6


「──もう死ね」



 ──静かに、低く、冷たい殺意をもって。ユキの口から呟かれた。


 その声を聞いたカエル達は異常を起こした。


 まるで既に決められていた運命を辿るかのように、ある者は潰れ、ある者は拗られ、ある者は引き裂かれ、ある者は貫かれ、ある者は溶かされ、ある者は燃やされ、ある者は氷漬けにされ、多様な方法で絶命した。中には自ら伸ばした舌を噛み切り、モンスターには決して有り得ないとはれる自殺を行った個体まで存在した。


 不可解な死を遂げていくカエル達を前に、ファナは尻もちを着いたまま呆然としてまう。今まで幾度もモンスターの死を見たことはあるが、このような光景は見た事が無かったからだ。


 混乱する頭を振って立ち上がる。そして直ぐにユキの傍へと駆け寄った。正面でしゃがみ膝を着き、空間に手を伸ばす。



「大丈夫ですか、ユキさん」



 空間から綺麗なタオルを取り出し、ユキの頬に着いていたカエルの唾液を拭いとる。その間ユキはファナのなすがままにされていた。垂れた耳から酷く落ち込んでいることが伺える。



「ん......ファナくん...ごめん...ボクのせいで...君を──」


「気にしないでください。僕の方こそ、不甲斐なくて申し訳ありませんでした」



 ユキが呟いた言葉に重ねてピシャリと言う。


 ファナは今まで、自分が闘えない事は仕方ないと思うようにしていた。スキルは得られず、天賦の才も無い。なら仕方ないでは無いか。自分に出来る事だけをやろうと。少し前迄なら、たとえパーティの危機に陥ったとしてもその考えは改めなかっただろう。自分が何をしたとしても、どうせ変わらない、と。そう自身に言い聞かせ諦めていた。


 それが今回の一件、特にユキの命に関わった事で強く感じたことがあった。それは不甲斐なさ。ユキは確かに強い。桁外れの強さはある。ファナはユキが間違いなく最強であると思っている。しかし万能では無いのだ。不得手な事があり、出来ない事があり、苦手な事があり、嫌いな事がある。それを支え、時に代わりに行ってこそ世話係なのではないか。ファナはそう強く思うよになっていたのだ。



「ん......ちがう...ボクが...慢心してた...から...」



 ユキには自覚があったらしい。自分がかなり傲慢な態度をとっているという事を。



「ユキさん。僕は本当に気にしていません。ですが、ユキさんが申し訳ないと思うなら、僕に護身術を教えてくれませんか?こういう時に、ユキさんを護れるようになりたいですから」



 ファナは何度かユキに武術を習おうとしていた。していたのだが、毎回のようにはぐらかされてしまっていたのだ。そこにはユキのプライドがあり、ファナは自分が護るという自信があった。


 しかしこのような事故が起きた。確かに万が一を考えていた方が良いかもしれない。その考えに至り、ユキは遂に折れたようだ。



「ん...分かった。後で教えてあげよう」


「はい。ありがとうございます!」



 ニコリと笑うファナにユキも釣られて口角を緩めた。


 地面に座っていたユキがファナの手を借りて立ち上がる。傍に落としてしまった杖をファナに拾ってもらい、漸く元の体勢に戻った。


 んーっ、と体を伸ばしたユキ。気分を入れ替えたのか、垂れていた耳も元に戻っている。



「あっ、そう言えば!」


「んっ、忘れてた」



 2人して同時に気付いた。何かを忘れていたということに。ファナがユキの手を引き、前へと進んでいく。



「《清掃クリーン》!」



 血や肉片と言うものはダンジョンの性質上残らないが、涎等の体液はその場に残ってしまっていた。その涎が特に固まっていた箇所へ向けてスキルを発動させ、瞬く間に綺麗にして見せる。



「ユキさんが魔法を躊躇ったのは、この子が居たからですよね?」


「ん......バレてたのか」



 涎溜りを綺麗にすると、その中から1人の少女が現れた。気絶しているのかグダリとして動かないが、浅い呼吸はしていた。恐らくカエルの毒にやられたのだろう。あと数分でも遅ければカエルの餌食となっていたに違いない。


 ユキならカエルを発見した瞬間に魔法を放つことは出来ていた。たとえ意表を突かれたとしても殺す事だけなら容易である。しかし、カエルに囲まれていた少女に気付いてしまったが為に、巻き添えを考え攻撃出来なかった。勿論、相手がカエルでさえ無ければ対応策はいくらでもある。色々な不運が重なった結果だったのだ。


