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 17層目以降に出現するモンスターは前述の通りゴブリンやオーク。人型で武器を使い、知能を有するという点が厄介なものの、他の階層よりも比較的戦いやすい相手ではあった。


 しかし、だからこそであろうが、ここで手に入る素材は安いものばかりだった。ゴブリンからは小さな魔石が、オークから少し大きくなった魔石や肉。これらは入手しやすいが故に価値はあまり高くない。


 『金龍の息吹』はAランクを囁かれる程の実力がある。それはファナが磨いた武器の恩恵、であるかもしれない。そうだとしても『金龍の息吹』に実力はあった。それは紛れもない事実である。


 17層目を凡そ1時間半で攻略し、18層目を2時間で攻略し、19層目を3時間で攻略した。傷つき疲労した肉体を回復薬で癒し、彼等は休み休み進んでいく。


 20層目に踏み込み、襲撃してくるオークやゴブリン相手に彼等は奮闘した。剣を振るい、魔法を放ち、槍を振るい、弓を引く。


 そして20層目に踏み込んでから5時間近くが経過した。途中挟んだ休憩に時間を多分に使ってしまった事が長引いた要因だ。


 それでも、彼等は20層目を踏破し、ボス部屋へと続く門の前までやってきた。ボロボロになりながらも、彼等はこのフロアの殆どを破って来たのだ。


 そこで力尽きた。


 潜り始めてから休憩を挟んだとはいえ、長時間の戦闘を続けた彼等の体力は限界だった。


 そこで彼等は休眠をとる事にした。回復薬だけでは拭い切れない倦怠感や疲労感。これらが残っているとボス戦に支障をきたすと判断したようだ。


 簡単な食事を摂り、それから1人ずつ見張りを立てて交代で寝る事にした。


 ボス部屋の前にある空間はモンスターが寄り付かないセーフティエリアである。しかし、モンスターは来なくとも他の挑戦者はやって来る。常識のある者なら問題無いが、少しでも悪意があれば何をするか分かったものじゃない。ダンジョン内は一種の無法地帯。人が人に殺害されてもその証拠は残らない。


 まず、マグリーンが不寝番を務めることになった。カンテラの灯りを前にして物思いにふける。


 彼女は不寝番をやった事がなかった。他のパーティに居た頃も、嫌だと言えば他の男性が代わってくれた。このパーティに加入してからはファナやネレが行ってくれていた。


 故に、不寝番の辛さを初めて知った。


 特に戦闘の後、疲労した体で行う事の辛さたるや。少しでも気を抜けば意識は刈り取られる。自分が寝てしまえば仲間の命を危機に晒す。そんな使命感すらこの睡魔には劣るものだった。


 頭を振り、少しでも眠気を払わんと努める。


 まマグリーンは雑用係という存在の有り難さを痛感していた。不寝番はそもそも雑用係に押し付けるものでは無いが、何よりも食事が違っていた。


 マグリーン達にも魔法袋と呼ばれる中身が拡張されている袋を持っている。しかし、その容量は雑用係が使うそれより圧倒的に少ない。値段もかなりする為、1人1つが限度であった。その少ない容量で持ってこれるものと言えば、パンや干し肉等が限度だった。


 ファナが用意していたシチューやサンドイッチは疲れ果てた心身を同時に癒してくれた。ネレもファナには劣るが簡単なスープを作ってくれていた。それに対し、自分達はどんな態度をとっていたか。


 マグリーンは今更に後悔していた。


 ファナやネレに、一度でも感謝を示しただろうか。振り返ってもそんな記憶は見当たらない。彼等の成す事を当然だと思い、当たり前のように受け取るだけだったでは無いか。


 そんな後悔も、懺悔も、実に今更なこと。既に2人はユキの庇護下にあり、『金龍の息吹』に戻ってくる事など無いのだから。




 ※ ※ ※




 それから数時間が経過し、マグリーンは皆を起こした。



「マグリーン、お前は寝なくて大丈夫なのか?」

「えぇ······私は良いの。早くボスを倒して帰りましょ」

「あ、あぁ。お前のおかげで俺達は十分に眠れたからな。サクッと倒して帰ろうぜ!」



 と言ったグレッドの声に他2人は反応を示さない。硬い地面で眠った為に体を痛めているようだ。ファナやネレが居た頃は寝袋やクッション等を使えたが、今はそれらを運ぶ余裕が無かった。



「あーあ、あたしも不寝番をすればよかった」



 と、イフェローは態とらしく呟いた。その嫌味の込められた言葉から察するに、どうやらマグリーンがグレッドへとアピールをしたと見えたようだ。



(イフェローなら数分と経たずに寝てしまうでしょうけどね)



