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ユキの言葉に返したのは、扉から入ってきた5人目の人物であった。
キリッとしたギルドの制服を身に纏う背丈の長い女性。長そうな金髪を後ろで束ね、非常に仕事の出来そうな、ティルレッサに似たイメージを持つ。
「だ、誰だ!?」
突然現れ、自分に対して偉そうな口を聞く女性を見て、何時もの冷静ぶりは何処へやら。声を荒らげ問いただす。
「失礼。私はこのイルベーチ第1ギルドのギルド長を務めているシャルロッテと言う」
「ぎ、ギルド長!?」
ヘルオが女性──シャルロッテの役職を知り慌てふためく。シャルロッテはその様を見てふっと鼻で笑った。もはや見る価値もないと視界から外し、ファナへと目を向ける。
「君がファナくんだね」
「は、はい!〈雑用〉のファナですっ!」
シャルロッテがギルド長と名乗った事でファナも緊張していた。直角90度に深々とお辞儀をする。
「ふふふ。緊張しなくていい。取って食ったりはしないよ。ユキから『客室前に来い。面白いものが見れるぞ』と言われたから、仕事を放って急いで来たんだ。さっきの《
「えぁ、あ、ありがとうございます···!」
まさかギルド長から直々に賞賛を受けるとは思っておらず、ファナは素直に喜びを示した。
緊張から一転、ぱぁっと笑顔になったファナを見て、何やらシャルロッテは顎に手を添えて考え込む。
「ふむ、良いな···どうだ?是非我がギルドの職員に──」
「ん?シャル。キミには前から言ってたよな?手当り次第に人材を確保しようとするな、と。それにファナ君はボクと契約している。取るなよ」
いつの間にかファナとシャルロッテの間にユキが入り込んでおり、ファナを背に庇うようにした。知り合いのような関係だと伺えるのだが、ユキは若干の殺気を放っている。
「はっはっは。それは知ってる。流石の私もユキから奪取を考えていない······が、忘れてはいけないな。ファナ君が
「ん······分かってる···」
シャルロッテのセリフにユキは勢いを弱める。
「お、お待ちください!!な、何故Sランクとなるのでしょうか!コイツは元々Fで、実績も何も──」
「ん······コイツは、もう、要らないか」
黙っていたと思えば、シャルロッテの言葉に反応したヘルオがまた声を荒らげる。そこには自分より高い存在が現れる事への焦燥があった。気に食わない。それだけの理由でギルド長とSランク冒険者に突っかかる。
当然、ユキの怒りに触れる。先程抑えた殺意は我慢の限界だ、と魔力を高め始めた。
「待て、ユキ。ギルド内で血をばらまかせるな。後の掃除が大変なんだ」
ユキを止めたのはシャルロッテ。ファナよりも早い反応だ。理由は納得し得ないものだが、押し切ってまで殺るつもりは──いや、あった。しかし殺してしまえば地獄はそこまで。生かして恐怖に落とした方が気分は良いだろうと自己解決した。
「ん······ファナ君、お茶ちょうだい」
「は、はいっ!只今!」
元々ユキのお茶かお菓子に構えていたファナは、ユキの要望に即座に応える。また違う種類の茶葉を用いて、リラックス効果のあるお茶を淹れた。
「ふぅ···ファナくんのおかげ、かな。まぁ、そっちは良いとして、何故ファナくんがSランクとなるかについて、簡単に説明してあげよう」
一瞬でもユキの明確な殺意を漸く感じたヘルオ。〈雑用〉である彼は非力な存在だ。恐怖に包まれ、情けなく震えている。丁寧に続けられたシャルロッテの言葉は右から左に抜けていく。
「──という訳で······うん、聞いてないな。ま、貴方が聞く必要も無いことは確か。なら、早く帰った方がいい。ユキと同じ空間には居たくないだろう?」
シャルロッテは囁くようにユキの存在をチラつかせる。今や大人しくファナの淹れたお茶とお菓子を堪能しているが、つい数分前まではブチ切れ寸前だったのだ。ヘルオはその姿を思い出し、慌てて扉へと向かった。
「ん······ボクから一言。せいぜい
謎めいたユキの言葉はヘルオの耳に届いたものの、意味を理解出来ない。そんなことを気にする余裕はなく、脱兎の如くユキから逃げて行った。
その日、快晴の空から一筋の雷がヘルオの付近に落ちた、という話は横に置いておこう。
「あらら、まさかトドメ刺していくとは思ってなかった」
ユキが最後にちょっかいを入れるとは。一度興味を無くせば一切気にする事が無くなるユキにしては珍しい言動であったのだ。それ程ブチ切れていた、という事なのであろう。
シャルロッテの呟きに答える様子を見せないユキは、むしゃむしゃとお菓子を口に入れていく。
「はぁ···随分と丸くなったものだ。まぁ、いい変化と呼べるか。······それと、ファナくん。先程私が口にした通り、君にはSランクの称号が与えられることになるんだが······」
「えっ?······えぇぇっ!!?」
シャルロッテが改めて口にした"Sランク"という言葉に、ファナがようやく反応した。
「ん···聞いていなかったのかい、ファナ君」
「おや、私が話していたのに。酷いじゃないかファナくん」
