15



 グレッド、イフェロー、ルーブ、そしてマグリーンは逃げるように冒険者ギルドを後にした。それから借りている宿屋に駆け込むと、部屋の中に閉じこもった。


 


「なんなのよあの女!」

「くそっ!······次にあった時は、ぶった斬ってやる!」



 イフェロー、グレッドが憤慨する。特にグレッドは不意を突いた卑怯な手を使われたのであって、まだ負けていないと考えている。正面からぶつかれば勝てると、そう思い込んでいた。


 ガンっと床を踏みつける。しかし手足を痛めている為か苦悶の表情を浮かべた。その顔面は酷い傷が付けられたのだが、簡素な処置が為されているのみ。イフェローは最低限の回復魔法しか施せなかったのだ。



「マグリーン。あの女の事を知っているんだろ?なんでもいい!ジョブでもなんでも、知っている事を全て話せ!」



 立ちぼうけになっているマグリーンにグレッドは叫び問う。その声に反応して、マグリーンがゆっくりと振り向いた。



ジョブなんて知らないわよ······あの人に関する情報なんて、殆ど持ってない!知りたくもないもの!」



 何時も冷静沈着な態度であったマグリーンが、声を荒らげて悲痛に叫ぶ。美しい緑色の長髪をぐしゃぐしゃにして、この小一時間の間でやつれてしまっていた。



「じゃあ、あの女が口にした事は何!?私が魔法を使えなくなるだとか、グレッドの左腕が無くなっちゃうだとか!マグリーン、アンタはなにか知っているんでしょう!?」



 イフェローの言葉にマグリーンは暫く黙った。そして意を決したように、自身の体験から想定される事を語り出した。



「······あの人が口にした事は、必ず現実に起きる。モンスターの群れも、大災害も、あの人が口にした事は現実となるのよ」


「はぁ······?ばっかじゃないの?そんな事有り得る訳無いじゃない」


「信じなくて結構よ······どうせ、信じざるを得なくなるから」



 イフェローの反応は当然のものだった。こんな事を言ってすんなりと受け入れられる人間が居るはずが無い。説明した自分でも、心の何処かでそんな馬鹿なと呟いている。しかし、始まればそれが事実なのだと理解させられるのだ。


 苦笑いで呟いたマグリーンは、諦観しているようにも見える。



「あの人が口にすることはね、回避するための助言なの······だけど、回避することなんて出来ない」


「何故だ?」



 黙って聞いていたルーブが口を開く。


 マグリーンの言っていることは矛盾していた。回避する為に吐かれた助言で何故回避出来ないのか。



「······言い方を間違えたわ。私達には、回避させてくれないの」



 マグリーンが昔の事を思い返し、顔を顰めて呟いた。



「もちろん、回避する方法ならあるわ。あの人から詳細を聞けばいいもの。何時、何処で、何をしたらいけないの······そんなの、教えてくれるわけないけどね」



 ユキの助言を有り難いものとして聞いていた者達へ対しては、まだまともな助言を囁くだろう。こされをしてはいけない、ここに行っては行けない、何かが起こる、と言うふうに。それを避ける道を示してくれるのだ。彼等にとって、まさに神子足り得る存在であろう。


 しかし、ユキの怒りを買ったものへ下す時、確定された助言を吐かない。微妙にズラして口にする事で、回避させないように仕向けている。



「でも、気を付けろ、だとか言ってきたじゃない。回避出来る気がするんだけど?」



 イフェローはまだ納得していないものの、マグリーンの真剣な表情を見て只事では無いのだと気づき始めていた。その上で、マグリーンの言った「回避出来ない」という言葉には頷けない。



「はっ。気を付けろ?貴女、これからずっと、何時降り掛かるか分からない災いに、神経を尖らせて居られるの?食事中、入浴中、睡眠中······四六時中その事に対して警戒できるわけ、ないじゃない······あの人の言う気をつけろ、ってのはね。せいぜい怯えながら生活しやがれ、って言う事なのよ」



 マグリーンは笑う。


 そうなのだ。ユキの口にした助言はアバウト過ぎる。強盗に気を付けろ?落とし穴に気を付けろ?場所も、期間も、何も教えてくれやしないのに、起こる事だけを教えてくる。災厄は確定されたものであり、いつ来るか分からないそれへ対する不安を抱きながら、ビクビクして過ごさなければならないのだ。それならばむしろ知らない方がマシだと思う地獄の日々が続く。


 室内を静寂が包み込む。



「──なら諸悪の根源たるその女を殺ればいい話じゃないか」



 沈黙を破ったのはグレッドだった。



「グレッド······貴方正気なの!?あの化け物に勝てるわけ無いじゃない······!」


「ふん。何をそこまで怖気付いているのか知らんが、それに目も見えない女に負けたままと言うのは癪だ。そうだろう?」



 やはり分かっていない。しかし、幾ら説得しようとしても、グレッドが折れそうに無かった。それを察したマグリーンは苦虫を噛み潰したような表情となる。



「あの人は目が見えないんじゃなくて······いや、そんな事はどうでもいいの!とにかく、私はあの人とこれ以上関わりたくない!ルーブ!貴女は理解しているでしょう!?」



 マグリーンにはルーブに振り向き名を呼んだ。ルーブが一番、ユキの力を間近で味わった筈だ。あの力量差を体感したルーブなら、グレッドを止める事に賛同してくれるはずだ。その願いを込めてルーブに目を向けた。


 しかし、ルーブは目線を切った。



「······私もまだ、負けちゃいない」


「ルーブ!?」



 頼みの綱であったルーブすら、ユキと相対する事を選んでしまった。捨て切れないプライドがあるのだろう。あの時は本気を出せなかった、まだ負けていないのだ、と。



「決まりだな。行くぞ!」



 そう言って立ち上がり、ズカズカと部屋から出て行った。その後をイフェロー、ルーブが追う。


 一体何処へ行くつもりなのだろうか。その計画もない無鉄砲な行動に、マグリーンは漸く気付き呆れ始めていた。こんな時、ファナが居たならば、他の者から嫌な顔をされようとも違う案を提示していただろう。それによりグレッドは不機嫌になるが、最悪の道を進むことは無かった。最低限のストッパーの役割をも果たしていたのだ。


しかし、今更気付いても遅い。このパーティを陰ながら支えていたファナはユキの庇護下にあり、手を出す事なんて出来なくなったのだから。


 皆が出て行った部屋の中、マグリーンは蹲って頭を抱えた。


 彼らに着いて行けばその災禍に巻き込まれる可能性が十分に高い。ここで別れた方が身のためである。それを理解してしまった。


 しかし、その決断を下せない。



『ん。お前は、1人にならない方が良い······さもなくば、人の尊厳を失うことになるであろうさ』



 と、ユキからマグリーンへと囁かれた1つの助言が頭を占める。ユキからターゲットにされた『金龍の息吹』から離れたいと思うものの、その助言がある限りそういう訳にはいかなかった。


 着いていく事しか選択肢は無い。


 重い体を無理矢理動かし、出て行ったグレッドを追い掛けるのであった。

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