新進気鋭パーティの雑用係が退職して盲目剣聖様の世話係に弟子入りするお話

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 ダンジョン──それは異空間に広がる巨大迷宮である。人の想像では計り知れない広さを誇り、幾十もの層、幾千もの部屋から構成される非人工物。


 古来より存在せしその遺物は、また古来より人々の生活の中に組み込まれている。何時から存在し、誰がどう造ったかは不明。ダンジョン関連の記述こそ多いと言うのに、ダンジョン誕生に関する記述は一切残っていないのだから不思議である。しかし、詳細こそ不明だが決して人の手によって造られていない事は確か。その証拠に、このダンジョンには劣化や風化、破損というものが無いからだ。少なくとも1000年前から在ると言われているが、その外見に変化は見られていない。苔やヒビと言った類の『これは遺跡ですよ』と言わんばかりの外装を貼り付けた、不壊不変の建物である。


 地上に出現する古びた──元より古びており、そう造られたと言われている──扉を越えればその先には先の見えない未知の闇が広がっている。先の見えない闇、それは今でさえ解明されておらず、ダンジョンの神秘、恐怖、不可思議と言った印象を与えるための演出だ、と誰かは言う。そして闇を越え、いざダンジョンに乗り込めば、そこからは異空間が広がるのだ。洞窟、平原、火山、雪山、海底、天空......その空間はなんでもありだ。それだけではなく、挑みやって来る冒険者にはもれなく、殺る気満々の罠やモンスターの数々が待ち受ける。下に降りれば降りるほど──中には上に登る方式のものもあるが──それらは過激となり、理不尽なものへとなってくる。そして所々には門番と呼ばれる強力なモンスターも存在しており、文字通り階層を跨ぐ為の門を護る守護者だ。


 また、まさに迷宮と言わんばかりに入り組んだ内部は、1度迷えば脱出することは困難。如何にして覚え、マッピングをし、退路を確保するかも重要となってくるであろう。そうでなくとも命を狙わんとする危険がうようよと歩いているのだから並大抵の人間なら踏み込もうとはしない、それがダンジョンと呼ばれるものである。


 そしてその先には一生豪遊出来る金が、目が眩むような宝物が、不老不死の薬があるのだと、そんな眉唾物な噂が立っている。そう、眉唾物な噂だ。しかし誰もがそれを信じている。この難攻不落のダンジョンを踏破できるのなら、それくらいは得ることが出来るだろう、と。


 勿論、踏破した者は居ない。それでも潜る者が多いのは、道中で稀に拾うことの出来るアイテムがかなり高額で売れるから。他にも未踏の階層や部屋には宝箱が設置されており......凡そ7割の確率で宝物を得ることが出来るだろう。残りの3割は罠だ。


 そんな夢に惹かれた挑戦者は次々とダンジョンへと挑む。危険極まりないその先に在るであろう輝かしい栄光を求めて。


 さて、ダンジョンと呼ばれる巨大迷宮には、もう1つの名がある事を伝えよう。前述の通りダンジョンは非人工物。人間が造ったものでは無いのだ。なら、何者が造ったのだろうか。何のために造ったのだろうか。それを考えてしまうのが人間だ。


 そして1つの答えを導き出した。そしてその出した答えから、ダンジョンに別名を付けたのである。


 その名も"神々の試練"と。


 あぁ、至極簡単な思考である。神様が僕達人間の更なる成長を促す為に与えられた試練なのだ。神様の御業とあらば、僕達人間が理解し得ないものがダンジョンに積み込まれていようが仕方ない。だって神様だもの。


 その単純な思考からその名を付けられ、そしてダンジョンを試練として扱うものが増えてきている。


 基本的に──まぁ、これは人間は知りもしないのだが──ダンジョンは100層から成る。その内、現在踏破している層は50がせいぜい。その先に進むことは出来ても、戻ることは出来ないと言われている。実際に攻略班と呼ばれるダンジョン専門の冒険者が奥へと消え、消息が途絶えてしまっているのだ。


 さてどのように試練として使うのかと言えば、20層まで行ってこい等と言った単純なものだ。試練......いや、試験として使う者の方が多いだろう。先に述べた攻略班の試験もダンジョン攻略がメインであるから。


 これが一般的に知られているダンジョンと呼ばれる遺跡。神々の試練である。



「ん。雑魚ばっか」


「ひぅぅぅっ!?ゆ、ユキさん!?」



 その神の試練とも呼ばれるダンジョンに、2人の冒険者が挑んでいた。


 1人は灰色の古びたローブを身に纏い、杖を着いて歩く少女。銀色の長い髪、エルフの特徴たる長い耳。目を紫色の布で覆い隠し、杖をカンッカンッと鳴らしながら迷いの無い足を進める、視覚を失わせている謎多き少女である。名をユキというSランク冒険者だ。


