5-3 ミライの過去と後悔!?どうなるオーキー教会!!

 オーキー教会さん。

 個室。


 ミライさんはひとり、ベッドに腰掛けて項垂れていた。僕はミライさんの手を取り、ぎゅっと握る。


「……ベル君……」

「落ち着くまで、手を握ってますね」

「…………なにがあったのか、聞かないんだな……」

「話したくなければ、無理に聞こうとはしません」

「…………ありがとう」


 ふっ。と眼を瞑り、僕の方に頭をもたげるミライさん。弱々しいミライさんの姿に、いたたまれない気持ちが湧き上がる。


「……やはり……話すよ。どんな形であれ、キミを巻き込んでしまったわけだからね」


 そう言ってミライさんは、自分の過去に何があったかを話し始めた。思い出すように、途切れ途切れだったが、大筋は、こうだ。



 ――数年前のこと。

 騎士を目指すミライさんは、王都騎士団に入隊するための試験を受けに、王都にやって来て居た。

 このときの試験を担当して居たのが、先ほどのグシャードさんという男の人だ。なんでも彼は高名な貴族さんの出身で、王都騎士団の隊長さんらしい。

 幸運値は低いもののミライさんの剣技はズバ抜けて優秀であり、試験合格は間違いないものと思われた。


 しかし、ここでミライさんの不運が発動した。

 グシャードさんが裏金を受け取っている場面を目撃してしまったのだ。


 その程度で試験を落とされるミライさんではないが、正義感の強い彼女は、皆の前でグシャードさんを糾弾した。

 証拠をつきつけて、王国騎士として正々堂々と試験を続けるように求めたのだ。


 そして当然のようにミライさんは試験に落第した。


「……ここまでが、私の過去の話だ」

「酷いですっ! ミライさんは正しい事をしただけじゃないですかっ!」

「……い、痛いよベル君……」

「あ! す、すみませんっ」


 どうやら、手に力が入り過ぎてしまっていたらしい。僕は慌てて指の力を抜く。


「けど、それならどうしてグシャードさんがミライさんに怨み抱くんですか? 逆ならわかりますけど……」

「大勢の前で恥をかかされたと、怒っていた。それにあとで聞いた話だが、あの試験はおかしかったと騎士団の中でも噂になっていたらしい。その矛先が、私に向いたというわけだ」


 ただの逆恨みに、八つ当たりだ。

 僕は心の中で憤慨する。そんな人が王都の騎士隊長をやっているなんて!


「――そしてグシャードは、どこかで私とあの教会の繋がりを知ったのだろう。嫌がらせのために、立ち退きを要求していた。……わ、私は、そんな事も知らず、呑気に冒険者を……」


 ミライさんは目に涙を浮かべ、声を震わせる。

 僕は、黙ってミライさんを強く抱き締めた。


「ミライさんは悪くない、絶対に悪くないですっ!」

「……ミライ。そちが何も知らなかったのは仕方あるまい。ワシがあえて、そちの耳に入らないように取りはからっておったのじゃから」


 いつの間にかお師匠さんが部屋の扉を開け、中に入って来た。


「…………すみませんでした、師匠…………」

「いや。ワシも黙っていて悪かった。……結果、余計にそちを傷をつけてしまったらしい」


 お師匠さんは椅子に腰掛ける。


「それで――」

「――うむ。伝えるか迷ったが――もはや取り繕っても仕方あるまい。この教会は、グシャードのやつに明け渡すことにする」

「「そんなっ!?」」


 僕とミライさんは、ショックで立ち上がる。


「それじゃ、こ、子どもさん達はどうなるんですかっ!?」

「……野垂れ死にさせるわけにはいかんからの、引き取り手を探さねばならん」

「ううっ……」


 現実的な回答に、僕は押し黙るしかない。


「わ、私がグシャードに頭を下げれば――」

「……あの愚か者にも面子はある。法王庁の許可を取り付けておいて、今更なかったことにしてくれとは言えんじゃろう」

「ほ、法王庁の許可をっ!?」


 教会の管轄は法王庁さん。騎士団さんとは異なる組織のため、いくら騎士団隊長さんだろうと、手を出せば法王さんが黙ってはいない。

 権力で無理矢理立ち退かせる事は出来ないのだ。だから、これまでは無事だったんだろう。


 しかし、法王さんの許可を取り付けたとなれば話は別だ。教会さんは法王さんの所有物なのだから。


「ですが、ほ、法王庁が教会を手放すなど……ありえるのですかっ!?」

「……その通りじゃ。法王も本心では、権威の象徴たる教会を騎士団に渡したくはない筈……あの契約書・・・・・も、渋々書いたものじゃろう」

「あの契約書、というのは――」


 それからお師匠さんは、事の顛末を話してくれた。


 なんでもこの教会があった土地は大昔にグシャードさんの家系が所有していたものらしい、土地の利用価値が低いと見込み、法王さんに売ったのだという。

 だからといって今更返せるものでもないのだが、グシャードさんが地下に祖先の遺産が眠っている証拠が見つかったため、掘り返さなければならないと言い出したらしいのだ。


「で、ですが師匠! その場合は、法王庁が人材を手配し、土地の調査を進めるのが正道では――!?」

「無論、この教会にそれだけの価値があれば、そうするじゃろう」


 お師匠さんは説明を続ける。

 ここは他の教会さんと比べて、法王さんに納めている寄付額がかなり低いのだという。

 それもそのはず。ただでさえ街外れにあるのに、子どもさん達の生活費も寄付から捻出しなければならないのだ。


「そして――今月中にある程度の寄付がなければ、この教会は引き渡すと、約束を取り交わしたらしい」

「ある程度って、ど、どれくらいですか? 僕達、少しならありますけど……」

「……1000万ゴールドじゃ」

「「い、1000万ゴールド……!?」」


 いち冒険者には途方もない額だ。ギルドで稼ぐにしても今の僕達では1日に精々1万ゴールドが限界だろう。

 幸いにも今月は始まったばかりだが、そんな大金を稼ぐ方法など、まともな方法では思いつかない。


「……そう心配せんでもよい」


 愕然とするミライさんに、お師匠さんは優しい言葉をかける。


「ワシも老いておる。いずれは、教会も閉めねばならなかった。そう思えば、遅いか早いかの違いでしかない」


 腹を括った横顔。

 しかしその目は遠くを見つめ、寂しそうだった。本心では、子どもさん達と別れたくはないのだろう。


「……そん、な…………」


 ミライさんは崩れ落ちるように、僕にもたれかかる。もはや事態は、八方塞がりという空気が、場を支配していた。

 僕は、熱くなった拳をぎゅっと握りしめる。


 ミライさん――。

 こんなの――。


「……ワシは、子ども達に話をせねばならん。アベル坊や、ミライの事、見ておってくれんか……?」

「――――――――お断りしますっ!!!」

「……な、なんじゃと……!?」


 思い切ってお師匠さんに啖呵をきる。


「僕、怒ってるんですっ! このままじゃ、ミライさんも、お師匠さんも、子どもさん達も、誰も幸せになれませんっ!! 正しい人が幸せになれないなんて、間違ってますっ!!」

「――――しかし――」

「ミライさんは、自分が思っているより、お師匠さんが思っているより、ずっとずっと凄い人ですっ!! 僕は、ミライさんに簡単に膝を折ってほしくないっ!!」

「……ベル君…………!」

「ギリギリまで、頑張らせてください! 教会さんの取り立てを防ぐ方法を考えるんです! ――それで無理なら、諦めます!」


 僕は、お師匠さんに向かって頭を下げる。

 お師匠さんも、流石に面食らったようだ。


「アベル坊――そちは――」

「わ、私からも、頼みます!」


 僕の横に、ミライさんが膝をついていた。


「ミライ…………?」

「ベル君はこれまでに何度も、彼の年齢からは想像もできないような困難な偉業クエストを成し遂げている。それは、彼の幸運が高いからというだけではない! 彼の誠実さと諦めない心が、そうさせているのだと、私は信じている!」


 その声には、少しだけ、いつもの力強さが戻っていた。


「私もベル君と共に、最後まで足掻きたい!!」

「――お願いしますっ!」


 少しの間があり、お師匠さんが息を細く吐き出す音がした。


「……仕方あるまい。わかった――――ワシも、腹の括り方を間違えておったようじゃ」


 パンパンっ! お師匠さんは、自分の頬を両手で叩く。


「――考えなし、という訳ではなさそうじゃな」

「はいっ!」

「うむ――では、そち達に賭けよう!」

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