3-2 アベルとミライのデート!? お買い物には服が要る!

 アルマーチ街の服屋さん。


「お客様、よくお似合いですよ」

「え、えへへ……そうですか……?」

「ベル君、こっちも着てみようか」

「は、はぁい」


 僕は、店員のお姉さんとミライさんの着せ替え人形になっていた。


「お客様、かわいらしいクマ耳ですねお服を選びがいがありますわ」

「ありがとうございます……えへへ」

「そうだろうそうだろう! ウチのベル君は可愛いだろう!」


 ピチッとした服はちょっと動きづらいけれど、布のいい匂いがする。古くなって擦り切れた服を一枚だけしか持っていなかった僕には、何もかも新鮮だった。


「ベル君、次はこれだ!」

「はい、ピンクで可愛いですね。それにフリルやリボンがたくさん付いて――――ってコレ、女の子用じゃないですか!? 騙されませんよ!!?」

「アッハッハ! バレたか。だが似合うと思うぞ」

「嬉しくないですよ!」


 ミライさんにからかわれて、少しむくれる。

 すると店員さんが、今度は大きなパーティードレスを持ってきた。


「そちらのお姉さん、こういうのはいかがですか?」

「うえっ!?」


 どうやらミライさんに持ってきてくれたようだ。


「い……いや、そういうヒラヒラしたのは……」

「着ないんですか? 僕には女の子用の服着せようとしたくせに……」


 ちょっと意地悪を言ってみる。

 ミライさんのドレス姿も見たかったし、困った顔も見たかった…………って言ったら怒られるかな……。


「うぐっ……き、着てみるだけだからな! 買わないぞ!」

「ええ、どうぞどうぞ」


 ミライさんも満更ではなさそうだ。店員さんから服を引ったくり、試着室に入って行った。


「くそっ……破れないだろうな…………あれ、これどこから脚を出せば…………せ、背中に引っ掛けるところが……手が届かない!? ……うわっ!? 紐が絡まって……!?」


 どかん。ばきん。という音が試着室から聞こえてくる。だ、大丈夫かな……ミライさん……?


「手伝いましょうか……?」

「すっ、すまない。さっきの店員を呼んで貰えるか?」


 店員さん、店員さん……うわ、お会計の列があんなにできてる!? これじゃ来てもらうのはいつになるかわからない。

 僕は試着室のミライさんに声をかける。


「すみません、ちょっと呼ぶのは無理そうです」

「わ、私もこの体勢を維持するのは――て、手を貸してくれないかい?」

「僕がですかっ!?」

「あ、カーテンの中には入らないでくれよ!? ほとんど裸だし、こんな状態は……流石に恥ずかしい……」

「え? じゃあどうすれば?」

「カーテンの隙間から手だけ突っ込んでくれるかい? あとは私が指示した通りにやってほしい」


 そんな難しい事できるのかなと、僕はカーテンの切れ目から腕を入れる。指先が、ひんやりした肌に触れた。ミライさんの背中だ。


「ひゃんっ!?」


「ご、ごめんなさいミライさんっ!」


「い――いや平気だ! そのまま指をもうちょっと下に、あふっ! そう、そこに紐があると思うんだが――え、無い? じゃあ右かな? ーーあっ、そこはーーダメえっ!?」


 ど、どうなってるんですか!?

 今どうなってるんですかっ!?



 ――――――

 ――――


 ――



 アルマーチ街、広場への道。

 僕達は普段の土まみれの服から、文化的でお洒落な服に着替えていた。


「…………。」

「…………。」

「……僕は、その服、可愛いと思いますよ!」

「う、うう……」


 恥ずかしさに目を潤ませるミライさん。

 あの後、なんとかミライさんはフリフリのドレスを着ることはできた。紆余曲折あり、僕もかなり苦労した。

 しかし、どういうわけか今度は脱ぐ事が出来なくなってしまったのだ。ミライさんの不幸体質の成せる技だろうか。店のものを引き裂くにもいかず、着たままお買い上げという運びになった。


「こんな女性のような格好で街を歩くなど……ま、周りの人から奇異の目で見られていないだろうか……?」

「そんな事ないですよ! ミライさんが可愛いから注目されてるだけです!」


 可愛いと思うのは本心だ。

 しかし『奇異の目』というのも、悲しいかな、あながち間違いではないかもしれない。ミライさんは生まれたての子鹿のように、あっちへフラフラこっちへヨタヨタと危なっかしい足取りだった。


