4-? カルテ:クロナ(女性・18・黒魔導士)
閲覧時留意事項:
本記録の閲覧危険度は20と定められています。非常に刺激の強い内容となっているため、閲覧者の精神衛生を著しく悪化させてしまう危険があります。
過去に黒魔法等による強い精神ダメージを負った経験のある者、精神防壁の未発達な者、また、未成年に対しても本記録を公開してはいけません。
日付:魔導世紀 5年10月28日より治療継続
患者:クロナ(女性・18・黒魔術士)
症状:火傷による神経障害
留意事項:
彼女への延命魔法は継続的に行ってください。
また、全身の拘束具を解く事は許可できません。常に麻痺トラップを発動させ、彼女が自由に身体を動かせない状態を保ってください。
同時に彼女の正気を保つために、精神防御魔法を欠かさないようにしてください。
こちらの物音や光に対して何かしらの反応が見られた場合、直ぐに担当医と騎士団員に報告してください。
事件:
アルマーチ街の宿屋の一室で、二名の女性の惨殺死体と、黒焦げになった一人の女性が倒れているところを宿泊客が発見し、宿屋の主人が騎士団に伝令しました。
調査にあたった騎士団によると、この三名の女性はすべて血縁者である事が判明しました。
部屋で惨殺されていた二名の遺体は、刃物ないし風属性魔法のようなもので全身をバラバラに斬り刻まれていました。
部屋中に血が飛び散っていた事から、二名の死因は失血死であったと見られています。また、犯人は二人に対し、非常に強い怨みを抱いていた可能性があります。
斬り落とされた首から上は、意図的かはたまた偶然か、二名ともあまり損傷もなく、身元の特定は容易でした。この二名は、オーキー街で商店を営んでいるクロア婦人と、その次女のクロミという少女でした。
関係者への聞き込みによると、彼女達二人は商品の仕入れのために、この街に来ていたという事です。殺人鬼に襲われ命を奪われてしまったのは、不運としか言いようがありません。
もう一名の焼け焦げた少女は、損傷が酷く、身元の特定に鑑定スキルが必要でした。ステータスを確認し、この少女がクロア婦人の長女、黒魔道士のクロナであると判明しました。
クロナは数年前に勇者パーティーのメンバーに選ばれ、各地を旅していました。騎士団は、クロナがなんらかの事情でクロア婦人がアルマーチ街に居ることを知り、接触を図ったと見て調査しています。
彼女は発見後すぐに医師連盟による延命魔法の措置が施されました。呼吸も危うい状態だったのですが、奇跡的に命を
更に喜ばしい事に、彼女に対し精神鑑定スキルを行使した結果、彼女の精神は非常に不安定ではあるものの意識ははっきりとしていて、心神喪失も認められませんでした。
※意識の確認に精神鑑定スキルを要した理由については後述します。
事件を知る唯一の関係者として、早期の回復が待たれています。
後遺症の発覚:
クロナの状態は非常に悪かったものの、延命スキルによりひとまず命の危機からは脱していたため、騎士団による事情聴取の試みが行われました。
しかし、騎士団のいかなる質問にも、彼女が答えを返す事はありませんでした。
ベッドの上で天井を見つめ、彼女は『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』と必死に同じ言葉を繰り返し呟いていたためです。母親と妹を護れなかった自責の念に駆られているのだろうと、皆、彼女の境遇を哀れみました。
しかしどのような言葉をかけても反応を返さない事を、担当医は不自然に思いました。彼女が正気である事は、精神鑑定スキルでわかっていたからです。
彼女の症状を詳しく知るため、簡単な聴力測定を行ったところ、彼女は火傷の後遺症で聴覚を失っていた事がわかりました。
ここから彼女をとりまく事態は急変を迎えます。
聴覚異常というのは、そう珍しい症状ではありません。幸い、彼女から声を出す事は可能です。
こちらの意図が音で伝えられないのであれば、別の方法で彼女と対話できないかと、担当医と騎士団は考えました。
まず騎士団から提案されたのは、光による意思疎通でした。しかし担当医は首を横に振りました。彼女の眼球と視神経は完全に焼失していました。
光は、とっくに彼女から失われていたのです、
次に、手の平に文字を書き伝える方法が提案されました。といっても彼女の手の平は真っ黒に焼け爛れ、感覚は無くなっていたため、別の場所に書こうという話になりました。
これも失敗しました。診断したところ、彼女は全身の触覚と痛覚も完全に失われていました。身体に触れても、それが分からないのです。
更にこのときの診断で、嗅覚及び味覚も失われていると判明しました。
つまり彼女は正気でありながら、すべての知覚情報を認識できていないというのです。
『ごめんなさい、ごめんなさい』とひたすらに繰り返す彼女を前に、担当医と騎士団は頭を抱える事になりました。
処置:
このような障害は前例がなく、医師の対応は後手に回りました。
ある朝、彼女の検診に訪れた担当医は、彼女の様子がいつもと違っている事に気がつきました。
その日は、謝り続ける彼女の声ではなく『クチャクチャバリバリ』という音が聞こえたといいます。担当医はすぐに、それが彼女の咀嚼音だと気づきました。
味覚も無いのにおかしいと思った担当医が確認したところ、彼女は自分の舌を食い千切り、強く噛み合わせて砕けた歯を食べていました。
幸い血はすぐに止まり、大事には至りませんでした。
※彼女が現在、『ごめんなさい』ではなく『グエアアアイ』という声を繰り返し発しているのは、このときの怪我によるものです。
また別の日の朝には、腕がおかしな方向に曲がり、骨が突き出ていました。感覚がないまま身体を動かそうとしたために、おかしな力の掛け方をしてしまったのです。
彼女は特に痛がる様子もありませんでした。ネクロマンサーが操る死霊にも、こういった特徴は見られます。
このままでは命に関わる大怪我を負ってしまう可能性を危惧した担当医は、彼女を拘束具でベッドに縛り付けて、麻痺トラップをかけ続けるよう手続きを取りました。
また、彼女の正気は時間と共に狂気に変わっていきました。音もない暗闇にずっと浮かんでいるようなものなのですから、無理もありません。
しかし、いざ神経障害が完治したときに彼女の気が触れてしまっていては、事情聴取を行うことができなくなってしまいます。
そのため騎士団は、継続的な精神防御魔法の行使を指示しました。これにより彼女は正気を失うことはなくなりました。
現在:
あれから数年が経ちましたが、クロナの神経障害に対する有効な治療法は、未だ開発されていません。
20代となった彼女は、あのときと変わらず『グエアアイ、グエアアイ』と哭き続けています。
『有効な治療法が見つかれば、彼女はこの地獄から解放されるだろう。それまでは、辛抱してもらうしかない』
あとは彼女の運次第だと、担当医は語りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます