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「ユキ様はファナさんのアレ・・、知っていたんですか?」


「ん。ティルレッサも何度か見ていたろ」


「見てはいましたけど、あんなに大きなものまで···」



 ファナが空間へと物を仕舞う姿なら何度も、ユキよりも多く見ている。しかしそのどれもが掌より若干大きいくらいの小物ばかりであった。まさかこれ程大きなものが入るとは想像していなかったのだ。



「ん。規格外だよねぇ、ファナ君」



 また新しく淹れて貰ったお茶を啜りながら、ユキは感慨深く呟いた。(見えないけど)目線の先にはファナが試験管であるヘルオに試験の説明を受けている。あの、小さな可愛いらしい少年が、一体どれ程の規格外か。この試験で明らかとなるだろう。ユキはそれが楽しみで仕方なかった。



「えぇ······一番の規格外が何を言う、とは思いますけど」



 5人しかいないSランク冒険者達は皆が皆規格外と呼ばれている。それぞれが偉業を成し遂げているからだ。


 しかし、誰もユキと同じ領域には到達していない。


 その領域とは、理解されないということ。


 ユキの力は理解されなかった。故に冒険者登録をした際に受けた試験で、ユキは最低評価を戴いている。剣を振っても振ったと理解されない。動いても動いたと理解されない。魔法を使っても、魔物を狩っても。誰もユキを理解出来ない。


 ユキはファナがその位置にいると勘づいていた。冒険者ギルドお得意の、理解出来ないから無能というレッテルを貼りましょう、だ。


 嗚呼、なんとムカつく事だろう。


 だから今回、総長に約束した。ユキの望む結果を試験管が納得しなかったらギルドを壊す、と。


 恐らく総長はユキが本部に乗り込んで暴れるだけ、と誤解している。何かとユキをムカつかせる事の多いギルド。数回に一度キレたユキが本部に乗り込み、好き放題暴れて弁償代を置いて去っていく。それが通例であったからだ。


 今までのユキは、なんだかんだで抑制していた。脅し文句は怖いし、それを実行し得る力を有している。しかし、最後まで実行することは無かった。総長の頭にあった、所謂半殺しで済んでいたのだ。



 今回のユキは、本気であった。



 ユキはファナの事を気に入った。ユキの何百年という人生の中で、一番と言っていいほどに。そのファナへ対する『何とかの息吹』とやらの悪行は許せないものだし、元を正せばギルドが実施した試験のせいだ。



 今、ファナに偉そうに語っているヘルオのような奴ら、全員死んでしまえば──



「ゆ、ユキ様!」


「ん。ちょっと考え事してた」


「絶対に物騒なことを考えていたしたよね···?」



 ティルレッサの疑うような視線を無視して、一先ず思考は停止させた。



(んー。このまま考えていると、怒りで出しちゃいけないものまで出ちゃいそう。ファナ君も怯えさせてしまったし、抑えないといけないなぁ)



 あくまで傍観者、いや保護者である構えを取るユキは、心の中でファナへ謝罪を入れる。今は大人しく見ていよう、と。


 ようやく長ったらしい説明も終わり、本格的に試験が始まるようであった。



 一方でファナは焦っていた。後ろにいるユキから突然、薄い殺気が溢れたからだ。ファナ個人へ対するものでは無いが、全員死んじまえ、みたいな気持ちが伝わってきていた。


 理由は分からない。自分如きが及ばない思考の故なのだろう。ならばどうする。早く試験を終わらせて問題に取り掛からなければ。試験を疎かにしてはいけない。最善を尽くさねばユキへ対する侮辱になる。早く終わらせて何かやりたい。正確にやらないと。褒められたい。何に対して怒っているのだろう。出来るだけ早く動こう。お茶かな。昇格したい。傍に置いて欲しい。お菓子かな。何をすればいいのだろう。



 ファナは頭が真っ白になった。



 ヘルオがファナに汚れた板を渡す。初めの試験は"清掃"に関して。渡された板を早く綺麗にする、それだけだ。


 道具の使用について聞かれたが、何も無いと答えた。ファナは道具なんて使えない。使っても出来るのだが、より〈雑用〉を極めた先にある答えを見つけたからだ。つまり、この問答は"要る"と答えれば減点される。


 ファナは無意識に答え、乱暴に渡された板を両手で持った。


 板の大きさは30センチ×30センチの正方形の鉄製の板。暑さは1センチ程で、裏表にびっしりと汚れが付着している。それは土汚れであったり焦げであったり、擦り付けられた煤の汚れであったりする。


 ファナはまだ、何をするのが最善かに悩んでいた。渡された板を見つめ、求める解答を模索する。ユキが求める解答を。



「では、これより第1の試験を始める。開始──」


「──終わりました」



 ファナの手には、光沢を放つ鉄板が握られていた。上下左右どこから見ても、先程のまでの汚れは見当たらない。


 出した答えは"即座に"且つ"正確に"終わらせる。何時もより早く、何時もより正確に行った。ユキが見ている、と意識するだけでそれらは実現された。



(やった!何時もの半分で済んだ···!)