「スカートで足元が見えない……踏みそうになるし……世の貴婦人の方々は、よくこんな格好で歩けるな……」

「あ、じゃあ新しい修行だと思えばどうでしょうか?」

「修行……なのか、これは……?? ……うむ。言われてみれば、そう思うと楽しくなってきたぞ!」


 ミライさんの足取りが軽くなる。

 ――と、ホッとしたのも束の間。


「うわっ、わっ!!」

「ミライさんっ!?」


 大きくよろめいたミライさんが、僕の方にもたれかかってくる。体重差2倍ほどありそうなボリュームを、なんとか受け止める。


「す、すまないベル君! 怪我はないかいっ!?」

「いえ、ミライさんこそ平気ですか?」

「私は平気だが……やっぱり歩きにくいな、この服は……」


 明らかに気落ちした様子で、溜息をつくミライさん。僕の心もなんだか苦しくなる。


「ミライさん……」

「アッハッハ! いや、最初から私に合わない事はわかっていたし! 脱いでくるから、待っていてくれ――」

「手! 繋いでくださいっ!!」

「ええっ!?」


 僕は利き手を開いて、ミライさんの眼前に突き出す。


「ぼ、僕がバランスとりますからっ!」

「う……しかし、歳上の私が、キミのような少年に負荷をかけるなど……」

「い、イヤならいいん、ですけどっ!」


 言いながら、耳が熱くなるのを感じた。

 これってかなり、思い切った発言なんじゃなかろうか? もし断られたら、きっと恥ずかしさで全身の血が沸騰して死んでしまう気がする。


「嫌なんかじゃないさ、勿論」


 ミライさんは僕の手を優しく握りしめる。

 暖かく、ハラハラと歩いていたせいか、ほんの少しだけ汗ばんでいた。


「エスコートよろしく頼むよ、小さな騎士さん?」

「はいっ! …………小さいはヨケイですけど……」


 僕はミライさんの手が離れていかないように、力強く握り返した。


 ――――――

 ――――


 ――



 夜。

 アルマーチ街、レストランさん。


 僕とミライさんは、二階建ての少しお洒落なレストランに着いた。席に座って暫くすると、普段はあまり見る事もできないようなディナーコースが運ばれてきた。


「いただきますっ!」

「!! ああ、いただきます!」


 くうくうきゅるきゅると鳴くお腹の虫に負けないように、僕は大きな声で挨拶をする。もはや一刻の我慢もできなかった。


『いただきますだって……ふふっ……』『かわいいわね、あの子達……』


 周りのテーブルの方達がおかしそうに笑っている。なにかいいことでもあったのだろうか? なんだか僕まで楽しい気持ちになってくる。


「――楽しかったなあ、ベル君」


 僕の心を読んだかのように、しみじみと呟くミライさん。


「はい、とっても! ミライさんのおかげでいい装備も買えましたし!」

「うむ。明日はそれをつけて、少しだけ動く訓練をしよう! 慣れてきたら上級クエストにつきあってもらうよ?」

「――はいっ……!」


 デートもこれで終わりなのだと思うと、少しだけ寂しい気持ちになる。けど、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。僕は姿勢を正す。


「ミライさん、今日は、ありがとうございました! 僕――お買い物の楽しみ方、わかった気がします」

「アッハッハ! それはなによりだ! 私も似合わないドレスを着た甲斐があったというものだ!」

「似合ってました!! 凄く可愛かったです!!」

「そ……そうか? うん…………あはは」


 僕が力いっぱい否定すると、ミライさんは赤い顔でゴニョゴニョとそっぽを向いた。僕はその隙をついて、テーブルの下から小包を取り出す。


「それで――これ、よかったらミライさんに」

「え!? な、なんだい……!?」

「開けてみてくださいっ」


 ミライさんは躊躇いがちに小包を開く。

 中から、皮製の小さな財布が顔を出した。


「これは、財布だね。なんとも可愛らしい……」

「とっても丈夫らしいですよ! クッション性もバツグンで、Sランクモンスターに攻撃されても破れないって!」

「え、Sランクモンスターに財布を差し出す予定は無いが……?」

「でも、ミライさん、よく財布が破れちゃうって言ってたから」


 僕と出会ったときに財布が破れてしまっていたミライさん。そのお陰で今まで一緒にいられたのかもしれないが、それはそれとして新しい財布は必要だろうと思ったのだ。


「そ、そうか……」


 だけど、ミライさんの表情は、なんとなく浮かない。

 あれ? あんまり嬉しくなかったのかな……。


「あの……もしかしてあまりお気に入りませんでしたか……?」

「……いや、まさかサプライズのプレゼントまであるなんてと……なんていうか、その…………君に…………ときめいてしまってな」

「だってデートですからねっ!」


 僕がそういうと、ミライさんはフッと聖母様のような優しい笑顔になる。


「……ベル君、目、瞑ってくれるかい?」

「え?」

「ありがとう、ベル君」


 額に、生暖かいものが触れた。

 柔らかくて、みずみずしくて、弾力があって――


 ――こ、これって……!?


 僕は、おでこから顔、首まで、じんわりと熱い血が巡っていくのを感じた。

 …………今夜は、ミライさんの顔を見て寝れないかも…………。

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