5-? デイ・ドリーム・ビリーバー

◆勇者パーティー◆



「…………ひぃ……ひぃ…………」


 夕暮れ時。

 賢者ケンジが、黒魔道士クロナの身体が炎に包まれるのを見てから、ひと月あまりが経過していた。彼はアルマーチ街を出て、我武者羅に走った。走って走って走り続けた。

 どこをどう、どれくらい走ったかはわからない

。道端で眠り、ゴミやモンスターの死骸を口にして、起きているときはずっと走った。ときには、身体強化の魔法も使った。


 彼は――とにかく、あの忌まわしい街から離れたかった。


「みんな、みんな死んだ……!! 私の予知夢・・・・・の通りに死んだ!! シロマ、ブドウン、アソービ、クロナ!! ひっ、ひひひひひひひぃぃいいいっ!!」


 正確にはアソービとクロナは死んでいないのだが、あれでは死んだも同然である。いや、ただ死ぬよりも惨たらしい。


 彼らの犠牲に対して、ケンジには、悲しみも怒りも無かった。ただどす暗い恐怖だけが、ケンジの全身を這いずり回っていた。


「やはり、呪われている……!? 私達は、あの悪夢に、呪われているのですか……!?」


 今までの犠牲者は、彼の見た夢の通りに死んでいる。しかし少なくともケンジは二人目のブドウン以降、予知夢の結果を変えようと動いていた。にも関わらず、誰も守ることができなかった。


 予知夢の未来は、変えられない。

 絶対に死ぬ。


 その事実が、ケンジを追い込んでいく。


「わ――私は違うのです!! 私は予言者なんだ!! 神に守られているのですよ!!?」


 ケンジは、自分だけは特別だと思う事でしか、正気を保つ事ができなかった。


「はあ…………ひい……はぁ…………」


 赤暗い日の光の中、裏路地に入り込むと、煉瓦の壁を背に崩れ落ちる。脚も限界だ。

 ケンジは、肩で息をしながら路地の先を見つめる。


「…………あれ、は……王城…………?? ここは、王都、なのですか…………??」


 王都。

 勇者ユーシアの生まれ育った街にして、すべての始まりの土地。ケンジもまた、この街の出身だった。


「わ、私は――こんなところにまで――――そ、そうだ! ママに、ママに助けてもらおう!!」


 フラフラとした足取りで立ち上がるケンジ。我が家を目指して、歩を進めようとしたその瞬間!


「う、うわああああああああっ!!!?」


 ケンジの身体が宙を舞う。

 暗かったため、足元に階段がある事に気づかず、滑り落ちたのだ。


 ――ずだだだだだだだだだんっ!!


「う、うう?????ん…………。」


 ケンジは、そのまま意識を手放した。



 ――――

 ――



(……うん、こ……ここは…………??)


 ケンジは、冷たく硬い石床の上で身体を起こした。周囲に自分以外の生き物の気配はない。建物は消え失せ、果てしなく闇が広がっている。


 瞬時に気づいた。

 これは『夢』だと。


「な、なんです、この夢は!? は、はやく! はやくはやく覚めろ!!」


 闇に向かって、大声で怒鳴りつけるケンジ。たかが夢をここまで恐れる理由は、今更説明するまでもないだろう。


「ま、また誰か――死――――!?」


 ――――カリカリカリカリ……――――。


「ひいいっ!?」


 石床に金属を引き摺る音がしたかと思うと、ケンジの目の前に男の姿が現れた。男は片手で剣を握っている。

 その男の顔に、ケンジは、一切見覚えが無かった。


「だ、誰なんですか貴方は――!? わ、わた、私に、何か――――」


 そう言いかけたときだった。男はケンジの胸に、グサリと刃を突き立てたのだ。


「――ゲブッ!? ぎゃあ熱ああああああ!?」


 パッと赤い血の花が咲く。

 現実なら即死だが、ここは夢の中。身悶えるケンジ目掛けて、男は繰り返し刃を突き立てる。


 グサッ、グサッ、グサッ、グサッ。


「うヒギィいいイタイイタイイタイイタイイイイイイイいいぃいいい!?!?!!」


 焼け付くような熱が全身を貫く。

 視界と思考が深紅に染まっていく。

 ケンジは、悪夢の中でも意識を失った。



 ――――

 ――



「――――ッ!?」


 階段下で息を吹き返すケンジ。落下のダメージはたいした事なく、小さなこぶができたくらいだ。

 月は高くまで昇っていた。


「――はぁ、はあ、っ、はあ……!?」


 ケンジは、目覚めと同時に肩で息をする。ケンジの全身を悪寒が駆け巡る。


 夢の中で滅多刺しにされ、殺された。


 普通なら『夢でよかった』と胸を撫で下ろすところだが、彼の場合はこれが当てはまらない。


「悪夢――私が、死ぬ夢――!? 私ーー!? つぎは、わたしのばんーー!?!? ヒッーー!? ヒィ――――ッ!? ヒィ――――ッ!!?」


 過呼吸になり、地面にうずくまる。

 夢の内容は覆せなかった。


 ――なぜ自分が。

 ――あの男は誰なんだ。

 ――どうして殺されなければならないんだ!?


