16
「んー、喉が痛い」
嵐のように暴れ、去って行った『金龍の息吹』達。静まり返った冒険者ギルドにて、ユキは喉を撫でるように触りながら独り言ちる。
周囲の冒険者はガクガクと体を震るわせ、ユキから目線を逸らすべく俯いたままだ。久しぶりにユキの暴力を目の当たりにして誰も言葉を発せず、ただ沈黙を貫くのみ。目線を合わせたら死ぬ、まるでそれが共通認識のように、誰一人として顔を上げなかった。
「ユキさん······大丈夫ですか?」
「んー?ふふふ、大丈夫だよ、ファナ君。心配してくれてありがと」
「いえ······ユキさんの手を煩わせてしまい、すみませんでした」
「ん······半分近くはボクの気晴らしにやったものだ。気にしなくていい」
そんな中、ファナはユキの傍へ駆け寄る。
近付いてきたファナの初めに掛けた言葉がユキへの心配だった事に、相変わらずだなぁ、とユキは笑う。確かに喉が若干痛むが、これは発揮した力の対価。直に治る痛みだからと気にしていなかった。
そんな事より、とユキは左手を前に出す。そしてヒラヒラと振ればファナはその意味を汲み取り、そっと掴み取った。
「ん。ネレ、こっちにおいで」
「は、はいですにゃ!」
名を呼ばれたネレはてってっと駆け足でユキの下へとやって来る。その頭をぽんと優しく撫で、ユキはティルレッサに振り向いた。
「ん······ティルレッサ。この子をボクの世話係に加えるから、手続きを頼んだ」
「は、はぁ······コホン。かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ネレはネレも言いますにゃ!よろしくお願いしますにゃ!」
「では──」
流石は優秀な受付嬢ティルレッサ。寸前の出来事から頭を切り替えてユキの要求に応えていた。簡単な手続きの書類を記入して、ネレにもそこにサインをさせる。
「ん。これでネレはボクの世話係見習いとなったわけだ」
獣人特有の耳と尻尾を揺らしながら、必死にサインを書き込んでいくネレの後ろ姿を見つめてユキは満足そうに呟いた。普通、1つのパーティに雑用係は1人で十分なのだが、その点に関しては気にしていない。
「見習いなのですか?」
「ん。そりゃそうだよ、ファナ君。言うなればキミの弟子みたいなものだからね」
「えっ!?ネレさんが僕の弟子、ですか......?」
ユキの発言にファナは戸惑う。ネレを雑用係、つまりはユキの世話係として雇う話は聞いていたが、自分の弟子という立ち位置に収めるとは聞いていなかった。
自分なんかが他人に教えられるのかと不安になる。
「ん。これはネレの為でもあるが、ファナ君の為でもあるんだ。他人に教える事で、より明確に自身の力を把握出来るだろうからね」
それがユキの目的であった。これまで過ごした中で、多少は自信を持つようになってきたが、それでも自分の能力を疑う癖がファナにはある。もちろん、信じきると言うのは考えものだが、疑い過ぎるのも問題だ。それを、ネレに教える事で解消出来ればと考えた。
「そうですかね......」
「ん。まぁ、そこまで気を張る事でもないさ。......ただ、ネレには出来ないことが多いだろうから、そこら辺は優しく教えてあげるように」
「はい、分かりました......」
まだ納得出来ていないものの、これも自分の為なのだとファナは頷いた。しかしその声や表情からは自信の無さがありありと感じ取れる。
その様を察してユキがからからと笑う。
「ネレ様。ファナさんの能力は桁外れ......言わば人外でございます。その上で過小評価していらっしゃるので、そういうものだと分けて考えてください」
「は、はいにゃ!ネレも少しは知っていますにゃ......」
「そうでしたか......頑張ってくださいね」
「はいにゃ!ありがとうございますにゃ!」
という会話が繰り広げられていたが、ファナが気付くことは無かった。
※ ※ ※
冒険者ギルドで正式な手続きを済ませたユキ達は、街で簡単に買い物を済ませてから宿屋へと戻って来ていた。改めてネレの宿代を支払い、空いている部屋を借りる。
実のところ、ユキはこのままファナとの相部屋で良いと言っていた。しかしファナも少年を過ぎて青年に差し掛かるお年頃。尊敬する女性と同じ部屋で同じ寝床で、と言うのはメンタルが持ちそうになかった。事実昨晩はユキと密着で寝ることが出来ず、必死に精神統一をして理性を保とうとしていたのだ。これ以上は無理だと懇願し、ユキとの長い交渉の末、違う部屋を取る事が出来た。
