2-? 何歳まで生きたい?
◆勇者パーティー◆
マタホカノ街。
あまり儲かっていない、静かな料理店。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
勇者ユーシア達は、テーブルの料理を囲み、黙り込んでいた。料理を口に運ぶものは居ない。
黒熊の獣人アベルを追放し、白魔道士シロマを失ってから一週間。彼等はクエストにも行かず、沈み込んでいた。
誰も、言葉を発しようとしない。
「へいへいへいへい! いつまで沈んでんの? マジ下がるんですけど?」
……ただひとり、遊び人アソービを除いて。
女黒魔道士のクロナが、アソービを睨みつける。
「アソービ。騒ぎたきゃあんたひとりで騒ぎなよ、悪いけどアタシ達は、そんな気分になれないのよ」
「シロマちゃんが死んで残念なのはわかるけどさ! 喪に服すのも飽きたわ一週間だよ?」
「……アンタはアイツの死に方を見てないからそんな事が言えるんだよ」
「見てないぜ? ドロドログチャグチャでヤバかったらしいな! ヒィこええ?!! 俺もうスライムゼリー食えねえわ?!」
バン!!!
勇者ユーシアの拳が机を叩き、料理が零れ落ちる。
「……ジョークじゃん? マジになんなよ」
「黙れアソービ」
低く落ち着いた声だ。
シロマの死体を発見してからのユーシアは、20歳ほど老け込んだように見えた。
「…………ああ、つまんね! 陰キャばっかでつまんね! ナンパにでも行こっと」
アソービはヘラヘラと笑いながら、料理店を立ち去る。
止める者は居ない。
文句を言う者も居ない。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
料理屋に、再び静寂が訪れる。
聞こえてくるのは、食器の音と、ひそひそと交わされる噂話だけだ。
「――おい聞いたかよ。ウミガメ盗賊団のやつら、壊滅したって話」
「マジかよ……あいつら結構な賞金懸かってただろ? ……いったい誰がやったんだ?」
「いや。あの雨で崩落したダンジョンがあっただろ? それに巻き込まれて全滅したらしい。瓦礫の除去作業をした奴が言ってたんだ。死体の山だったって」
「じゃあ圧死か。悪運の強いあいつらにしちゃ、あっけない終わり方だな」
「……違うんだ」
「は? なにが違うんだよ」
「そいつの話では、瓦礫で塞がれた奥に空洞があって、全員そこに閉じ込められて死んでたらしい」
「空洞で死んでたって……空気でも無くなったのか?」
「……調査した奴の話では、仲間の血が付着した刀を握りしめた死体や、人の歯型が残った死体もあったらしい」
「……オイオイオイ……」
「閉じ込められて、暗闇で発狂して、飢えて共喰いしてたんじゃないかって……」
「はた迷惑な犯罪者どもだが、仲は良さそうな奴らだったんだが……恐ろしいな」
「俺も流石に、冥福を祈ったよ……」
別のテーブルからも、囁き声が聞こえてくる。
「カマッセのやつも気の毒にな……両親がバルコニーから転落死して、その直後に自分まで……」
「いやいや、ぜんぜん気の毒じゃねえよ。寧ろいい気味さ。あの我儘で気持ち悪い豚野郎がどんな振る舞いしてたか知ってるだろ? みんな居なくなって欲しいって思ってたぜ」
「…………あいつの死に方、聞いてねえのか?」
「死に方? どういう事だ?」
「酷かったらしいぜ。あいつの乗ってた馬車が暴走したらしいんだが、はずみに馬車の外に投げ出されたんだと」
「はは、間抜けな死に方だな」
「そこでは死ななかったんだよ。でも着てた服が車輪に引っかかったらしくて、何十キロも引き摺られたんだと」
「うへっ、運のないヤツ」
「あいつの身体、地面に何度も何度も叩きつけられたんだと。地面を掴んだ爪が剥がれて、指がひきちぎれて、腕がもげて、脚もおんなじようにもげて、耳も鼻も歯も目ん玉も全部無くなって――」
「ひえっ……」
「追いついたときには肉屋に売ってるピンクの吊るし肉みたいなのが、小刻みに痙攣してたんだってよ。それから一時間くらいかけて死んだらしい」
「え、えげつねえな……そこまで酷い死に様だって聞くと、あの豚肉にも少し同情する気になってくるから不思議だぜ」
他愛のない世間話が、勇者達の頭上を飛び交う。
シロマの死も、こんな風に何気ない話として消えていくのだろう。
そんな事を思いながら、勇者達は料理が冷めるのを眺めていた。
「――そろそろ、動きましょう」
沈黙を破ったのは、賢者のケンジだった。
「何もしなければ、資金も尽きてしまいます。勇者パーティーも終わりです。……シロマさんは、きっとそんな事は望んでいません」
「ああ……」
鉛のような口を開いて、勇者ユーシアが同調する。
「クエストでも受けていた方が、気も晴れるかも知れねえしな」
「いえ。……クエストはまだ早いかと」
「……はあ……? 金稼ぐんじゃねえのかよ?」
いつものように賢者ケンジに突っかかる勇者ユーシア。どこか覇気は失われていたが。
「その前に、代わりの白魔導士を雇う必要があるでしょう? シロマさんはもう居ないのですから」
「…………ああ。それもそうか」
納得し、首を縦に振るユーシア。
しかし――
「な、なにを――ヒック――言ってやがる!?」
「そうよ!! 信じられないわ!!」
武闘家のブドウンと、黒魔道士クロナがこれに待ったをかける。ブドウンはこのところ酒に溺れ、常に酔っていた。
「ヒック――シロマの代わりなんか居やしねえ!! ふざけんじゃねえ――ヒック!!」
「そうよ!! この冷血漢!! シロマは回復アイテムじゃないのよ!?」
「ケンジ! お前は――ヒック――後から仲間になったから、シロマの事なんかどうでもいいんだろ!?」
感情的に二人を責め立てるブドウンとクロナ。流石のケンジも、これには焦りの色を見せる。
「待ってください! わ、私は皆のために、ろ、論理的に提言しているのですよ!?」
「ケンジ!! だいたいアンタが『あの道は安全』っつったんじゃない!! そのせいでシロマは死んだのよ!」
「あ、あの道は論理的に危険では無かった! 不運が重なったとしか言いようがない!」
「自分の責任を認めないつもり!?」
クロナにヒステリックに詰め寄られ、ケンジはたじたじと後退りする。その間に、勇者ユーシアが割って入る。
「もうよせ! あんな事になるなんて、誰にも予測はできなかった!」
「それは――ヒック、ゲプッ――違うだろが」
武闘家ブドウンは、こめかみに血管を浮かべ、怒りに満ちた顔で牙を剥いた。
「あの
がしゃん!!
