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「お、おはよう···ございます···」
「ん······はよ」
昨晩のアレがあり、ファナは緊張してユキを直視出来ずにいた。手を取る事にも躊躇いがある。
一方でユキは非常に眠たそうにしていた。久々に熟睡したとはいえ元々エルフという種族上、睡眠時間が長いのだ。昨晩の事など頭から抜けて、ポケーッとしたままファナに引かれて食堂へ向かう。
因みに厄介な事になりそうだと判断したファナは、エルフィアを既に1階へと連れて行っており、2往復目であったりする。
パンとスープ、スクランブルエッグといった
サルシャに一言伝えてから、2人は冒険者ギルドへ向かうべく外へと歩き出した。
朝一番は随分とよろよろしていたが、ユキの足取りもしっかりしてきていた。それに伴いファナへのちょっかいも増えてくる。必死に抵抗するその姿が余計にユキの被虐心をそそらせる。
何人かの知り合いとなった人達と挨拶をしてから、ファナ達は冒険者ギルドの前へとやって来た。
「や、やっと着いた···」
酷く疲れたような声を漏らしたが、ユキは敢えて聞かなかったことにした。これからユキの雑用係として側仕えするのだ。これくらい慣れてもらわなきゃ困る。
変なところでスパルタを発揮するユキは、逆にファナの手を引いてギルドの中へと進んでいく。
中に居た数人の冒険者達から奇異な目線を頂きながら、目的であるティルレッサの前にやって来た。そして、いきなり要求を突き出す。
「ん。ファナ君の検定」
「かしこまりました」
まるで計画していたように、ティルレッサは一切の躊躇を見せずに理解、承諾。そのまま受付に設置してある遠距離通信用魔道具に手を掛けた。
あまりに早い動きにファナは口を出す暇もない。
「すみません。こちらイルベーチ第1ギルドのティルレッサです。雑用係の検定をお願いしたいと思います。······はい、今日中にお願いします。いえ、そこをなんとか──」
ティルレッサは丁寧な物腰で話を進めていく。しかし、どうやら雲行きが怪しくなってきているようだ。
雑用係の検定は、ギルドが指定した職員が試験を行う。その職員は基本的に王都に存在するギルド本部に在籍している。そこから転移魔道具を利用して、検定を要求された時各地のギルドへと派遣するのだ。
そのシステム上、出来ない状況も大いに有り得る。今回は丁度そのタイミングに当たったらしく、検定出来ないと言われたようだ。
しかし、ティルレッサは知っている。検定を担当する職員はかなりの給料を貰っており、働く必要のないものが多い。その為、無駄な時間に派遣されることを拒む。ただの惰性なのだ。
チラリとユキの方を見る。するとユキもその事に気付いたようで、小さく頷きを返した。
「──ええ、はい。しかしですね、今回の件は"Sランク冒険者"の"剣聖ユキ"様の御要望なのです。常にお世話となっている私達としましては、いち早く対応をして貰いたいと考えております」
出した切り札はユキの名を使う。これこそが最強の一手である。
Sランク冒険者というだけでも十分な威力を発揮する。そこに加えて"剣聖のユキ"。その名は冒険者ギルドにおいて最強の権力を誇っている。
効果は覿面で応対していた職員は慌てふためき、自分では捌ききれない要件だ、と上の職員へと移していく。
それを何度か繰り返すと、最終的に1番上の役職、ギルド総長へと繋がった。
※ ※ ※
「ぎ、ギルド総長!剣聖ユキ様からご要件があると···!!」
ノックもせずにギルド総長の自室へと入ってきた職員の手には、遠距離通信用の魔道具があった。下の者からパスが回り、遂にここまで回されてきたのだ。
"ユキ"という単語を聞いた総長は無礼をした職員への怒りより早く、何か悪しき事がまた起こるのではという不安感に駆られた。
「···代わった。私だ、総長のアレクニス・フリドルアだ」
『はい。イルベーチ第1ギルドのティルレッサと申します。本日は雑用係の検定、どうかお願い出来ますでしょうか?』
「······は?」
恐る恐る聞いてみれば、予想外の要件である。また「隕石が降るよ」とか「でっかい鬼が現れるよ」とか、そういった非常事態を予想していたのだ。この程度の要件なら自分でなくとも対応出来るだろう、と不可解になる。
