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「と、言うことで。おめでとう、ファナくん。晴れて君はSランク雑用係を名乗れるよ」



 イルベーチ第1ギルドの客間にて、ギルド長たるシャルロッテから直々に「Sランク雑用係」という称号を受け取っていた。特殊な素材で作られた黒色のステータスプレート。その黒色はSランクを指し、現役で所持している人間はファナを含めて6人しかいない。その事実を知っているので、自分なんかがとマイナス思考をする──事は無かった。


 ユキと過ごした日々の中で事ある毎に褒められた。少しでも自信を持てるように、ユキが意識して褒めちぎったのだ。褒めて褒めて褒めて甘やかして褒めて。まるで我が子を愛でる母親のように、惜しみない愛情を持って褒めまくった。


 ファナは元々賞賛されるべく実力を持っている。それを散々貶された事で自信を喪失していたのだ。既に成長し難いレベルまで到達してしまい、中々成長出来ない自分に自信を持てなくなったのも仕方ないだろう。それでも人一倍の努力を続けていたのだから、この子を褒めずに誰を褒めるか。


 ユキはファナを愛おしいと思うようになるにつれ、その分諸悪の根源たる『何とかの何か』とやらへの憎しみが強くなっていった。もし、自分の前にノコノコ現れたらファナ君が味わった2年分の地獄をたっぷりと味合わせてやろう、と。


 週一で他の冒険者と喧嘩騒動を起こしていたユキ。それが無くなった代わりに、ある一点へとドス黒い闇を溜め始めていた。



「ありがとうございます!このランクに恥じぬ言動を心掛けます!」



 感極まった表情でプレートを受け取ったファナ。その思考は単純。ユキと肩を並べられる、その事にファナは感動していた。


 この一週間以上の生活の中で、ユキがランク云々の理由でファナを貶す人間では無いと理解していた。しかし、それでも。ファナの中ではユキと釣り合わない自分が嫌だった。少しでもいい。ほんの少しでもユキと肩を並べられるようなものが欲しかった。2年間仲間達の背中を眺め、自分の立場に諦めていた頃とは違う。能力に、立場に、関係に意欲を持つようになっていたのだ。



「うんうん。これからも活躍を期待しているよ。...それで、どうだったんだい?この一週間以上は一緒にクエストを行ったみたいだが...」



 試験の結果を本部から待つ間、ユキとファナは慣らしの為に簡単なクエストを回っていた。基本的には付近の草原やら森やらで遭遇可能なモンスターの討伐。街の付近に出るモンスターなぞ、最強を謳うユキにとっては雑魚ばかり。軽い運動にもなりゃしない、とは本人弁。


 ユキにとってはファナがどれだけ着いてこれるかのテストであったのだ。危惧していた体力も、ファナはユキの想定を上回っていた。ファナを試すために早歩きをしたが、着いてこられる事が判明してからは山へ入って散歩をし、手頃な獣を狩り、山菜を採って、最終的に頂上付近でキャンプ。準備はファナが全て行ってしまうので、ユキはのんびりダラダラと自然を楽しみながら、用意されたお菓子を貪りお茶を堪能し続けていた。この時から既に餌付け状態であったのかもしれない。


 ユキとしては有意義な休日を過ごせた、とでも思っている。ファナに点数を付けてやるなら100点満点。ユキが望む全てをファナはクリアしていた。故に、シャルロッテに問われたユキは呆気からんに答えた。記憶にある素晴らしい休日を思い浮かべながら。



「ん。さいこーだった。ボクとしては何も文句は無い。あと、ご飯美味しかった」



 若干の涎を垂らしながら言うのだから、さぞや美味しい料理を用意してもらったのだろう。食に煩い方のユキは保存食を好かない。せめてスープを作ってくれ、とよく言っていた。エルフという種族上、食事を摂らなくとも数週間は生きていけるらしいが、毎日3食摂っているユキは異常なのだ。そんなユキを満足させられる腕前を誇るファナは、それを自慢気に語ることも無く平然としている。


 この2人。性格がまるっきり違うと言うのに、何故ここまで噛み合うのだろうか。違い過ぎて噛み合っているのだろうか。凹凸が上手く合っているのだろうか。


 そんな疑問を胸に、ユキへと向けていた目をファナへと向ける。



「そうか...ファナくんはどうだい。ユキに不満は無いかな。あったら是非とも契約破棄を勧めるよ」


「もちろん不満なんて無いですよ。ユキさんは優しいですし、僕もやり甲斐を感じているんです」



 シャルロッテが訊ねれば迷いない目ではっきりと答えた。ファナの言葉に嘘偽りなど無い。ありのままの本心。ファナにとってユキへの奉仕は至福であった。


 それ程真っ直ぐに言われてしまえばシャルロッテは黙るしかない。



「んっ。余計な質問をするな、シャル」

 


