3-? メイド・イン・アソービ

 ◆勇者パーティー◆



「へいへいへい、どしたの眉間にシワ寄せちゃって! 可愛い顔が台無しだぜ?」


 アルマーチ街、ギルド、受付デスクにて。

 受付係の女性は頭を抱えていた。


「てかさ、なにこの木彫りのビッグベア!? センスヤバイわおばあちゃんちかよ!?」


 頭痛の種は、受付カウンターの眼の前に居る男。遊び人アソービだ。

 軽薄で、不誠実。片手に酒瓶。周りの迷惑を考えない。まさに遊び人の鑑。頭の空っぽな女達には人気らしいが、真面目な受付係は彼の事がうっとおしくて仕方なかった。

 このビッグベアを納品してくれた少年の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいと、心の中で毒づく。


「ビッグベアといえばさ、ケンジのやつが言うんだよ! 俺がビッグベアに喰い殺される夢を見たから、気をつけろって! 笑えるよなアイツ、ジョークが下手過ぎて」

「……勇者パーティーの方ですね。クエストの受注でしたら、列の最後尾にお並びください」


 受付係は、アソービの背後を指差す。そこには、クエストを受注しようという冒険者達の、長蛇の列ができていた。


「勇者パーティーね、懐かしいな! アレ抜けてきちゃったんだよね俺!」


 しかしアソービは、まるで意に介さない。


「はあ、そうでしたか」

「あっ! でも追放とかダセー理由じゃないぜ? なんか最近、アイツら辛気くせのなんのって! 自分から辞めてやったのさ!」


 興味もない自分語りを聞かされ、シラける受付係。


「ちょっとばかしメンバーが死んだからってさ、落ち込み過ぎっしょ? オンオフが下手なんだよね! 俺さ陰キャとかウジウジしたやつとか、空気読めねえやつとか、大っ嫌いなんだよね!」

「ご自分は空気が読めるのですか?そうは見えませんが」


 彼の後ろに並ぶ冒険者達は、まだ終わらないのかと苛立ちを露わにしている。ギルド内での暴力が禁止されていなければ、アソービは袋叩きにされていただろう。


「いのい?の! 俺は空気読まないキャラでやってるからさ! ところでこの後ヒマ?」

「見ての通り仕事中です。邪魔しないでいただけますか?」

「いいじゃん仕事なんてさ! 俺とサボろーぜ!」


 アソービは受付カウンターから身を乗り出す。この男は、仕事中にも関わらずナンパをしに来たのだ。受付係は、自分の容姿が悪くない事を本気で呪った。

 受付カウンターの中に置かれた書類の山を見て、アソービは目を丸くする。


「うわっすごい量の仕事だね! 要領悪いなそんな雑用みたいな事なんてさ、他の奴に押し付けちゃえばいいじゃん?」


 アソービはキョロキョロと辺りを見渡す。

 その目線の先では、彼女の先輩従業員が書類を片付けていた。


「ホラあそこの仕事できなそうなメガネブスとかにさあ! 押し付けちゃえ押し付けちゃえ!」

「……彼女は私より先輩ですし、優秀な方ですよ」

「建前がうまいなコノコノ?! 優秀な奴が書類整理とか地味な事するわけねえじゃん! 本当に優秀な人間ってさ、もっとこうキラキラしてると思うワケ! 君の瞳みたいにね」

「――おうコラ兄ちゃん、いい加減迷惑じゃろうが」


 アソービの後ろに並んでいたオッサン冒険者が、肩を掴み睨みを効かせる。


「チッ、あのさー。俺、みんなみたいにちゃんと並んで彼女に話してるわけ! 依頼とかも今から受注するつもりだったんだけど! なんか文句あるの?」

「だったらさっさと受注して次に変わればいいじゃろうが!」

「うわっ! 正論言われて逆ギレとかマジダセーなオッサン! 余裕ないヒト? 更年期障害??」


 ピクピクと青筋を立てるオッサン。


 受付係は内心で、

(よし殴れ! 殴ってしまえ! 見なかったことにするから!)

 と、オッサンを応援していた。


「はいはいじゃあ受注しますよ、薬草採取ね」

「…………どうぞ」


 受付係は申請書を提出する。

 言うまでもなくアソービは、薬草採取などする気は無い。この依頼は達成できなかったときの違約金が発生しないため、選ばれたに過ぎないのだ。


「はいはい。じゃ名前書きますねっと…………」


 アソービは酒瓶をカウンターに置くと、懐に手を突っ込み、ごそごそと弄る。


「書くものがなければお貸ししますが?」


 受付係は、冷たく言い放つ。

 親切では無い。目の前の酒臭い男に、一刻も早く立ち去ってほしいのだ。


「いやいいよ。あったあった――――」


 アソービは利き手を抜き取り――


「うわっ!! 手が滑ったあっ!!」


 そのまま酒瓶を思い切り倒した。


 ――バシャアンッ!!

「きゃあっ!?」


 驚いて悲鳴をあげる受付係。服も書類も、髪まで酒でびしょ濡れになってしまった。

「あっ、メンゴメンゴ!! いやドンマイ、俺!」

「兄ちゃんなにやってんだコラ!?」


 強面のオッサン冒険者が怒声を浴びせるが、アソービは涼しい顔だ。


「なに吠えてんの? わざとじゃ無いんだけど?」

「どう見てもワザとじゃろうが!」

「は? それ証明できんのかよ? できねえよな、はい論破! 黙って見てろよ低脳がよ」

「なっ……」


 絶句するオッサンを尻目に、アソービは受付係の方を向き直る。

 勿論、故意にやったことだ。


「うわ大変だ! びしょ濡れじゃないか!」

「い、いえ……お構いなく……」

「構うよ! だって俺のせいだし! このままじゃ匂いも残るし、風邪ひいちゃうよね……あっ、そうだ! 魔導シャワー浴びよ魔導シャワー! 宿屋の、俺の部屋使っていいからさ! よし決まり!」


 アソービは受付係の手首を掴む。

 受付係は、驚き竦みあがる。


「は、離してください!」

「そうはいかないよ、俺のせいだし! 俺が責任とるのがスジじゃん? 俺の部屋で魔導シャワー浴びるのがスジじゃん!」

「ひ、引っ張らないで……!」


 受付係は抵抗するが、アソービは手を緩めない。


「おう兄ちゃん!! 離してやれよ!」

「嫌がってんじゃねえかよ!!」


 流石にこの蛮行には、見兼ねた周りの冒険者たちが苦言を呈する。


「はあ!? 照れてるんだよこれはわかんねえのか! お前らさ、女と寝た事あんのかよ!?」

「な、なにをいってんだ……?」

「キモいんだよ老害童貞オッサン!」


 アソービはペッ!と唾を吐き捨てる。


「だ、大丈夫ですか!?」


 受付カウンターの奥から、書類整理をしていた従業員たちが駆け寄ってくる。


「おいブス供! 俺はこの娘と魔導シャワー浴びてくるからさ! お前ら!ここの掃除と代わりにこの子の仕事やっといてよ!」


 そう言うとアソービは、さわやかな笑顔を受付係に向ける。


「さあ行きますよお姫様」

「いっ、嫌――――」


 受付係は手を振り上げる。


 アソービは、心の中でほくそ笑む。

 ギルドの職員が元勇者パーティーのメンバーを殴ったとあれば、大問題だ。その事で脅してやれば、いくらでも彼女を抱く事ができる。


 まさに、アソービの作戦通りだった。

 ――ここまでは。



『ギャァアアアアアアアアアア!!!』



 木彫のビッグベアが、牙を剥き出しにして絶叫したのだ。


「うわっ!?」「きゃあっ!?」「うお!」


 それはまるで、熊に喰い殺される人間の断末魔のようだった。その煩さに、受付係も冒険者も、驚いて耳を塞ぐ。

「あばばばばばばばばばばば」


 しかしアソービは、泡を吹いて仰向けに倒れていた。四肢がビグンビグンと痙攣し、失神している。

 他の者とは明らかに異なる、苦痛の反応を見せていた。



『ギャァアアアアアアアぁぁぁぁ……』



 熊の叫びは、ほんの数秒でフェードアウトした。


「………………はっ……」


 同時に、アソービも意識を回復する。

 彼は起き上がると、ギルドの床に膝をつき――土下座した。


「俺は、俺は――――――いままで罪深い事をして、皆様にご迷惑をおかけしてしまいました」

「「「えっ?」」」

「謝って済む問題ではありませんが、本当に、申し訳ございませんでした!」

「「「えっ?」」」


 ふざけた調子ではない、深い謝罪の意。

 アソービの豹変ぶりに、皆、ぽかんと口を開けている。


「職員の皆様。すみませんが、彼女に魔導シャワーを浴びさせてあげてくれませんか?」

「え、ええ……」

「ここの掃除と、彼女の残りの仕事は、俺が引き受けます。どうか、よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げるアソービ。

 受付係は、別人のように誠実になったアソービを見下ろして、木彫りのビッグベアの効果を思い出していた。



 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪


 アイテム名:超性能防犯置物

 ランク:SSSランク

 効果:悪意を感じると叫びをあげる

 追加効果:叫びによって悪の心を削り取り、悪人を善人に変える


 ―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪―≪



 そう。

 アソービの悪の心は、『削り取られた』のだ。


(……感謝しなければなりませんね。この素晴らしい置物を作ってくれた、小さな冒険者さんに……)


 受付係は心の中で礼を述べると、並んでいる冒険者達に謝罪をし、ギルド内の魔導シャワールームに消えていった。

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