8



「んにゃ...んにゃぁっ!?......こ、ここは...?」



 獣人の少女が目を覚ます。黒い髪の隙間から生える獣人特有の耳をピクピクと揺らし、聴覚で以て周囲の警戒をした。周囲には人の音を感じられない。どうやらここには自分1人だけのようだ、と判断した。


 見覚えのない空間に戸惑いを隠せない。ただの部屋のようにも見えるが、最後の記憶では薄暗いダンジョンの中だった。そこから考えて、考えて...?


 少女は必死に頭を回転させて現状理解に努めていた。



「ん、起きたか」


「んにゃっ!?」



 突然、横から掛けられた声に跳ね起きる。そして声が発せられた方向に目線を移せば、そこには椅子にどっかりと腰掛け、優雅にお茶を楽しんでいる銀髪のエルフが居た。その隣でニコニコと給仕を行う黒髪の人族の少女も目に映る。その少女が出したお菓子の匂いに鼻腔を擽られるも、ギリギリ警戒心の方が上回った。


 獣人が得意とする音の探知に引っ掛からなかった2人。その事に不穏を抱きながらも、毛を逆立て威嚇する。



「だ、誰ですかにゃ!?」



 ベッドの上に勢い良く立ち上がる少女。すれば当然、ハラリと掛けていた布がズレ落ち、そのまま綺麗な褐色の肢体を顕にする。全体的に細身な肉体。やや栄養が足りないのではないかと心配してしまう程、少女は痩せ気味だった。とある一部を除いて。


 立ち上がると同時にたゆんと揺れる双丘。コレこそが女性の象徴なのだと言わんばかりにユキの前で激しく踊った。



「ふにゃぁっ!?」



 裸体を晒している事に気付いた少女は慌てて腕で胸を隠す。細い腕によりソレはむにゅんと潰され、豊かなソレがソレの力を十全に発揮するようソレとして強調された。乙女の恥じらしさを見せながら何という大胆なポーズか。持たざる者には決して扱えぬ、持つ者にのみ許された秘伝の落とし技。彼女は無意識裡にその秘技を行っていたのだ。



「あうっ!?」



 そして布が落ちていき股下までも顕となる。そこに来て腕で隠す事に限界を感じたようだ。遂に少女はペタンと尻もちを着き、目に涙を浮かべ、剥がれた布でさっと身を覆い隠した。やはり羞恥心を見せる行動。


 しかし、しかし。隠す事に使用したのは薄い布。それで身を覆い隠したとしても、形はくっきりと浮き出てしまう。むしろ隠した事により直視しても良いという正当性を作り出し、目線を一手に集めるつもりか。


 薄い布、そして涙目。この2つもまたポイントとなっている。ベッドの上という特質条件も重なり、なんとも嗜虐心を刺激する光景だ。ここに手錠か首輪でも置いてみろ。確実にアウトだ。どう言い訳してもお縄に掛けられる。未成年非対応のコンテンツに違いない。


 ばーんと大っぴらに見せつけるのではなく、少し隠しながらも確実に力を見せつける。隠す事により現れる新たなる欲求をそこに作り出していた。


 つまり、この僅か数秒のうちに男性ならば生唾飲み込みモンの場を作り出したという訳だ。




 その一連の流れを見ていたユキ。後ろに立っているファナは当然のように目を閉じていたが、非常に許し難い絵面であった。



「ん...お前、態とか。態となのか?捥ぐぞコラ」


「ひぃぃぃっ!?すみませんにゃぁっ!?」



 ユキの圧力に恐怖を抱いた少女は涙を零しながら、流れるように土下座の体勢に入った。頭部に在る猫耳もペタンと倒れてしまい、尻尾もヘタっと萎れている。因みに、これはユキの威圧を受けた者が取る正常な反応。対象者ではない周囲の人間にさえ畏怖を抱かせるのだ。


 つまり、目を手で隠しながら、のほほんと立つファナは異常者である。



 ベッドの上で布を巻いただけの猫耳少女が、椅子に片足を組みながら腰掛けるエルフに土下座をしている。中々のカオスである。ここに男1人放り込めば修羅場が完成するだろう.........後ろに立っているファナは除く。



「ん......まぁ、ボクも鬼じゃないさ。天は二物を与えず、とも言う...それにデカけりゃ良いってもんじゃない。ほら、いい加減面を上げろ」


「あ、ありがとうございますにゃ...!」



 ユキ怖い人からの許しが降り、ばっと顔を上げる。


 しかしそれがいけなかった。勢い良く身体を持ち上げたことで、当然胸部に着く2つの果実も付随して揺れ動く。たゆんたゆんと、その2つのメロンはユキの目前で跳ねるように動いた。