 ファナは心の中でガッツポーズを取る。


 最高のパフォーマンスをこのタイミングで出せた事にファナは大いに喜んだ。これは、ユキが見せた無詠唱魔法を元に編み出した方法だ。頭の中でイメージを固め、即座にスキルを発動させる。ファナは初の試みを成功させたのだ。


 ユキは満足。ティルレッサは混乱。ヘルオはやはり理解出来ていなかった。


 この試験の制限時間は5分。その時間を目一杯使い、綺麗にすることが出来ればAランク相当の実力だと評価される。ファナのように、一瞬で終わらせる事は出来ない。


 故に、ファナの実力と考えるより先に不正を疑う。そしてそう決めつける。



「貴様!一体何をした!?」


「え、えと···《清掃クリーン》を使いました···」



 ヘルオのヒステリックな叫びにファナはおずおずと答える。


 この《清掃クリーン》は〈雑用〉が持つ掃除系のスキル。本来は道具を使いつつ、その補助として綺麗にする洗剤のようなもの。決してそのスキル一発で全てが綺麗になる凄技ではない。長年かけた努力の賜物であるのだ。


 一方でこれを当たり前だと考えているファナは、無詠唱は初の試みだったが、この程度なら使えるものもいるのではないか。むしろ自分が出来るのだから、誰でも出来るのではないか。ファナはそう考えていた。



「そんな事ある訳ないだろ!!私を舐めているのか!?試験管であるこの私を侮辱するつもりか!?」


「い、いや、そんなつもりは···」


「ふざけるのも大概にしろ!いいか!?これは試験の不正と──」



 段々と声を大きくしながらファナを怒鳴りつける。そしてあろう事か腕を上げたのだ。咄嗟にファナは腕で顔を覆うようにした。



「ん······もう、良いだろ。黙れよお前」



 叫ぼうとしたヘルオは次の言葉を出すことは出来ない。振り上げた腕はそこで固定されてしまう。それ以上の言動が自身の首を絞めることに、今となって気が付いた。


 ユキはソファの上にどっかりと座り、足を組んだ姿勢から微動だにしていない。言葉だけでヘルオに恐怖を抱かせた。


 しかし、ヘルオは自身を疑おうとはしない。自分が〈雑用〉の頂点であると認識しており、その自分が出来ないことをファナが出来るわけが無い。その思考に確固たる自信があった。



「···こ、これは、試験です!不正を取り締まる必要が──」


「ん?なにが、不正なんだ?自分の理解を超えたもの全てが不正なのか?」



 大人しく引き下がるかと思えば、更にものを言おうとする。声を荒らげ、ファナの不正を訴える。


 その口は、ユキの威圧によって強制的に閉じられた。



「ん······ボクには〈雑用〉のスキルとかそういうの、さっぱり分からない。その点においてはお前の方が詳しいだろう。でも、お前が目撃したことに偽りは無いんだ······そして、それを不正と言うのなら問おう。不正をしてでも、お前に同じ事が出来るのか?」



 ユキの威圧が込められた問いかけにヘルオは答えることが出来ない。


 出来る、とは答えられない。彼も《清掃クリーン》が使える者として、常識を逸していると理解している。加えて不正の方法が思い浮かばなかった。収納袋の類を持っていたとしても、瞬時に取り出し入れ替えるなど出来ない。


 しかし、出来ないとも答えられない。それは自身が雑用係の最高峰として君臨しているというプライドの故である。決して自分が劣っているとは認められないのだ。


 結果、黙ることしか出来なかった。



「ん?なにか言えよ。腹立つなぁ······代わりにボクの掃除でも見せてやろーか?同じように理解できないと思うけど」



 ヘルオはユキの口から出た言葉すら理解出来ていない。


 ティルレッサは心中で「その後の掃除が大変ですけどねーっ」と叫んでいたが、表情にも仕草にも出さず、我置物成リといったスタンスで茶を飲み時間を潰していた。



「ん。沈黙ってことは、掃除関連は満点だよな?さぁ、他の試験もやるか。次はなんだ?ファナ君お得意の料理か?それとも、さっき見せた荷物運びか?···武器のメンテに関してはボクも知らないな···まぁ、どうせ完璧なものを見せてくれるか。さ、どれからやるんだ?」



 ユキは軽く発していた威圧を消すと、挑発気味に次の試験を提示する。残る3つもファナは非凡な結果を出すに決まっているのだ。



「え、えぇっ!いいだろう!二度と不正が出来ると思うなよ!次の試験は──」



 立て続けに"料理の下処理"、"荷物運び"、"武器のメンテナンス"の3つのテストを行っていく。


 "料理の下処理"では目にも止まらぬ動きで包丁を操り、出された食材を切り分けて。


 "荷物運び"ではお馴染みとなった空間収納すら使わずに、用意された100キログラム程の荷物を軽々と持ってみせ。


 "武器のメンテナンス"ではユキすら驚く結果を出して見せた。瞬く間に研ぎ、まで行ってしまった。これにはユキがご満悦。テンションが鰻登りであった。



 そして試験をただ呆然と見ていた試験管たるヘルオ。初めの優雅さは何処へやら。眼鏡をずらし、掻きまくった髪はボサボサとなっていた。



「あ、有り得ない···有り得ない!私は認めない!これは不正だ!」



 尚も不正と言い張るヘルオに対し、ここ数十年で1番の苛立ちを覚えるユキ。ため息を吐く事でなんとか殺意を抑え、口を開いた。



「ん······これで分かったろ。自分達が理解出来ないものは悪だと決めつける。試験管として、成っちゃいない」


「あぁ、そうだね···これは試験管に、ギルド側問題がある」



 ユキの言葉に返したのは、扉から入ってきた5人目の人物であった。

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