7
カエルに襲われ気絶していた獣人の少女。特徴である耳の形から猫獣人だとファナは予想する。その少女の体には複数の痛々しい生傷が付いていた。これはカエルによるものでは無いように見える。他の、何かしらの要因で少女は傷付き、そしてカエルに襲われてしまったのだろう。
早急な手当が必要だ、とファナが魔力を流し始める。
「...ふぅ、とりあえずこれで大丈夫です」
数秒程少女に両手をかざしただけである。魔力の流れと質からして回復系統の魔法を行使したのだとユキは気付くが、早すぎやしないかと驚いた。そして1つ合点が行く。
「ん。ファナ君は回復魔法が得意なんだ」
そう。ファナの得意分野が回復に偏っていた、という事だ。そういったケースも稀ではない。攻撃魔法よりも支援系の魔法、特に回復が優れているという魔法使いは多く存在している。ファナもその1人なのかと納得した。
「え?いえ、僕は回復魔法も初歩的なものしか使えません...」
しかし、ユキの予想は外れていたようだ。ユキの言葉にファナは自信無さげに返事をする。最近は自分を過小評価をする傾向を無くしていたと言うのに、ここで再発してしまったようだ。それはつまり、本当に回復魔法が得意ではないということか。
因みにユキは回復魔法を使えない。回復魔法は神の施す奇跡と謳われており、触れようとしていなかったのだ。もちろん信仰心の有無で回復魔法の是非が決まるとは思っていないが、癪に触って嫌だったようだ。
そのため、回復魔法に関する知識は薄い。ファナの数十倍は生きているユキだが、もしかしたらファナよりも浅い知識なのかもしれないという程。
ゴクリ、と生唾を飲み込んだユキは気になった点を指摘し始める。
「ん......初歩的なもので骨折を治せるのか。知らなかった」
そう。気絶していた少女は脇腹にある骨が折れていた。程度としては軽いものだが、そう易々と治るものでもない。それをファナは瞬く間に治していた。
そんなユキの質問に対し、ファナは笑顔で応対する。
「はい。腕くらいなら生やせますよ」
「ん......うでをはやせる」
ファナの無垢な笑顔から放たれた爆弾発言に、思わず棒読みをしてしまった。どうやら茶目っ気たっぷりのジョークではなく、本気で言っているようだ。なんならここで腕を落として治してみますよ、みたいな軽いノリさえ感じ取れる。
無くした腕を生やす。それはつまり、部位欠損の再生という事だ。おいおいそれって、最上位の回復魔法では無いのか、という言葉を飲み込んだユキは、明後日の方向を向きながら更に胸中で呟いた。
この子の方が色々可笑しいと思う。
と。
「僕なんて蘇生は出来ませんし、部位欠損を直すことにも10秒も使ってしまうんです。本当に駄目で...」
しょぼくれてそんな事を言ってのけるファナだが、ユキだって回復魔法を全く知らない訳では無い。自身があまり怪我をしないからこそ興味は無かったが、治療する現場を見た事はある。確か数年前に起きた災害で負傷者が多く出てしまった。その時に教会所属の術士達が回復魔法を唱えている姿を見ていたが、ファナ以上に正確かつ的確、そして効果のある魔法を唱えた者は居なかった。患者数が多い為と言われれば頷けるが、ファナの様子を見る限りあと数十人の治療も行えそうだ。
つまりファナは異常。ユキの中で結論付けた。
「ん......そうか。ボクとキミとで、キミの方が常識人だと思っていたが、どっこいどっこいだったようだ。むしろ気付いているボクの方が常識人と言えよう」
左手で顔を覆いながら天を仰ぐユキ。
某ギルド長や某受付嬢の苦労を初めて知った。なるほど、理解を超える力を振るわれると言うのはこういう感覚だったのか。ファナには悪気は無いのだろうが、無自覚故の恐ろしさがあった。その点自分は己の人外さを理解しているし、他人より随分強いと言うことを知っている。
自分の方がマシだったと自信ありげに、やれやれ困った子だねと呟いた。
いや、程度を知りながらも敢えて異常な力を当然と振るうお前も非常識だろ、というツッコミをする人間は居なかった。
