4-1 アベル君だって強くなりたい! ミライお姉さんといっしょに剣術トレーニング!?

 早朝。

 アルマーチ街。

 宿屋さんの裏庭。


「129! 130!!」


 顔を出し切っていない太陽が眩しい。

 朝の冷たい風が、汗ばんだ肌に心地いい。


「131! 132ッ!!」


 僕は声を張り上げて、剣を振る。

 いわゆる、素振りというやつだ。ミライさんと買った剣は、とてもよく手に馴染んでいる。

 が、振るたびに重くなっているように感じる。

 体力の無さが嘆かわしい。


「はあ。はあ。……あと70回くらい……」

「――精が出るな、ベル君」

「わああっ!?」


 耳元で声をかけられ僕はうさぎさんみたいに飛び跳ねる。


「み、ミライさん!? いつから居たんですかっ!?」

「少し前からさ」


 目を擦りながら笑顔で答えるミライさん。なんだか眩しい。


「邪魔しちゃ悪いと思ってね――おはようベル君」

「あ、はい! おはようございます!!」


 僕は剣を鞘に納めると、ペコリとお辞儀をする。朝ごはんにはまだ早い時間だけど、ミライさんも起きたし、今日はもう切り上げようかな?


「アッハッハ! 続けてくれていいのに!」

「う……でも、少し恥ずかしいです…………」

「なんでだい? 立派じゃないか」

「……だって振るのも遅いし、構えだって素人でしょう? ……振り方も、間違ってるかも……」


 女騎士を目指し剣術も並外れたミライさんからすれば、僕の素振りなんて子どもの遊びみたいなものだろう。

 しかし、ミライさんは首を横に振る。


「誰だってはじめは素人さ! 未来の女騎士が、成長しようとする者を笑ったりするものか!」

「そ……そうですよねっ!」


 ミライさんに促され、僕はぎこちない素振りを再開する。ぎこちないなりには、全力だ。


「けど、どうしてこっそり鍛錬を? 戦闘は門外漢だと言っていなかったかい?」

「……この前、ミライさんとビッグベアさんが戦ってたとき、思ったんです。もしミライさんが危ない目にあっても、僕にはミライさんを守るだけの力が無いんだな……って」


 勇者パーティーのときは、自分は非戦闘員だと割り切っていた。しかし二人きりのパーティーとなると、ミライさんを助けられる者が誰もいなくなってしまう。

 それは、とても恐ろしい事のように思えた。


「…………。」


 ミライさんは何も答えなかった。

 事実はどうしようもないし、下手な慰めをしても意味がないと、察してくれたのだろう。


「けどほら! 素振りを続けたおかげか、レベルがひとつあがったんですよ! それに、攻撃力と耐久もちょっとだけ……」


 僕は昨日ギルドさんで貰ったステータスシートを、ミライさんに渡す。


「どれ……」



 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪


 アベル・ダービー


 種族 黒熊の獣人

 年齢 13

 レベル 14

 状態 普通


 耐久 25

 魔力 62

 攻撃 23

 防御 43

 俊敏 115

 幸運 9999999


 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪



「……ミライさんにはまだまだ追いつけませんけど……」

「アッハッハ! そんなに簡単に追いつかれては困るよ、私は幼少の頃から鍛錬を積んできたのだからね!」


 ちなみにミライさんはビッグベアさんとの戦いで、レベルがひとつ上がっていた。やはりあのビッグベアさんは、強敵だったらしい。



 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪


 ミライ・セーフィス


 種族 人間

 年齢 18

 レベル 60

 状態 普通


 耐久 6780

 魔力 270

 攻撃 8850

 防御 8020

 俊敏 3410

 幸運 2


 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪



「むう。それはそうですけど……でも、追いつけないどころか、差がどんどん開いてる気がして……」

「なるほどな。それで、私に黙ってコッソリ素振りをしていたわけか」


 うんうんと頷くミライさんの横で、僕は剣を振り続ける。

 ……流石に疲れてきたな。

 今日はそろそろやめておこうか……。


「力を抜いて」

「えっ」


 ――スッ。

 剣を握る手が、優しく支えられる。いつの間にかミライさんが、僕の背後から手を回していた。


「余計なところに力を入れ過ぎだ、ベル君。関節が硬くなっているぞ」

「は、はい」

「剣は、すっぽ抜けないようにすればいい。もっと自然に持ってごらん」

「ハイっ!」


 ぴったりとくっついてくるミライさん。耳元に息がかかって、ちょっぴりくすぐったい。

 僕は少し赤くなりながら、言われた通りに手の力を抜く。


「姿勢も直した方がいいな。上半身は真っ直ぐ。足幅はガニ股にならない程度に、もう少し開いて」

「こうですか?」

「そうそう! さすが飲み込みが早いな、ベル君は」

「えへへへへ……」


 ミライさんの手に微修正されながら、僕の体の中から、だんだんとぎこちなさが消えていくのを感じた。ミライさんに手を引かれて、僕は再び、剣を上段に構える。


「まだ落とす力は加えなくていい。最初は、剣の重さだけで落下させるんだ」

「はい!」

「首は動かさず目線は剣先を見るようにして、真っ直ぐ下ろす事だけを意識してやってごらん」

「はいっ!」


 ――ブウンッ――!!


