19
それから数十分後。3人はダンジョンに潜入する為の入口に辿り着いた。
ネレは肉体的に、ファナは精神的に疲れていた。一先ず気晴らしの休憩を取り、ユキが爆食いを見せ、回復したところでダンジョン攻略を再始動する。悪夢の16層を越えた17層目からのスタートだ。
「ん······とりあえず、ファナ君に盾の使い方でも教えようかな」
「え、本当に教えてくれるのですか?」
潜り始めて暫く進み、ネレの歩く速度に揃えた時、ユキからそんな提案がされた。片手間に接近して来たゴブリンを斬殺しているのだから流石である。
「ん······ファナ君には戦う力よりも守る力の方が必要なんじゃないかな、と思ってね。どうだろう?」
「そうですね······確かに僕は盾の方が慣れていますから、剣よりも盾を習得した方が良いですよね」
因みに、ユキがファナに盾を学んで欲しいのは、カッコよくファナに助けられたいから、という下心の篭ったものでは無い。断じて違う。
「ん。丁度いい敵が居るね。そいつの攻撃を防いでみようか」
「はいっ!」
前方から接近して来ていたのは青いゴブリン。この層の敵モンスターはゴブリンのみで構成されているらしい。ゴブリンは単体だけなら苦戦する要素があまりないが、群れとなって襲って来るのが厄介なモンスターである。そして、ゴブリンには雄という性別しかない欠陥生物。その為、他の種族の雌を捕まえ子を孕ませるのだ。この層で餌食となった女性冒険者は中々に多いそうだ。
さて、青いゴブリンは斧を携え、のっそのっそと歩いてきた。体格は人より小さいがゴブリンの中では大きい方。これが青いゴブリンの特徴と言える。
そんな青いゴブリンはユキ達に気が付くと、ニタァと口角を緩ませた。美味そうな獲物が
次の瞬間には首が飛んでいた。
「ん······?しまった。思わず殺っちゃった」
「ゆ、ユキさん······思わずで斬撃を飛ばさないでくださいよ······!?」
「ん、ごめん」
ファナに向けられた視線に苛立ちを覚えてしまったので仕方が無い。あのゴブリンめ、ファナを女として勘違いしやがった。
ここは神々の試練とも呼ばれるダンジョン。そこに生成されたモンスターは神が作ったものとされている。故に、ここに出現するモンスターは生物ではない。そんな神に作られしゴブリンが男に発情するなんてどんなシステムエラーだ、とユキは苛立った。
それからもゴブリンを練習相手に使おうとするも、ゴブリンは一様にファナへと卑しい目線を送る。ユキやネレにもそのような目線を送るが、何故かファナへと送られるものが一層に卑しかった。その度にユキの杖が動き、首を斬り飛ばす。
「ユキさん!僕に練習させてくれないのですか!?」
「ん······ここは駄目だ、ファナ君。次に行こう」
結局17層を踏破するまでの間、一度も盾を使う事が出来なかった。
※ ※ ※
18層目に降りた一行は、景色の変わらない洞窟内を迷いの無い足で進んでいた。
「ユキ様、相変わらずですにゃ······」
「そうですね······相変わらず、瞬殺してしまいます······」
呆れの混じったネレの言葉にファナは暗い表情で答えた。
一行は止まることなく進んでいた。会敵直後に戦闘は終わり、停止する間もなく次に進める。サクサクと攻略は進んでいた。
ファナはやはり、盾を使う場面が無かった。
何故なら、ユキが出会い頭に斬殺してしまうから。立ち塞がるモンスターの全てをユキが切り伏せてしまった。ユキ曰く練習相手を選別しているらしいのだが、ユキのお眼鏡にかなうモンスターは居なかったようだ。
否。実を言うと、18層目のモンスターはオークだけだったのだ。オークもまた雄しかいない欠陥生物。他の種族の雌を捕まえ子を孕ませるのだ。そして一様にファナを雌として認識し、襲おうとしてきやがる。
そんな色々な意味を込めてのモンスター達を、ファナへ近付けさせる訳がなかった。ユキの全力を持って排除させていただいた。
ユキは至って真面目である。ファナには盾の使い方を覚えてもらいたいし、その為にモンスターと闘うことは許していた。多少危険があったとしても、ファナならば回復も行えるし大丈夫だ。それでも無理だと判断したらユキが助ければいい。
そして、その相手を選ぶのも当然だ。ファナを下卑た目で見る不届き者など言語道断。そんな奴らは近付けるに値しない。
それがユキの思考だった。
「ん······ここはダメだ。次へ行こう」
そんなユキの言葉に、ネレとファナは同時にため息を吐いた。
そして、続く19層目でも同じ道を辿り、ユキの暴走は止まらなかった。
※ ※ ※
19層目の最終地点、20層目へと続く階段の前にて3人は休息を取っていた。薄暗く湿った洞窟も、3人の周囲だけは明るく心地好い空間となっている。
「はぁ、疲れたですにゃぁ······」
ファナの用意した冷たいジュースを飲んだネレが呟いた。