 これは、挑発か?挑発だな。喧嘩を売られたんだ。よし、言い値で買ってやる。



 ユキは再度、沸騰した。



「ん......やっぱ捥ぐ」


「なにをですかにゃぁっ!?し、しっぽだけは勘弁してくださいにゃぁっ!!」



 綺麗な白い小さな手が少女に伸びる。それを美しいと思うよりも、怖いと思う方が強いのは何故だろう。あの手は確実に何人か殺っている手だ。そう判断した少女は、獣人の誇りである尻尾だけは護らんと、全身で尻尾を庇う。



「ん...大丈夫...尾っぽなんかに興味ない。あるのは、その、2つ...」


「ふにゃぁっ!?」



 ガシーンと、遂にユキの手が少女の双丘の1つを掴んだ。



 よしよし。この脂肪をどうしてやろうか。引き抜くか?握り潰すか?やはり捥ぐのが正しいか。



 ユキの脳内で結論が出る。それを実行に移そうと腕に力を込め始めた。



「お、落ち着きましょう、ユキさん!この子も起きたばかりですから、気が動転してしまっているのですよ!」


「んぅっ!止めるなファナ君...!ボクはアレを許せないんだ...!」


「動転しているのはその人の方かと思うにゃ...」


「んあぁ?」


「なっ、なんでもないですにゃっ!!」



 ファナがユキを止めたおかげで少女の胸が捥がれることは無かった。あと少しファナの制止が遅れていれば、少女の肉体はバランスの悪い形になっていたかもしれない。


 後に少女は語るのだが、あの時のユキからはガチな気配を感じていたと言う。一切の冗談も躊躇も無く、いとも容易く行われていただろう、と。少女の胸に恐怖を刻み込んだのである...物理的に。


 因みに、ユキを宥めるのには数分要したらしい。




 ※ ※ ※





「〈雑用〉のネレですにゃ...助けていただきありがとうございましたにゃ...」



 獣人の少女──ネレは、ファナへと頭を下げる。


 裸同然の少女からお辞儀を受けたファナは苦笑いを浮かべた。というのも、先程までユキをあやす事に手一杯だったのだ。


『んっ、ファナ君は大きいのより小さい方が好きだよね?』


 とか、


『んっ、ファナ君は獣耳なんかに惑わされないよね?』 


 とか、


『んっ、ファナ君は褐色肌より白い肌の方が好きだよね?』


 とか。比較対象を横に並べた質問を複数回行っていた。その質問ラッシュに対し、『えぇ』『はい』『もちろんです』と頷き返すファナ。


 カエルの一件もそうだが、ユキの焦り戸惑い縋り寄る姿は珍しい。噂として流れているユキの人物像からは想像出来ない女の子らしさである。誰も知らない姿なのかもしれないと、ファナはニコニコしながら応対していた。


 そして、最終的に抱き着かれてあやす羽目になったのである。


 この度触れられた件は、数百年という人生経験を帳消しにするほど複雑な悩みだったのだろう。



「あ、僕も同じ〈雑用〉のファナです。お礼はユキさんに言ってください。ユキさんが運んで来てくれましたから」


「ん...ユキだ。お礼はファナ君にで合っている。お前の傷を治してあげたんだから」



 ネレの言葉に2人は簡単な自己紹介と謙遜を混ぜて返す。



「にゃ...そう言えば、ネレはダンジョンに居たはずでしたにゃ...」



 まるで今思い出したかのように、ネレはポツリと呟いた。起床後のアレコレで記憶が飛んでしまっていたらしい。ダンジョンの中で気絶してしまったという事実を思い出し、改めて身震いをする。下手したら死んでしまっていた、と。


 つまり、先程のお辞儀はダンジョンから助け出した事か、ユキから助け出した事か。一体どちらの礼なのかと訊ねられれば、恐らく要因の殆どは後者だろう。ユキの殺意に比べればダンジョンのそれは生易しい風に等しい。その殺意を一点...いや、二点で浴びたのだから、ネレが感じた恐怖は計り知れない。きっと前者の事など頭から塗りつぶされてしまっていたに違いない。


 小さく呟かれた言葉だったが、耳の良いユキにはよく届いていた。



「ん......お前、さっきの御礼は何に対するものだった?」


「え、いえっ!もちろんダンジョンからここまで運んでもらい、傷を癒してくれたことに対してですにゃ!?ほ、他に何もないですにゃ!」



 と、再びユキの威圧が放たれ、慌てて言葉を紡いだ。 その焦り様にファナは首を傾げ、ユキはふんっと鼻を鳴らす。どうやら何時ものユキに戻ってしまっているらしい。


 ネレは伏せながらガクガクと震え、2人の言葉を脳内で再生させ──気付いた。



「あ、あの!」


「んー?」


「ひいぃぃっ!...いえっ、そのっ!」



 ばっと顔を上げた瞬間発せられたユキの威圧に尻込みするも、意を決して言葉を喉から絞り出そうと試みる。



「ファ、ファナさんって、『金龍の息吹』に居たファナさんですかにゃ!?」

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