20
洞窟型のダンジョン20層目。ユキとファナ、ネレは止まることなく進んでいた。
モンスターの種類はゴブリンとオーク。この二種族がランダムに現れ、襲いかかってくる。生物としての本能のままに、彼等は人間を見つけると襲いかかってくる。特に女性を相手にした時の反応は良い。女性は食糧としても、また別の用途としても使える。故に、喜び勇んで駆けてくる。
ユキ、ファナ、そしてネレと言ったパーティを、ゴブリンやオークが発見した時の喜び様はまた一段と良い。彼等の目線でユキ達を見るならば、杖を着いた変な人間、大きな盾を構えた気弱そうな黒髪美少女、大荷物を背負った黒髪美少女(猫耳)だ。ハイテンションで襲い掛かるのも無理はない。
そして間もなく首チョンパにあうのだ。
「ユキさん!」
「······ん。ごめん。次こそは」
粒子となって消えたモンスターを前にして、ファナが吠えるようにユキを呼んだ。
これで何度目かのやり取りとなる。潜り始め、盾の使い方を教えてやる、という言葉がユキの口から吐かれてからは数十回目のやり取りだ。
どうにも、接近してくるファナを害する存在を条件反射のように斬ってしまう。抑えよう、抑えようと考えていてと止められない。
彼奴等が20メートル先からファナに気付く。当初はこの時点で魔法を放って殺っていた。今はなんとか堪えている。
10メートルにまで接近してくる。ここら辺から少し危うい。気を緩めれば飛ぶ斬撃を放ってしまう。ギリギリ耐えられるようになった。
5メートルに到達、直後には腕を振っている。気付かぬうちに、誰の目にも留まる事無く、彼奴等は絶命してしまう。
あぁ、ほら。また何体かが粒子になった。
「······ユキさん?」
「······ん。外に出たら、だな」
ユキは諦めた。どう足掻いてもモンスターを殺してしまう。ファナに近付いた、というだけで許し難い。それが殺意あるいは、と言った感情を抱いているやつなら即殺は必至だった。これは言わば生理現象。コーラを一気飲みしてゲップが出てしまうのと同じ事だ、と自身を納得させた。
「はぁ、そうですね。ダンジョン内にこだわる事でも無いですから」
練習をしたいなら安全地帯でゆっくりとやるべきだ。態々危険なダンジョンの中でやる事では無い、とファナも納得した。
「外でも同じ未来が見えますにゃ······」
「ん。ボクもだ」
「ユキさんは否定してくださいよ······」
胸を張って堂々と言ってのけたユキに対し、ファナとネレは揃って苦笑した。
それから3人は止まることなく足を進めた。抑えなくて良いとならば、ユキは遠慮なく接近してくるモンスターを片っ端から消していく。休み無く撃てど撃てども威力が劣る事はなく、ユキが有する底無しの力を垣間見せた。
そして、遂に20層目の終着点に到達した。
「ん。やっぱりボスか」
「5層毎にあるのですね」
「んにゃぁ······あっという間でしたにゃ」
見上げる程の巨大な門。この先には層を跨ぐ者を阻むモンスターが居座っている。ダンジョン潜入から4回目となるボス戦だ。
「ん。さっさと殺って、今日は帰ろうか」
何時ものように、門を開けるべくユキが足を上げる。そして、勢いを乗せて重たそうな門を蹴りつけた。
洞窟にカーンッと鳴り響く。だが、それだけだ。
「ん······?」
「だ、大丈夫ですか、ユキさん!?」
「ん、痛くないよ。それより、開かなかったね。誰かが先に戦ってるってことかな?」
ダンジョンの数少ないルールの1つ。ボスモンスターに挑めるのは1度の挑戦につき1パーティまで。後から乱入する事は出来ないし、ボス戦が始まれば逃げる事も出来ない。ボスを討伐するかパーティが全滅するかしなければ、入口の門は開けることが出来なくなるのだ。
「なるほど。時間がかかりそうですし、休憩にしますか?」
「はいですにゃ!」
「······」
ファナは空間から机や椅子を取り出し、何時ものように支度をし始めた。その手伝いをネレが行う。ものの10秒足らずで場を整えると、次にお茶等の準備を始めた。
「ユキさん?どうしましたか?」
何時もなら直ぐに着席するユキだが、開かなかった門の前から動こうとしない。真剣な表情で門と向き合い、ガンッガンッと何度か殴っていた。
「ん······いや、ダンジョンの設定的な閉鎖じゃないな。何者かが意図的にこの門を封鎖している」
「え?」
「ふにゃ?」
門に触れたユキが呟いた。その声には確信があり、絶対的な自信があった。
ダンジョンとは神が作った建造物。一般的に壊れることの無いものと見られている。ボス部屋にある門もその1つであり、中で先頭が行われていれば開くことは無い。
しかし、ユキが今さっき触れた感想は押せば開く、であった。
「ん。悪いがファナ君、机とかを片付けてくれ。ボス部屋に入るぞ」
「は、はいっ!」
ユキに言われるがまま、ファナは用意していた机や椅子を空間にしまった。ネレも置いていた荷物を背負い直し、移動の準備を整える。2人はユキの発言を頭では理解していなかったが、本能的に察していた。
「ん。所詮はただの結界だ。蹴破ってやる」
そう呟くと、全身の魔力を高めて身体能力を上昇させた。ここまで力を入れるのは久しぶりだな、とユキは胸中で呟いた。
(ん······鬼が出るか蛇が出るか)
ユキには言い表せない不安があった。門に施されていたのは、全力で無いがユキの蹴りを完璧に防いだ結界だ。そんな高位な結界を張る存在が居る。
もちろん、ユキが勝てない相手ではないだろう。この世でユキとまともに殴り合える存在は、1人しか居ないと断言出来た。
問題はファナ達であった。ユキは、長くソロで活動していたが為に、誰かを護りながら戦う、という事を得意としていない。いざ戦闘になると没入してしまい、周囲に意識を向けられなくなる性質もあった。
しかし、ユキのプライドが撤退を許せなかった。特にダンジョンという場がそれを強固にしていた。ここで逃げるという選択肢をユキは取れなかったのだ。
ギリッと奥歯を噛んだユキは、体を捻って門に足裏を叩き込んだ。
パリンッという何かが破れ砕ける音と、バンッという門が勢い良く開く音が響いた。
「ん······想定外だぞ。これは」
門が開き、ボス部屋に足を踏み入れた。そこに居たのは倒れ伏す4人の冒険者。
そして、闇なような黒い皮膚、侵入者たるユキ達を睨む紅い瞳、頭に生える二本の角、背中に備わる二対の羽、腰付近より伸びる尻尾、という特徴的な部位を有する存在が、ボロボロになった冒険者を踏み付け立っていた。
それは、悪魔と呼ばれる種族であった。
※ ※ ※
時は一日遡る。
ユキに散々な目に遭わされた『金龍の息吹』だったが、リーダーであるグレッドやイフェロー、ルーブはユキへの復讐を誓っていた。乗り気でないマグリーンを引き連れ、再度ギルドへと乗り込んだのだ。
そんな彼等だが、全くと言っていいほど相手にされなかった。
受付嬢には冒険者の個人情報だと言われ、他の冒険者に聞いても"ユキ"という単語を出しただけで追い払われた。中には、あの惨劇を見ていた者も居て、彼等からは関わらないでくれと避けられる。
少し前までは誰もが注目するパーティだった。それが今や除け者扱い。グレッド達が憤慨するも、それに反応する者さえ居なかった。
彼等はユキに関する情報を何一つ得られないまま宿屋へと引き返す羽目になった。マグリーンが安堵の息を吐いたのは言うまでもない。
宿屋の一室で彼等は話し合った。特にマグリーンのが声は大きかった。今のままではユキに太刀打ち出来ない、もっと恐ろしい目に遭う、自殺行為だ、と。それを不愉快そうに聞いたグレッド達だが、今直ぐに復讐出来ないのだからその為の準備をしよう、という言葉で納得した。
話題を"ユキへの復讐"から"復讐の為の準備"に切り替えられたとマグリーンは胸を撫で下ろす。そしてその話を進めると、資金集めの為ダンジョンに潜る、という事になった。
ダンジョンは迷宮と言う呼び名もあるくらい非常に広い。ダンジョンに潜っている限り出会う確率はかなり少ない筈だ。マグリーンはそう考え、ダンジョン潜入の案に賛同した。
所持品──グレッドの武器コレクションやイフェローの魔導書など──を売り払い、金を作って回復薬を買い込んだ。流石にヒーラーが居ない事実を無視しなかったようだ。
そして夕方に差し掛かる頃、彼等はダンジョンに足を踏み入れた。『金龍の息吹』の面々は自信に満ち溢れていた。
自分達はダンジョンの最奥に到達するのだと確信しており、それを当然の事と考えていた。そこに一欠片の曇りもなかった。
彼等はダンジョンを、神々の試練を軽視していたのだ。
それ故の天罰であろうか。日頃の行い、身から出た錆というものであろうか。ユキの助言によるものだろうか。
この後に起こる悲劇を産んだ理由は定かでない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます