4-3 汗と涙の抱擁! って一緒にお風呂なんて聞いてませんよ!?

 賢者ケンジさんと黒魔道士クロナさんが去った後。

 僕は、地面にへたり込んだ。


「知らなかった。僕……クロナさんにあんなに恨まれてたなんて……」

「何を言う! 逆恨みじゃないか!!」


 ミライさんが強く励ましてくれるが、それでもクロナさんの絶叫は僕の耳にこびりついて離れなかった。


「……でも、勇者さんのパーティー大丈夫なんでしょうか……シロマさんとブドウンさんが亡くなってしまったって……」


 クロナさん曰く二人が死んだのは、僕の幸運値を失ったせいらしい。僕はそっと手を合わせる。

 するとミライさんは、僕の頭にポンと手を乗せてくれた。


「彼等の事はキミのせいじゃない」


 ミライさんは、そう言って僕の頭をくしゃくしゃに撫でる。


「冒険者をやっていれば不幸な事もある。たまたまそれが重なって、気が動転しているのだろう」

「ええ、そうですよね……わかってはいるんですけど……」


 いきなり追放されたとはいえ、2年も共に旅をした仲間の訃報を聞かされれば、普通は落ち込む。

 僕は熊耳をパタンと畳む。


「…………すみませんミライさん。僕、先に魔導シャワーを浴びてきますね」

「……そうだな。ゆっくり温まっておいで」


 気持ちよくかいた汗も、今はすっかり冷えてしまった。

 僕は、とぼとぼとお風呂場に向かった。



 ――――

 ――



 宿屋さんのお風呂場。

 アルマーチ街の宿屋さんには、大浴場と、部屋毎に備え付けの小さなお風呂場がある。大浴場は夜しか空いていない。僕は狭いお風呂場にお湯を張って、小さな身体を沈めた。


「ぶくぶくぶくぶくぶく……。」


 あったかい……。

 蟹さんみたいに泡を浮かべながら、さっきあった事をぼんやりと考える。クロナさんに言われた事を、考える。


『ぜ、全部アンタが殺ったんでしょ!? アタシ達なんか死ねばいいと思ってるんでしょ!? だからその通りになったんでしょ!?』


『じゃあ赦してよ!! 助けてよ!!? そのための幸運値なんでしょ!?』


 ――あんなに取り乱したクロナさんの顔、初めて見たな――。


「ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく…………ぷぷっ、ぷくくっ」


 いろいろな感情が溢れ出しそうになり、湯の中に顔を埋める。……こんな顔は、ミライさんには見せられないなあ……。

 胸の高鳴りが少し落ち着いてから、顔をあげる。


 ――ざばあっ。


「スキだらけだぞ、ベル君っ!」

「ひゃわあっ!? み、ミライさん!?」


 僕は背後から抱きつかれて、縮み上がる。

 し、心臓が弾けるかと思った……って――


「み、ミライさんなんでお風呂に!? ここお風呂です!! お風呂ですよ!!!?」

「アッハッハ! 何度も言わなくてもわかっているよ」

「僕、男の子ですよ!? 一応!! 知らないんですかミライさん!? 13歳の成人男性ですよ!!?」

「知ってるさ。一応」

「一応って」


 僕はミライさんホールドから逃れようとするが、流石に力では敵わない。


「……私も汗が冷えてしまってね、いいだろう?」

「う…………なら仕方ありませんね……」


 ずるい……。

 相変わらず断りづらい言い方を……。


「…………細い身体だな、ベル君は」

「……あ、あんまり見ないでください……僕、どうせ筋肉無いですよ……」

「……キミなりにちゃんと筋肉はついているさ。頑張っている証拠だ」


 さっきまでのふざけていた空気とは、明らかに違う。

 どうしてかはわからないけれど。

 ミライさんの声は、少しだけ、寂しそうだった。


「………………ミライさん……?」

「――ベル君。あのパーティーに戻りたいのかい?」


 ――ああ……。

 寂しそうだった原因はこれか。


 有耶無耶になってしまったけど、クロナさんとケンジさんは、僕にパーティーに戻るように言っていた。

 あのときミライさんは猛反対してくれたけど、僕は本当は帰りたかったのではないかと、不安になってくれたんだ。


 ……そんなわけないのに。


「とんでもないです! 僕、あの人達よりミライさんとの最強超絶パーティーの方が大好きです!!」


 僕はキッパリと本心を伝える。


「あ、ありがとう……! 私も勿論、ベル君が大好きだよ」


 ……な、なんだか身体が熱いな。

 のぼせちゃったかな……?


