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他の冒険者ギルドはそう遠くない所にあると踏んでいたが、想定より遠い地点に建っていた。もしかしたら近くに建っていた可能性もあるが、道の分からないファナには発見出来なかった。
見つけた冒険者ギルドは裏門に近い位置に建てられているらしい。この裏門も使えるには使えるが、ダンジョンからは遠いそうで、ダンジョンに赴く冒険者は正門を使う。よってダンジョン以外の要件は裏門の近くのギルドで、という事らしい。
納得しながら、少し古びた扉を押す。ギィギィと音を立てながら扉は開き、ファナは冒険者ギルドへと入っていった。
ギルド内には数人の冒険者と、1人の受付嬢が居るだけであった。冒険者は椅子に座り、仲間同士で会話をしている。チラリと見ただけだが、それなりの実力を持っていそうな冒険者であった。片手剣使い、盾使い、槍使い、魔法使いの4人パーティ。とても安定していそうなパーティだった。
と、観察してしまう癖があるファナ。分析して逃げるために身に付いた能力だ。役に立たないものだけは伸びてしまうと嘆きながら、受付嬢の居るカウンターに近寄った。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
凛とした声で訊ねてくる受付嬢。金髪を束ねて横に流し、清楚な雰囲気を醸し出している。
「冒険者登録にやって来ました」
声を掛けられた事に驚きながらも、ファナはしっかりと言葉を返す。
ファナは冒険者登録をしていない。〈雑用〉専用の登録しか行っていなかったのだ。それだけあれば困ることは無かったが、これからクエストを受注するために本登録が必要となってくる。
「かしこまりました。私、受付嬢を任されています、ティルレッサと申します。以後よろしくお願いします」
「あ、ファナです。よろしくお願いします!」
「ではこちらにお名前とジョブを記入してください」
言われた通りに、指定された箇所に文字を埋めていく。名前とジョブは必須事項であり、他には性別や年齢、得意スキルなどは任意で記入するらしい。ファナは全てを埋め、ティルレッサへと渡した。
「···失礼ですが、雑用係専用の登録もごさまいます。そちらのご登録もなさいますか?」
ファナの記入した情報を確認し、その提案を出す。〈雑用〉は雑用係としては有用だが、冒険者としては評価が低い。それを危惧しての推薦だった。
「あ、いいえ。そちらは既に登録しているので、冒険者登録だけで結構です」
「かしこまりました」
一つお辞儀をしてから、ティルレッサは傍にあった魔道具の操作を行った。そこにファナの書いた紙を当て、最後にファナが血を垂らせば登録の完了だ。これは一度行っているため、円滑に進めることが出来た。
冒険者カードは直ぐに出来上がり、誤りがないか確認される。自分としては認めるのが嫌であるけれど、首を縦に振って肯定を示す。
「では、こちらのカードが冒険者の証明となります。冒険者の規則等はご存知でしょうか?」
「はい。心得ています」
雑用係登録をした時に聞かされた内容だ。ランクの制度も、他のメンバーが登録した際に話を聞いて、理解はしている。
「素晴らしいです。では、これからのご活躍を期待しています」
「はいっ。ありがとうございました!」
これで、本当の意味での冒険者生活が幕を開けたのであった。
早速、依頼が貼ってある掲示板を覗き込む。その中で、自分が受注可能な低ランクの依頼を探すのだ。
冒険者に依頼されるものは、何もモンスター討伐だけではない。掃除や片付け、荷物運び、採取などの依頼も多くある。所謂雑用的な依頼を低ランクの冒険者が消化する。その実績を重ねることで、ギルドからの信用を得るのだ。信用が無ければ討伐依頼を任せることは出来ない。どんな冒険者にも必要なステップであった。
ファナは根っからの雑用係だ。いくつか簡単な依頼を見つけ、依頼書を剥ぎ取った。
「これをお願いします」
「4つも、ですか?」