ネレはこれまでの道のりを、50キログラム程の荷物を背負って歩いてきた。獣人として身体能力は高い方だが、それでも迫り来るモンスターの死を見ながら歩くのは辛かった。その疲労は他2人よりあるかもしれない。これはファナが行っていた体力増加の訓練であり、雑用係として使えるスキルを伸ばす事にも役立つと思われる。
ネレはジュースを飲み干すと、ぐでんと机に頭を預けた。その視線の先には気まずそうにお菓子を頬張るユキの姿がある。
「ユキさん······?」
「ん、悪かったって。とりあえず、盾の使い方を教えるから許して、ね?」
「それは少し前に聞きましたけど」
じとっとした目でユキを見つめるファナ。誤魔化すような言葉を吐いたユキに対し不満げに答えた。
怒らせてしまった、とユキは反省する。良かれと思ってやっていたが、ファナにとっては余計なお世話であったかもしれない。なにせ、ファナは男の子だ。ゴブリン達に殺される事はあっても襲われるとは思ってないだろう。
ここらでご機嫌を取り直そうと、ユキは口を開いた。
「ん。ちょっとしたコツさ。練習相手は要らないから、直ぐに教えられるよ」
そう言ってからユキは立ち上がり、ファナを手招きする。それに従い、ファナは盾を持ってユキの前にやって来た。
「ん······ファナ君が前に見せてくれた、武器のメンテナンス。アレをイメージして欲しい」
「武器のメンテナンス、ですか?」
「ん。ボクの刀に施してくれたやつね」
ユキに言われてファナは思い出す。しかし、尊敬するユキの得物という緊張以外、特に何の変哲もない作業だったはずだ。ユキは酷く喜んでいたが、その理由は聞かせてもらっていなかった。
「ん。実はね、人って誰しもが無意識に武器に魔力を通しているんだよね。その通した魔力の質によって切れ味や防御力に差が出てくるんだ」
さらっ、とユキは凄いことを言った。何気ない、何時もの口調のまま、奥技にすら関わり得る情報を、さらっと。戦闘職に就いているものならば吃驚仰天ものの暴露だ。
しかし、事の重大さを理解していないファナとネレは同時に首を傾げた。
「それって、スキルを発動させる、ということですかにゃ?」
「んーん。スキルとはまた違う魔力の使い方さ」
ユキは杖から仕込み刀を取り出すと、その刀身に魔力を流し始めた。すると刀身は金色に光り輝いた。
「ん。このように武器の中に魔力を通す、って事さ。因みにスキルは外に纏わせるものだね」
「······なるほど」
「んにゃ?分かりませんにゃ······」
ファナには思い当たることがあった。と言うのも、ユキが言った武器のメンテナンスがまさにそれであったのだ。通常なら武器を磨く事がメンテナンスの主な仕事なのだが、ファナはそれだけでは無く武器に魔力を通していた。昔、鍛冶師の達人と言われた人がメンテナンスと称してそれを行う姿を見たのだ。それ以降、ファナにとってそれが当たり前のものとなっていた。
「ん。ファナ君は分かったね?実は、ファナ君がやってくれたのってさ、武器に魔力を通しやすくしてくれるものだったんだよね。おかげでボクの刀も魔力を流しやすくなっちゃってね。何時も以上に斬れるようになった訳さ」
ははは、とユキは笑う。飛ぶ斬撃を作り出した一端を担っていたのはファナだったのだ。
「つまり······この盾に魔力を通せば良いのですね?」
「ん。ファナ君なら出来ると思うよ」
メンテナンスを行う要領でファナは盾に魔力を流し始めた。初めは通りにくい魔力。それは魔力が通る管のようなものが詰まっているから。汚れを削り取り、綺麗にしていく。すると徐々に魔力は通るようになっていき、ものの数分で盾全体に魔力が行き渡った。
「ん······やっぱり逸材だねぇ。普通の人なら、教えられても数年修行しないと使えないんだけど」
真っ黒い盾から仄かに金色の光が漏れ出ていた。魔力が完全に通った証拠である。今の盾なら竜のブレスをも防ぎ切れるだろう。それ程の硬度を持っていた。
数秒程煌めいた光は突然消えてしまった。それと同時にファナが崩れ落ちる。
「はぁはぁはぁ······維持するのが難しいです······」
「ん。出来るだけでも大したもんだよ。あとは魔力量の調整だな」
「はいにゃ!よく分からにゃいですが、凄いですにゃ!」
慌てて駆け寄ったネレがタオルと水をファナに手渡した。それらを受け取り地面に座って一息吐く。体感したことの無い疲労感がファナを襲っていた。動けない、という程では無いが動くことが辛かった。大量に魔力を使い過ぎた時に起こる症状である。
数回の呼吸で息を整えると、ユキの手を借りて立ち上がった。
「ありがとうございます······何とか使えそうだと分かりました。次は実践をやってみたいです」
「ん。次の層から、だね」
「頑張ってくださいにゃ!」
それからまた暫く休息を取り、遂に20層目へと足を踏み入れた。
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