 冒険者業界の中で『殺戮の銀キリングシルバー』という2つ名を付けられているユキ。その由来は躊躇の無い殺人。敵対者には微塵の容赦も与えない姿から付けられたものである。無慈悲で冷酷、残酷、無情。それがユキへのイメージだ。


 そんなユキが少女を傷付けないよう気を遣い、自身らを窮地に追い込み、助けたことが原因だと指摘され、頬を赤らめそっぽを向いている。


 ユキを異名を知っている者がこの一連の流れを見れば、卒倒するか狂って笑い出すか怖気でゲロを吐き出していたことだろう。そしてユキにボコられる所までが鮮明に想像出来る。



「やっぱりユキさんは優しいですよね」


「ん......そんな事ない。それより、早くその子を──」



 その時、キュピーンッとユキの脳内に電撃が走る。そして気付いた。コイツは危険だ、と。



 ファナが《清掃クリーン》を発動させた瞬間に広がった魔力の波から、その少女の体型や服装を把握していた。身体中に傷を作り服も所々破けている。このダンジョン、それも10層よりも奥にいる訳だから、村娘という訳ではあるまい。随分な、ファナよりも軽装なのだが冒険者の1人であろう。武器の類を身につけてない上に仲間も居ない為、その正体を確定する事は出来ないが。頭部に位置する獣の耳と尻尾から獣人の少女だと断定した。


 このボロボロな服を身に纏う獣耳少女。ユキが危険だと判断した理由、それは。



 その身に宿す豊潤な双丘である。



 某受付嬢や某ギルド長もそこそこに大きいが、この娘はそれに匹敵する程の大きさを持っている。自分とそう変わらない身長なのに、だ。前2人は身長が馬鹿みたいに高いからまだ良い。なんと言うか、高身長だから自分の横に並べられる対象とはなりにくいのだ。しかしこの娘は自分と同身長。そのせいで余計に大きく見える胸部。横に立ち並べば自分の貧しいソレが強調されるだろう。



 ──くそう。コイツの為にボクは危険な目にあったのか。躊躇わないで魔法撃っときゃ良かった。



 ユキは小さく舌打ちをした。



 実を言えば。ユキがフリーズする前にこのような思考を行っていたのだ。



 ──カエルだ!キモイ!


 ──魔法を撃とう!


 ──少女がカエルに囲まれている!


 ──いいや撃とう。


 ──待てよ殺したらファナ君に嫌われるかも。


 ──どうしよう。



 そして固まってしまったのだ。そこに優しさなんて無かったのである。ファナはその事を知らないし、ユキも露呈させる事はない。



「ん?」



 それからはたと気付く。そう言えばコイツの着衣はボロボロだ。そして魔力波ではくっきりと胸を捉えられた。そこから予測するに、そうか。コイツの胸は顕となっているんだ。



「んっ!?ファナ君見ちゃ駄目ッ!」



 咄嗟にファナの前に躍り出て、倒れ気絶している娘の裸体を隠す。特に胸。自信には備えていない、天性の巨砲二門。こんなの、ファナ君の教育に悪い!と。



「見てませんよっ!あのっ、ぬ、布がありますから!これを掛けてあげてください!」



 ユキがその少女を隠す前からファナは目を閉じていた。見たのは一瞬だけである。その一瞬であまり見てはいけないものだと判断していた。


 ふんすふんすと体全体でガードを固めるユキに、1枚の布を手渡した。お互い視界を封じた状態でも何ら違和感無く受け渡し出来たのは、それ程息が合っているからなのか。


 それからユキが雑に布を被せ、漸くファナは目を開けることが出来た。そしてその少女の傍により、応急処置を始める。



「気絶してしまっているようですね。かなり衰弱していますが、息はありますし何とかなると思います」


「ん、そうか。ボクは回復魔法を使えないから、ファナ君にお任せしておくよ......こんな事なら回復魔法を会得しておくべきだったか」



 もちろん、ファナに自分以外の女性の手当をさせる事へ対する不服である。



「はい?」


「んーん。なんでも。早く手当をしてあげて。怖い思いをしてまで助けたんだ。最後まで面倒を見てあげよう」



 コイツは敵だ。凶悪なる敵だ。ユキの直感がそう訴えたている。しかし、ここまで来てしまったのだ。サッと消すことも、放置していくことも出来ない。何故ならファナ君が助けようとするから。なら、もう。助ける方針を強く押して、優しい人アピールをするしか無かった。

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