「ッ!!!」


 ひとりで素振りをしていたときとは違う、気持ちの良い、風を切る音。そして、疲れた腕ではなく剣の先に重量を感じる。

 すごい……!!


「すごい……!! なんていえばいいんだろう……腕と剣がひとつになっている感じですっ!」

「そう、その感覚が大事だ! 剣をあげるときはゆっくりのほうがいい。剣先はブレないように真っ直ぐだぞ」

「はいっ、ミライ先生!」

「アッハッハ! よせやい!」


 剣を振り下ろす度に、身体の芯が熱くなる。

 振り方ひとつで、ここまで変わるなんて感動だ! ただ回数をこなせばいいとだけ思っていた自分はなんて馬鹿だったんだろう!


 ――ブウンッ!!


 ――ブウンッ!!


 ――ブウンッ!!


 ――ブウンッ!!


 ――ブウンッ!!


 ――ブウンッ!!


 ――ブウンッ!!


 ――……


「――今日はそろそろ終わろうか!」


 ミライさんの声で、ハッと我に帰る。

 どうやら、夢中で剣を振り続けていたらしい。


「過ぎたるは及ばざる如し。修行とはいえ、あまり無理しすぎるのもよくないな!」

「は、はいっ」

「それに、お腹も空いてきただろう?」

「言われてみれば……」


 朝食もとらずに剣を振り続けていたため、お腹はペコペコだった。


「食堂へ行こうか! 明日からは私も鍛錬に付き合ってもいいかい?」

「もちろんですっ!」

「アッハッハ、いい返事だ! 必ず、キミを一人前の冒険者にしてみせるよ」


 ――この日から、僕とミライさんの早朝鍛錬が始まった。


 素振りだけの単調な訓練に、ミライさんは様々な要素を取り入れて、僕のスキルを磨いてくれた。


 ある日は、ミライさんが投げた木の枝を、剣で打ち落とす訓練。

 またある日は構えの状態で、左右にステップして攻撃をかわす訓練。


 水魔法刀で、ミライさんと模擬戦なんてのもあった。

 思いっっっっっきり手加減されているのはわかったが、それでも確かに成長の手応えを感じた。


 訓練が終わったら、朝ごはんを食べてクエストだ。ハードだけど、その分、夜はゆっくりと休ませてくれた。


 とても充実して、メリハリのある日々。

 そんな日常が、一週間くらい続いた。



 ――――

 ――



「――ふう。かなり上達したんじゃないのか?」

「はあ、はあ……ありがとうございますっ!」


 ミライさんとの二回目の模擬戦を終えた僕は、大の字で地面に倒れ込む。全身から汗がどっと噴き出す。手加減してもらっていたとはいえ、カマッセさんの100倍は強かった。


「打ち込みも速く、重くなっている。相手の攻撃から目を逸らさず、ちゃんと避けれている。間合いの取り方も悪くない。キミの成長には目を見張るよ」

「ミライ師匠のおかげですよっ!」

「可愛い弟子をもって幸せだよ……昨日ギルドで確認したステータスも、飛躍的に伸びていたしね」



 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪


 アベル・ダービー


 種族 黒熊の獣人

 年齢 13

 レベル 20

 状態 普通


 耐久 52

 魔力 103

 攻撃 61

 防御 85

 俊敏 198

 幸運 9999999


 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪



 一般的な冒険者さんの平均ステータスはオール100。僕の今のステータスは、戦闘要員としてもまずまずというところまできた。

 ビッグベアさんに太刀打ちなど到底できないが、小型のモンスターさんを追い払うくらいはできるだろう。


「だいぶ汗をかいてしまったからね。魔導シャワーで汗を流してから朝食に行こうか、ベル君」

「はいっ!」


 ミライさんの提案に元気よく返事をした。

 木刀を仕舞い、歩き始めたちょうどそのときだった。



「――アベル? まさか、あ、アベルなの――!?」



「え? はい――」


 背後から声をかけられて振り向いた僕は、両眼を大きく見開いた。


「知り合いかい?」

「……は……はい……………………前の………………」

「前……??」


 ミライの問いに、僕は口籠る。

 少しやつれていたが、その顔を忘れるはずがない。


 女黒魔導士クロナさん。

 男賢者ケンジさん。


 ――かつて僕を追放した勇者パーティーの仲間が、そこに居た。

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