ユキからは若干の呆れ、シャルロッテからは残念だ、ガッカリだと言う冗談が混じった表情を作られた。
ファナは聞いていなかった訳では無い。先のシャルロッテの発言が、ヘルオが訴える不正からファナを護る為の方弁だと思っていた。
「ぼ、僕なんかが···!?えっ、えすっ、Sらっ、ランクですかっ!!?」
「ん。なんだ。反応してなかったから、漸く自分の実力に気付いて受け入れていたのかと思った」
ユキの言葉にファナは全力で首を横に振る。そんな訳ありません、と。
「ダメだな、ファナくん。何処かのエルフまでとは言わないが、君は自信を持つべきだ」
「ん?それはボクを指しているんじゃないだろうな?」
ユキが言葉に突っかかってくるも、シャルロッテは気にすることなく言葉を続ける。一切の悪びれも見せず、臆すことない様は、ユキとの仲の良さを表しているのだろうか。
「先ず、世間一般的な雑用係を見る必要があるのかもな。誰もが君の10分の1程度の力しか持っていないよ」
「じょ、冗談を···」
「ん。その点についてはボクが保証しよう。少なくともボクが昔雇っていた5人の雑用係は、ファナ君の100分の1程度しか使えなかった。ファナ君と比べれば無能もいいとこだね」
「そ、そうなのですか···!?」
「···ユキの言葉は信じるのか。これは差別かな、差別だな」
よよよ、と嘆いて見せるが、ユキのドヤ顔に気付いたシャルロッテは表情を改める。ユキとは違い、そう簡単に煽りに釣られはしないが、今回ばかりはイラッときていた。
「こほん······まぁ、まだSランクに決まった訳じゃないけどね。私とユキの推薦があれば可能だ」
「ん······アレクニスなら分かってくれる······分からせる」
それは暗に脅しに行くと言っているようなものだが、2人の発言は事実である。試験管の職権乱用に近い横暴の報告と、ファナの実力をギルド長とSランク冒険者が提示すれば、ギルド本部が頷かないはずは無い。快く首を縦に振ってくれるに違いない。
「ん。そろそろ理解してくれるかな。ファナ君の実力は皆が認めている。無理に自信を持てと言ってもあまり意味は無いだろうから、ボクらの期待に応えると考えてみてくれないか?君ならそっちの方が納得いくだろ」
「はい···その···全然現実味はありませんけど···」
ユキの言葉の通り、ファナはそちらの思考でなら納得することは出来た。これ程まで励ましてくれているのだ。実際に自分の実力が認められた、という事だ。自分を見てくれるユキ達のためにも、胸を張って期待に応えねば。その意気だけで、Sランクという雲の上の存在であった各位に成ることを決意した。
「ははは、これは相性バッチしって事かな···私が介入する隙間も無い。という訳で、私は報告に行くよ。ファナ君、Sランク雑用係おめでとう」
「あ、私も行きますね。ファナさん、お茶とお菓子美味しかったです。ファナさんならSランクになれると思っていました。本当におめでとうございます」
シャルロッテが扉から出ていき、後を追うようにティルレッサも出て行った。
客室に残ったのはユキとファナの2人だけになる。ユキはファナと向かい合うように立ち上がった。
「ん。これでキミは世界で初めてのSランク雑用係···となった訳だ」
「は、はいっ!ありがとうございます···!」
Sランクという実感は無い。しかし、ユキから褒められる事がファナにとっては一番嬉しかった。
「ん。それで、さ。改めて契約してくれないかな。ボクは君を雑用係として···いや、世話係としてボクの傍にいて欲しいんだ。···どうかな」
普段の威風堂々とした態度とは違い、心做し普通の少女のような弱さが垣間見えた。その姿に、ファナは胸を掴まれる想いがした。
「···っ!はいっ!これからもユキさんのお世話を、僕に任せてくださいっ!」
「んっ···そか。うん。嬉しい」
ファナは力強く答える。ユキが言わずとも、ファナは傍に置いて欲しいと思っていた。ユキは尊敬する恩人だ。その人から「傍にいて欲しい」と言われるなんて、ファナにとっては至福であった。
ユキの白い頬は紅く染まっていた。ファナは気づいて居なかったが、ユキは長い耳の先まで紅くしていた。長い人生を送ってきた中でここまで心を乱された覚えがない。気付いていないだけで相当緊張していた事に恥ずかしくなる。
照れ隠しのようにユキは手を差し出す。
「ん······改めて。ボクは"剣聖"のユキ···よろしく」
「はいっ!えっと、〈雑用〉のファナ、です!こちらこそ、よろしくお願いします!」
ユキの差し出した手を両手で掴み、ファナは深々とお辞儀をした。
これは、新進気鋭パーティの雑用係が追放されて盲目剣聖様の世話係になるお話。
これから
ダンジョン、悪魔、果ては最強種であるドラゴンに至るまで。騒動の嵐は全てを巻き込み、飲み込んでいく。
2人がどのように切り抜けていくのか、乗り越えていくのか。その先にあるものとは。
それらはまた別のお話。
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