2


「ん〜〜、ファナ君のお茶とお菓子、美味しいなぁ」


「そう言って頂き光栄です...すみません、僕のせいで」



 イルベーチ付近に存在する洞窟型のダンジョン16層にて、机と椅子を並べてからお茶とお菓子を用意していた。その空間だけは危険なダンジョンからかけ離れた空間となり、快適に過ごせる設備が整っていた。


 ユキは椅子にどっかりと座り足を組み、何処ぞの貴族かのやうに優美にお茶を楽しんでいる。しかし左手には常にクッキーを掴んでおり、途端に口へと消していた。むしゃむしゃと子供のように食いまくっていたのだ。右手のみを見れば作法は完璧。左手を含めて見ればああ残念。そんな格好でユキはティタイムを満喫していた。


 山のように用意してあったクッキーやマカロン、カップケーキが切り崩されていく様は見事であった。その勢い、流石はSランク冒険者と言えよう。視界を無くしていると言うのに迷いのない手捌きで食べ進めて行った。勿論お茶も相当の速度で飲んでいく。お代りを何杯も求め、ファナは即座に応えていた。その対応の速度は流石のSランク雑用係と言えようか。


 そんなファナだが非常に申し訳なさそうな顔をする。無論、このタイミングで休憩を求めたからだ。体力的にはまだまだ余裕であるが、初のダンジョンという事で気を張りつめ過ぎてしまった。尊敬するユキの手前情けない姿を見せたくはないが、それはもう手遅れだと諦めていた。



「んく......ぷはぁ。ま、気にするな。昼時だったし丁度良かったろう...あ、パンとかある?」



 一先ず出されたお菓子を平らげたユキ。残るお茶を飲み干してから口元を拭い、落ち込むファナへと言葉をかける。


 お互いに初めてのダンジョン潜入。勝手が分からず無駄に疲れるのは良く分かっていた。特に非戦闘員であるファナは次々とやってくるモンスターに気疲れしてしまったのだろう。ファナにとってはゴブリン一体でも命に関わる相手だと言うのに、ユキの止まらぬ足取りによってモンスターとのエンカウント間隔が短かった。Sランク冒険者たるユキの傍に居たとしても、迫ってくるモンスターに恐怖は抱いてしまう。最強を謳うユキがモンスターを斬り損ねるとは思えないが、万が一、億が一を考えてしまうファナの心臓が持たなかったようだ。


 それに対してユキは特に何も思わない。ファナが臆病、もとい慎重且つ注意深い人間であると理解しているから。ユキにとって、歩速に着いてこられるだけでも十分であったのだ。昔雇った5人はユキに着いてこられず、通常の4分の1程度の速度しか出せなかった過去がある。それらに比べればこの程度の休憩に不満は無い。


 そういう事からユキは「気にするな」と言い、それから昼食の事を思い出したのであった。



「はい、ありますよ。ユキさんが好きと言っていたコロッケパンです。今朝作っておきました」



 ユキと共に生活を初めてかれこれ2週間経過しており、細身なユキが持つ底なしの食欲にはファナも慣れている。少し前に「え、まだ食べれるのですか?」と訊ねた事があり、「エルフだから人とは体の作りが違うんだ」と答えられて以降そういうものだと納得している。山のように積み上げられていたお菓子が消えた事実を受け入れながら、更なる食事を出すことに躊躇いがない。さも当然のように空間の倉庫を開いた。



 因みにエルフは少食として有名だったりする。



「んっ!コロッケパン!...勿論、ソース無しだね?」



 美しく背中に流れる銀髪の隙間で、ピコピコッとエルフの象徴たる長い耳が揺れる。それ程「コロッケパン」に嬉しかったのだろう。目を覆い隠しているユキにおいて、耳ほど感情を語る部位は無い。基本的に裏表の無い人格の為感情は読みやすい人だと、ファナも思っている。



「はい。その分、具にしっかりと味付けしておきましたから」



 空間から取り出したお手製のバケット。その中から2つコロッケパンを取り出すと、ユキに用意しておいた皿へと並べた。ついでにコップを出してから、今が旬の"モレージ"という柑橘系の果物をふんだんに使ったジュースを注ぎ込む。


 黄金色のコロッケが挟まるコロッケパンと、濃い橙色のモレージジュース。なんとも、健康を気にしていないメニューだ。色合いを気にしたファナがサラダを取り出し、そっとユキの前に並べる。これが今日の昼食となる。



「ん〜〜良いね、良いねっ。ボク、サックサクのコロッケが好きなんだよね。市販のコロッケパンって、ソース掛けてるからしっとりしてんだよね。ま、アレはアレでありなんだけどね。ボク的に最高はこれなんだよね」



 両手を合わせて興奮気味に、子供のようなはしゃいだ口調で捲し立てる。それから目の前に出されたコロッケパンに「おぉぉ...!」と感嘆の声を漏らしてしまう。


 ユキには視覚情報こそ無いがそれ以外の情報において比肩する者は居ない。故に、コロッケから発せられる揚げ物特有の匂いや、焼きたてパンよ心地よい匂いを捉えていた。それを踏まえ、ファナのコロッケパンへの期待を高める。


 恐る恐る、しかし嬉しそうにお皿からコロッケパンを一つ手に取り、もう堪らずと言った顔でかぶりついた。揚げたてホヤホヤのコロッケ、焼きたてホヤホヤのパンを使ったコロッケパンはかなりの熱を持っている。それを躊躇無く口いっぱいに頬張り、もぐもぐと口を動かした。


 サクッと心地よい音を立てて衣を歯で破り、具材がゴロリと口の中に崩れ出る。ホクホクのじゃがいもと肉。なるほど、確かに通常よりも濃いめの塩加減だ。しかしそれはくどいものでは無く、程よくパンと合わさり口の中で完成された。


 ゴクンッと飲み込み次の1口を頬張る。咀嚼、嚥下、また頬張る。「美味い」の一言すら出ないとは、それ程食事に集中したいのだろうか。ユキは黙々と齧り付いていた。


 それらを数回繰り返せば忽ちコロッケパンは無くなる。そして休む間もなく次のコロッケパンへと手を伸ばした。ザクッ、モクモク、ゴクン、ザクッ、モクモク、ゴクン。一定のリズムでユキの食事音だけがダンジョン内に木霊する。


 ファナはユキの食事をただ眺めていた。最近は改善されたものの、ファナの食事は16歳男子の平均よりもかなり少ない。早く、少なく、お腹に溜まる物を中心に食べていた事で食が細くなってしまったのだ。ユキが幸せそうに自分の作ったご飯を食べてくれるだけで、ファナにとっては満足であった。


 嘗てのパーティでは味わうことの無かった奉仕の喜びを随分と感じている。2年間の中で、相手に何かしてあげたら感謝される、そんな子供でも知っている簡単な事すら今思い返せば無かった。それを考えれば解雇されて良かったと、流石のファナでも思うようになっていた。勿論、ユキと出逢えた事に1番感謝しているが。


 改めてユキに目を移せば、指に付いた一欠片をペロリと舐めて完食していた。その動作には僅かな妖艶さと、多大な幼さが見えた。



「ん......我を忘れる美味さだった。あと10個、余裕で食える」


「それは良かったです!実はあと15作ってきたんですよね」


「ん......食べる......ゴクッ、んっま!」



 一旦ジュースで口の中を流す。酸味の強いモレージの100%ジュースが、油っこくなっていた口にはさっぱりとしていて中々美味しい。酸っぱいだけのモレージにあまり良いイメージを持っていなかったユキだが、これは見直すしかないと心の中で呟いた。


 また1つファナに驚かされる。生けるビックリ箱と某受付嬢やギルド長から言われているユキだが、人を驚かせるならファナも負けていないだろう。勿論良い意味で、だ。


 目の前にいる少女のような少年との2週間は、ユキの数百年という長いエルフ生の中で最も濃厚なものであった。その手の分野において他を圧倒する実力を持っていると言うのに、決して奢ること無く誰に対しても分け隔てなく接する態度。ユキの周りに居た人間の多くは打算的であったり、忌避な目線を持ったり、はたまた異様に崇めてきたりと不愉快な連中ばかりであった。対してファナはユキに対しても他の者とは大差ない態度で接してくれる。多少の尊敬は伺えるがそれは本心からの敬意であり、ユキが咎める類のものじゃない。


 ユキにとって、ファナは遂に見つけた運命の人......で、あったりする。流石にそこまでは考えていないが、ユキ史上1番親しみを持った相手、とは認識している。


 さてそんな事を考えてはいたが、追加のコロッケパンの前には霧散してしまった。まるで死守するかのように、ユキは次々とコロッケパンに手を伸ばし、用意された15個のコロッケパンを平らげていくのであった。


 ついでにモレージのジュースを3回お代りした事を記載しておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る