10
イルベーチの冒険者ギルドに乗り込んだグレッド達だったが、以前のように威張り散らす事が出来なかった。功績も無い若造共が、新進気鋭だのとチヤホヤされるはずが無かった。それでも態度を1日2日で変えられる訳もなく、横柄な態度でダンジョンを専門とした受付嬢に臨み、ぺっと蹴られたのである。非常に忙しい時間帯に構ってやる暇は無かったのだ。
今まで許された事が許されない。出来たことが出来ない。ぞんざいに扱われた彼らは激怒し、そのノリでダンジョンへと突っ込んで行った。ネレは休む間もなく、準備する間もなく、震える足に鞭を打って何とか着いて行った。
『金龍の息吹』は皆が皆攻撃のみに特化した脳筋パーティである。避ける、防ぐ、と言った言葉を知らないかのような、直線的にぶつかり打ち倒す戦い方をとっている。その為、当然のように傷をよく負う。
ネレにも簡易的な回復魔法は使えたが、獣人という種族故に魔法は苦手である。本当にかすり傷程度しか治せず、また数回しか使えない。しかし、彼らが受ける傷はかすり傷で済むことの方が珍しい。というのも、傷を負っても治せるから大丈夫、という理解不能な思考回路を持っているのだ。その思考回路を正そうとせず、無茶な戦い方を改めることは無い。
傷が出ると直ぐに治せと言ってくる。金銭的な余裕があるパーティならば、バンバンとポーションを溶かすことも出来るだろう。しかしこの『金龍の息吹』には余裕なんて無い。それなのに、前衛のグレッドとルーブは傷を負う度にポーションを求める。拒めば殴られると分かっているので、ストックの少ないポーションを差し出すしかない。徐々に減っていくポーションに不安が増してくる。そんなネレの不安とは裏腹に、グレッド達は意気揚々と進んでいく。それは初潜入だと言うのに順調に進めていた事が大きい。苦戦はするが負けることも無く、下へ下へと降りて行った。
そうして運良く進んで、何とか15層まで辿り着くことに成功した。本当に運が良かったと思う。何故かモンスターの数が異様に少なかったのだ。ダンジョンには大量のモンスターが蔓延ると聞いていたのに拍子抜けではあった。すれ違った冒険者が「"
何はともあれ15層の門番との闘いだ。硬い皮膚を持つ『サラマンダー』に対し、1時間もの長期戦の果てギリギリの勝利を収めた。物理攻撃が効きにくい相手故に手こずってしまったのだ。しかし、この戦闘で全てのポーションを使い果たしてしまった。それは一撃浴びる度にポーションを求めてくる前衛組のせいだ。攻撃パターンさえ覚えれば躱せるはずの攻撃を喰らい、無理な特攻を仕掛けては返り討ちに遭う。そんなのだから消費が尋常ではなかった。
ポーションが無くなった旨を伝えると、グレッド達は口々に文句を言い始めた。準備不足だとか、それしか能が無いくせに何をやっているんだ、とか。
謝ろうと口を開けばグレッドに腹部を蹴られ、地を転がった。口内を切ってしまい、口に広がる鉄の味を飲み込みながら思う。自分が一体何をしたんだ、こんな扱いを受けるほど自分は凶悪な罪を重ねただろうか、と。悔しさに涙を流しながら、唇を噛んだ。
グレッド達は相談を始めた。先に進むか帰還するか。普通なら帰還を選ぶだろう。頼みの綱であるポーションが切れたのだから。ここまでは運が良かった。運が良くモンスターとのエンカウントが少なかったのだ。その運がこれ以上続くとも思えない。撤退こそとるべき選択肢であった。
なのに、グレッドが下したのは前進。俺達なら行ける、という根拠の無い慢心から進むことを選んだのである。
体力も気力も残っていないネレも立てと命令され、引き摺られるように連れていかれる。と言うのも、ドロップ品は全てネレに運ばせていた。肩に掛けてある小さなバッグに今回の報酬全てが詰まっており、それを出し入れ出来るのはネレだけである。それ故にネレを置いて行く、という発想は無かった。そうして16層目へと足を踏み入れてしまったのだ。
蹴られた腹部がズキズキと痛み、少しでも気を抜けば気絶しそうであった。靴も既に擦り減り使い物にならず、歩く度に足裏を痛みが襲ってくる。それらを必死に堪え、堪え、真っ暗な道をふらふら歩く。
それから数時間後、グレッド達はやはりボロボロになっていた。
この層はカエル型のモンスターしか出ず、対策さえ取れれば簡単な層として有名だった。近距離ではなく遠距離からの射撃で撃破する、という方法だ。幸いにもこのパーティには2人も後衛が居る。難なくクリア出来るのかと思えば、後衛組があんな奴らに魔法や弓矢を撃ちたくないと言い始めた。
