13
「あぁ?誰だ──っ!ファナ!」
振り向いたグレッドが初めに気付いたのは、薄汚れたフードを被った杖を着く不審者──の左手を支えていたファナであった。
睨まれ名を呼ばれたファナはビクリと体を震わせる。やはりその声を聞くと体が反射的に怯んでしまうようだ。
しかし、体を縮こませて震えているばかりではない。ファナとユキの後ろにはネレが居た。借金を抱えているネレの為に、ユキはネレをファナの弟子として傍に置く事に決めた。その話をする為にギルドへとやって来ていたのだ。
殺されかけたのだから当然だろうが、ネレはファナ以上にグレッド達を怖がっている。声には出ていないが同じ場にすら居たくないと、ネレの反応が訴えていた。ファナは嫌がる体を抑えて、震えるネレをグレッド達から庇うような形で立った。
そのおかげか、それともファナに目線が集中していたからか、ネレが彼等に見つかる事はなかった。
「そうだ、ファナ!お前を使ってやるよ。お前みたいな無能を俺達がもう一度雇って──」
グレッドがズカズカと近付きながら話してくる。上から目線で高圧的に、ファナの意思なんてそっちのけで一方的に言葉をぶつける。昔から変わらない態度だ。
ファナから手を離したユキは、左手の人差し指をグレッドに向けた。細く白い綺麗な指。それを向けられたグレッドは意識をユキに集中する。
ユキの指が、下を差す。
「──あ?なん──ぶへっ!?」
それ以降の言葉は続かなかった。勢い良く歩いて来ていたグレッドが、突然前のめりに倒れたのだ。顔面から床にめり込む勢いで倒れ、そして床にめり込んだ。バキッという木が叩き割れる音が響き、ギルド内を静寂に染める。······ユキの登場で殆どの人間は黙り、煩くしていた例外が沈黙した為かもしれないが。
さて。倒転したグレッドに話を戻そう。ギルド内は古びているが平らな床だ。床に落ちていた物も無く、本当の平面ですっ転んだ。冒険者は基本的には運動神経が良く、受け身などの基本技能は会得している。グレッドもその例に漏れないわけで、普通に転ぶ事もあまり無い。
つまり、転んだのでは無い。何かに上から叩かれ、抑えられたのだ。本人はそれを強く感じていた。何らかの力が上から掛かり、床にたたきつけられたのだと。
無駄にプライドの高いグレッドが何時までも床に伏せている訳もない。全身を襲う激痛に悶えながらも、腕に力を込めて立ち上がろうとした。プルプルと震えながら僅か数センチだけ体が持ち上がる。
「がふっ!?」
しかし、再度顔面を床に打ち付けられることになる。今度は床にめり込むこと無く、ぐしゃりと不快音を発した。
ユキがその右足でグレッドの頭部を踏み付けたのだ。
もちろん、加減はしている。昨晩の件から実に機嫌の良いユキは、ファナへ罵声を浴びせる糞野郎が現れても酷く冷静に対応出来た。冷静さを欠いていれば間違いなく、即・惨・殺だったろう。冷静な頭で居たからこそ、こうしてグレッドの首は繋がっており、生きているのだ。そして冷静で居たからこそ、その頭が潰されることなく健在なのだ。そうでなければトマト、もしくはザクロを連想させる光景を作り出していただろう。
鼻やその他数箇所の骨折はご愛嬌だ。
「ん······それで、一体なんの騒ぎだった?」
グレッドの頭を一頻り踏み捻った後、ユキはティルレッサに向けて言葉を掛ける。この状況となった説明を求めたのだ。と言っても、騒動と呼べるものはユキが登場した後の方が激化している。
「いや、えぇぇ······私に聞きます?」
「ん。お前しかマトモな奴が居ないだろ」
ユキがくるり周囲を見渡せば、それに呼応して周囲に居る冒険者達はビクッと反応を示す。その様から喋れそうな奴が居ないとよく分かる。日頃から魔物討伐に臨む冒険者よりも、一受付嬢であるティルレッサの方がユキとの応対は上手いのだ。
「はぁ、そうですか。褒め言葉として受け取らせていただきますよ。······コホン、簡単に説明させていただきますと、ユキ様が足置き場にされているグレッドさん率いる『金龍の息吹』の方々がこのギルドに押し掛け、ちょっとした問答を繰り返した後、お怒りになられたグレッドさんが吠えた次第でございます」
「ん······そうか。コイツらがファナ君とネレを虐めた糞共だったのか」
ティルレッサはユキが現れる前の状況を、色々と端折って説明した。先の光景でスッキリしたティルレッサは、彼等が様々な暴言を吐いた、と言った些細な情報は要らないと切り捨てたのである。
説明を聞いたユキは漸く気が付いた。初めはファナに巫山戯た口を利く愚か者という認識だったのだ。もし、その時に『金龍の息吹』だと知っていれば、迷いなくグレッドの首を撥ねていただろう。冷静であっても無くてもそれは決定事項だった。
しかし、先の言動に対する制裁は済ませてしまった。これにより突発的な憤怒と殺意は失せ、この場で打首という思考行動には至らくなった。またしても幸運が重なり、グレッドの命は繋がったのである。
「あ、アンタ!私達が誰だか知ってるの!?Aランクパーティの『金龍の息吹』なのよ!」
「そうだ。貴様、私達のリーダーにやっている事を理解しているのか?」
グレッドが唐突に倒れ、頭を踏まれて呻くだけの姿に唖然として固まっていたイフェロー、ルーブ。漸くユキへと敵意を抱き、口を開いたのである。
因みに、『金龍の息吹』は現在Bランクであり、ファナの件でDランクへと降格が決まっていた。
「ん?なんだ?リーダーサマがくたばっているのに、お前らは反撃もできないのか?」
「不意打ちで魔法を使って······そんな方法しか取れない癖に、偉そうな口を利くな!」
ユキの軽い挑発にルーブは乗った。槍を構えてユキへと飛び掛る。弾丸のように飛び出し、真っ直ぐに槍をユキに突き付けた。
(この速度で動けば何も出来まい。一撃で貫き殺す!)
