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 ファナが目覚めると、とてもいい匂いがした。まるで森に包まれているような香り。ふと目を開けると、煌めくような銀髪が視界に映り込む。そして、古びた灰色のローブを捉え、ファナはようやく思い出した。



「す、すみません!!」



 跳ね起きた。ユキの拘束は緩んでおり、ファナは転げるように床へと落ちる。その音にユキの長い耳はピクリと反応した。



「ん!···ふぁぁ···起きたのかい、ファナ君」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい···!!」


「ん?···なんで謝ってるんだ?」



 ファナは床に頭を擦りつけ、必死に土下座をしていた。許しを乞う相手のユキが見えないということすら忘れて。



「僕···ユキさんの膝で寝ちゃって···!」


「ん?ボクがした事だ。気にするなっての。···それより、どうだった?初めてやったんだけどさ、気持ちよかった?」


「は、はい···!それはもう、とても···!」



 訊ねられたファナはそれ以上の感想を言えない。どんな言い回しでも、自分が変態にしか思えないからだ。


 それを聞いたユキはとても嬉しそうに笑う。若干の男嫌いを抱いていたユキ。人生で1度は異性に膝枕をやりたいと思っていたからだ。ファナを半分以上女の子としてみていたおかげでもあるのだが。



「ん。さて、そろそろ夕食なんだ。ボクはお腹空いたけど、ファナ君は?」


「えっ!?······いえ、全然空いてません···」



 ユキの言葉にファナは思わず窓から外を見る。その通り、辺りは夕暮れを越えて暗くなっていた。自分は何時間ユキの膝を借りたのだろうか、と考えたらまた恥ずかしくなってきた。



「ん···ぁう···足が痺れた···」



 立ち上がったユキは足に走る痺れでベッドに腰を落としてしまう。



「あ···!僕のせいで···!」


「ん。大丈夫だって······でも、動けないなー。という訳でファナ君、ボクを運んで?」



 慌てて駆け寄るファナに向けて、バンザイの格好をするユキ。これは担げということなのだろうが、手を握るだけで緊張するファナには酷な要求だ。



「む、無理ですよ···!」


「ん?ファナ君男だろ?···それとも、やっぱり女の子だった?」


「······分かりました」



 ファナは背中を向ける。おんぶならば意識しないで済むと考えたのだ。抱っこよりかは幾分もマシなはず。ユキに男としての意地を見せたかったファナである。



「ん?···えー、おんぶ?お姫様抱っこしてくれよ」


「え、お姫様···抱っこ···ですか?」


「ん。女の子の憧れなのに···まぁ、いいけど」



 若干の不満を残しつつ、ユキはファナの背中にしがみつく。


 予想よりも随分と軽い事にファナは疑問を抱く。が、女性に対する体重の話は禁忌だと聞いたことがある。ファナは賢明な判断をとった。



 ユキを背負ったまま一階に降り、空いている席へとユキを下ろす。見れば既に足の痺れは治っているようで、ファナの行為に意味があったのか悩ましい。少なくともユキからの評価は上がっているのでプラスと捉えてもいいが、ファナは気付くわけもない。



「ん?どった?」


「い、いえ···なんでもないです···」



 曖昧な返事をしてから、ファナは厨房へと足を運んだ。




 ※ ※ ※




 シチューとサラダ、肉、パンといった夕食を取り終えた2人。因みにユキが2人分をほぼ平らげ、ファナは少ししか摂っていない。最後にパンを一つ口に入れられ、最低限の食事となっていた。


 そして、ユキを部屋へと案内した。これからは軽く体を拭いたあとに寝るだけだ。失礼のないようにと直ぐに退出しようとするファナを、ユキは呼び止めた。



「ん。ファナ君。寝る前に一つ、明日の予定を言わせてくれ」



 今日はパーティとしての活動はしていない。明日から、本格的に活動が始まる。ファナはユキが戦闘職であることは知っているため、モンスター狩りに出掛けるのだろうと予想する。



「ん。ボクはね、君の事を信用出来ないんだ」



 次に出た予想外の言葉にファナは息が詰まる。


 元々期待はされていないと理解していた。しかし、今日を過した中で、多少の信用はされていると思っていた。勘違いしていた。


 やっぱり、自分なんて──



「んー!ストップ!ストーップ!ごめんね、言い回しが悪かった。ファナ君の実力を正確に分からないから、信用出来ないと言ったんだ。何も君を信頼できないとは言っていない」



 ファナから暗い何かを感じたユキは、慌てて訂正する。少し驚く様を見たいなと思い、態と言い回しを変えてキツくしていたのだ。まさかこれ程まで落ち込むとは、想定外のことであった。