 と、言葉とは裏腹に嬉しそうな声でユキは呟く。その声色から両耳のピコピコを見なくともご機嫌と伺える。


 そんな激甘な2人を前に、シャルロッテは少し嫌な表情を作る。しかし無情な事に、作っても気付いたのはユキだけ。盛大なしたり顔を作られた。


 ピキっ、と額に青筋が浮き上がるが、ここは大目に見てやろうと心を落ち着ける。ユキはギルドのお得意様である。多少の事なら目を瞑ろう。私は大人だ。と、シャルロッテは胸の内で呟いた。



「......はぁ、さっさと本題に移ろう。ダンジョンについてだが、何故今更なんだ?昔から行く機会はあっただろう?」


「ん?そりゃ、目が使えないから迷うだろ?そしたらさ、一生出てこれなくなるかもだよ?流石にダンジョン暮らしは勘弁したかったからなぁ。行きたくても行けなかったんだ」



 ただでさえ迷子になりやすいユキが、迷宮たるダンジョンに潜ればどうなるか。うん、想像に容易い。ある意味で1層目すら突破出来ない未来が見える。そして、フラストレーションが溜まったユキは1層目を徘徊する殺人鬼と化すのだろう。


 中身こそ残念なユキだが、黙っていれば見目麗しいエルフとなる。更には銀髪の、というプレミア付きだ。体型自体は小柄で胸も小さく魅力は欠けるが、男なら手を出さない事もない。目が見えないのだと出会い頭で判断出来るので、襲い易い相手だと思われるに違いない。「道案内をしよう」から何処か人目につかないスペース──ダンジョン内にはごまんとあるだろう。そう言った目的の為に潜る不届き者も多からず存在するのだから──へと連れて行かれ、そして斬殺。最悪だ。ギルドとしても許容出来ない案件だった。



「そういう事か。だが、ダンジョンにはあまり興味はなさそうに見えたんだが...」



 ユキがこの街を中心に活動を初めて100年近く経っている(ユキの話なのでアテにならない)。が、1度たりともダンジョンに関する話題をしていなかった。この街に住む誰もが目を付け日常会話に紛れ込むダンジョンに、一瞥もくれてやること無く過ごしていた、それがユキなのだ。


 それがここに来てダンジョンの攻略をすると言い出すのだから、長年の付き合いとなるシャルロッテが不信に思うのも仕方ない。



「ん〜、興味、ねぇ...ぶっちゃけ興味はサラサラ無い。けどボクの野望の一手なんだよねぇ」


「野望、ですか?」


「まぁ、それについては後で話すさ。今はダンジョンを潰しに行かないと」



 ユキが何らかの目的を持ってエルフの森から出てきた、という話は本人から聞いていた。しかし、聞き出そうとしても毎回はぐらかされてしまう。余程下らない事なのか、それとも良からぬ事なのか。シャルロッテには皆目見当もつかない。1度「シャル。触らぬ神に祟りなしだよ......いや、今のは忘れてくれ」と言われて以来、中々聞けなかったのだ。


 付き合いこそ短いが自分よりも信頼されているファナが聞いても答えないのだから、本当に話す気はないのだろう。あまりしつこく聞いても彼女を怒らせるだけなので追求はしない。



「んーー、取り敢えず明後日あたりに潜ろうか。確か今日と明日は予定があったよね、ファナ君」


「あ、はい。ちょっとした依頼を受けているので、そうですね。明後日なら大丈夫です!」



 この街で引っ張りだこの助っ人マンという地位を得たファナ。ユキとの雇用契約を結んだ今でも、数日に1度くらいはこうした別仕事の日を設けている。勿論ユキがファナに気を配った結果だ。もしそういう日を作らなければ、ファナなら睡眠時間を削ってでも全てを背負い込みそうだったから。断れない性格は1つの取り柄であるが、限度というものを分かって欲しい。そう思うものの、ファナが好きでやっている事は理解しているので、ユキもあまり口出ししないことにしている。


 丁度今日と明日は何件か店の大掃除を頼まれていた。きっと新品のようにピカピカにして来るのだろうと、ユキは静かにため息を零す。その間ユキは一人寂しく宿屋で過ごさねばならないからだ。長年ソロぼっちで活動を続けていたので、一人での時間を辛く感じてはいない。だが、ファナが自分を放って誰かの為に働く、という事が少し気に障るのだ。



「ん。明後日はダンジョン攻略デートだ。がんばろー」



 やる気を出す要因が変わっていると、突っ込む人間は居なかった。

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