ルーブは自身の速度は高速だと自負していた。槍使いにおいて比肩する者は居ない、私こそが最強だと、それ程までに驕っていた。魔物に敗れることは数度あったが、対人戦では負けないと確信していたのだ。
ダンッと床を踏み抜かんばかりに蹴りつけ、流れるようにユキへと槍を撃ち込んだ。
「なっ!?」
しかし、ユキの胴体に届くことは無かった。左手の親指と人差し指で槍先が摘まれ止められていたのだ。そこから奥へと1ミリたりとも動かすことが出来ない。
「ん。遅いし単調な攻撃」
「ぐっ······ハァッ!」
両足で踏ん張り、槍をグイと押し込んだ。しかしびくりともしない。ユキを前にして巨体な硬い壁が頭に浮かぶ。聳え立つ壁は遥か高く。見上げることすら恐ろしい。
体勢を立て直そうと、今度は槍を手前に引っ張った。しかしびくりともしない。まるで槍が壁と一体となったかのようだ。
これは不味い。そう察したルーブは後ろに飛び下がった。イフェローの横に着いたルーブは肩で息をする。
「ん、忘れ物」
ユキは槍──ではなく足元で呻いていたグレッドを蹴り飛ばした。蹴られたグレッドの肉体は空中で数回転しながら、息を荒らげているルーブ目掛けて飛んでいく。
「いっ!?」
「がはっ!?」
自身よりも大きい体、そして大剣を背負っていた事で増した質量がルーブを襲う。万全の状態なら躱すなり受け止めるなり出来ただろう。しかし、ユキへと攻撃しただけで震えが止まらなくなっていたルーブは、何も出来ずに潰される形となった。
ガシャンッと鎧と鎧とがぶつかり合い、2人は縺れて転がった。
「よくもっ!私の魔法を食らいなさい!」
啖呵をきったイフェローは呼吸する間も無く詠唱を始めた。つらつらと滞りなく綴られていく魔法文字が、イフェローを中心に渦巻いていく。
やがて魔力を杖に溜め終えると、その先をユキへと向ける。
「──【インフェルノ】ッ!!」
「んっ──」
イフェローが放った魔法は、火属性魔法の中で上級に位置するもの。魔法金属とも呼ばれるミスリルをも溶かしてしまう炎で、指定方向の全てを焼き払う火魔法だ。〈魔法士〉の中でも扱える者は限られており、この魔法こそイフェローを天才と呼ばせる要因であった。
【インフェルノ】はイフェローが出せる最大火力。しかし、魔法詠唱と集中する時間を多分に要してしまう。ファナが居た頃は可能だったが最近使えていなかった代物である。その恨みも込めて、最大出力で放出した。
目の前に迫り来る灼熱の炎を前に、流石のユキも狼狽えた。どんな魔法を使うのかと詠唱を待っていたのだが、まさかこの場で火属性の魔法が飛んでくるとは想定外であったようだ。
しかし慌てること無く小さく息を吸い、魔力を喉に溜めた。
「──消えろ」
その言葉が発せられた瞬間、ギルド内に出現した炎の塊は煙のように消滅した。存在したことを示す熱と、床の焦げ跡、その匂いだけが残る。
「なぁっ!?わ、私の魔法が······!?」
「ん······お前、室内で火を使うなよ。ガキでも知ってる常識だろーが」
自分の最強魔法が掻き消された。今までこの魔法で倒せなかったモンスターは居なかったのだ。イフェローの師にも、対人戦では使うなと禁じられていた程、強力な魔法であった。
それが、ただ一言で打ち消されてしまった。その事に動揺を隠せず、そしてユキへ対する恐怖を抱き始めた。ペタンと尻餅を着き、恐怖をだだ漏れにしてしまう。
マグリーンだけは元々2人と違う反応を見せていた。ガクガクと震える体を両手で抱き、ユキから距離を取るよう後ろに下がっていたのだ。グレッド、ルーブ、そしてイフェローの惨状を見て、表情を更に恐怖で歪めていく。
「ん······おやぁ?もしかして、もしかしてさぁ······糞共の一味にマグリーンとか言うエルフが居たのか?」
そして、気付かれた。転がり呻くグレッド、その下敷きになっているルーブ、みっともなく漏らしやがったイフェローから、遂に最後の一人へと興味を移したのである。
ユキは匂いと魔力からその場に居る相手を把握する。そこに居た最後の人物から漂う魔力は、ユキの記憶にある人物のソレに限りなく等しい。
「ん······久しぶりだな、マグリーン。ボクは魔弓すら扱えないお前が偉そうに冒険者をやっているなんて、知りたくなかったよ」
カツン、カツンと杖を着きながらマグリーンに近付いて行く。1歩近づく度にマグリーンは悲鳴を上げ、尻餅を着き、受付の壁にまでじり寄った。
「な、なんで······なんで貴女がこんな所に居るのよ······!」
「ん?それは此方のセリフだ。ボクは100年近くこの街で活動している。後からやってきた······飛んで火に入ってきた羽虫はお前だよ」
マグリーンの発した言葉に、淡々と言葉を返すユキ。その声には呆れと怒りが入り交じっていた。
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