18
翌朝。
ユキ達は街で必需品を買い揃えた後、早速ダンジョンに向かっていた。
朝早くからダンジョンに潜ろうとする冒険者は多い。道中では幾人もの冒険者がユキ達を追い越して行った。ただ追い越して過ぎ去れば良かったが、中には愚か者が混じっていた。
「おいおい、女子共だけでダンジョンに潜る気か?」
「仲良く自殺でもすんのかよ。勿体ないねぇ」
「ははは!俺達が着いて行ってやろうか?もちろん報酬は払ってもらうけどなぁ」
若い3人の男がユキ達を笑いながら口々に言った。彼等は身を丈夫な鎧で覆い、それぞれが得物を所持している明らかな冒険者。
一方でユキ達は確かに傍目おかしい集団である。フードで顔まで隠して杖を着く者と、その手を引く黒髪の少女──のような少年、そしてその後を歩く猫獣人の少女。武器という武器を身に付けておらず、防具も動きやすさに特化させた軽装。冒険者かどうかすら怪しい、異様なパーティである事は間違いないだろう。
だが、触れるべきではなかった。
誰が言ったか、この街には2通りの冒険者が居る、という言葉がある。ダンジョンに潜っているか否か?──違う。腕っ節が良いか悪いか?──違う。男か女か?──違う。では、一体なにか。
それは、ユキの事を知っているか否か、である。
ユキはかなり昔からこの街を拠点に冒険者活動を行っている。特別この街の事が気に入ったから、という訳では無かったのだが、何故か拠点を他の街へと移すことは無かった。人族よりも長命なエルフ族の一人として、ユキは外見に変化無くこの百余年をこの街で過ごしてきた。
だがユキは神出鬼没な一面を持つ。それは重度の方向音痴故に迷子になっているだけなのだが、街に滞在している時間の方が短い事は確かである。そのため、街に暮らす者達もユキを知らないという数はかなり多いだろう。たまにふらりと現れるフードを被った旅人というイメージに違いない。
冒険者もまた同じ。まずギルド以外で出会う事の方が珍しいのに、ユキがギルドを訪れる数が少ない。
また、この街はダンジョンが近いという事もあり、他の街からやってくる冒険者は多く居る。加えてユキはこれまでダンジョンに関わりを持たず、ダンジョンに通う冒険者とは出会う機会が少なかった。そのため、ユキを知らない者の方が多いのである。
勿論、この街で長い間活動している古参の冒険者はユキの事を知っている。自分達では敵う筈もない圧倒的な力を目の当たりにしていた。嘗て街に接近した大規模なスタンピード時に見せた殺戮劇。アレを見れば赤子でも彼我には臨む事が愚かだと分かるだろう。
そして彼等は他の新参者に『灰色のローブで身を包んだ銀髪エルフには手を出すな』と教えた。恐怖を味わう被害者は少ない方が良いという配慮と、ユキの怒りを見たくないという畏怖があった。
それを素直に聞き入れる者も居れば聞き入れない者も居る。この街で唯一のSランク冒険者、と言ってもユキの武勇伝を信じないのだ。確かに人伝に聞いただけでユキの恐ろしさを理解出来ない。眉唾物の話ばかりではある。
だからこそ分かれるのだ。ユキを知っているか否か。それだけでその者の生死すら揺らぎかねない。
さて、ユキ達に声を掛けた冒険者達に話を戻すが、ここから先の展開は読めている。
周囲に居たユキを知る者達は静かにユキから離れ始めた。今日は街でのんびりしようと思い直したようだ。
ユキを知らない者は野次馬が如くそのやり取りを見るか、さっさとダンジョンに向かうかに分かれた。後者を取った者は英断であろう。世の中知らなくていいものもある。いっそ死ぬまでユキの事を知らない方が幸せ、という可能性もあるのだ。
「ん、余計なお世話だ。他人の心配をするよりも、己の心配をした方が有益だぞ」
「はぁ?」
ユキからの、と言うよりも顔を見せない者からの言葉に訝しげな表情になるが、直ぐに気を取り直した。
彼らの視線はユキではなくファナとネレに向けられていた。
「俺達は昨日から潜り始めたけどよぉ。もう5層目を突破してんだ」
「そうそう。俺達が安全に連れてってやるよ。報酬として払う金が無いってんなら......体で払ってくれても良いんだぜ?」
