14



「んー、まさか同郷の者を殺さないといけないなんて、運命というのは皮肉なものだね」



 左手に魔力を溜めたユキが、心底悲しそうに呟いた。しかし躊躇を見せないのだから、その言葉が本心か怪しいものだ。



「ま、待って!待ってくださいっ!謝ります!無礼を働きました!ごめんなさい!」



 直ぐに土下座の体勢になった。床に頭を擦りつけ、必死な思いでユキに許しを乞う。マグリーンはユキが冗談を言わない人だと知っていた。やると決めたらとことんやる。そこに慈悲も躊躇も無く、徹底的に過去、何度も何度も殺され掛け、怖い思いをしてきたのだ。その植え付けられた恐怖がマグリーンを土下座に誘ったのだろう。


 しかしマグリーンが見せる無様な姿に気づき、ユキは首を傾げた。



「ん······お前はボクに何かしたのか?」


「え······?」


「んー、なら謝らなくて良いんじゃね?そう思うだろ?」


「······っ!!」



 ユキの言葉に頭を上げる。しかし、ユキは左手を掲げていた。魔力も消しておらず、振りかざせば間違いなくマグリーンは死ぬだろう。全然良くなかったのだ。ユキは決して自分達を許していない。その事に焦りを覚えるマグリーン。


 確かに、今までの流れでユキへ対しては何もやっていない。ユキに出会ったのは今日の事だし、仕掛けたルーブにイフェローは仕置を既に受けた。グレッドに関してはユキに失礼な態度で近づいたから、だろう。


 そこまで思い返し、目線をユキからずらした。そこに居るのはファナ、そしてファナの後ろで震えているネレだった。


 サーッと体全体から熱が消えていく。『金龍の息吹』がファナとネレに行った数々の非行。それこそがユキの怒りの対なのだと気が付いた。


 3人がどのような関係なのか分からない。けれど、グレッドへの所業を見ればユキがファナを大切に思っている事は確か。今思えば最初のアレは『金龍の息吹』へ下された罰と言うよりも、ファナへと偉そうな口を叩いた事への罰だった。


 つまり、これからが本番。ユキの恐ろしさはここからなのだ。


 マグリーンも言い逃れは出来ない。この数秒の間に、ファナやネレへと振るった暴力が頭を過ぎっていた。それを2人の口からユキの耳に入っていれば、間違いなく怒りの矛先は向けられる。



「ふぁ、ファナ······さんや、ネレさん、にした事は謝ります······!」



 行動は早かった。もう一度頭を床に叩き付け、ファナとネレに対して謝罪をする。イフェロー達はまだ気付いていないようで、マグリーンの行動を理解していない。なぜファナとネレの話が出るのだと困惑している。彼女達は微塵たりとも罪悪感を抱いていないのだ。だからこそ、ユキが怒る原因を理解出来ていない。


 マグリーンはせめて自分だけでも、とユキに許しを乞う。4人の中で唯一、ユキの恐怖を知っているからこその行動だった。



「ん······謝ったとしても許さなくていい、と。ボクはそう聞いている」


「え······?」



 しかし、返ってきたのは、許さない、という言葉。左手に溜めている魔力を消さず、冷たい声で返された。



「ん?忘れたのか。お前らの言動通りだろう?」



 思い当たりは、あった。


 ファナ達が少しでも失敗をした時、その謝罪を無視して手を上げた。特にネレは涙を流して謝る様が面白く、暴力を振るう際に快感すら覚えていた。許してくださいと言われ、何度裏切った事か。



「ん。じゃ、死ね──」



 言葉が詰まったマグリーンを見下ろし、ユキは冷酷に呟いた。


 振り下ろされる左手。死を齎すその死神の手は、真っ直ぐにマグリーンの首を狙う。



 死を覚悟した。




「──なーんて、ね。誰にだって失敗はあるもんね。道を外れてしまうこともあるよね。だから許して上げるよ。ボクは優しいから」



 しかし、首が飛ぶことは無かった。


 ばっ、と頭を上げてみれば、ユキは振り下ろそうとした手を止めていたのだ。そのまま左手を振って魔力も霧散させる。どうやら殺される事はなかったらしい。


 手前までに迫っていた死が消え、体全体が脱力する。



 許して上げる。




 マグリーンの耳にはそう聞こえた。確かに、ユキの口からその言葉が出てきたのだ。



「ほ、ほんとう······?」



 その言葉が無意識に出た。降臨した女神を見上げる思いで、心の底からの願いが出た。


 懇願されたユキはニッコリと、嗤った。



「ん······もちろん」



 その言葉にほっ、と胸を撫で下ろした。ユキが持つ能力の一端を体感しているマグリーンは、ユキの逆鱗に触れる事が何より恐ろしかった。この人を怒らせるくらいなら、生物界の最強種たるドラゴンに単身で挑む方がマシだ。