 ケンジの脳内で、恐怖と混乱が爆発する。


「そ、そうだ――逃げ、逃げましょう!! あ、あの男に――――いや、だ、誰にも会わなければいい!!」


 膝をついてよろめきながら立ち上がるケンジ。これまであてもなく逃げていたケンジだったが『見知らぬ男に刺殺される』という予知夢を見た事で、逃げる先は明確になった。

 しかし脚は震え、一歩踏み出す事もままならない。


 ――グーシャグシャグシャグシャ!!

 ――ぐふっぐふっ!

 ――ぐひっぐひっ!


「――――ひっ!!?」


 下賤な笑い声につられて、階段の上に目をやる。3人の男達が、下品に笑いながら段を降りてきた。


(あ――あの男は――!?)


 ただでさえ冷えていたケンジの背筋は、瞬く間に凍りついた。


『グシャグシャ』と笑う中央の男。

 王都騎士団隊長、グシャード。

 ケンジにとっては、初対面の男。


 そのはずだった。

 ケンジはその初対面の男を、よく知っていた。


(今、夢で、わ、私を――こっ、殺した――殺す予定の、男――――!?!?)


目の前に居た男は

たった今、夢の中で

自分を刺し殺した男だった。


「おっとっとっ……」


 酔っているのか、ふらりと隣の男にぶつかるグシャード。その拍子に、腰に下げた鞘から剣が抜け、階段を滑り落ちる。


 ――ガシャガシャン!!

「ひぃぃいいいいいいぃい!?」


 ケンジの足元に、グシャードの抜身の剣が転がり落ちた。ケンジは悲鳴を上げる。心臓は破裂寸前だった。


「ぐひっぐひっ! なにやってんですか、グシャード隊長」

「ぐしゃしゃしゃしゃ! おうそこの庶民! 吾輩の剣を拾え!」

「ひっひいいっ!!」


 グシャードに言われるがまま、ガタガタ震える手で剣を持ち上げるケンジ。お飾りの剣だが、重く鋭かった。


「ひっ――ひっ――」

「ぐふふっ! 『ひっひっ』だってよ! コイツなんかキモいですぜ!」

「キモいキモい病なのではないか? ぐしゃしゃしゃしゃ!!」


 グシャードは笑いながら階段を降りると、ケンジの目の前に立つ。


「おい! 拾ったならはやく返せ!」


 手を前に突き出すグシャード。ケンジの脳内で、悪夢のシーンがフラッシュバックする。


(この男に剣を返せば――――私は――さ、刺し殺される――――殺される――ーーこのままでは、殺されるーーーー!)


「……なにをぼんやりとしておるのだ! さっさと吾輩に――」

「ひゃっ――ひゃわああああああああああああああああアアアアアアアアアア!!!」


 ――ブウンッ!!

 ケンジは剣を構えると、思いっきり振り抜いた。剣先が、グシャードの首の肉を削り取った。


「ぐぶっ――げゴボォオオオオオオオオオおおお!!?」

「「グシャード隊長!!?」」


 すぐに二人の男が駆け寄ったが、ときすでに遅し。グシャードは金魚のように口をパクパクとさせ、血を噴き出して死んだ。


「ふっ………………ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!」


 グシャードの血を全身に浴びて、ケンジは笑った。笑った。笑った。

 狂気に満ちた、それでいて、どこか清々しい笑いだった。


「私は――生き残った!! どうですか!! これがぁ! 予言者の力だあ!! 私は死の運命を回避したのだああ!!」

「とっ――取り押さえろ!!」

「貴様! し、死罪だ! 打ち首だ!!」


 役に立たないグシャードの護衛によって、ケンジは剣を奪われ拘束される。

 しかし、予知夢の死を回避したケンジの表情は晴れやかだった。


「ん馬鹿め、馬鹿め!! 愚民どもめ!! 私は選ばれし人間なのです!! 私には未来が見えるのですよ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る