イフェロー、マグリーン、ルーブ全員がお互いに攻撃担当者を押し付け合う。連携や協力という言葉を知らないのか、と言いたくなるような光景だ。それも、ダンジョンという魔物の巣窟で行う事か。グレッドはそれを止めようとはせず、稚拙なキャットファイトを眺めるだけであった。
キャンキャンと吠え合う3人の声はネレにとって苦痛であった。ただでさえ疲労で倒れそうだと言うのに、醜い言い争いなんて聞きたくなかったが、獣人故に耳がいい事が災いした。あからさまに耳を閉じれば不況を買ってしまう。気持ち塞ぐ程度しか出来なかった。
言い合いの結果、声に寄ってきた数体のカエルに襲われ、散々な目に遭ったという事だ。
不平不満を垂れ流しながら歩く。何時もならネレに理不尽な怒りをふっかけ、ストレスを解消しようとするが、此処ではそれさえもする気が起きなかったようだ。それだけが唯一の救いであった。
そして漸く終わりが見えてきた。
真っ直ぐに進めば次の層へと続く階段がある。その地点までやってきた。漸くだと安心するのも束の間、そこには立ちはだかる壁があった。
それはカエルの群れ。2,3体でも倒すことが難しいと感じていたカエルが、10体近く固まっていた。ここでイフェローが魔法を使えば切り抜けられるのだが、彼女は断固として使う気が無い。
ここを越えなければ帰還することも出来ない。魔法を撃つようグレッドがイフェローに命令する。
「魔法を撃て、イフェロー。お前ならアレを蹴散らせるだろ」
「いーやーだ。私の魔法をカエル如きに使うなんて勿体ないしぃ。それより、いい作戦があるんだけど」
イフェローはそう言うとネレの髪を引っ張り前に連れ出した。体に力が入れる事が出来ないネレは、簡単に引き摺られ、投げ捨てられた。
「んにゃっ!」
「ふんっ、コレを囮にしてぇ、その隙に通り抜ければいいんだよ」
倒れたネレが顔を上げると、カエル達が振り向いていた。色とりどりのカエル達が、餌を前にして目を光らせる。
「あっ、うっ...助けっ、助けてくださいにゃぁっ!!」
闘う術を持たないネレにとって、モンスターは恐怖そのものである。それが目の前に10体以上も居て、全てが自分に襲いかかろうとしている。ネレは確かな死を感じていた。藁にもすがる思いでグレッド達に助けを求める。
ジリジリとカエルが寄り、舌を伸ばしてくる。ネレには避ける事も、ましてや立ち上がる力すら残っていなかった。
「アンタも最後の最後で役に立ったな」
「どーせ冒険者としては生きていけないんだからさ、私達の役に立ってから死んで」
「不釣り合いな欲を出して、このパーティに入るからそうなるのよ」
しかし、イフェローだけでなくマグリーンもルーブも、ネレを切って捨てる事に賛同していた。皆、同じような目でネレを見下している。自分達こそが正義だと疑わない目で。
「グレッドさん...っ!助け──」
自分を誘ってくれたグレッドなら、助けてくれると名を呼んだ。
「冒険者なんだ。こんな事よくある事だろ」
しかし差し伸ばした手を、掴んでくれる者はいなかった。全員から侮蔑され、見捨てられる。心のどこかでは信じていた。命に関わることがあれば助けてくれる、と。パーティメンバーとして窮地は救ってくれる、と。
しかし現実はどうだ。助けてくれるどころか、命を囮として使い捨てられた。そこに多少の謝罪があれば納得も出来たかもしれない。仲間として、自分の命で他の命が救えるのなら、そう考えられたらまだ良かった。
結局は物として見られていた。代替品の効く都合のいい奴隷。きっとそのように見られていたのだ。その事実を突きつけられ、ネレの眼前が真っ暗になる。
もう、いっそ死んだ方がマシだ。
ネレは死を望んだ。
「あ、そうだ。コレだけは返してもらうから。アンタが死ねばスキルも解除され、中身も取り出せるようになるでしょ。それじゃ、バイバイ」
そう言ってネレのバッグを奪い取り、立ち去って行った。それ以外に残す言葉もなく、そこで息絶えろと言う事だ。
ギリッと奥歯を噛み締める。ここまで虚仮にされて、おめおめと死んでやっていいのか。
死んでたまるか。
あんな奴らに良い思いばっかさせてやるか。
死んでたまるか。
死んでたまるか。
少しでも長く生きる。それが最後の抵抗であった。奴らへの一矢であった。
死んでたまるか。
強く吠える。もう、助けてくれと泣き縋らない。死んでなるものかと、そう強く吠え続けた。
しかし、その力も長く続く事はなく、段々と息が苦しくなり意識が遠のいていく。
死んでたまるか。
ネレは気絶する最後の瞬間まで抵抗を続けた。
※ ※ ※
「それで...気付いたら此処でしたにゃ。本当に、助けていただきありがとうございますにゃ」
話終えたネレは何処かスッキリとした顔付きだった。悲しげな表情ではあるものの、絶望に満ちているということでもなく、若干の笑顔さえ見せている。元々の明るさを取り戻したかのようだ。
