3

 イルベーチという街の近くにある洞窟型ダンジョン。その16層にて優雅な食事を行う2人。何故、2人はダンジョンに潜っているのか。それはユキとファナが正式にパーティを組んだ日、2週間前まで遡る。




 ファナの雑用係試験を済ませたその日、ギルド本部では結果を決める会議が迅速に行われた。「Sランクの雑用係」という案には勿論賛否が分かれていた。



 雑用係にそんなランクは必要無い───


 新しい階級を作るなら再試験の必要が───


 そのランクを付けるなら私にも───



 など、そこから会議は始まった。否定派の多くはギルド本部の雑用係の職員。今まではお互いにAランクと同格となっていたのに、この新たな制度で抜かされる恐れがあったからだ。通常の冒険者ランクでSランクになる事は不可能と認識しており、金を積んで成れる最高がAランクであったからだ。それとは違い、雑用係のSランクは他より優れていれば成れる。人外と呼べる実力が無くとも成れる可能性は高いと判断した。


 ギルド本部の職員は偏に階級を気にするきらいがあるのである。


 最終的に雑用係におけるSランクという階級は認められた。ほぼギルド総長によるゴリ押し、とも言えなくもない決定であった。しかし、否定派の意見は聞くに耐えない理由ばかりなのだ。まるで幼稚な反論に、はいそうですねと頷けるはずも無く、ならば賛成で良いだろうと決まった。...勿論、否定派に味方した後、怖い人ユキへの弁明が嫌だった、という理由では無い。


 さて、この決定に喜んだギルドが抱える雑用係達。彼らは意気揚々と再試験に臨む。私こそがSランクという称号を得るのだ、と。元々私にはSランクが相応しいのだ、と。



 その試験を監督したのはギルド総長。結果は皆Cランクと出した。今まで雑用係の試験に手を出さなかった総長だが、まさかこれ程無能な集まりであったのかと嘆いてしまう。口や態度とは裏腹にその実力は大したことない者ばかり。


 これは、確かに。イルベーチのギルド長から送られた、とある雑用係の試験映像を見た総長にとって、彼等は平凡と呼べる能力しか備えていない。まぁ、あの雑用係が異常だと認識しており、あの雑用係はSランク人外と呼ぶに相応しい。


 その判定に不満を口にする職員達を追い出した後、やるせない思いで全ギルドへと通達を出した。



『これから雑用係の試験制度を一新する。試験官はギルド本部から派遣された職員、そのギルドのギルド長、そして受験者と関わりの無い第三者、といった3名で行うこと。ランクにはFからSまで設けることとし、自身のランクに疑問抱いた場合本部へ通達して欲しい』



 と。再試験に関しては試験料を取る事はせず、無償で受験出来る旨も伝えている。


 それらの要件を済ませた後、ギルド総長の部屋──勿論この前まで使用していた部屋とは別の部屋──で一息を吐く。それから送られた書類に目を通し、また溜息を吐いた。


 ギルド側が指定したランクのせいで、2年間の理不尽な仕打ちを受けたという雑用係の少年。元々雑用係への暴力行為や押し付け行為は禁止としている。それを破っていたパーティにはペナルティを与える事に決まった。また、ギルド職員の汚職を見逃していた自分にも責はある。この件に関して如何なる罰も受けるつもりだ。が、もし自分の辞任を望むのなら暫し待って欲しい。自分の尻拭いをさせてから辞任するつもりだ、とイルベーチのギルド長へと伝えた。


 すると返ってきた言葉は実にシンプルなものであった。



『彼はそういうの、望んでないと思うよ。終わり良ければなんとやら、だ。彼はユキと出逢えた事に感謝しているから、貴方がそこまで責任を感じる必要は無い。これから気を付ける、と詫びを言えばさ。...ユキが許すかどうかは分からないけどね』



 と。聞けばその雑用係とユキが良い関係を築いているらしい。あの暴れん坊──もとい暴君を手懐けた、ということに驚きを隠せない。流石はSランクかと感心してしまった。



『それで、実はユキから言伝を預かっていてねぇ──』



 続く言葉に冷や汗をかくも、聞かずにはただで済まない。速まる動悸を抑えながら次の言葉を待ち構える。



『──どうにも、ダンジョンに潜ってもいいか、と聞いてきたんだ。もしかしたら攻略しちゃうかも、とね』


「だ、ダンジョンか。攻略と言うと、底まで行くつもりなのだろうか?」



 自身への槍投げかと構えていたが、全くの別件であったことに胸を撫で下ろす。しかし、ダンジョン攻略か。世界に5つ存在する神々の試練とも呼ばれるダンジョンに、ユキが行くというのか。なるほど、攻略しちゃうと言っても嘘では無さそうだ。はSランクの中でも抜きん出て人外な実力を持っている。他の者が苦戦する中、飄々とクリアしてしまう姿が容易に想像出来る。



『あぁ、そのつもりみたいだね。ファナくんの様子次第で直ぐに向かうつもりらしくて、早い回答を待っているのだと』


「そ、そうか。うむ、勿論許可は出そう。攻略して、何が起きたとしても責めたりはしない...因みに、今は何をしている?連絡を貰ってからもう一週間は過ぎているだろう。その...キレていたりしないのか?」



 ファナの試験が終わり、報告が出されてから9日が過ぎていた。コレでも早く会議を済ませ、出てくる文句を素早く潰してきたのだ。新ランクの設立というテーマなだけに、随分と時間がかかってしまったのも仕方ない事。それから再試験させろと煩い職員を黙らせる為に時間を費やし、他のギルドへと通達を済ませ、漸くここに至る。納得して貰いたい理由ではあるが、何せあのユキ相手。文句を言われないとは言い切れない。


 怯えた声で尋ねれば、受話器の奥からケラケラと笑い声が響く。



『はははっ、貴方は本当にユキが苦手だね。今は随分機嫌がいいよ。ファナくんと簡単なクエストを回っているみたいで、珍しく問題は起きていない。ファナくんの前では大人しくしてるんだとさ』



 それを聞いて心底安心した。この前みたいに剣が降ってきたらたまったものじゃない。ユキ以外の犯行ではあるが、ユキが関わっていない筈が無かった。何らかの手段で仕掛けて来れるのだろう。



『そんな訳で、この話は終わりだ。ファナくんには貴方からの謝罪を伝えておくさ。ユキもギルドへの鬱憤はもう無いみたいだし、例のパーティへの処罰でも考えておけば満足するさ』


「分かった。その件も早めに片付ける。では、な」


『あぁ、そういえば。ユキが「青天の──』


「じゃあなっ!」



 通信用の魔道具を机に置き、ハァハァと息を荒らげる。思わず、切ってしまった。しかし身の危険を感じたのだ。元冒険者としての本能が叫んでいたのだ。仕方ない事だろう。まさか不意打ちを食らうと思っていなかった。後に幾らか小言が飛んでくる恐れはあるが、それは例の若手パーティへの処罰を済ましてから、穏便になった頃合を見計らってで良いだろう。


 そう自分に言い聞かせながら、ギルド総長アレクニス・フリドルアは次の仕事へと目を向けるのであった。




 幸運な事に、雷は落ちなかった。




「あれれ、切られちゃったか。折角ユキから聞いた『青天の霹靂』という言葉の意味を教えてあげようとしたのに...くくく」

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