「――けど、彼らの事も心配しているのだろう? キミは優しいからな」

「それは――――――――いいえっ!」


 本音を言えば、勇者さん達の事は気にはなっている。2年間も一緒に居た仲間だ。

 だけど僕は、あえて声を張り上げて、ミライさんの言葉を否定する。


「今の僕はミライさんのパートナーです! 今のパーティーより、前のパーティーの事を優先したりしません!」

「――そうか。ありがとうベル君」


 ミライさんはそれ以上、何も言わなかった。

 僕は、それがありがたかった。



 ――――

 ――



 昼過ぎ。

 アルマーチ街、ギルドさん。


 魔導シャワーを浴びて身も心もスッキリした僕達は、昼食をとり、今日の依頼を受ける為にギルドに来ていた。


「1日くらい休んでも良かったのに」

「平気です! 午前中はゆっくりできましたし、それに、何かしていた方が気が紛れますし」

「それならいいのだが……」


 まだ少し心配そうなミライさんを、掲示板の前まで引っ張っていく。


「……あんまり残っていませんね……」

「ああ。もう昼を回ってしまったからな……」


 ギルドは通常、朝一に依頼を貼り出している。

 並ばなければ依頼を受注できないというほどシビアではないが、昼過ぎから受ける事のできる依頼は数も種類も限られてくるのだ。


「薬草採取……ドラゴン討伐…………薬草採取…………ワイバーンの卵の採取…………」


 ミライさんは掲示板を流し見するが、その殆どは、僕達のレベルからは高過ぎるものや低すぎるものだった。


「うん……前みたいなアイテム加工は時間がかかりますから、午後から受けるには向いてませんし…………」

「……となると……」


 僕とミライさんは腕組みをする。


「――すみません、依頼をお探しの冒険者の方ですか?」


 掲示板の前で悩んでいる僕達に、ひとりの老紳士さんが話しかけてきた。


「いかにも。私の名は見習い騎士ミライ。いずれこの王国一の騎士にな」

「おじいさん、なにかお困りですか?」


 僕が尋ねると、老紳士さんは掲示板に指差した。


「ええ。実は冒険者様に受けていただきたい依頼がございまして……」



 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪


 オーキー街への商用荷馬車の護衛

 ランク:Bランク

 種別:道案内と護衛

 依頼主:オーキー街商店

 報酬:1420ゴールド

 説明:仕入れた商品をオーキー街へ輸送したい。

 道案内と積荷の護衛を頼みたい。

 3日程度を要する。毛布、食事付き。


 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪



「オーキー街への護衛? 商人なのかい?」

「はい。急用があり本日中に移動しなければならなくなったのですが……運悪く引き受けてくださる冒険者様が見つからず……」


 商人さんは帽子を取り、頭を下げる。


「どうか、お願いできませんか? 報酬は標記の倍額、出しますので」

「――ふむ。ベル君、護衛クエストは受けた事はあるのかい?」

「ええ。それに商人さん困ってるみたいですし……」

「今は気候も寒くないし、悪くないかもしれないな」


 護衛クエストでは途中でキャンプをしながら、別の街に行く事になる。そのため報酬も、同じランクの中では高額だ。道もなるべく安全なルートを確保するため、戦闘面でいえば難易度は高くない。


「……とはいえ、討伐クエスト以上に気が抜けないぞ。人の命や財産を預かるわけなのだから、責任は重大だ!」

「勿論、わかってます! 頑張って危険のない道を案内しますね!」

「あ、ありがとうございます! 本当に助かります!」


 商人さんは何度も頭を下げ、感謝の意を示してくれた。良かった、僕たちもちょうどいい依頼が見つかって、大助かりだ。


 僕達は受付係さんから依頼を受注し、商人さんの用意した馬車に乗り込んだ。


「最強超絶パーティー! おーっ!」

「さ……最強……超絶パーティー…………おーっ……!」


 がたんごとん。

 がたんごとん。


 馬車の揺れと風が、つかれた心に心地良かった。街を出てしばらくは道なりなので、案内は不要な筈だ。


「アルマーチ街とも、しばらくお別れですね……」

「ああ。ちょっぴりセンチな気分になるな……」


 しみじみと呟くミライさん。


 ――いろいろな事があった。


 ミライさんの優しさに癒されて。

 カマッセさんと決闘して。

 超絶最強パーティーを結成して。

 ミライさんとデートして。

 ミライさんと修行して。

 ほろ苦い思い出と再会して。


「……また、デートしましょうね」

「……ああ」


 僕はそっとミライさんの手を握る。


 次に向かう街の事は、あまりよく知らない。

 けど、きっと全部うまくいく。


 小さくなっていく街に向かって、僕は『さようなら』と手を振った。

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