17
ユキの思わぬ発言でファナとネレは沈黙してしまう。宿屋の一室を静寂が包み込んだ。
「んー。ボクも違うってこと以外は分からないからな。少なくともファナ君の能力が異常だった理由はそれだ、と言うことが分かっただけでも成果はあったんじゃないかな。······ネレも上には上があるのだと理解したろ?天狗になるなよ。その上でファナ君は別格だという認識を持って、自分は劣等だと卑屈になるなよ」
パンパンと手を叩きながらユキは纏める。透き通るような凛とした声が静まった空気を打ち払った。
「そうですね······」
「分かりましたにゃ」
ネレはまだ納得したような表情だが、ファナは腑に落ちない顔だ。自身の両手を見つめて思い詰めている。自身の能力に対して、普段とは別の意味で疑りをかけているようだった。今までは自分の力が劣悪なものなのではないかという不安で、現在は自分の力が未知の、それでいて不気味なものなのではないかという不安だ。
ファナの消沈ぶりに気付いたユキは、失言だったかと後悔する。
「んー······一応、他のも確認しておこうか?」
「それがいいです。お願い出来ますか?」
「ん。ネレ、手伝ってくれ」
「はいですにゃ!」
未知は恐怖だ。知らない力というのは使えるものであったとしても恐ろしい。これがユキのような大雑把な性格だったならば、もう少し気楽に考えていたのだろうが、生憎とファナは繊細な性格の持ち主。自身の使っているものが得体の知れない何か、とならば疑心を抱くのは当然だ。
使うスキルの内容を知る事がファナの自信に繋がるかも、とユキはファナの能力を分析する事に決めた。
そうしてファナが使うスキルの簡易的な検査が始まった。
検査の内容はネレが〈雑用〉としての基本スキルを順に使っていき、その次にファナが同じ事を行い、その差異をユキが感じ取るというもの。
椅子に足を組んで腰掛け、真剣な雰囲気を漂わせるユキの前で試験を行った2人だが、ファナは普通の雑用係の実力を、ネレには異次元の世話係の実力を理解する、という良い機会にもなった。
一通りに〈雑用〉の項目が終わると、ユキは集中を解いて2人に向き合う。
「ん。やっぱり、ファナ君は他のスキルを発動しているね······正確には、他のスキルも、と言ったところか······」
「それはどういうことですかにゃ?」
「ん。つまりね、ファナ君も使っているスキルの基盤は同じなのさ。《収納》なら《収納》、《荷運び》なら《荷運び》を。それぞれのスキルをベースにして、その補助に別のスキルを多用しているとボクは見た」
それがまるで1つのスキルのように発動されている、とユキは続けて説明する。それ故にファナは1つの、〈雑用〉のスキルしか使っていないと錯覚しているのだろう。無意識に補助のスキルを起動させ、無意識のうちにスキルの形を自身が望む形へと変貌させている。少なくとも常人が出来る技じゃない。ユキですらそんな事は意図しても出来ないだろう。
「ん。ボクも初めて見るケースだ······スキルの成り立ちから考えれば有り得ない話ではないんだけどね······」
「え?ユキさん?」
「ん、いや、なんでもないよ」
コホン、と咳払いをしたユキが話題を逸らすように語り始める。その、あからさまな話の切り方にファナは疑問を抱くも、特に突っかかる事はしなかった。
「ん。ファナ君のスキルに関しては、やはり別格と称するしかないね」
「あはは、評価があまり変わってないですにゃ······」
「ん。仕方ないだろ、それだけファナ君が凄かった、という事さ」
ユキが改めて出した評価に以前との変化が無い。その事にネレは苦笑する。しかし、確かにその通りなのだ。
ファナの世話係としての能力はユキですら計り知れない、そういう評価であった。
「ユキさんにも分からない事があるのですね······」
「ん。そりゃあね。知らないこと、出来ないことは多いよ······特にファナ君の事となると勝手が分からなくなる」
ユキにとってファナは初めての人である。自身の力を前にしての態度然り、自身を驚かせる能力然り、そしてこの胸に抱く恋心然り。とにかくファナは未知の塊だ。
未だに浮かない顔をするファナの傍に寄り、その手を掴む。顔を上げたファナと見つめ合い、口を開いた。
「ん······だからね、これからボクに君の事を教えてくれよ······ボクはキミの全てを知りたいんだ」
ファナの全てに興味がある。能力にも、生い立ちにも、一挙一動にも思考にも。ファナという全てを自分のものにしたいと思わせる程だ。
