2/17

 では、話を『金龍の息吹』というパーティに戻そう。




 このパーティにおける雑用係であったファナ。彼は2年前、リーダーであるグレッドに勧誘されてパーティを結成した。その時はグレッドとイフェロー、そしてファナの3人パーティであり、ランクもFと皆が初心者であった。ファナも無けなしのお金を払い、試験を受けた結果がF。この時は皆が同じ立場にあったのだ。



 それから月日は流れ、新たに2人のメンバーを加えて、ランクもどんどんと上がって行った。



 時間にもお金にも余裕の無かったファナは、冒険者になってから1度受けたっきり、ランクを定める試験を受けていなかった。その為、他の皆がランクを上げていく中、1人だけFランクのまま。それでも皆はファナを雑用係として雇ってくれていたし、ファナの扱いも最悪なものではなかった。



 多少暴力を振るわれたことも、暴言を吐かれたことも、食費から生活に必要となる費用に至る全てを負担させられても。ファナは自分が無能であるからだと考えるようにして、こんな無能を雇ってくれている恩を感じていた。Fランク相当の報酬にも文句は無かった。雇ってくれなければ生活すら出来ていなかったのだから。



 前を歩いていく仲間達の背中を眺め、これからもこの生活が続くものだと思っていた。



 しかし昨日、何時ものように部屋の掃除をしていたファナに、グレッドから声が掛けられた。これはとても珍しいもので、突然の事にファナは少し驚いていた。しかし次の言葉にファナは更に驚かされる。


 グレッドから金貨を投げられ、こう伝えられたのだ。



『俺達は近々Aランクになる。そんなパーティの雑用係がFランクだなんて示しがつかない。その金で試験を受けてこい』



 あぁ、なるほど。これは検定料だったのか。



 ファナはグレッドの言葉を理解して、直ぐに冒険者ギルドへと向かった。試験は冒険者ギルドで受けることが出来て、直ぐに結果も返ってくる。



 この2年で、ファナはそれなりの努力を積んできたつもりであった。Aとはいかない迄も、Cランクには届いている。そう確信していた。



 2年ぶりの試験に緊張したものの、自身の全力を出しきり試験は終わった。試験内容は冒険者の雑用係として必要なスキルを、試験管に見てもらうだけの簡単な試験だ。




 そして、結果は最低のFランクであった。




 ファナはその結果を見て、目の前が真っ白に染まった。何かの間違いじゃないか、そう考えたが、自分のFランクに誤りは無かった。



 消沈した気持ちで宿に戻り、グレッドにその事を伝えた。



 結果の杜撰さに殴られると思った。



 しかし、その予感は外れ、グレッドは『そうか』と一言呟いただけで、外へと出て行ってしまった。



 その後ろ姿に不安を覚えたものの、ファナは何もすることが出来なかった。ただ、己の無能さに嘆くばかりであった。




 そして今日。解雇処分を言い渡されたのだった。




 驚いたものの、ファナはある程度予想していた。無能な自分を使い続ける意味なんてない。己に価値なんて無かったのだから。むしろこんな無能を2年間も雇ってくれた温情に感謝しなければならないほどだった。



 ファナは諦めたようにグレッドを見る。



「お前は俺達のパーティには釣り合わないんだよ。とっとと居なくなれ。お前の代わりは既に見つけてある。お前とは違い、優秀なBランクの雑用係だ」



 やっぱり、そうだったんだ。



 捨てないで、としがみつくことはしない。泣くことも、喚くことも。これ以上、彼らに迷惑を掛けてはならないと考えたからだ。無能な自分にできる、最後の恩返し。捨てられる時は潔く捨てられよう。



 よろよろと立ち上がり、ファナは入口から外へと踏み出した。



「ごめん。今までありがとう」



 一言呟いてから、ファナは部屋の外へと出て行った。




 ※ ※ ※




 宿を出たファナは、その足でバラーシャの町を出ていった。


 無能のレッテルを貼られているファナ。そんなファナが、この町で冒険者に拾われる可能性は零に近いと踏んだからだ。これから生活していくためにも、職に就けない悪評は無い方がいい。それに、捨てた自分を見るというのも、彼らには気分の悪い事だろう。迷惑を掛けたくなんて無かった。となれば、この町から離れて他の場所で活動した方が良いと考えたのだ。慣れ親しんだ町を出る事に躊躇いはあった。仲の良くなった者も多少は居た。しかし、自分を変える意味も込めて、ファナは新天地にて一から始めようと決意した。