その驕りで傍目女性のみで構成されたパーティに目を付けた。目的は下賎のそれ。ゲヘヘと笑いながら下卑た目線をファナ達に向ける。
ファナはユキへ対しての目線だと思い、庇うように前に出た。男としてユキを守ろうしたのだ。しかし、奴等の標的を察していたユキがファナを引き戻し、ずいと前に出る。
「ん......冒険者とは常に死と隣り合わせ。彼我の実力を把握出来ない愚者は早々に死ねばいい」
「あ?俺達が愚者だと......舐めてんのかテメェ!」
「ん。舐めてないさ。自身が愚者だと分からない愚者に、お前は愚者だよと教えてあげた優しさだろう」
クスクスとユキは笑う。挑発を込めた、寧ろ挑発でしかない嘲笑い。しかし、もしその顔を覗いていれば、笑っていないことに気付けただろう。
「へぇ、喧嘩売ったのはテメェだから、なぁっ!!」
挑発に乗り、切れた一人が拳を固めて振り下ろす。体格差を活かした大振りの一撃だ。
ユキの後ろにはファナ達が居るために避けるという選択肢はない。
ニヤッと笑ったユキは迫り来る拳をユキは左手を振り横に弾いた。
バチィンッという音と、ゴキグシャァッという何かが粉砕される音が響く。
「うぇっ!?......いだぁぁっ!!うぐゥゥァァァッ!?」
ユキへと向けて放たれていた男の右手が曲がってはいけない方向に曲がり、そして捻れている。腕に付けていた装備ごとぐちゃぐちゃに壊されていた。
若い男共による女性達へのナンパなような勧誘が、いつの間にか惨劇に変わっていた。周囲の野次馬達も理解が追いつかず唖然としている。
右腕を襲う激痛に跪き蹲った男。その頭目掛けてユキは足を振り下ろした。
「ごぺっ!?」
「んー」
ユキに踏みつけられた男の頭は地面にめり込んだ。
ここで補足説明をさせて頂こう。現在ユキ達が歩いている道はダンジョンと街を繋ぐ道。毎日毎日多くの冒険者が行き交う道だ。冒険者の大抵は重装備であり、一人一人の質量は中々のもの。そんな冒険者達が毎日踏み締めているこの道は、舗装されたかのように固く平坦。
そしてもう一度言おう。ユキの一踏みで男の頭部はめり込んだ。その、よーく踏み固められた硬い地面に。
それがトドメとなった。今、ユキの足下で沈黙した男の仲間達も、周囲に居た若者達も。皆が皆ユキの力を理解した。
「ユキさん。人の頭を踏むのはあまりよくありませんよ......?」
「ん?あぁ、ごめん」
ファナに注意されたユキは足を退ける。なんで前回は良かったのに今回はダメなのだろう。そんな疑問はユキの中で溶けて消えた。
ファナは踏まれていた男の傍で膝を着き、悲惨な形となった腕や頭部に手を翳して魔力を高め始めた。暖かな光が男を包む。数秒程で治療は終わった。
「あ、あれ......腕が治ってる......」
「直ぐに手を上げるのはダメですよ。やった事は自分に返ってきますからね」
気絶から回復した男は自分の腕から激痛が消えていることに気が付いた。そして何が起こったのか、と頭をあげる。そこには注意を促してはいるが慈悲深い笑みを浮かべる
「ん......これが後に"黒の聖女"と呼ばれる治療師である」
「ユキさん!?何を言っているのですか!?僕は男ですよ!?」
ユキの発言に反応したファナは立ち上がり声を上げる。
そして次の瞬間、え、という驚愕を示した声が揃って響いた。
治療を受けた男も、その仲間も、周囲の人間も。皆が皆ぽかんと呆けて固まってしまっている。あの可愛らしい子が男、という事実を呑み込めないでいるようだ。
それからユキがニヤニヤしながらファナの手を掴む。
「んー。ファナ君にも可愛らしいのが付いてるもんねー」
「ゆ、ユキさん!?あまり外でそんな事を......!」
「んふふ。ごめんごめん。さ、早く行こっか」
「なんで機嫌が良くなっているのですか!?」
ユキは楽しそうに笑いながら歩いていく。ファナも仕方なく歩き出し、その場には呆然とした冒険者達だけが残った。
ユキが起こした惨劇よりも、ファナが男だという衝撃の方が強かったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます