6-? ただいま。私だよ。鍵を開けて。家に入れて。

 ◆勇者◆


 トアル森。

 切り株の上に腰掛けたボロボロの男は、頭を抱えていた。


「どうして……なぜ、こんな事になっちまったんだ……?」


 勇者ユーシア。

 かつては、世界最強とも言われた勇者パーティーを率いていたリーダーだ。

 魔王を倒すという名目で華々しく冒険の旅に出た彼は、民衆からチヤホヤされ、まさに有頂天の日々を送っていた。


 しかし、今はどうだ?


 仲間が立て続けに死に、残った仲間も帰って来ない。

 シロマとブドウンだけではない。彼の耳には、クロナとケンジの話も届いていた。どちらも『運悪く酷い事になった』と。弔いをする気にもなれなかった。

 アソービの事は運良く見つけたが、軽くあしらわれてしまった。その姿に、かつての彼の面影は皆無であった。


 彼は最早、不注意で仲間を次々と死なせた愚鈍な勇者として、街を歩けば後ろ指を刺される存在だ。


「――アベル。あのガキを棄ててから、歯車が狂い始めた。何もかもがおかしくなった。……あの疫病神め……!!」


 砕けんばかりの歯軋りをする。実際に何本かは無くなってしまった。


「ぐ……うおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 苦痛の雄叫びをあげる。

 だがユーシアには最早、アベルを探し出して逆恨みの復讐をするエネルギーすら残されてはいなかった。

 これは決起の声などではなく、情けない負け犬の遠吠えなのだ。


「――はあ、はあ……クソっ…………ちくしょう……ちくしょおおおおおおおおおおおお!!」


 勇者パーティーで稼いだ資金も、酒とギャンブルに消えた。瞬く間に全てを失った、転落人生の見本のような男。


「――――やめだ、やめ。……もう帰っちまうか……」


 情緒不安定なのか、一気に冷めるユーシア。

 肉体も精神も限界の彼にできるのは、実家に帰って家族にいばり散らす事くらいだろう。


「よっ…………と……。」


 彼はよろめきながら立ち上がる。

 そして、王都にある実家への帰路を歩き始めた。


 ――しかし、忘れてはならない。

 彼は今、この世で最も運の悪い男なのだ。


「――ほう。ニンゲンの戦士がこんな所に何用だ?」

「うおっ!? 魔人族!!?」


 ユーシアの眼前にツノの生えた巨大なローブの男が立ちはだかっていた。

 魔人族とは見た目なは人に近いが、知能が高くマジックスキルなども数多く覚えている危険な存在だ。それもこの男は、かなり高位の魔人族だった。


「レベル70オーバーでなければ近寄れぬ結界を貼っていたのだ。よもや偶然ではあるまい?」

「へっ、脆すぎて気づかなかったぜ。次はもっと丈夫な結界にしとくんだな!」


 ユーシアは剣を抜いて構える。イキってはいるものの、内心では心臓がバクバクいっていた。

 結界に気づけなかったのも、精神が疲弊していたためだ。本来なら、こんな魔族の根城に近付いたりはしない。


「憂さ晴らしに死ねやオラあああああああああああああ!!!!」


 ユーシアは、魔人族に向かって走り出す。

 下手糞な太刀筋だ。

 ユーシアは、ろくに剣技を磨いてこなかった。

 それでも勝ててこれたのは、勇者のステータスとスキルに頼っていたからだ。


「愚かな……」


 ユーシアの剣を軽々と避ける魔人族。ユーシアは木に激突する。ぶつかった木は、粉々に砕けてしまった。


「馬鹿な! レベル90の俺様の剣を避けただと!? テメエなにもんだ!?」

「我は魔王四天王のひとり、タタリアだ。レベルは500から先は数えていない……それよりも」


 チラリと砕けた木の残骸を見るタタリア。その眼には、深い悲しみが宿っていた。


「自然を蔑ろにする者は赦さん」


 タタリアは、指から紫色の光線を放つ。


「ぐわああああああえああああ!!!?!?」


 光線はユーシアの心臓を貫いた。

 ユーシアは地面を転がり、悶絶する。

 次いで、激しい目眩と嘔吐感に襲われる。


「ぐえええぇえええぇえええっ!! おぼろろろろろろろろろろろろろろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛!!」


 ユーシアの口から、どす赤い内臓が飛び出した。

 しかし、死んではいない。

 内臓がユーシアの身体の外側を覆っていく。


 ユーシアの身体が、裏返っていく。


「貴様に撃ち込んだのは、魔獣化光線だ」


 タタリアはその様子を満足げに眺める。


「貴様は地獄の苦しみの中で自我を無くし、破壊衝動だけの化け物になる。大切な者をその手で傷付けても、なんとも思わないくらいにな」

「おぶぉおおぉおおおおおおおおおおおお!!?」

「……貴様ほどのレベルなら、さぞ高ランクの魔獣が生まれるだろう。ではさらばだ」


 そう言って、タタリアは森の奥へと姿を消した。


「ぶぉぉおおぉおおおおぉおおお!! うぼぉおおおおおおぉおおおおおおおお!!!」


 全身が裏返っていく激痛に、ユーシアはまともな絶叫すらあげられない。さらに骨や筋肉が歪に肥大し、体を突き破る。血が噴き出る。


 しかし、死ぬ事はない。

 そういう光線なのだ。


(痛え熱い痛え痛え痛い熱い苦しい痛え痛い苦しい痛痛痛痛痛い糞糞糞糞糞糞糞)



 ――――

 ――



 たっぷり1日をかけて、魔獣化は完了する。

 そこには、かつての雰囲気イケメンの勇者の姿は無かった。全長5メートルほどの醜い肉スライムが、苦しそうに蠢いていた。


(痛え…………痛……え…………)


 内臓が外部に露出しているため、常に激痛に襲われる。まさに生き地獄だ。


「コヒュー…………コヒュー……………」


 呼吸をする度に肉の裂け目が開き、周囲には悪臭のガスが撒き散らされる。


(俺は……誰だ……? オレは……ダレダ…………???)


 虚な記憶の中で、ユーシアは、ただひとつの事だけは覚えていた。


(ソウダ……オレハ……カエルンダ……コキョウニ……オウトニ…………カエラナクチャ……)


 のそのそと移動を開始する、肉の化物。

 彼を勇者として送り出してくれた場所、王都に向かって。

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