 誰よりも早く横になり眠り始めたのは誰だ、と マグリーンは溜息を吐いた。


 彼女はこういう性格なのだ。何をやっても感謝をしない。人の善意を踏みにじるのだ。ファナやネレもこのような気持ちだったのだろうか、とマグリーンは胸が痛くなった。


 こんな仕打ちをしていた自分達にユキが怒るのも当然だった。むしろよく殺されなかったな、と思うくらいだ。



「お前ら、気を引き締めろ。行くぞ!」



 足並みの揃わないパーティを無理やり引っ張って、グレッドは巨大な門に手を掛けた。少し力を加えると、僅かに隙間が出来、更に力を加えれば勝手に門が開け放たれる。


 中に踏み入り、部屋の奥へと進んでいく。すると門は勝手に閉まった。挑戦者を受け入れた証である。


 部屋の壁に灯りが付いていき、部屋全体を明るく照らした。部屋の中央からボスが登場する──



「なんだ、何も出てこないじゃないか」

「あっれぇ、故障でもしたのかなぁ?」



 ──筈なのだ。しかし、一向にモンスターは現れない。



「警戒しろ。何か、居る」



 ルーブが槍を構えて忠告する。その言葉が呟かれた直後、後方に強い魔力を放つ存在が現れた。



「なんだ!?」



 4人は咄嗟に後ろを振り向いた。


 するとそこには、1人の大柄な男が両腕を組んで仁王立ちをしていた。その者は口角を上げて嗤う。



『ゲハハハッ!我が狩場に良く来たな、人間共よ!』



 高圧的な態度、口調で告げる。


 翼や角、尻尾、黒い皮膚という人のそれとは異なる特徴を持った存在。


 悪魔と呼ばれる種族であった。



「お前がここのボス、か?」

『我を神の下僕と、そう呼ぶか······笑止!』

「ボスじゃないのか······?じゃあ、お前はなんなんだ!」

『脆弱な人間如きが、我に問うだと?ゲハハハハハハッ!!』



 グレッドが叫ぶと悪魔は嗤う。その高笑いはボス部屋によく響いた。



『冥土の土産に聞くが良いッ!我は魔王軍四天王が一柱、不死のヴァルガロージャだッ!!』



 悪魔──ヴァルガロージャの叫び声は空気を震わした。感情の昂りに比例してヴァルガロージャより放たれる魔力が増加する。



「嘘だろ······」

「な、なんて圧力なの······」

「勝てる訳が無い······」



 桁外れな魔力を前に、グレッド達は足を竦めた。


 圧倒的な戦力差を前に、グレッド達は絶望した。


 戦う意思を失い、体を震わせて歯を鳴らすばかり。何時もの余裕ぶりを失い、無力に死を待つのみ。



 彼等は恐怖に囚われていた。



 そんな中、1本の矢がヴァルガロージャへと飛来した。矢は頭部に命中するも、キィンッと音を立てて弾かれた。



「しゃきっとしなさい!このまま何もせず死にたいの!?」



 マグリーンは更に弓を構え、仁王立ちのまま動かない悪魔目掛けて矢を放った。



「こんなの、あの女と比べたら······!」



 マグリーンは今以上の恐怖を味わったことがある。暴力的な魔力を纏う、化け物に殺意を抱かれたことがある。


 睨みだけで人を殺せる。それを体感していた。


 あれと比べれば目の前に佇む悪魔すら霞んで見えてしまう。そのため、グレッド達のように恐怖に縛られる事はなかった。



「動きなさい!死にたくなければ、戦いなさい!」



 続けて放った矢も弾かれる。よく見れば、足元の影が伸びて弾いていた。それは悪魔固有の闇魔法。魔法を使わなければ防ぐことは出来ないようだ。



『ゲハハハハッ!我に抗う奴は久しぶりだッ!もっと我を楽しませろッ!』

「イフェロー!魔法を準備して!」

 


 闇魔法を祓う事が可能なのは、その相克関係にある光魔法だけ。幸いイフェローは光魔法にも適正があり、弱いが使うことは出来るはずだ。


 闇魔法さえ打ち消せば勝機はあるかもしれない。マグリーンは必死に活路を探していた。



「いやぁぁぁぁっ!!」

「おいっ、イフェローっ!?」



 しかし、イフェローは叫び声を上げて逃げ出した。マグリーンの言葉で硬直は解けたものの、立ち向かう勇気は無かった。入口は悪魔が塞いでいる為、出口である奥の門目掛けて走り出す。



「なんでっ!なんで開かないのよぉ!?」

『ゲハハハハッ!我が餌を逃す訳ないだろうッ!』



 門まで辿り着いたイフェローだったが、引いても押しても動かない。びくりともしない門を叩きながら、ヒステリックに叫んだ。



『人間共ッ!我を楽しませてみろッ!』

「きゃぁぁっ!やだ、何よコイツらっ!近付かないで!」



 イフェローの悲鳴を聞き、マグリーンかそちらへと視線を向けた。イフェローは小さな悪魔達に囲まれていた。


 イフェローを囲む悪魔の数は3。魔法使いであるイフェローには荷が重い相手だ。ましてや恐怖で詠唱もままならず、ただ杖を振り回すだけ。1分と掛からずに殺されるかもしれない。



「イフェローの光魔法が必要なの!ルーブ!助けに行って!」

「······分かった」



 僅かに躊躇いを見せたものの、マグリーンの指示を聞いてルーブは駆け出した。イフェローを襲う悪魔に接近すると槍を横凪に振るう。



『キキッ!ハ』

『ケケッ!ズ』

『シシッ!レ』



 小さな悪魔達はルーブの槍をするりと躱すと、旋回しながらニヤニヤ笑ってルーブを煽った。



「くっ!戻るぞ、イフェロー!」

「もう何なのよぉっ!!」



 その挑発に乗り掛けるも、気を落ち着けてイフェローの手を引きマグリーン達の元へと戻った。



「イフェロー!光魔法を準備して!」

「なんであんたの命令を······!」

「早く!死にたいの!?」

「わ、分かったわよう······」



 マグリーンの鬼気迫る叫びにイフェローは漸く詠唱を開始した。ただ、何時も使わない詠唱故か、この状況故か、イフェローの詠唱は中々進まない。



『待つのも飽きたな······お前ら、遊んでやれッ!』

『キキッ!』

『ケケッ!』

『シシッ!』



 ヴァルロージャの命令で小悪魔達は動き出す。速度は遅いが、3柱が息を揃えて飛ぶ為厄介な動きとなっていた。


 その内の1柱に矢が当たる。



「3匹は私が足止めする!イフェローの魔法を打ったら、2人はアイツを······!」



 マグリーンはエルフだ。弓矢を持たせれば比肩する種族は居ない。例えランダムな動きで錯乱させてこようが、目で追えれば当てることは出来る。


 二射目、三射目と連続で当て、悪魔達を地に落とした。


 ユキに「魔弓を扱えない」と言われていたマグリーンだが、矢への属性付与は行えた。微量だが光魔法の適正もあり、その光属性を矢に乗せたのだ。それを受けた悪魔達は暫く動けないだろう。



『ほうッ!やるではないかッ!』

「次は貴方の番よ!イフェロー!」

「──【ライトボール】っ!!」



 イフェローの詠唱は終わり、魔法が放たれる。杖から出現した光の玉は、真っ直ぐとヴァルガロージャに飛んで行く。


 接近する光球を避けようとせず、変わらぬ仁王立ちでその魔法を身に受けた。光球が直撃すると闇魔法に反応し、爆発する。



「今よっ!」

「うぉぉぉっ!」

「はぁぁっ!」



 マグリーンは光属性を乗せた矢を放ち、グレッドとルーブは声で己を奮わせて駆け出した。そして、渾身の一撃をヴァルガロージャに叩き込む。



「やったぁっ!」



 完全に決まった、とイフェローが喜びの声を上げた。


 グレッドもルーブも、手応えを感じていた。肉を斬った、穿ったという感触があった。マグリーンの矢も弾かれたようには見えない。


 爆発で生じた煙が晴れる。変わらぬ仁王立ちで構えるヴァルガロージャが現れた。



『ふんっ、所詮その程度かッ!』

「なぁっ!?ぐはぁっ!」

「うっ、ぐぁぁっ!?」



 ヴァルガロージャが腕を広げ、そして振り下ろした。2人は血を吐きながら地面に叩き付けられる。



「う、うそ······きゃぁっ!」

「えっ!なんでこの悪魔達が······うっ!」



 ヴァルガロージャが倒れていない事、グレッドとルーブが叩き付けられた事に驚いていたイフェローとマグリーンを、後ろから悪魔達が襲った。



『あぁ、言い忘れていたがそいつらは上位の悪魔だ』

『キキッ』

『ケケッ』

『シシッ』



 見た目が小さく、マグリーンは下位の悪魔と判断していた。確かに下位の悪魔ならマグリーンの矢も効果はあっただろうが、上位の悪魔には効果が無かった。


 マグリーンは地面に倒れ、ヴァルガロージャに目線を向けた。グレッドに足を乗せ、踏みつけている彼は、一体どの階級の悪魔なのだろうか。上位の悪魔を従えているのだ。それより上の存在であることは確実。


 元々勝ち目はなかったのだ。



(もう駄目······殺される······)



 マグリーンは諦めて、目を閉じた。



 直後、パリーンッという結界が砕ける音と、バーンッという重たい門が開け放たれる音が響いた。


 

『なに?我の結界を破るだと』



 ヴァルガロージャは手を止めた。自身が作り出した結界を破る者に興味が湧いたのだ。門から入ってくる乱入者へと意識を向けた。



 カツーン、カツーンと地面を叩きながらその人物は歩いて来る。



「ん······想定外だぞ。これは」



 それは救世主か、それとも新たなる災厄か。


 目元を布で覆い隠し、杖を着いて歩く銀髪エルフ。


 ユキが現れた。

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