その時に浮かべたファナの安堵とユキの不服そうな表情に、ネレは苦笑いを作ることしか出来なかった。
「では、《収納》からやっていきましょう」
「はいにゃ!よろしくお願いしますにゃ!」
新しく借りたネレの部屋で、ファナとネレとが向かい合って床に座る。もちろんベッドは空間へとしまっており、その空いたスペースを使用していた。
「まずは、バッグに掛けてみてください」
「はいにゃ──出来ましたにゃ!」
ファナから渡された小さいバッグに、ネレはテキパキとスキルを掛けていく。ものの数秒で《収納》は完成し、その容量を拡張させることに成功した。かなり手馴れているネレの動きを横で見ていたユキが、んっと感嘆の声を漏らす。
「んっ。ネレも中々にやるじゃないか」
「そ、そうですかにゃ!?......嬉しいですにゃ......」
ユキに褒められてネレは嬉しそうに耳を揺らす。ネレもまた自尊心を消失しかけていた一人。褒められる事に酷く喜びを感じたようだ。
ネレの施したバッグを手に取り、その中身を確認したファナも満足そうに頷いた。
「はい。基本部分は出来ていますよ。中身の拡張も最大限出来ています。それを応用、と言うのも烏滸がましいですが、領域を広げる事で空間への収納が出来るようになります」
「意味が分かりませんにゃ」
さらりと為された言動に、ネレは真顔で答えた。ネレとしては、そんな真っ直ぐな目で語られても、という気持ちである。これはなるほど、と彼我の実力差をハッキリと感じ取っていた。
ネレの言葉にファナが顎に手を添えて、説明不足だったのかと考え直した。
「そうですね......要は考え方、気持ちの問題です。バッグを拡張しきったら、力をその外へと向けるんです。すると、空間にで収納スペースを作ることが出来ます」
更なる言葉にネレは首を捻って複数の疑問符を浮かべる。その眼差しには、この人何言ってるんだろう、という気持ちが多分に含まれていた。
ファナは至って真面目だ。何故なら、その思考で確かに空間への拡張を成功させているのだから。
「ん。やっぱりファナ君は異常だよ」
「失礼ながら、異常ですにゃ......」
「えぇっ!?」
ユキからは呆れたような、ネレからは申し訳なさそうな、その目線と言葉にファナは慌てる。非難と言うよりも褒め言葉としての"異常"だとは分かるが、
「ん。大体、どうしてその発想を思い付いたんだ?」
「えぇっと、僕が孤児院に居た頃、荷物を運ぶ仕事をされている方がこのような事をやっていたのです。それを見て、なるほど、と思いまして......」
「ん......普通、そうはならないと思うな」
「そうはならないと思いますにゃ......」
「うぅっ......」
恐らくファナが見たのは配達員が稀に保有している《アイテムボックス》と呼ばれるスキルであろう。ネレもそれを使用する者を見た事はあるが、自身が同じような事を再現出来るとは思えない。幾ら努力したとしても不可能だと言い切れる。
ユキとネレからの言葉に項垂れるファナ。それを見て、ユキは少し考える。
「ん。たぶんだけどね、ファナ君とネレとで使っているスキルが違う」
「えっ?」
「にゃ!?」
ユキの口から飛び出した言葉に、2人は驚きの声を漏らす。
「ん......2人は感じ取れないだろうけど、スキルによって魔力の形は微妙に違うんだよ。因みに人それぞれ、という訳でもない。同じスキルなら同じ魔力の型となる筈だ」
これはユキの長い人生経験に基づく事実である。元々はモンスターが使用するスキルを判別する為に見出した差異なのだ。その違いから次に来る技を予想し、先手を打つという戦法を取っていた。その魔力の違いが2人の使用したスキルに生じていた。同じスキルならば同じ魔力となるはずなのに、だ。
「んで、2人の使っているモノは明らかに違う。ファナ君、《収納》では無いスキルを使っているのではないだろうか?」
「え......いえ、《収納》を使っている筈ですが......」
ユキに訊ねられ自信無さげにファナは答える。どうやらファナが意識して異なるスキルを使用している訳では無さそうだ。
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