2-? 死亡記録:ブドウン(男性・享年31・武闘家)

閲覧時留意事項:

 本記録の閲覧危険度は20と定められています。非常に刺激の強い内容となっているため、閲覧者の精神衛生を著しく悪化させてしまう危険があります。

 過去に黒魔法等による強い精神ダメージを負った経験のある者、精神防壁の未発達な者、また、未成年に対しても本記録を公開してはいけません。























 日付:魔導世紀 5年10月15日

 故人:ブドウン(男性・享年31・武闘家)

 死因:頚椎骨折の影響による窒息死



 状況:

 マタホカノ街宿屋の一階にある3号室の窓から、ブドウンの身体が乗り出し、頭から逆さまに地面に激突していました。

 発見当時、彼は未だ絶命していませんでした。

 打ち所が悪かったことに加え、彼の体重が重かった事もあり、首の骨が折れ、呼吸は停止していました。しかし、心臓は動いていました。


 彼の身体は仲間たちによって窓枠から降ろされ、たまたま運良く居合わせた修道女によって、延命魔法が施されました。

 この状態であれば、中級クラスの白魔法で治療する事ができる筈でした。


 しかし、彼は非常に運の悪い男でした。


 この日、近隣の白魔導士の多くは『純血病』という感染症の調査のため、王都の特別調査団に収集されていました。

 彼の所属する勇者パーティーのメンバーにも、当然、白魔導士は居るはずではないかと疑問に思うかもしれません。しかし勇者パーティーの白魔導士は、上述の『純血病』に感染し、既にこの世に居なかったのです。仲間が死んだばかりで、代わりの白魔導士も雇っていなかったようです。

 ブドウンを治療できた者は、この街にませんでした。


 発見した仲間達は直ぐに馬を飛ばし、ギルドや協会、宿屋を駆け巡って、中級白魔法が使える白魔導士を探しました。

 彼等の一人が漸く白魔導士を連れて来たのは、発見から12時間も経った後でした。


 ブドウンの身体が冷たくなったのは、僅かその数分前の出来事でした。



 本記録について:

 彼の仲間であった勇者ユーシアに、彼の死の状況については口外しないで欲しいと頼まれました。


 彼はこの近辺では最強の武闘家として、その名を轟かせていました。それが一階の窓から転げ落ちて死ぬなど、あまりにも『地味で、あっけない死に方』と言えます。

 そんな幼児にも劣る死に様を世間に知らしめ、彼の名誉を落としたくない、というのが勇者の仲間達の言い分でした。


 彼等の想いは理解できますが、すべてのインシデントは記録し、公開されなければいけません。それが、彼のような悲劇を繰り返さない事にも繋がるのです。



 修道女の告白:

 勇者ユーシアはブドウンの死を『地味で、あっけない死に方』と評しました。実際、私を含む関係者の多くは同じ感想を抱いた事でしょう。

 しかし、そうでは無かったのです。

 今際の際にブドウンが体験した苦しみは、まさに狂気の沙汰と呼ぶに相応しい拷問でした。


 私がその事実を認識したのは、彼に延命治療を施した修道女の証言のためでした。彼女はこの検死記録を読み、私の元を訪れたのです。

 数秒の沈黙の後、修道女は、自分が犯してしまった罪を懺悔すると言い出しました。


 罪とはどういう事ですかと私が訪ねると、彼女は

『私が殺したのです。私はわざと延命魔法を中断したのです』

 と言いました。


 告白を聞いた私は驚きました。

 延命治療を引き受けておきながら、魔法を解くなど、通常あり得ません。ただし、彼女に義務は発生していないため、殺人の罪には問われません。


 しかし、続く告白は、私にさらなる衝撃をもたらしました。


 修道女は

『もっと早く死なせるべきでした。延命などせず、すぐに死なせてやるべきでした』

 と言って、泣き崩れたのです。


 私は彼女を宥め、告白の続きを聞きました。


 延命魔法を開始してから12時間後、突如、死に掛けていたブドウンの唇が動き出したのだといいます。

 回復の兆しが見えたのではないかと、修道女も最初は喜んだそうです。しかし、彼の様子はおかしかった。鬼の形相で修道女を睨みつけ、必死に同じフレーズを繰り返していました。

 声は発せられませんでしたが、修道女はブドウンの唇の動きを読んで、その意味を理解します。


 そして、彼女の背筋が凍りついたそうです。



『なぜ死なせてくれないんだ』


『なぜ俺を60年も・・・・苦しめたんだ』



 その言葉の真意に気づいた修道女は、意図的に延命魔法を止め、そのまま彼を死に追いやったのです。


 修道女は涙ながらに『彼が首を骨折してから体感していた時間は、ほんの12時間程度ではなかったのです』

 と、語りました。


 延命魔法の効果なのか、彼は呼吸が止まっていたにも関わらず、失神もせずにずっと意識が保たれていたという事なのです。

 こうなると話は変わってきます。


 修道女がそれ以上話す事が難しい状態にあったため、ここからの内容は、私見も交えて書かれています。


 己の死の瞬間に立ち会ったとき、人はアドレナリンが脳内に大量に分泌され、世界がスローモーションに動いているように感じる事があるそうです。

 このときのブドウンにも、同じ事が起きていたのではないだろうでしょうか。


 呼吸が止まり、死に瀕した彼の体感時間は、脳内物質によって数万倍の長さに引き伸ばされました。ここまで長期間に感じさせられたのは、打ち所が悪かった事も起因しているでしょう。


 修道女の読み取ったブドウンの最期の台詞から察するに、彼は体感的には、60年もの間、窒息し続けていた事になります。

 興味深い事に、この世界の成人男性のうち、老衰で死んだ者の平均寿命は、91歳。そして、ブドウンは享年31歳でした。


 あくまで本人の主観ですが、彼はこれから過ごすはずだった残りの寿命を、呼吸のできない苦しみの中で生かされたのです。

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