
空中を舞い、落下を始めたヴァルガロージャの脳は漸く活動を再開させた。このまま落ち、ユキの攻撃を受ければ
落下するまでの時間で何ができるか、その思考が高速で回転する。
ここから攻撃魔法を放つ。それをしても意味は無い。ユキは何がなんでも刀を振り抜き、ヴァルガロージャを殺すだろう。
転移魔法を使う。それも無意味だ。発動する前に掻き消されるだろう。ユキ程の魔力があれば、他者の魔法を阻害することなど容易だ。
と言うふうに、生存する方法を必死に探した。しかし見当たらない。あの化け物が齎す死から生き延びる手段は見つからなかった。
その時、カチリ、と場に似合わぬ音が聞こえた。
それは感圧式のスイッチが押された時に発生するもの。ボス部屋には有り得ない、罠が起動した時の音だ。
直後に罠が起動し、とある魔法が部屋全体を包み込んだ。
その正体をいち早く気付いたのは他でもないヴァルガロージャだった。ユキは気付いていない。
これは生き残る為に与えられたチャンスだ。
ヴァルガロージャは直ちに魔法を選択し、罠の魔法と同時に発動させた。
「ん、消えろッ!」
やはりユキは反応した。ヴァルガロージャが使用した魔法を打ち消したのだ。
しかし、ヴァルガロージャはニヤリと笑った。自身の繰り出した最後の魔法が相殺されたと言うのに、勝利を確信したかのような笑みだった。
そして次の瞬間、ヴァルガロージャは消えた。
「ん......逃げたか......」
魔法を打ち消したはずなのに悪魔が消えた。その事に違和感を覚える。
しかし、その違和感よりもユキを襲っていたのは胸を締め付けるような焦燥感だった。その理由が分からず、ユキは周囲の気配を探る。
そして、その事に気付いた。ドクンドクンと心臓が音を立てる。嫌な汗が背中を流れた。
「ん......ファナ、君......?」
消えたのはヴァルガロージャだけでは無かった。ユキの周囲に居たグレッドとルーブ以外の人間。イフェロー、マグリーン、ネレ、そしてファナが姿を消していた。
ボス部屋には、ユキとグレッド、ルーブしか存在しなかった。
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