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 一方、ファナが出て行った後の『金龍の息吹』では。



「ねぇ、グレッド。別にクビにすることは無かったんじゃない?雑用係としては文句無かったでしょう?」



 お茶を飲み干した弓使いのマグリーンが、席に座ったグレッドに口を開いた。

 


「はっ。Aランクにもなるパーティが、Fランクの雑用係なんかを雇っているなんて格好が付かないだろ。それにあんな無能、前から捨てようと思っていた」


「前から?」


「あぁ。アイツ、戦えない〈雑用〉の癖に、俺達に指示を出すじゃねぇか。腹立つんだよ」



 グレッドは不機嫌そうに言う。


 あれは指示じゃなくてアドバイスだったでしょ、とマグリーンは思うものの、口に出す事はしない。


 ファナの追放に賛成的では無かったが、否定的でも無かった。マグリーンはエルフという長命種であり、このパーティも長い人生の中での短い付き合いだ。戦いを共にしてきていたとは言え、ファナを庇う動機は無かった。


 ファナには少なからず同情はしていた。〈雑用〉という不遇職が選ばれたばかりに、ヒエラルキーの最下層に押し付けられる。日頃からグレッド達の無茶振りを全てこなし、あまつさえ報酬金は微々たるもの。彼の鋭い観察眼で見つけたパーティの弱点を助言すれば、煩い上から目線の指図だと言われ、終いにはこの解雇という仕打ち。


 可哀想だ。


 しかし、どうでもいい。


 マグリーンが抱いた気持ちはその程度であった。


 故に、リーダーたるグレッドの意向に背く事はなく、肩にかかる緑色の髪を掻き上げてから目を瞑る。これがマグリーンの、我関せずという姿勢であった。



「それでー、新しい雑用係っていつ来るのー?」



 次に口を開いた人物は、魔法使いのイフェローである。黄色く長い髪に派手なリボンを複数結んだ少女。グレッドとは幼馴染みで、『金龍の息吹』設立から共に居るパーティメンバーだ。



「そろそろ来る。昨日雇ったばかりだが、それなりの子を選んだ」


「へぇー。女の子?」


「あぁ」


「ふ〜ん」



 新しいメンバーを雇う時は、グレッドの独断で決まってしまう。初期メンバーにさえ相談しない事に、多少の不満はあるものの、グレッドが加入させたメンバーは2人とも優秀であった。どちらも女性で、かなりの美女という点を除けば、実力を見て判断した事は間違いない。


 今回も、才能がある可愛い子を見つけたのであろう。グレッドはニヤつきながら話している。


 グレッドがハーレム願望を抱いている事は知っている。実際にその形なりつつある事は明らかだ。ファナを追放した理由がそれであると、イフェローは理解していた。ランクの云々は丁度いい理由に過ぎなかった。


 幼馴染みとして、イフェローは自分がグレッドに最も親しい存在である自信を持っていた。後からやってくるどんな女にも自分は勝る、と。それでも、女が増える事に嫌な気持ちを覚えてしまうのは仕方ない事であった。


 精々こき使ってやろうと思いながら、イフェローはカップに残る温くなったお茶を啜った。



 暫くして、部屋の戸をノックする音が響いた。



「入れ」



 どっかりと椅子に腰を掛け、威厳たっぷりにグレッドは言葉を発する。



「は、はいっ!失礼しますにゃ!」



 かなり緊張した声が扉の向こうから返ってくる。そして、扉をゆっくりと開け、その奥から1人の少女が姿を現した。


 腰近くまで伸ばした長い黒髪。特徴的な2つの猫耳は、ピコピコと元気に動いている。彼女は猫の獣人であった。



「は、初めましてにゃ!ネレはネレと言いますにゃ!よ、よろしく、お願いしますにゃ!」



 ネレと名乗る少女は、詰まりながらも元気に言葉を出してから、90度近くの深々としたお辞儀をした。



「あぁ、よろしく。昨日自己紹介は済ませたが、俺のメンバーを紹介しよう。〈魔術士〉のイフェロー。〈弓士〉のマグリーン。〈槍士〉のルーブ。そして俺、〈剣士〉のグレッド。この4人が俺達のパーティ、『金龍の息吹』だ」


「よろー」


「よろしく」


「よろしくね」



 グレッドの簡単な紹介に、他の3人も各々簡単に挨拶で返事を済ます。3人とも、新しい雑用係にさほどの興味もなかったからだ。



「は、はい!よろしくお願いいたしますにゃ!!」



 緊張のあまり声を震わせる獣人の少女ネレを見て、グレッドは更に口角を吊り上げる。


 それを横目に、マグリーンは静かにため息を零した。




※ ※ ※




 休憩を終えてから更に1時間が経過した。あれから何度かモンスターに遭遇しかけたが、持ち前の隠密能力で難を逃れていた。戦えば少なくない傷を負う。簡単な回復魔法なら使えるが、それは擦り傷程度にしか有用では無い。今更逃げる事に躊躇いのないファナは、安全且つ迅速に山の中を移動していた。


 体内時計が昼時を知らせる。


 まだまだ疲れた訳でないが、そろそろ昼ご飯を摂る必要がある。途中で幾つか食べることの出来る果実やキノコを採取していた。それらを簡単に調理して胃に収めると、直ぐに行動を再開した。


 町まで今日の内に着きたいと考えているファナに、無駄な時間を掛ける余裕は無かった。その為に、歩きながら調理して食事を済ませた。


 時間に余裕は無かったが、山の中を楽しむ余裕は出来ていた。ようやく気持ちの整理がつき、新たな1歩を踏み出そうというやる気が湧いてきたのだ。


 木々の隙間を縫って吹き抜ける心地好い風。葉が生い茂り、僅かに射し込む木漏れ日。近くに流れる川のせせらぎ。遠くで鳴く小鳥の囀り。


 それらで心を癒しながら、ファナは黙々と山を歩いて行った。




 傍目歩いているとは言えない速度を維持しながら。




 ※ ※ ※




 ファナが町を出てから9時間が経過した。少し疲労を感じてきたファナ。ようやく見えた町の防壁に胸を撫で下ろす。


 何とか無事に山を越え、町に辿り着くことが出来たからだ。獣人でさえ無傷で越えることが難しいと言われている連山を、たった9時間で踏破してしまった。その偉業に本人は気づいていない。予定通りに着けて良かった、としか考えていなかった。


 新たな町での、新たな生活に気持ちを切り替え、ファナは町の入口である門へと近づいた。


 門番に冒険者カードver.雑用係を提示したあと、直ぐに許可は降りた。山を歩いて越えて来た事に驚かれはしたものの、何も問題は無く話は進められた。



 ファナがこれから生活を始める新天地。『イルベーチ』に足を踏み入れた。



 この町は近くにダンジョンという物が存在しており、そのダンジョンを求める冒険者で賑わう町であった。道行く人の殆どが防具を纏い、各々の得物を身に付けていた。大剣に片手剣、弓、斧、槍、杖など、多様な武器を背負っている。


 ファナは様々な冒険者を見て、持ち上げ始めていた無けなしの自信を無くしてしまった。〈雑用〉というジョブ柄仕方の無いこととは言え、戦えない自分が嫌に思えたのだ。


 それでも、止まっていては何も出来ないと奮い立たせ、冒険者ギルドへと足を向けた。



 大きな剣をモチーフにした看板が目立つ建物。これこそが冒険者ギルドである。


 開け放たれた扉を何人もの冒険者が出入りしている。


 入口に近づいてからファナは更に消沈する。何故なら立て掛けられた看板に、『ダンジョン専用』と書かれていたからだ。


 ここはかなり大きな町だ。冒険者ギルドが複数無いと間に合わないのだろう。その中でも町を出る門に近いこの場所は、数の多いダンジョン専門の冒険者を捌いている、と。


 戦闘の出来ないファナにはダンジョンなんて夢のまた夢。誰かの雑用係として行く事すら躊躇いがある。行きたいという気持ちはあるが、身の程を弁えての判断だ。確実に足を引っ張る自信があった。



 ダンジョン専用の冒険者ギルドから離れて、暫く町を練り歩いた。行き交う人達を眺めながら、売店に視線を移していく。


 買い出しは全てファナが担っており、安く買う事の出来る商店を見つける必要があった。時間によって変動したり、時期によって商品は変わってくる。変化を見逃さないよう、目を光らせて町を歩いていたのだ。その癖が抜けきれず、町を歩く際は店のチェックを欠かさない。これから生活する上で必要になる事なので、ファナも辞めることはしなかった。



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