 もう1人は黒髪の少女──のような少年。...少年?...男の娘だ。茶色い革鎧を身に纏い、左手には身を隠す程の黒い大盾、右手にはユキの左腕を装備している。その防御力を存分に見せつける大盾を持ちながらも、恐怖と不安を前面に出しながらユキの歩みに何とか着いて行っている。名をファナというSランク雑用係だ。


 ダンジョンへ潜るなら最低4人のパーティが求められている。安全な戦闘の為に役割を作る必要があるからだ。防御役タンク攻撃役アタッカー回復役ヒーラー、そして雑用係である。これが最低と言われており、どんな高ランクの冒険者でもこの4役は外すことは出来ない。


 さてこの2人を見てみよう。ユキは?勿論攻撃役アタッカーだ。誰がどう見ようともその答えとなるであろう。不名誉な"殺戮の銀キリングシルバー"という2つ名がある程だ。"剣聖"という称号を付けている理由も、その2つ名が嫌であったからに過ぎない。


 ファナは?勿論、雑用係だ。いやしかし......その手には身を覆い隠す程の大盾を持っており、加えて簡単な傷を癒す術を持っていたりもする。つまり、ファナが3役持ってる、という事だ。ファナに盾役が担えるのか?無論担える訳が無い。ファナは有り体に言えばビビりだ。今でもユキが居なければ卒倒してしまっているほど、ファナの臆病には磨きがかかっている。


 しかしそれで良い。何故なら、盾も回復もユキには不要だから。



「ん〜〜ファナ君ってば大胆〜。ま、離れて欲しくないから、そのままで、ね」



 ニマニマとそう言いながらユキは杖を振るう。杖には刀が仕込まれており、取っ手部分を持ち上げることでその刃が顔を出す。所謂仕込み刀という物だ。しかしどのモンスターも刃を拝むことは出来ない。無に等しい動作によって、刃すら使わずに惨殺されるからだ。気付く間もなくあの世に逝ける。ユキなりの優しさ、なのかもしれない。


 スパンスパンと現れたモンスターの首が撥ねる。


 現在15層目に突入した2人は、止まることなく進み続ける。かれこれ4時間近く歩き続けている2人に疲労の様子は見受けられない。ユキは勿論のことファナも体力においては化け物である。



「ん。15層目、最後はやはりボスか......よし、次だ、ファナ君。先へ行こう」



 巨大な門を蹴り開け、ボス部屋が開放される。半径10メートルの円型の部屋。壁には一定間隔毎に松明が点けられており部屋に灯りをもたらしている。その中心には次の層へと進む門を護るモンスターが構えていた。そのモンスターは硬く鋭利な竜の鱗を持つ。全長4メートル近い巨体。動きは愚鈍だが高温の火を吹いたり、しっぽを振り回したりだの厄介な技を披露してくるモンスターだ。このモンスターに苦戦する冒険者は多い。鱗が硬すぎて攻撃が入らないからだ。複数人で囲い、ハンマー等の打撃武器で攻めるのが一般的。早くて5分は掛かるDランク指定モンスター。


 さてユキはと言うと、目に付いた瞬間、門番である『リトルサラマンドラ』の首をチョンパしていた。首には最硬の鱗を生やしているのだが、ユキの理解不能な斬撃の前には紙同然であった。ユキが「まさにの試練だな」と思い、ファナが「口に出てますよユキさん!?と言うか、どうやって斬ってるんですか!?」と言うやり取りはこれで3回目。


 『リトルサラマンドラ』は哀れにも吼え声すら上げること叶わず、膝から崩れ落ち光の粒子となって消えた。その消える光景すらユキはシカト。まるで興味無いと『リトルサラマンドラ』が倒れようとしている時にはその横を抜けていた。慌ててファナがドロップアイテムを回収するも、ユキはそれに一瞥すらくれてやること無く次の層へと続く門を蹴りつけた。


 ボス部屋の滞在時間、僅か5秒。言わずもがな最速である。ユキが急いで攻略している訳ではない。彼女にとっては普通のペースなのだ。


 開け放たれる門。3段目までは階段が見えると言うのに、そこから先には薄く暗闇が広がっていく。誰もが一歩に感動、もしくは恐怖の類を抱くと言うのに、ユキは躊躇いなく足を進める。



「ひうぅぅぅっ!?す、少し休憩しませんかっ!?」



 情けない声でファナがユキの手を握りながら訴える。疲労こそ無いがファナには休憩が必要そうであった。

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