「はい」
ファナが選んだ依頼は、『薬草採取(1束〜何束でも)』、『庭の草刈り(約100平米)』、『下水道の掃除』そして『瓦礫の運搬(数日に分けて貰って可)』という4つ。
どれもが短時間に終わるものでは無い。1度受注してしまえば、近日中に終える必要のあるものが多い。今回は4つの内2つ、違約金の発生するものがある。初めてのクエストにしては取りすぎだ。これが朝一番の受注ならまだ分からなくもないが、今はもう昼を過ぎた時刻。門が閉じるまであと数刻しかない。
指摘しようと考えたが、これもまた経験。恐らく雑用係としてのスキルを利用すれば、直ぐに終わると括っているのであろう。一度痛い目を見れば学習する。そう纏めたティルレッサは受注の確認印を押していく。
「2つ、違約金が発生するものがございますので、なるべくお早めにお願いします」
警告として伝えておく。伝えなければ、知らなかったと言い張る冒険者も居るためだ。ファナがそんな事を言うような性格をしていない、とティルレッサも気づいているが、言わなければ面倒事が起こり得る。依頼失敗で反省するだけならいいが、違約金を支払うのは可哀想だと思ったからでもあった。
「あ、はい。分かりました。···それで、この薬草採取なのですが、既に持っているものでも可能でしょうか?」
「えぇ、冒険者ギルドが提示する水準を越えていれば可能です」
素材には素材の品質というものが存在している。最低品質、低品質、普通、高品質、最高品質という5段階に分けられており、ギルドが求めている水準は低品質。それ以上のものなら良しとしている。勿論、高品質であれば報酬の額は増える。
「良かった······ダメだったら今から採りに行かなきゃでしたもんね」
そっと胸を撫で下ろすファナ。受け付けられないと言われた場合、駆け足で採りに行こうとしていた。それが無くなって少し良かった、という本心である。
その呟きを聞いたティルレッサは、それがあるからこんなに沢山は無理なんだ、と心の中で溜息を吐いた。初心者にありがちだが、薬草採取を甘く見ている者が多い。事実、薬草を見つけ、採取してくるだけのクエストだ。簡単な事だと考えて良い。が、慣れていない者だと大いに苦戦する。このクエストには違約金こそ無いが、薬草の単価はかなり安い。故に挫折し易いのだ。
薬草採取とは、皆が初めに行い、殆どが失敗する事で有名なクエストであったりする。
「えと、ではこれをお願いします」
そんな事を知らないファナは、
「えっ···今のは···?」
突然現れた薬草に驚いてしまう。今の現象はレアスキル《アイテムボックス》による物にそっくりであった。しかしそのスキルは、〈運び屋〉と言う運搬専門のジョブのみが得る事の出来るスキルであったはず。〈雑用〉と名乗るファナが使えるものでは無いのだ。
「あ、〈雑用〉の収納スキルです。ちょっとしか物は入らないのですが、唯一使えるスキルだと思っています」
「なるほど···」
ティルレッサは〈雑用〉について詳しくは知らない。そのため、スキルだと言われれば納得する他なかった。実際にファナが行った事は〈雑用〉の収納スキルであり、何一つ間違いはない。但し、それは元々リュック等の入れ物を少し拡張するだけのスキルであった。改良に改良を加えた後、何故か空中にまで拡張領域を広げてしまったのだ。しかし、それでも。物が仕舞える
ファナからにこやかな笑みを返され、これ以上の追及は不可能であった。それに冒険者の個人情報に触れる事は違反行為だ。それを理解しているため、ティルレッサは落ち着いて薬草の鑑定を行う。
ティルレッサは〈鑑定士〉と言うジョブであり、このギルドでの素材鑑定は彼女が全て担っている。今まで幾つもの薬草を鑑定に掛けてきた彼女。最低品質から高品質まで多く見てきた。