 安堵したマグリーンの耳に、「でも」とユキの言葉が続く。



「──でも、これからまた道を踏み外すかもしれないよねぇ?」



 ユキの言葉に頷けない。同意も、反論も、どちらを選んでも不味いと予感する。


 嫌な汗が溢れ出た。その後に続く言葉を予測できてしまったのだ。



「──そうならないよう、ボクが助言してあげる」


「ひぃぃっ!?」



 笑顔で言うユキが、何よりも怖かった。トラウマが蘇る。エルフの里に居た頃、ユキを揶揄ったお返しにを口にされた。その後に何が起きたのか、思い出したくもなかった。マグリーンともう2人がユキの反感を買い、数日のうちに死にかけた。初めは笑っていたマグリーンも、1週間した頃には夜も眠れなくなっていた。



 やっぱりだ。許してなんか居なかった。



 これから下されるであろう制裁を想像し、カチカチと歯を鳴らしてガクガクと身体を震わせる。肉体が恐怖を覚えていた。



「んー、嬉しそうでなにより。そんな声を上げてくれるなんてボクも嬉しーなー。お前がエルフの里を飛び出してからだから、二百数十年ぶり、なのかな。久々にボクのありがたーい助言、聞きたいだろう?」


「い、要りません······!要りませんからぁ!!」


「んー、そう遠慮すんなっての。ボクがエルフの神子なのは知ってんだろ?ボクの助言を聞く為に大金払う奴も居んだぜ?そーんな、ありがたーいボクの助言を、さ?無料で聞かせてあげんなんて、ボクってば友達思いだよなぁー」



 ユキの言葉には友人としての感情が込められていなかった。本心ではなく、ただの口上というだけ。これ程暗く冷たく、恐ろしい友達思いがあるだろうか。その思いは憎悪で構成されているのだから。


 述べた事は紛れもない事実である。ユキはエルフの里で神子として担がれており、その神子の言葉を聞く為に様々な物品を献上したりする者も居る。人それぞれではあるが、ユキの言葉を受けた者は成功の道を辿っている。いや、成功の道を歩くと言うよりも、失敗の道を歩かなくなった、と言うべきか。ユキはあくまであやふやなしか述べず、結果はその人次第となる。


 本当に有り難い言葉なのだ。それは神子と呼ばれる事も頷けるほど。



 ただし、ユキの怒りを買った者の前では恐ろしい言葉となる。



「要らない······本当に要らない······!」


「んー、駄目。お前の願いは聞いてやんない。······じゃ、選べよ······1つか、2つか。それとも······3つか?」


「ひっ、1つでっ!!」



 ならせめて、その思いで1番少ない数に飛び付いた。ここからどれだけ交渉しようが、0という数字で頷かせる事は不可能だと理解していた。だからこそ、ユキの決めた事には従った方がいい。下手な真似をすれば更なる怒りを買う事になる。



 1という選択肢を聞いて、ユキは非常に嬉しそうな表情になった。ニコニコと口を緩ませる。



「ん〜マグリーンってば謙虚だなぁ。友人として嬉しいよー。だ、か、ら。ご褒美に10個あげちゃう」


「なんでっ!?」



 理由なんて決まっていた。『金龍の息吹』を憎んでいるのだ。マグリーンとの問答はあくまで余興であり、ユキの憂さ晴らしの一環であった。どれ選んでいたとしても、ユキが望む答えに繋げていただろう。元からマグリーンに選択肢なんて無かったのだ。



「死んじゃうっ!私達死んじゃうからぁっ!!」


「ん?安心しろって。ボクの助言を聞いて死んだ奴なんて居ないだろ?むしろ救世主じゃないか。多くの命を救っている」


「だってっ!」


「んー、黙れ。そろそろウザイぞ、お前。もう忘れたのか?ボクは元々お前が嫌いなんだ。努力もしない癖に才能が無いと嘆くお前が、大っ嫌いだ。死ねば?ボクは清々する。微塵たりとも悲しくないね」


「ひうっ!?」



 ビクッと体を震わせ、マグリーンは口を閉じた。これ以上口を挟み、抵抗しようとすればどうなるか。それは身を以て体験していた。『金龍の息吹』に下される罰は決められたのだ。もう、変えることは出来ない。


 諦めてユキのお言葉を待つ。



「ん?そういや、お前ら4人組か······10だと1人2.5になるな······まぁ、マグリーンは大分懲りただろうし、3331、でいいかな······」



 ぶつぶつと独り言ちる。その間にも魔力を溜めて、マグリーン、イフェロー、グレッド、そしてルーブへと目線を移動させていく。



「ん、決めた。耳の穴かっぽじってよーく聞けよ?」



 ユキの口から10のが呟かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る