肉体的な負傷はファナが治癒したため、常に我慢していた体中の痛みは消えた。精神的な傷も、秘めていた胸の内を話した事で楽になった。それにより、地獄のような環境から漸く脱せたという思いがあったのかもしれない。
「ん......そうか。それは辛かったな」
「にゃ...でも今は大分体が軽いですにゃ!話を聞いてくださったおかげで元気になりましたにゃ!」
静かに話を聞いていたユキは優しく答えた。元々、ユキは男よりも女の子の方が好きなのだ。その例外がファナであり、そのファナを奪われるかもしれないとネレを敵対視していた。
しかし、ネレもまた悲運を辿った1人の少女だと知れば、恨み妬みを抱く気も削がれるというもの。その加害者が憎き奴らなら尚のこと。ネレに抱く敵意よりも奴らへ向けた殺意の方が大きいという事は、もはや自明の理である。
その結果、ユキは年長者として持ち合わせている慈愛を存分に発揮し、ネレを優しく受け止めていた。
「ん...?ファナ君、どうした?」
「すみませんっ!事の一端は僕のせいで...!」
ネレが良くなったと思えば今度はファナが暗い雰囲気を漂わせていた。そして訊ねれば、ガバッとネレに頭を下げた。
頭を下げるファナの言葉を聞いて、ユキはその意味を直ぐに理解した。ネレの話を聞いたファナは、前任である自分という存在があったからこそネレは辛い思いをした、そう考えてしまったのだ。ファナの思考回路を大体把握しているユキだからこそ、ファナの思いと悔いを汲み取った。
そして小さくため息を吐くと、次にファナの方向へと体を向ける。
「ん。それは違うぞ、ファナ君。ネレの身に起きた事は非常に心苦しい事だ。しかしキミに原因がある訳無いだろ。キミが直接手を下した訳でも無い。奴らがキミの名を使っているのは、ネレを打つ為の建前に過ぎないんだ。それは紛れもない規約違反であり、正統性の欠片も無い屑の所業だよ」
ファナは自白していないが、そのパーティに居た時に暴力を振るわれていた筈だ。使えないと言う理由でファナを追放したのだなら。何度も何度も無能だなんだと罵っては手を上げていたのだろう。ファナが肉体的に無事だったのは回復魔法があったからで、その事実がない訳では無い。
人間の根本はそう簡単に変わらないのだ。自分より弱い相手へ躊躇なく手を上げる奴らだった。ファナという前例が無かったとしても、ネレに暴力が振るわれる時期が遅れただけだろう。
その感性を作り上げてしまった要因。それは今までが順風満帆過ぎた事だろう。トントン拍子で冒険者のランクが上がり、伸びた天狗の鼻を折られる事無く今まで来たのだ。それで、自分達こそが全てだと傲岸不遜な思考に至る。
そんな暴挙を止めなかった
しかし、最も悪いのは本人共。その点を揺るがす程ユキは甘い性格をしていない。
「ん。少し強い言い方になるが......キミが少しでも自分に要因があったと思い込むことは、そのクソカス共を庇うという事に等しいんだ。ここでネレに謝り、ネレが奴らを許したらどうする?キミが奴らの罪を拭ったという事になるだろ。...分かるかな?同情するのは良い。だけど、罪を意識するというのは話が違うよ」
「そうですにゃ!ファナさんは何も悪くないですにゃ!それに、ネレには分かりますにゃ。ファナさんもあの人達に不当な扱いを受けていたに違いありませんにゃ!」
ユキ、そしてネレからも擁護する言葉を受ける。
当人であるネレは、ファナという存在は『金龍の息吹』が作り上げた妄想の小間使いだと思っていた。そのため、ファナを恨んだ事など一度も無かった。そして出会い、ファナの凄さを目の当たりにしたからこそ、『金龍の息吹』が吠えていた事に若干だけ納得さえしてしまった。
「はい......すみません。僕、夕ご飯を貰ってきますね」
そう言って立ち上がると、そっと部屋から出て行った。珍しくユキの言葉にも納得出来ていないような雰囲気だ。
その背中を見送ったユキは、ゴンッと机に頭を打ち付けるように突っ伏した。綺麗な銀髪から覗かせる長い耳はだらりと垂れ下がる。明らかに意気消沈していた。
出会って数時間も経たないが、ネレはユキが威厳と風格を持ち合わせた人物だと認識していた。常に堂々とした態度の持ち主だと思っていたユキ。それが、弱々しく泣き言を呟き始めた。
「......ん......きらわれたかな......」
「んにゃ!?そ、そんなことないと思うですにゃ!?」
今度はユキが落ち込み、それをネレがあやす番となった。
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