「ほんとですか···?」


「ん。実力が分からないのもまた事実···という訳で明日、雑用係の検定をやろう。金銭面は気にしなくていい。ボクが全部出すからさ」



 雑用係に関しては、金さえ払えば何時でも受けることが出来る。ただその金額が金貨1枚という安くない値段のため、そう何度も行おうとは思わないのだ。


 ユキにとって金は有り余るものであるし、無くても生きては行けると考えている。ギルド側から多少ふっかけられそうな気もするが、それはそれで構わないとも思っている。何せほぼ結果は予想しているからだ。その結果を得るためなら、多少の出費なんて屁でもない。


 ファナの実力をユキは理解している。これはファナに自信を持たせるために行う検定なのだ。



「そ、そんな···つい2週間前に受けたばっかりなんですよ···?結果は···変わらないです···」


「ん。ボクが腑に落ちないんだよ。残念だけど君に拒否権は無い。これは決定事項だから」


「···分かりました···やってみます!」



 ぐっと拳を握り締め、覚悟を決める。そうだ、変わらないとかそう考えるのはただ逃げているだけだ。折角くれたチャンスを無下にしちゃいけない。そう考えてやる気を出した。



「ん。いい子だ。······ところで、ファナ君に質問。いや、問題かな?ボクの冒険者ランクはどれでしょう?」



 ファナがやる気を出したことに口元を緩ませるユキ。努力する子、頑張る子は大好きなのだ。そしてそれを否定する奴は大っ嫌い。明日が楽しみだ、と1人笑う。


 その笑みを隠すように、ユキはそんなことを言い出した。



「えっ、ユキさんの冒険者ランク、ですか···?」



 ユキからはその辺について聞いていないし、ファナも聞こうとしなかった。個人情報にあまり触れてはいけないと思っていたからだ。


 ファナは考える。ユキが"剣士"であることは聞いた。その剣を持っていない事に疑問はあるが、腰にぶら下げる収納袋になら物は入る。つまり、剣士という事に嘘は無いのかもしれない。


 実力は分からない。しかし、達人並の感性は持っていると予想できる。視覚無しでの空間把握能力はかなり高いものだ。


 しかし、若い冒険者に転ばされた事実がある。高ランクの冒険者なら上手く躱したり出来るのではないだろうか。もしかしたらファナの対応を見ていたのかもしれない。いや、それは自意識過剰か。




 暫く考えてから結論を出した。



「···Sランク···でしょうか···?」


「んっ?ほうほう···その心は?」


「えっと···何となく、です。ユキさんが武術の達人なんだろうな、とは出逢った時から思っていましたけど···なんと言うか。ユキさんがSランク冒険者というと、しっくりくるなぁ、って思って···」



 とても理由としては不透明。あくまで勘、雰囲気から判断したと言う。その事にファナも気づいており、非常にいたたまれない表情を浮かべていた。



「ん···ファナ君、おいで」


「えっ!?」



 頬笑みを浮かべるユキに引かれ、ファナはユキの前に座った。頭を上げればユキの笑顔が映る。何をされのかと心臓をバクバク動かした。



「ん。いい子いい子。君の観察眼は才能だね」


「······ッ!?!?」



 頭を引き寄せられたと思えば、また頭を撫でられた。優しい手捌きと漂う匂いがファナを眠りへと誘う。会って1日も経たないユキに、どぎまぎさせられるばかりのファナ。



 これではいかんと最後に残された力を振り絞り抵抗した。



 その抵抗も、ユキの腕を1ミリとて動かすことは出来なかったが。



「ん〜?まったく。ボクは最強。Sランク冒険者だぜ?そんな抵抗じゃ、無駄無駄無駄〜」


「ゆ、ユキさん!?」



 どこかテンションの高いようなユキに不信感を抱く。アルコールを疑ったが、それはないと直ぐに否定した。ユキの食べる物飲む物には気を遣っていたつもりだ。好き嫌いがないので意味はなかったが。


 因みにユキはしっかりとシラフである。アルコールは入っていない。正真正銘の素だ。


 段々と撫でる力が強くなってきたユキ。わしゃわしゃと乱雑に頭を撫で回される。



「す、す、すすすみません!!おやすみなさいぃぃっ!!」



 ユキの拘束の隙間を縫い、奇跡的な脱出に成功する。そしてそのまま逃げるようにユキの部屋から飛び出した。間違いない。逃げたのである。



「んっと···からかい過ぎたか···」



 頑張ろうとする子に手を出したくなるという、ユキの悪い癖がある。絡みが女の子限定であったからまだ良かったが、ファナは男だ。少し加減を誤ったと自覚する。



「ん〜。ファナ君ウブっぽいし、刺激が強かったかな〜?······まぁ、ボクも······うぅん。良くないね、こういうの。早く寝よ〜っと」



 危うく自爆しかけたユキは、早々に目を閉じて就寝した。久々に満足した気分で眠りに着けたのであった。

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