だからこそ、遠回しながらもユキの本心を伝えた。恋愛経験ゼロ故に、ストレートを投げる事が出来なかったのだ。それでも想いは伝わってくれるはず。ユキはファナを真っ直ぐと見る。
「はいっ」
「ん」
ファナの元気な返事に、ユキは照れ臭そうにしたがらも期待を込めて顔を更に近づけた。ここまで来ればファナも分かるだろう。この状況で互いの想いをぶつける行為は1つしかない。
するとファナはギュッと握る手の力を強めた。
「ユキさんの知識に役立てるよう頑張ります!」
「ん?」
「もしかしたら、新しいスキルの使い方が分かるかもしれませんもんね!ユキさんの力になれるよう、頑張りますから!」
「んん?」
「先ずは自分が何をやっているかの理解ですね······」
「んんん?」
あっれー、さっきの言葉が流されている気がするぞー。思い思いのプロポーズが別解釈されてるぞー。
妙にやる気を出して自信を取り戻したファナの姿を前に、ユキは言葉を失い呆然としてしまう。甘々な展開を繰り広げ、ネレを空気にしてキスなりなんなりでイチャイチャを開始する予定だった。
それが何故、少しズレた結末を迎えているのだろうか。
決して悪い展開ではない。ファナのやる気も自信も高まった、いい締まりだ。これから、更なる成長も見込めるかもしれない。
しかし、ユキは置いてけぼりにされていた。
暫く呆けた顔でファナと向き合っていたユキだが、再起動させた頭で言葉を選んでいく。
「ん······そう······ありがとう······」
それからポツリと、ファナに言葉を返すのがやっとであった。
「ユキ様······どんまい、ですにゃ」
「ん······この流れで遠回しに告白すれば、おっけー貰えると思ったんだけどなぁ······」
空気となる予定であったネレがユキを慰める。ユキはネレに抱きついた。受け止めたネレは恐る恐るユキを撫でる。
唐突に繰り広げられた百合の花に、ファナは首を傾げたのであった。
※ ※ ※
気を落ち着けたユキは咳払いをして椅子に座った。
ネレの修行云々も横に置かれ、取り敢えず休憩をとファナがお茶を淹れる。ネレも椅子に座り、用意された茶菓子と共にお茶を楽しむ。
言わずもがな、ユキはやけ食いをしていた。その小さな口をこれでもかとモキュモキュ動かして、並べられたお菓子を片っ端から食い尽くしていった。ユキの鬼気迫る勢いにファナも驚いていた。それ程お腹が空いていたのか、と。
そしてお茶を楽しむ事暫くして、暴食を辞めたユキが口を開いた。
「ん。明日あたり、またダンジョンに潜ろう」
ユキの提案にネレはピシリと固まる。ダンジョン内で生死に関わる酷い目に遭ったのだ。トラウマを抱いていても不思議じゃない。その単語を聞くだけでも震えてしまう、動けなくなってしまうという冒険者は何人も居る。
しかし、ネレはユキを真っ直ぐと見つめ、決意を固めて言葉を口にした。
「ネレも着いて行かせて欲しいですにゃ!そ、その、足手まといにしかなりませんにゃ。けど、立ち止まっていたくないのですにゃ!!」
ネレにはやるべき事があった。貧困に悩む村を救わねばならないのだ。初めのパーティで躓いたからと言って、転けたままでは終われない。借金をも背負う身なのだから、多少の無茶もしなくてはならないと覚悟を決めていた。
「ん。そうだね······ネレが居ない方が攻略速度は早いだろうね。······けど、その心意気は嫌いじゃないぜ」
「にゃっ······?」
「ん。安全の確証はしないが、着いていく事を許すよ」
「にゃぁ······!!ありがとうございますにゃ!」
こうしてネレもダンジョンに向かう事が決まった。ユキは安全を保証しない、とは言っているが、万が一の事がなければ傷一つ着かずに済むだろう。
耳を揺らして喜ぶネレの姿にクスリと笑い、次にファナへと顔を向けた。
「ん。ファナ君もそれでいいかな?」
「はい。大丈夫ですよ」
二つ返事で了承する。元々、これからはダンジョン攻略をしよう、という話だった。ネレを連れて行く行かないもユキの判断に任せている。ファナには否という理由が無かった。
「んー、明日の予定も決まったし、今日はのんびりするかねー」
「そろそろ昼食ですね······ユキさん、お腹は······」
「ん、勿論空いてる」
「そ、そうですか······では、食堂に行きましょうか」
「ん。頼む」
ユキの手を引き、部屋を出たファナは階段を降りた。その後をヒョコヒヒョコとネレが追う。
それから昼食を摂り、休息を取ってから3人は明日の準備として買い出しの為に商店街へと向かった。その買い物で午後の時間を潰したようだ。
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