乙女の奮闘と観察者

烏神まこと(かみ まこと)

1

「あー、俺さ、空から女の子が落ちてくるのを待ってるんだよね」


 大好きな成志くん男子が空から女の子が落ちてくるのを待っているのなら、恋する福音乙女がすることは1つしかない!


「待ってて成志くん!」


 放課後の誰もいない教室で私は意気込みを口にした。恋の成就のために努力する乙女には気合を入れるタイミングが結構あるのだ。


 ベランダにつづく大きな窓に手を掛ける。ガラガラと大きな音を立てて、開いた窓のサッシを越えるとプランター2つほどが並ぶベランダに出る。

 私と同じくらいの高さの柵を乗り越えた真下に、成志くんはいる。放課後の成志くんは、いつもそこで携帯電話の画面を見たり、同級生と話したりしながら何かを待っている。そして、18時頃になると諦めたみたいにため息をついてその場を去ってしまう。

 彼が待っているもの。それは昨日聞いたから分かる。空から落ちてくる女の子だ。

 私が生まれる前に作られた有名なアニメ映画でもそんなシーンがあった。空から女の子。そのシチュエーションを彼は待っている。

 なぜ待っているのかは聞き出せなかったけれど、空から落ちてきた女の子と出会った男の子がすることなんて恋しかないと思う。だとしたら、誰よりも早く空から落ちてきた女の子にならなきゃ!


 私は今日の昼休みに1度学校を抜け出して工具店で買ってきたロープとそれを支えるリングのようなものを袋から取り出す。リングでロープを固定して、柵の根本にくくりつけた。これで、テレビで見たみたいに下に降りられるはず。


「よし!」


 根本にくくりつけたロープは掴んだままに、柵を乗り越える。それから体の向きをゆっくりと変えて柵にお腹をくっつける形になった。

 支柱と支柱の間につま先を置いてバランスを取ったところで、成志くんの頭を確認する。私の方が背が低いからなんだか新鮮な気分。成志くん、今からそこに行くよ、待っていてね!


 いざ飛行! と思ったけれど、実際に位置についてみると学校の2階って結構高くて怖い。

 下はゴルフ同好会の芝生が広がっているからコンクリートよりは柔らかいと思うけれど……。


(や、やっぱりやめようかな……)


 一瞬迷ったのが良くなかったのかもしれない。支柱に重みを預けていたつま先がずるりと落ちて、宙に浮く。


(え、ウソ……!!)


 焦りから、もう片方の足もバランスを崩してしまう。硬く握ったロープだけが私の体重を支えている。


「あっ、あ………」


 特別スポーツが得意なわけでも鍛えてるわけでもない私の腕が長時間体重を支えられるわけない。ずるずるとロープを手が滑っていく。痛い、痛い、痛い。


(だめだ、落ちちゃう…………!!)


もうロープの端を掴んでいられない!


「きゃあああああ!!!!」


 とっさに目を瞑った。真っ暗な世界で私は体が浮遊している感覚に包まれた。その一瞬はびっくりするほど静かで時が止まった世界みたいだった。

 最後の猶予みたいな時間の中で私は、私を愛してくれる家族と私の愛する成志くんのことを考えた。


 成志くん。なぜだか私の才能と気持ちに気付いて、見出してくれた人。なんにでもクオリティーを求める私に適当さを教えてくれた人。

 死ぬって分かってたら、最期にみるのは真上からのつむじじゃなくて、いつもの背の高い彼を見上げたときのアングルが良かったな。それで、私の発言を聞いた成志くんがあの小さな目に皺を寄せて、口をU字にして笑う。そんなところを記憶に焼き付けて死にたかったよ。


『なにバカやってんの?』


 成志くんの、声が聞こえる。


「成志くん……」


 目を開けると、呆れ顔の成志くんがいた。ドアップで。


(きゃああ!)


 い、いくら天国だからって神様それはサービスしすぎだよ!!

 心臓がばくばく高鳴ってうるさい。触ってはいないけれど頬が熱い気がする。身動きが、とれない。ただただ視界に映る成志くんの格好良さにときめく。


『あ、起きたんなら、さっさと降りてよ』

「へ?」


 成志くんから視線を少し外すと、ここがさっきまで上から眺めていた校舎脇の小さなスペースだということが分かった。成志くんは私をお姫様抱っこのような形で抱えて、少し屈んでいるようだ。


「あれ、私生きてる……?」

「え?」

「げ、現実!!」


(現実の成志くんだー!!!)


 神様はやっぱりサービスしすぎだと思う!! ありがとう! え、でもそれって、つまり?


「感謝しろよ? オレが気づかなかったら、いくら体の軽いお前でも大事おおごとだぞ」


(そっか、成志くんが私を助けてくれたんだ!)


「うん、ありがとう成志くん!」


 さすが私の大好きな成志くん。できないことは、1つもないのかもしれない。

 それから、成志くんは優しく私を下ろしてくれた。もう少し、このままでいたかったけれど仕方ないよね。当然、私は背の高い成志くんを見上げる形になる。成志くんは私を見つめてこういった。


「一応、何してたか聞こうか」

「何って……」


 私はそこで元々の目的を思い出した。


(空から落ちてくる女の子!!)


 そして、それと同時に目的を達成していることに気づいた。


(ちゃんと空から落ちてきてるし、それをバッチリ成志くんに見てもらえた!!)


 あとはそれを成志くんに認めてもらうだけ……!!


「空!」

「空?」

「私、間違えて空から落ちてきちゃった!」


「…………ぷっは」


 成志くんは沈黙の後、笑った。


「くくくく、あはははははっ!」


 それも大きく口を開けて、前のめりになってお腹を押さえて笑った。


「せ、成志くん?」

「はー、やばい。まさか、本当に? 腹痛くなる、こんなの……ぷくくくっ」

「大丈夫? お腹痛いの?」


 私を助けた時にケガをしたのかもしれない。心配になって成志くんの顔を覗き込むと、成志くんのチョコレート色の目と目が合って胸がトクンって鳴った。


「本当にお前、しつこいよな。でも、面白い」


 成志くんは、優しく微笑む。


「いいよ。福音、お前と付き合ってやる」


 そして、私が1番欲していた言葉をくれた。

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