そんな彼女でも最高品質の薬草を見たことが無い。なぜなら薬草は採取してから時間が経つと、直ぐに品質が落ちてしまうからだ。更に、普通の採取方法ではその時点で品質が落ちる。上手く採取出来たとしても、高品質の薬草は瞬く間に品質が落ちていく。そのため、どれほど頑張ったとしても高品質が1番高い品質であった。その高品質でさえ、一月に1度見られれば大当たり。もはや運要素が絡んでるいるのではないかと考えられているほどだ。
と言うのに。
ファナがぽんと取り出した薬草が。未曾有の最高品質を示していた。
思わず2度、鑑定を掛けてしまった。しかし変わらぬ最高品質。
「こ、これは···!」
「あれっ!?水準を越えていませんでしたか!?」
「い、いえ···!むしろその逆と言いますか······すみません。この薬草は何処で採取したものでしょうか?」
詮索しては行けない。そう頭では理解していると言うのに、口から言葉が先に出てしまった。
「え、えぇと、バラーシャから此方へ来る山で採りました···けど···ま、まさか採取禁止エリアでしたか···!?」
ファナの脳裏に過ぎるものは、ギルドが出している採取禁止エリア。そのエリアには希少な植物が生えており、特定のジョブを持つ者がクエストを受ける事で採取可能となる。希少な物と該当されている植物以外でも、生態系を変えてしまわないよう採取は禁止となっているのだ。
その事はファナも知っており、元いた町バラーシャを中心とした、ある程度の範囲なら記憶している。その範囲にこの町も含まれており、禁止エリアは避けていた気はあったものの、自分に自信を持てないファナ。パーティの為にと必死に覚えた記憶さえ疑ってしまう。
「い、いえ···その間でしたら禁止エリアは無いと思われます···」
「よ、良かったぁ···!」
先程よりも大きな安堵を顕にするファナ。自信なさげにしていた顔から、一瞬で糸が切れたように綻んだ。
ファナの一喜一憂にティルレッサは思わず口元を緩ませる。青年と呼ぶにはまだあどけなさの残るファナに、庇護欲が刺激されたのだ。
結婚定年期である20を過ぎ、冒険者ギルドの受付嬢として出会いも無いまま22となったティルレッサ。この町に住む若者は皆ダンジョンに集中してしまう為、ティルレッサの勤めるギルドにやって来る冒険者はおじさんが大半。稀にファナのような新人冒険者もやって来るが、1度2度クエストを受ければダンジョンだ。
これが最後のチャンスかもしれない。ファナの年齢は偽りが無ければ16。ファナが嘘をつくような人柄では無いと、これまでのやり取りから理解出来る。外見はもっと下に見えるが、この年齢で合っている。となれば、全然射程距離では──?
「あのっ!」
「···あ、すみません!考え事をしていました···。はい、これでこのクエストは達成となります」
ファナの呼び声に意識を戻し、慌てて薬草を拾い上げた。文句無しの達成であるため、急いで報酬の支払いを──と考えたところで固まってしまった。
報酬の額が分からないのだ。
品質が高ければ報酬も上がるシステム上、最高品質を持ってきたファナにはそれ相応の報酬が出される。しかし、これまで最高品質を取り扱ったことが無いため、その価格が分からなかったのだ。
ここで高品質と同じ額を出せばギルドの信用と沽券に関わる。ファナがそれを言い触らすような人柄では無いと思うが、そういう問題でもない。
「申し訳ございません!この薬草の価格を測りかねていますので、ファナ様が受けられた他のクエスト達成後、まとめて精算とさせていただいても構いませんか?」
「はいっ、大丈夫です。僕は他のクエストをこなしてくれば良いのですね?なるべく早く片付けてきます!」
ティルレッサの出した妥協案に、2つ返事でファナは頷く。それからファナは元気よくギルドを飛び出して行った。
結局ティルレッサは最高品質な薬草の入手について知ることは出来なかったが、触れるべきものでも無い、と心に仕舞う事にした。それは受付嬢のマナーである。興味心に釣られてはいけないのだ。
ティルレッサは受付に「只今休止中」の看板を置き、2階にあるギルド長の部屋へと向かった。
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