『いえ。どうも試験管の方が忙しいと伺いましたが、ユキ様の連れである雑用係の検定をして欲しい、とユキ様より頼まれております。ユキ様には平時よりお世話になっている当ギルドとしましては、ユキ様の願いをいち早く叶えたい所存。どうか、ご検討していただけませんか?』
「···はぁ、分かった。直ぐに出そう」
あのサボり魔共め。なんで俺がこんなに緊張しなきゃならないんだ。
といった感情を押し殺し、何とか言葉を捻り出した。そして、今本部で暇を持て余している試験管を連れて来い、とやって来ていた職員はへ指図する。
「あぁ、そうだ。ユキ殿はそこに居るか?」
『えぇ、目の前に』
「なら検定料について話をしたい」
アレクニスはニヤリと笑う。
ユキが金に興味のない事を知っている。かなりの額を寄付しているようだが、使っていない分相当溜め込んでいるのは確実だ。こんな時くらい豪胆に行かねば総長としてやっていけないのだ。
「──3枚でどうだ?」
『······正気、ですか?』
「あぁ。どうせ持っているだろうし、あの人使う気ないだろ」
『はぁ······ユキ様も承諾されました』
その言葉にアレクニスは更なる笑みを浮かべる。案外自分に回ってきて良かった案件だ。山ほど稼いでいて豪遊しない高ランク冒険者はそう居ない。冒険者の理念として、遊びに使ってなんぼ、というものがある。こういった事をするから自由人の集まりだと勘違いされる。
もちろん、金をあまり使わない者たちも居る。その中でも特に稼ぎ、特に使わないユキ。そこから金を引っ張り出せたことに、アレクニスは随分と機嫌が良くなった。
『その代わり、ユキ様から条件があります』
「あ?なんだ?」
『一つ目、ユキ様が納得しない結果だった場合、その試験管は死ぬかもしれない』
1つ目からヤベェ条件が飛び出し、アレクニスの笑みがひしりと固まる。
『二つ目、納得のいく結果が出るまで他の試験管を求める』
つまり、結局はユキが納得のいく結果を出させる、という事なのだ。それまで何人かの犠牲があるかもしれない、と。
『三つ目、試験管に苛ついたら本部に殴り込みに行くから良く死ね』
「······え、よくしね···?」
『······?よろしくね、ですよ、総長』
「そ、そうか···」
最悪、自分の身に危険がある、と。中々酷い案件に変わってきた。せがんだのはかなりの大金だが、命に変えられるものかと尋ねれば······悩ましいものだ。
あの人の冗談は半分だ。そう。半殺しにされるだけ。良くて入院。悪くて棺桶。そんな感じなのだ。
恐怖と痛みにさえ耐えれば、ギルドにかなりの金が入る。これは受け入れるべき案件なのだ。
まぁ、既に引き返すなんて出来ないだけだが。
「まぁ、分かった。昼前にそっちへ送る。よろしくと伝えてくれ···」
『あ、いいえ。最後にユキ様より一言あるそうです』
その瞬間。アレクニスの生存本能が訴えた。今すぐに通話を切れ、と。
しかし、切ったら切ったで斬られる可能性がある。「なんで、切ったの?斬られたいの?」というノリで。
言葉に出来ぬ恐怖を抱きながら、魔道具の奥より出でる声を待つ。
『ん。······天から降ってくる剣に気を付けろよ』
その謎な脅迫文を残し、通話は切れてしまった。
緊張の糸が切れ、高級な柔らかい椅子にどっかりと腰を落とす。そして、天井を見つめながらユキの言葉を反芻させる。
「なんなんだ一体···天から降ってくる、剣?そんな事有り得ね──」
アレクニスがそれより後の言葉を口にすることは出来なかった。轟音と共に何かが天井を突き破り、アレクニスの真正面。その机に、1本の剣が突き刺さったからだ。
形状はよくある片手剣。バリバリの冒険者を経験していたから分かる。この剣は相当な業物。それが、なぜ、空から。
「ギルド総長ーッ!大変です!Sランク冒険者のミルベラート様が、剣を本部のある方向へ投げ飛ばした、との報告が──!!」
そんな叫び声が廊下より響いてくる。着弾点はここだよ、ここ。と言う気力もなく、散らかってしまった自室の惨状を視界に入れる。
「······おれ、Sランクきらい···」
ただ呆然と呟いた。
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