 特に準備をすることも無かった。買う金も無かったし、知人に今の顔を見られたくなかったからだ。


 門番に軽く挨拶をしてから町を出て、越えるべき山の麓まで歩いていく。そこまでおよそ30分も歩けば着く距離にある。ファナはゆっくりと麓まで歩いて行った。


 ファナは隣の街まで歩いていこうと決めていた。そこへ往くためには3つ程の山を越えなければならない。しかし馬車は使えない。その為の金が無いからだ。それに、予感していたとはいえ、クビにされたショックは大きかった。心を癒すためにも、山を無心になって歩きたかったのだ。自然の中で歩いていれば、少なからず癒されるだろうと。


 道なりに進んでいけば何時か着く。そんなぼんやりとした思考の下、ファナは山道を歩き出した。


 山道は慣れている。〈雑用〉の基礎ステータスは高くはないが、パーティに着いていく為に体力が必要であった。体力を付けるトレーニングを行い、暇を見つけては山を踏破したことは何度もあった。時間に間に合いそうもなく、駆け抜けた事さえもある。


 あの時はイフェローに買い出しを求められ、必要な素材が山の頂上にしかないとなって、一人で山まで駆けて行ったのだ。モンスターは全て避け、1時間足らずで登頂から下山をした。


 無茶振りをされた記憶が蘇り、ファナの目から涙が零れ落ちる。


 昔は本当に楽しかった。肩を並べる事が出来た頃は、お互いに助け合っていた。彼らの役に立っていると自負していた。何時から自分の足は遅れだしたのだろうか。彼らに追いつけなくなったのは、何時からだったろうか。



「うっ···うぅっ···うぅっ···!」



 遂にファナは大粒の涙をボロボロと零しながら、それでも山道を進んで行った。


 ファナの啜り泣く声が、山の中で響いていた。




 ※ ※ ※




 あれから数時間が経った。隣町までの行程はあと半分。ファナは木陰に腰を落とし、暫しの休息を取っていた。疲労感はさほど無いが、泣き疲れてしまったのだ。ウトウトし始める頭を振って起こし、それでも足りず水を浴びて完全に目を覚ました。


 この水は生活魔法と呼ばれる、初歩の初歩魔法の1つである。〈雑用〉であっても、生活魔法程度の簡単な魔法なら使うことが出来るのだ。逆に言えば、生活魔法しか使うことは出来ない。


 その生活魔法の水系魔法、《水生成ウォーター》を空中に球体として作り出し、その中に頭から突っ込んだ。



「ぷはっ······《風生成ウィンド》」



 次に風系魔法、《風生成ウィンド》によって風を作り出し、濡れた頭を乾かした。この魔法も生活魔法であり、ちょっとした風を起こすことしか出来ない魔法である。


 生活魔法には全5種類の魔法がある。ファナが行使した《水生成ウォーター》、《風生成ウィンド》。そして《火生成ファイア》、《土生成ソイル》、《光生成ライト》の5つ。これらは誰にでも使える魔法であり、戦闘に役立たないほどの規模しかそれぞれ生成出来ないため、生活魔法と呼ばれている。


 こんな魔法でもファナにとっては貴重な魔法だ。パーティに居た頃も、出来るだけ役に立とうと生活魔法を必死に練習した。改良を加え、効率を上げ、役に立とうと。



 それらは全て無駄であったが。



 ファナは堪えきれず、蹲って泣き始めた。声を出すことは無い。森の中で無為に音を立てれば、聴覚の良いモンスターに狙われてしまう。声にならない声で、ファナは抑えきれない涙を流した。



 それから数分が経ち、ようやく気が落ち着いてきた。もう一度|水生成《ウォーター》で顔を洗ってから、これからの事を考える。


 次の町に辿り着いたとしても、やはり冒険者になるしかない。〈雑用〉という不遇職、後ろ盾もない。冒険者しか残された道は無い。


 その上でどうするか。正直、ファナは誰ともパーティを組みたくは無かった。自分のような無能は、何時か置いてけぼりにされる。もう二度と同じ悲しみを味わいたくなかった。


 しかし、自分には戦う力が無い。ファナにある冒険者としての必須スキルは、雑用係としてのスキルである。どれも戦闘に役立つものはなかった。


 悩み始めてから数分が経ち、結局決まることは無かった。自分に選択肢なんて無いのに、一度の挫折で心が折れてしまったのだ。


 こんな自分に嫌気が刺し、ため息をついてからまた歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る