「じょ、常識ですか...?」
「ん。まぁ、今夜にでも手取り足取り教えてやるさ......そんなことよりも、だ。そろそろここを出ようか。色々あって忘れてたけど、この階層にはあまり居たくないんだった」
ぴっ、とユキは自分の後ろを指した。
ユキの指し示した方向を見たファナ。そこには、カエルの死骸が粒子となって消える姿があった。ファナとユキとが会話をしている間に、新たなカエルが湧いてゆっくりと近付いていたのだ。冷静状態であらば探知の性能はピカイチなユキ。それに気付かない間抜けではなかった。
「そうですね...では──」
「ん。ちょっと待った」
早く行きましょう、という言葉を封じる。その理由は、ファナが気絶している少女を背負おうとした事だ。
「ん......その子はボクが背負う」
静かな声で、しかしハッキリとユキはそう言った。確固たる意思を感じさせる声色に、ファナはどうしたのかと疑問符を浮べる。
「え?でも、ユキさんに持たせる訳には...」
ユキが尊敬する人だから、という理由もあるが、杖を着いて歩いているからという理由が大きかった。目の不自由なユキに背負わすとはなんとも心苦しい。
それら抜きにしても、雑用魂を持つファナは率先して重労働を引き受けるのだが。
「ん......ダメだよ、ファナ君。よく考えてご覧。その子は女の子だ。幾らファナ君が可愛いからって、裸同然の女の子に触れるというのは如何なものかな。そこはほら、同性であるボクが適任じゃないかな?」
「あ...た、確かにそうですね...」
ユキの言葉に納得する。つまり、異性に対する気配りが足らなかったという事だ。ユキに触れる事は躊躇うのに他の女性なら案外大丈夫という、ファナの謎反応が表に出てしまっていた。これは反省が必要だと悔やむファナ。
一方でユキはファナが納得してくれた事に安堵していた。妙な所で頑固なファナだから、譲れませんと言われたどうしようと考えていたのだ。
ユキがファナを止めた理由、それは少女へ対する気配りでは無い。ファナが自分以外の女を背負う姿なんて見たくないし、想像したくもなかったのが1つ目の理由。
もう1つは武器の差にある。そう、胸部に備えたお互いの武器性能の差。片やあるにはあるけどコレだけ?という微笑ましい小銃。片や視覚からもスゲェなと分かる羨ましい巨砲。それが直接、背中に当てられようものなら興奮必至。男の娘たるファナも破壊力抜群のゼロ距離発射には耐えられまい。
以前、足が痺れた為に背負って貰ったことがある。その感触をファナが覚えていたら、この少女との差に呆れられるのでは無いか。
そんな事をさせてなるものかと、ユキが背負い役を志願した理由である。結局は利己的な思考に基づく最善策だったのだ。
※ ※ ※
少女のような少年の手を借り、布に巻かれた猫耳少女を背負いながら、目元を布で覆い隠して杖を握り歩く銀髪エルフ。
ファナとユキはダンジョンから出ると、真っ直ぐにイルベーチの街へと帰還した。奇異なものを見るような目線を多分に浴びながら、街の中を歩く事十数分。漸く住まう宿屋へと辿り着く。
ファナが女将であるサルシャに事情を説明した後、ユキの部屋へと少女を運び込んだ。
因みにサルシャの娘エルフィアと
「わぁ、猫の獣人さん...ファナおねぇちゃん、どこで拾ってきたのです?」
「拾ったんじゃなくて保護したんだよ、フィアちゃん...!」
というやり取りを済ませ、逃げるように階段を上った事は隠しておこう。
寝台に少女を寝転がすと、ユキは部屋に備え付けである椅子に腰掛けた。
「んへー、疲れた」
「お疲れ様でした。お茶でも淹れましょうか?」
「ん。頼むよ。お菓子も欲しいから、頼むね」
ファナが小さな机を出し、カチャカチャとお茶の用意を始める。ユキはそれを見つめながら今日のお菓子はなんだろうと口角を緩ませた。
どうやら少女が起きるまでティタイムとするようだ。
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