ブドウンが蹴飛ばした椅子が、床を転がる。
「アイツがもっと必死で止めていれば、シロマは助かったんだ! ――ヒック!――あ、アイツは追放されるからって、本気で止めようとしなかったに違いねえ!! アイツのせいだ……ヒック……アイツのせいだ……アイツのせいだ……!!」
うわ言のように繰り返しながら、ブドウンは料理店を去ろうとする。
「ぶ――ブドウンさん!!」
その背中に声をかけたのは、意外にも男賢者ケンジだった。
「ヒック――あんだあ? 文句あんのかあ?」
「あ、足を滑らせると危ないでしょうから…………ま、窓には……窓には、気をつけてください」
「………………何言ってんだ? ヒック、ケンジ……?」
「いいですね!!」
「…………ヒック!!」
何も答えず、立ち去るブドウン。
とても仲間を集められる雰囲気ではない。
勇者達は、今日も宿屋に帰り、おとなしく過ごす事にした。
――――
――
「……考え過ぎです。いくらなんでも」
ケンジはひとり、宿のベッドで呟く。
本を開いてはいるが、中身は頭に入ってこない。
「偶然、偶然に決まっているじゃありませんか」
ケンジは運命を信じない。幸運や不運を信じない。この世の全ての結果は、論理によって裏打ちされると信じている。
「だから――
悪夢。
白魔導士シロマが溶けて死んだ日の夜、ケンジは悪夢を見た。シロマの顔が、溶けて無くなる悪夢を。
――いや。
ケンジの夢は、そこで終わりではなかった。
「たかが夢。そう、たかが夢なんです。……ば、馬鹿馬鹿しい……!!」
ケンジはあの日から、毎晩同じ夢を見ていた。
顔の無いシロマが、窓からブドウンを引きずり落とす夢を。
――――
――
夜。とある宿屋。
ブドウンの部屋。
「くそっ、くそっ――ヒック!!――ユーシアもケンジも、なにもわかっちゃいねえ!!」
ドサドサと、乱雑に荷物を投げ捨てるブドウン。
その顔は上気し、足元はフラフラだ。
勇者パーティーと別れた後も、ひとりで酒を煽っていたのだ。
「アベル……あのガキらけは赦さねえ!! シロマを見殺しにして逃げ、ヒック、やがって……ぶっ殺してやる!!」
居なくなったアベルに怒りをぶつける。
今の彼にできるのは、それくらいの事だけだった。
――コン、コン。
「うるせえ!!!!! 夜くらい静かにれきねえのか!!?」
荒れた暗闇に、ノックの音が転がり込む。ブドウンは怒鳴り声で返事をした。
彼の大声の方が、他の宿泊客にはよっぽど迷惑だろう。
――コン、コン。
――コン、コン。
「なんっだよ、ヒック、しつけえな……!!」
バターン!!
乱暴に扉を開けるブドウン。
誰もいない。
――コン、コン。
「………………はあ?」
叩かれていたのは、扉ではなく、窓だったようだ。
ここは一階、そういうこともあるだろう。
歪む世界の中、振り返ったブドウンは――信じられないものを見た。
「――――シロマ――?」
酔っ払っていたせいもあるだろう。
彼の目には、今は亡き仲間が、窓を叩いて呼んでいるように見えたのだ。
――コンコン。
「ヒック――おいおい、俺に会いたくてぇ、生き返ったのかぁ? ヒック――」
よたよたと窓際に近づくブドウン。
――バンっ。
窓を開いて身を乗り出すが、誰もいない。
ここは一階、冷たい地面がどこまでも広がっているだけだ。
「…………ヒック、そんなわけねえか」
窓の外に植わっている木の枝が折れ、風に揺られてあたかもノックしているように見えたのだ。
「もう寝――ヒック――――おっとっと」
ズルリ、ごちんっ。
ブドウンは足を滑らせて、すぐ下の地面に激突した。
「いてて……」
「あ、あれ…………?」
「なんで……だ……?」
「うごけ…………ね」
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